3-8 七倍報復のドバール
「巡回していた第三魔導艦隊が壊滅? 北米大陸のマッケンジー河口? 何? 大魔法だと? それはユバルではないか。やはり......」
ドバールは報告を受け、復讐を誓った。
「ドバールの受けた傷は、7倍にして報復する。それゆえ、七つの艦隊を派遣する。第一、第二、第四から第八までの全魔導艦隊出撃せよ。ユバルは必ず原時空地球の北極海沿岸にいるはずだ」
ドバールの命令により、急遽魔國のすべての艦隊が派遣先から次々に帝都ペレスの軍港に結集しつつあった。それぞれの魔動戦艦は、帰還するとすぐに準備をあわただしく済ませると、転移のために特別に指定された集結空間へと次々に出航していった。
ドバールは、今回も艦隊に座乗して直接に指揮をとる形ではなく、魔導回路を活用して皇帝府の自室から指揮を執ることにしていた。それは、彼自身の時間軸転生術によって大多数の魔動戦艦群を、一度に、異世界の地 魔國から原時空へと転生させる処理が必要だったためでもあった。
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長い6か月ほどの旅の末、ジミーたちは北米大陸の北東端、グリーンランドのノルドに達した。彼等は三人だけで、しかも人工冬眠型開始される直前にノルドに達したこともあり、受け入れ側当局間の尋問と検査は厳しかった。
「お前たち、何処から来た? 通常の受け入れでは各国で生き残りの若者たちを軍がここまで輸送してきている。だが、あんたたちは身分の保証もない。どこから来たかといえば、東瀛だという。そんなことが信じられるか。あんたたちは受け入れられない。反対にあんた達にはスパイの疑いさえあるんだ。逮捕する。いいな」
ノルドの基地の入り口で、ジミーたち三人は、こうして係員や完全武装した兵員たちに囲まれてしまった。この扱いに、理亜と玲華は戸惑った。絶望に近い気持ちで彼女たちは、ボケっとしていたジミーに言い聞かせるように語り掛けた。
「ジミー君、私たち、入れてもらえないみたい」
「ジミー君、私たち、疑われて逮捕されるのよ」
玲華の言葉に、理亜の絶望の口調が重なった時、ジミーは不思議に覚醒を覚え、急に口を利き始めた。
「僕たちが東瀛から来た証拠がないとおっしゃるのですか。スパイの疑いがあるともおっしゃっていますね。まず、僕たちは百里基地からここまで来たのです。百里基地では、僕たちは置いてきぼりを喰らいました。イサオというリーダーに率いられた集団がいたはずです。彼らとともに来るはずだったのですが......そうですか、やはり、彼らは遥かに先に着いて既に地下基地へと先に収容されたようですね......つづいて、僕たちがここまで何を追ってきたかをお話ししましょう。その中には、あなたたちだけが知っているはずのことも含まれているでしょうね。つまり、私たちは、おそらくここに数日前に来たユバルとかいう者に率いられたエルフの集団を追ってきたのです。彼らは、もともとは敵の工作員部隊の隊員たち、つまり私たちを襲ってきているあの魔動戦艦群の派遣元である異次元時空の人間たちです。いまでは、彼ら自身は派遣元で敵とされてこの時空で逃げ惑う存在となっているのです。どうです。私が申し上げたことは、最近あなた方が知ったはずの情報に符合するはずです」
ジミーのこの説明は、係員や事態を聞いて駆けつけた司令部員たちを驚かせた。そして、彼ら三人は、長い間の検討がなされた末に、やっと受け入れられたのだった。
「そうか、分かった。では我々のプログラムに参加することを許可する。そうだな、若い三人の参加だから歓迎するぞ」
