第二部「破滅を照らす者:魂を映す鏡」その12
目次
第36章「私が1人、私が2人。」
第37章「眠れぬ夜」
第38章「扉を叩くあなたは誰?」
あとがき
第36章「私が1人、私が2人。」
「なぜ…棺が!!」
『骸に咲く花《Corpse Flower》』は植物とはいえ、魔法に由来しない物で損傷させることはほぼ不可能のはず…!
それにこの棺の切り口は…内側から!!
【彼女が、蓋を切り裂かれた棺に目を見開いたとき。乾いた銃声が静寂な夜を貫き、月光が飛び散った血潮を照らした。】
「う…ッ!」
左肩に後方から銃撃を…!
「チッ…やっぱり慣れねぇもんは使うべきじゃねぇなぁ…」
え…?
「なぜ…その声は…!」
【彼女が勢いよく後ろを振り返って反撃をしようとした時、あまりの衝撃に声を失った。】
「まさか…そんな…」
「あぁ…そのまさかだよ。ジャジャーン!驚いたか?まぁ、聞くまでもねぇか!そりゃあ…声も姿も自分と全く同じ奴が目の前に出てきてビビらねぇ奴は居ねぇよなぁ!!」
【彼女が見たのは、普段なら有り得ない様な言動をとるもう1人の自分の姿だった。】
「なぜ…貴方が生きているのですか!」
「おっと…もうバレちまったか…まぁ、状況的に俺が『へカーティア』ってこともバレちまうよな。」
「質問に答えて大人しく投降して下さい。貴方の奇襲は失敗しました…これ以上続けても、不利なのは貴方です。」
「あぁ…ここであんたを殺すのは失敗した…単純な近接戦で殺り合えばあんたに負けるだろうし…ハンドガンはろくに当てられねぇし、銃声であんたのお仲間も目が覚めるだろうな…」
「そうです…今は左肩が動かずとも、貴方に遅れをとるつもりはありませんし、もしもの事が起こったとしても…皆さんがここに来るのも時間の問題です。」
【彼女がそう言うと、もう1人の彼女はため息をついた後に、いたずらっぽい笑みを浮かべながら話し始めた。】
「はぁ…わかったよ。じゃあ先ずは…なんで俺が生きているのかって事を教えてやるよ…なに、単純さ…『死んだら生き返ればいい』だろ?」
有り得ない…!
私は確かに、彼の頭を狙撃し…心臓を潰した!
あの状態からここまで完全に蘇ることが出来るのだろうか?
魔法なら有り得るかもしれないが…
生命のルールを破る様な魔法を簡単に使う事は不可能では無かったのか…?
「いったい…どうやって生き返ったのですか?」
「お前らが首に掛けてるソレと似たような物を心臓に埋め込んでおいただけだ。」
【へカーティアはそう言いながら、自分の首にかかっている『血の琥珀石』を手で弄んだ。】
「まぁ、いま俺の首に掛かってんのは…アンタの外見をコピーしてできたレプリカだから意味は無いがな。」
「なぜこのペンダントの効果を知っているのですか?」
「レイから教えて貰ったんだよ…ついでに詳しく話してやろうか?」
なぜこんなにもあっさりと質問に答える…?
『ロキの化身』の1人が自分の命を守る為に教祖への忠誠心を犠牲にするだろうか…?
いや…おそらくそれは無い。
『ロキの化身』は教団のエリート集団だ。
雑兵にまで『真名の支配』を使用する教祖が、貴重な兵力である彼等に『真名の支配』を使わないという可能性はほぼ無に等しい。
「簡単に説明すると、お前らが首に引っさげてんのは『賢者の石』の派生版…『賢者の不死石』にジジィが手を加えたやつだ。効果は、不死石を破壊した瞬間に発動する即効性の完全蘇生と再生…おまけに魔力も回復するオーバースペックの優れ物だ。ただし…作り方も難しくて素材も入手困難なレア物ばかりを使う、ハイリスク・ハイリターンの『魔装飾』だ。」
「では…貴方が使用したものは?」
「俺のも『賢者の石』の派生版…いや亜種の方が近いか?まぁどうでもいい。俺が心臓に埋め込んでたのはな…『愚者の呪石』って奴さ。これも『賢者の不死石』と効果はほぼ同じだが…これは破壊してから数時間後に発動する遅効性で、ゆっくりと蘇生と再生が始まるタイプだ。だが、『愚者の呪石』と『賢者の不死石』には明確な違いがある…」
【へカーティアはそう言うと、彼女の顔でニヤリと笑った。】
「『賢者の不死石』はレアな素材でしか作られていないのに対して、『愚者の呪石』は…犯罪者、主に殺人犯の命で作られる代物だ。」
「人間の…命を!?」
「あぁ、そうだ。魔法には等価交換の原則がある…1人の命を蘇らせるなら、人間を1人用意したらいいっていう単純な話だが…人間ってのはそれぞれ価値が違う。そこを補う為には、殺人犯の命と魂…そして、そいつが今まで殺してきた人間の負の感情と魂を足してやればいい!」
「最悪の道具ですね…」
殺人犯のみならず…その被害者の魂までをも使い潰すとは…!