ノルドの司令官は、こう言って尋問を切り上げ、彼らを受け入れた。ジミーの口からジミーたち三人が、エルフの元工作員であるユバル達を追ってきたのだと言った事で、ノルドの原時空人類の軍当局側の信頼を得られた。このとき、原時空人類側の当局者達は、ユバル達元工作員の集団をどのように扱うべきか、たまたま悩んでいたのだった。
ユバル達元工作員の集団は、突然ノルドの当局者の前に徒歩で現れた。既に、ユバル達が達する以前にもノルドには工作員崩れや吟遊詩人くずれのエルフたちがいた。彼等は、イサオ達や他の原時空人類の若者達の集団と仲間になった者達だった。それゆえ、ノルド当局者たちは、ユバル達元工作員の集団を軟禁した状態で一応受け入れていた。
こうした経緯の末に、ジミーたち三人はユバル達元工作員の集団と相対することとなった。
「ユバル! やっぱりあんたか。そしてあんたは魔國の工作員部隊の一人、いや工作員の司令だったのか!?」
ジミーは覚醒の際、ノルドの基地内部に、覚醒の際に今まで感じて来た未知の存在を、ここではっきりと感じ取った。この道の存在について、ジミーは長い間考察してきた。彼が通った荏原学園で感じたクラスメートのぞんざい監、彼が戦いに面した時にも感じたことがあった存在感。それらの記憶を振り返り、やがて一つの結論に達した。それがクラスメートユバルのことだった。
こうして、ジミーたちが声をかけたのは、確かに目の前にいるエルフだった。そのエルフはユバルに違いなかった。ただ、驚いたことに目の前にいたエルフは女のような姿だった。
「ジミー。久しぶり」
「ユ、ユバル、じゃないのか? ユバルはこんな姿だったのか?」
「そう、私はユバルだ。あんたのクラスメイトだったユバルだよ」
ジミーはしばらく言葉を失った。追ってきた「ユバル」という存在が、既知のクラスメート男子と同一人物なのだろうか。しかしそんなはずがないとも考えられた。
様々な事柄を考察したものの、目の前のユバルの姿が現実だった。今までジミーが徐々に全容を捕捉しつつあった人物が、今までよく知っているはずの人間と同一人物だったことも驚きだった。しかも、ユバルという人物は、ジミーにとって目にできない若い娘のような姿をしているのだった。これらのことが一度に彼に押し寄せ、彼は沈黙し、気を失うほどに追い込まれていた。その姿を楽しむように、ユバルは言葉をつづけた。
「ジミー、それから連れの女たち。あんたたちはわたしたちを追ってきたんだろ?」
「ユバル、そうだ。あんたたちが遺した様々な跡があったからね、必然的に追ってきたんだよ。でもここへきて、あんたたちも東瀛から目立たぬように徒歩でここに来たことが分かって、あんたたちが何を狙ってきたのかがわかったよ」
ジミーのこの指摘はユバルを慌てさせた。
「どういう意味だ?」
「ユバル、あんたたちは、以前から此処に人類が集結することを知っていたんだ。この集結地をあんたたちは利用しようとしている。おそらくはまた捕獲......」
二人の間のやり取りは、次第に敵意を帯びてきた。
「へえ、ジミー、あんた。私たちがノルドへ来たのが偶然ではないと考えているのか?」
「そうだ、あんたたちの残した跡は、確かに後続してくるであろう仲間たちのためのものだっただろうね。私たちが此処へ歩いてくるなどと考えなかったのだろう。あんたたちにとって誤算だったのは、僕たちが歩いてここまで来たことだろう。まあ、それはそうだろうね。百里基地の若者たちは全員輸送艦によってここに運ばれるはずだったからね」
「ほお、あんたたちは私たちが此処をわざわざ目指してやってきたと考えているのか。でも、改めて否定しておくよ」
ジミーは、ユバルとの敵意に溢れたやり取りから、ユバルが原時空人類の最後の賭けを、ユバル達の何か隠された計画に活かそうとしていると考えた。彼らの今までの長距離移動の方向が真っ直ぐにノルドに向かっていたことから見て、そんな計画があることは間違いなかった。さらに、ユバル達が真っ直ぐにノルドに達していることから、ジミーはユバル達がここまでたどり着けたからくりの一つに、長距離スキャナの存在を推定した。そこで彼はユバル達の長距離スキャナの形態と特徴を論理的に推定し、彼らの一人が保持していた魔動長距離スキャナーを探知した。ジミーは、ユバル達の魔動遠距離スキャナーを探し当てると同時に、ユバルの計画をいくらかでも邪魔するために、改編数学を少しばかり利用してそのスキャナーの機能をマヒさせる処理をしておいた。
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ノルドでは、原時空人類の存続を図るための計画が進められていた。安定陸塊の大深度地下ドームに原時空人類の未来を背負った男女の若者たちを収容し、侵略されている今を乗り越えて未来に再び原時空人類の時代を築き上げる種とする計画だった。すでに、集められた原時空人類の若者たち、そして助けにとなるエルフたちが、そのドーム中に収容されつつあった。
計画では、原時空人類の若者たちをドーム中で順次冬眠させることになっていた。千年後に至った時、彼らを眠りから覚まし、ふたたび原時空人類の社会を再建することを目指しす計画だった。そのために、千年以上の余命を持つ若いエルフたちが、原時空人類たちの冬眠を助け続ける約束になっていた。それゆえ、原時空人類側はエルフたちを受け入れたのだった。ユバルもまた、助力するユバルの一員として受け入れられていた。
この事態が幸いして、ユバルがジミーの至近距離にいることになり、彼の脳裏は覚醒したままとなっていた。覚醒したジミーは、ユバルの様々な行動が引っ掛かっていた。彼は、機会をとらえてユバルを問いただしてみることにした。ただし、女のような様子のユバルに、ジミーがまともに話しかけられるかどうかは、少々大きな問題だった。
次の日に、ジミーは理亜や玲華とともに、ノルドの地上施設を見てまわっていた。先に来ているはずのイサオ達は、すでに地下のドームで人工冬眠のための処置を受けた後だと言うことらしく、彼ら三人はジミー達と会うことはできなかった。その代り、彼らは彼らと同じように地上施設を見て回っていたユバルと出くわした。
「また会ったね。ユバル。あんたが一人で、ここまで来て何をしているんだろうか?」
「たまたま一人にはなりたいものだったのでね」
「ユバル、あんたは工作員たちの司令官ではなかったのかな」
「そう。ただ、あまり同じメンバーに囲まれていると、ストレスを感じるので、こうして出歩いているわけだ」
「ストレス? いや悪だくみではないのか?」
「ジミー君、それは言いがかりだよ。なにか証拠でもあるのかい」
「では訊ね方を変えよう。一人で基地のすべてを観察しながら、考えている。それが何を意味するか......。あんたの部下たちが、原時空人類たちと仲間意識を持ち始めているゆえに、ひとりで行動し始めている。つまり、あんたにとって部下の工作員たちは、都合の悪い存在になりつつあるのではないか。おそらくは彼らを利用した後は、邪魔な存在だとして捨ててしまうとか....」
ユバルは一瞬ひきつった怒りを表したが、すぐにいつもの表情に戻った。ジミーはそれを見逃さなかった。