罪深いにも程がある!!
「おいおい!怖い顔すんなよ!せっかくの可愛い顔が台無しじゃねぇか!」
「そうですね…聞きたいことは山ほどありますが、まずは貴方の身柄を確保する事が先です。両手を上にあげて後ろを向いて下さい。」
「あぁ…後ろね。おっと…ちょうどここから我が家が見えるじゃねぇか!あの中は広くて綺麗だったろ?それに…身を休めるのにピッタリだ…」
「私語は慎んでください。次に口を開けば、それを『詠唱』とみなして貴方の首を斬ります。」
「あぁ、良い判断だ…俺がお前の声と姿だけじゃなくて…能力までコピーしてなければなぁ!!」
「…ッ!」
【彼女はへカーティアの言葉の意味を即座に理解し、『死神の薔薇』でへカーティアの首を斬り落とせる間合いに足を踏み込んだ時にはもう遅かった。】
「『影の霧《Trans Figuration》』!」
【へカーティアがそう叫ぶと同時に彼女が振り抜いた『死神の薔薇』の刃は、血を纏う事もなく、ただ空を裂いた。先程までへカーティアが立っていた地面を彼女が見下ろすと、そこにはランタンが落ちていた。】
第37章「眠れぬ夜」
「はぁ…」
ジョゼフィーヌさんは…大丈夫かなぁ…
【ジョゼフィーヌが周囲の偵察に出かけたあと、彼等は家の2階にある寝室で就寝しようとしていた。その寝室はとても広く、大きなサイズのベッドが8つ程並んでいた。】
「眠れねぇのか?」
「…はい。ジョゼフィーヌさんはあぁ言ってましたけど…やっぱり心配じゃないですか?」
「それもそうだが…あいつに俺達がついて行っても、俺達はあいつみてぇに夜目が聞く訳でもねぇし、瞬間移動も出来ねぇし、殺し合いにも慣れてねぇんだ…ただ邪魔になるだけだろ?だから俺達は…あいつに迷惑をかけないように明日に備えて寝るのが1番だ。」
「確かにそうですけど…」
「分かったんならさっさと寝ろ…お前も少しはあいつを見習ったらどうだ?」
【星次はそう言いながら隣のベッドを指さした。】
「グガガッ…グッゴゴゴゴ……ガガガッ!」
「もう寝てる!?」
ってか相変わらず春喜さんのいびきは癖が凄い!!
「普通…いきなり暗くなって月も昇ってきたら不気味すぎて熟睡できませんって…」
「フッ…確かにな。まぁ、とにかく寝ろ…明日に響くぞ。」
【星次は流輝にそう言うと、彼に背を向けて布団をかぶった。】
「あっ…おやすみなさい!」
はぁ…星次さんの言う通りだよなぁ…俺も寝るか。
眠れる気がしないけど…
【彼はそんな事を考えながら、カーテンの隙間から射し込む月光と共に眠りにつこうと瞳を閉じた。】
何だか…静か過ぎて逆に眠れないな…
いつもとは違う静けさっていうか…
【その時、そう遠くない場所で鳴った破裂音が、眠りにつこうとしていた彼の瞳を完全にこじ開けた。】
「えっ!?今のって…!!」
「あぁ…銃声だ!」
「やっぱり!星次さんも聞こえましたよね!?」
「あぁ!じゃなきゃ起きてねぇよ!」
「春喜さんは…!」
「グガガガガガッ…ゴゴゴゴ…」
眠ってんのかよ!!
すっごいなこの人!?
「春喜さん!春喜さん!起きて下さい!!」
【彼がまだ眠りについている春喜の体を揺さぶりながら声をかけても、彼が期待したような返事の代わりに豪快ないびきだけが返ってきた。】
「どけ!」
「はい…ん?あの…星次さん?その握りしめた右手は何でしょうかぁ〜!?」
「緊急事態だ…仕方ねぇだろ!」
もしかして…右ストレートですかァ〜ァア!?
「おらァ!」
【星次は、春喜の背中を全力で殴り付けた。腰の右側を後ろから前へと動かし、引き付けた右手を右足と同時に前に出した。流れるような動作で放たれた右ストレートは、春喜の背中に十分な衝撃を与えた。】
「入った〜!完ッ全ッに…鈍い音をたてながらえげつないパンチが入ったァ〜!!」
てかデジャブ!
初めて皆と出会った時のドン引きキックと同じ流れだ!