「ほう、その反応で十分だね」
ジミーはユバルが人類の計画の奥底に入り込んだ後は、工作員の部下たちを切り捨てる行動に出ると読み取った。おそらくは、冬眠に入った原時空人類すべてを最後になって奪い取り、信頼できる者たちのいる魔國の辺境領へ転送するに違いなかった。
ジミーは、ユバルの行動をほぼ予測できたことに、安どしていた。ユバルもまた、ジミーの鋭さに戸惑い、怒りや驚きを通り越して、ある種の攻撃的衝動にとららわれた。だが、彼らの衝動や油断が別の敵の接近を許してしまった。
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「ユバル殿下、聞こえませんか?」
「ああ」
「この独特の低周波は、巨大魔導装置の駆動による魔動波ですよ」
通常であれば、ユバル達ははるかに遠方の魔動戦艦を検知するスキャナを持っているはずだった。
「スキャナーはどうしたのだ?」
「ユバル様。この魔道具は、働いていません。故障?しています」
「みせてみろ、中で魔力がこもったままだ。そのせいか、発動していない。こんな現象は初めてだ」
「ユバル様、もうすぐそこに巨大魔動戦艦群が多数接近してきています」
その報告も遅すぎた。既に、ノルドの遥か宇宙空間には、ドバールの派遣した大艦隊が出現していた。彼等はすぐにでも空挺攻撃を加えられる体制をとっていた。
「魔族魔装兵が来るぞ。元工作員の君たちは、全員、基地の防衛を担当している原時空人類側の部隊に知らせて、加勢しろ」
ノルド基地の地上施設では、そこらじゅうで銃撃戦が始まった。上空を満たした魔動戦艦群からは、無数の蜘蛛の子のように魔装した魔族たちが降下してきた。魔装兵たちは、地上に降下しつつ、魔弾を発射していた。
地上に展開していた人類たちは、その火力をすべて空に向けて放っていた。だが、魔装兵の魔力によって放たれる魔道具の魔弾は圧倒的破壊力を示した。次々に原時空人類側の地上部隊が壊滅し、少数の生き残りがチタニウムで出来た扉の中へ次々と逃げ込み始めていた。その後をユバル達エルフの工作員も逃げ込もうとしていた。
「ユバル、このまま逃げるのか? あんたたちはこのまま地下へにげて行くのか? そして、あんたは必ず企てを実行するのだろうな」
ジミーはユバルを睨みつけ、また空の魔動戦艦群を睨みつけていた。ジミーの態度と言葉に、ユバルはジミーがかつて引き起こした恐怖の光景を思い出した。
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「痛い、痛い。やめてくれー」
ジミーは悲鳴を上げた...
吟遊詩人であったユバルは、楠の上から、下界で起こっている事件を見ていた。彼女の脳裏に突然見知らぬ詩が浮かび、その詩はそのままジミーの脳裏に伝わった。
「なぜいうのか
私の道は主に隠されている、と
私の裁きは神に忘れられた、と
あなたは知らないのか、聞いたことはないのか
啓典の主は、とこしえにいます
疲れた者に力を与え
勢いを失っている者に大きな力を与えられる
恐れるな、虫けらと言われたジミーよ
私はあなたを助ける
見よ、私はあなたを新しく鋭い歯を持つ叩き棒とする
あなたは山々を踏み砕き、風が巻き上げ 嵐が散らす」
突然、彼の目の前の単車が爆発し、次々に仲間たちの単車に衝突した。衝突された単車は次々に誘爆し、ついには全ての単車が火だるまになった。
「う、うわあ」
「単車が爆発した」
「火、火だ」
「服、服が燃える!」
「た、助けてくれ」
大声と爆発音はしばらく続いた......