「ん…んぁ…どうしたんすか?」
「常人ならぶっ倒れるレベルのパンチをくらっても…ものともしない…!?流石はヘヴィー級の春喜さん…」
「こんなとこでボクシング始めてる場合か!とっとと下に降りるぞ!!」
「はい!」
「とりあえずOKっす。何があったんすか?」
「階段降りながら説明します!」
【そして3人は、急いで寝室を飛び出して階段を降りた。流輝は一階へと降りる途中で、春喜に先程の出来事を説明した。】
「やばいっすね。」
「軽いっすね!?緊迫した状況なのに!!」
「落ち着け!あとお前にこれも渡しとくぞ!」
【星次は階段を降りながらそう言うと、流輝に銀のリボルバーを渡した。】
「えぇ!?俺…銃なんて撃ったこと…!」
「ゲームで撃った事あんだろ!」
「いや…有りますけどね!?ゲームがリアルに着いてくることなんてほとんど有りませんよ!?後ろの出っ張ってるやつを倒して、狙って引き金を引くってこと位しか…」
「そこまで知ってんなら上出来だ!アイツが爺さんから聞いた話だと…そいつは持ち主に合わせて撃ちやすいようにサポートしてくれるらしい!魔法でな!」
魔法の力ってスゲェ!
「でも…暗闇じゃあ何にも分かりませんよ!」
「お前のナイフを全力で光らせてみろ!」
そっか!
『彗星』の『星影』を使えば!
「はい…やってみます!来い!『彗星』!」
【彼の呼び掛けに応じて、彼の右手に小さな光が大量に集まり始めた。その光は徐々にダガーを形作り始め、数秒も経つことなく。白い光のダガーが現れた。】
「俺もこっちの拳銃で援護する…良いか?間違ってもあいつを撃つなよ!」
「はい!」
「叩き起しといて悪ぃが…あんたはここで待っててくれ!何かあったら…その時は頼む!」
「OKっす。」
「よし…開けるぞ!」
【星次が玄関の扉のドアノブに手をかけようとしたその時、向こうから扉が何度も叩きつけられた。】
第38章「扉を叩くあなたは誰?」
「開けて下さい!皆さん!開けて下さい!!」
「ジョゼフィーヌさん!」
【流輝は緊迫感が溢れる彼女の声を聞くと、ためらうことも無く扉に駆け寄った。】
「待てッ!」
「何でですか!?この向こうでジョゼフィーヌさんが!」
「お前らは…玄関の鍵を掛けたか?」
「鍵…?」
「そこに居るんですか!?敵襲です!早く扉を開けて下さい!!」
「ほら!やっぱりやばいみたいですって!早く開けないと…」
「鍵を掛けたか掛けてねぇのかって聞いてんだよ!」
「俺は掛けてません!」
「僕もっすね。」
「なるほどな…お前らは離れてろ!」
「えっ?一体何を言って…!!」
「鍵は…俺も掛けてねぇ…」
「だからそれが…それ…って…」
「俺達は誰もここに鍵を掛けてねぇ…ここには今も鍵が掛かってねぇんだよ…」
それなのにアイツは必死に助けを呼んでやがる…
普通ならドアを叩くよりも先にドアを開けようとするだろ…!
「早く開けて下さい!すぐそこまで敵が!!」
アイツはここまで取り乱さねぇし、こんなクソみてぇなミスもしねぇだろ…
つまり…こいつは!
「この向こうに居る奴は…偽物だ!!」
【彼は扉から1歩下がり、両手でハンドガンを構えると、扉の向こうに居る『誰か』を狙った。その時だった。】
「はぁああぁぁああッ!!」
「チッ…マジかよ!!」
【2つの同じ声が別々の言葉を放つと共に、扉の向こうから赤い液体が付いた黒く鋭い何かが木の扉に突き刺さった。】
「なッ…!?」
「うわぁあッ!?」
これは…アイツの大鎌の…!?
いや…それよりもだ…今まで聞こえてたのはアイツと全く同じ声だが…偽物の野郎が出してた声のはずだ…
だが…今の雄叫びと、男みてぇなセリフは同時に…
2つとも同じ声で同時に聞こえた…
「お前ら…『魔武具』を構えて下がれ!こいつは明らかに異常だ…」
【彼がそう話している間も、扉の向こうでは何かが起きていた。】
「殴り合いか?ここでやり合うってのか!コイツが刺さっちまったらよぉ…片手じゃ抜けねぇし、もう1回取り出すのも時間がかかるよなぁ!!」
「片手でも…あなたの首を押し付けて窒息させることはできます!」
「良いぜ…来いよ!」
【そして、扉にとてつもない衝撃が加わると同時に、2つの呻き声と共に扉が開き、2人の人影が家の中へともつれ合うように転がり込んだ。すると、その人影はまるで磁石の反発の様に一瞬で離れて立ち上がると、彼等の前で戦闘態勢をとった。】
「え…?そんな…何で…」
「何で…お前が…2人も居るんだよ!」
「皆さん…」
「聞いて下さい!」
「そこに立っている私は…」
「あそこに立っているもう1人の私は…」
「へカーティアです!」
「偽物です!」
あとがき
ここまで読んで頂き誠にありがとうございました!
今回の話はいかがだったでしょうか?
今回はギャグ、ホラー、ミステリーの要素が普段より強く混ざっていた感じがしますが、物語をお楽しみ頂ければ幸いです!
感想・コメントもお待ちしております!
次回もぜひお楽しみに!