「先ほどまで、あのデブは一方的に半殺しになっていたのに......。急に奴らが叩きのめされて壊滅している。これは、まさか、今の預言が彼を救ったのか。いや、預言の通りになっただけなのか......」
ユバルは、房総族たちがすべて、預言にあるように踏み砕かれたようにチリジリになって倒れ、うめき声を上げている光景に驚愕していた。
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「このまま地下ドームへ行っても、私の計画がジミーに計画を粉砕されてしまうかもしれない......だが、今回はジミーを何とかできるかもしれない」
ユバルはジミーに対抗できるわざを、過去の出来事とともに思い出した。
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荏原高校は、この日、体力測定となっていた。この日の午後、女子が体育館に、男子は校庭に分かれ、それぞれが身体測定と体力測定とをおこなっていた。ヤバルは、体育館のなかに女だけで集まって半裸になって騒いでいる体力測定の光景に、何が行われているのかを理解していなかった。
「女たちには男たちが一緒に居なければ、行為に及ぶことができないではないか。こいつらはおかしいぞ。そうか、何かが彼らを押さえつけているに違いない。それなら、私たちが救ってやればいいではないか。ここに自由恋愛花園ハーレムを実現すればいいではないか」
ヤバルはユバルにそう言うと、次の瞬間、肌着だけになっている女子生徒たちの会場に、破戒僧ジミーたちを次々に投げ込み、大騒ぎが起きた。
騒ぎが収まった後の現場には、破戒僧ジミーが倒れていた。ジミーは女性の生の裸身を見た時に、昏倒してしまうことだった。
「そうか、破戒僧ジミーは、女性の裸身で気絶するのかもしれない......。」
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ユバルは、銃撃戦が激しくなる中で、意を決して彼女の裸身を晒した。ジミーはユバルの目論見通り卒倒した。慌てて座り込むジミーや理亜たちをみてとったユバルは、自分の幸運に感謝した。
「全員、私に続け。人類たちとともに大扉の中に逃げ込め」
ユバルの掛け声とともに、エルフ工作員たちは原時空人類たちとともに、地上基地の最奥に設けられた大扉へと退避し始めていた。彼らと、彼らを追う魔族魔装兵との間での魔法砲撃戦も激しさを帯びた。逃げる人類・エルフ側は大きな犠牲を残しながらも大扉の中に飛び込み、地下基地への出入り口は閉じられてしまった。
魔族魔装兵たちは、ジミーたちを無視してエルフ工作員や人類たちを追って通り過ぎて行った。その後、彼らは大扉の周りに集まり、大扉を開けようと動き回っていた。
「ジミー君、私たち、また置いてきぼり」
「締め出されてしまった」
理亜と玲華は、仰向けのジミーを介抱しながら、閉じられた出入り口の方を見つめた。理亜と玲華が話し合っていると、卒倒していたジミーもはっと我に返って起き上がった。
「え? ぼくたち、また孤立したのか?」
「そうよ」
「もう、ジミー君たら。あんたは、私たちを使って女性に対する免疫の訓練を、あんなにしたはずなのに......」
「ユバルに、手玉に取られたのね」
地上の雪原に取り残されたジミーたちは、悔しさを隠さなかった。そうしているうちに、ジミーたちの背中側には、ドバールが指揮する空挺部隊が来ていた。ジミーたちは、彼らに見つかっていた。
ジミーたちを捕らえた魔装魔族兵は、魔動通信機の前に彼らを引き出した。彼らの前には、投影されたドバールの三次元像が現れていた。
「あんたたちは仲間に締め出されたのかい。何? ユバル達が締め出したのかね。まあ、そうだろうな。愚かな奴らだ。まあ、見ていろ。ユバルの思う通りにはさせぬ。上空の魔動戦艦、地下への入り口をこじ開けよ」
ドバールの命令が下ると、大扉の周辺から魔族魔装兵たちは距離を開けて退避した。しばらくすると、大扉に向けて大規模な砲撃が始まった。だが、簡単には大扉をこじ開けることはできなかった。それでも、次々に投入される魔動砲撃兵器が次第に強力になり、ついには極超高波長の魔法を、全ての魔動戦艦が位相を合わせて打ち込んだことにより、ついには大扉の一角に出入りできるほどの穴が開いた。
号令とともに、その穴から多数の魔族魔装兵が突入していった。すると、狭い空間の中で、魔族魔装兵と地球人類側との肉弾戦に近い激烈な戦闘が起きた。
空挺部隊は全て突入していった。ジミーたち三人は、突入していった魔装兵の後を、十分な距離を確保しながら静かについていった。大深度地下へ深く進んでいくと、その途上には魔装兵たちの死体と地球人類側の死体が散乱していた。エルフたちの死体は、男女ともに特にひどい跡があった。魔族たちは、エルフたちだけには特別の感情を持っているらしく、魔族数人でエルフ一人を抑え込んではその身体を舐った跡があった。
さらに、行き止まりの最奥部に近づくと、そこでは、銃撃戦の音が続いていた。
「このままでは若者たちが皆殺しにされてしまう。何とか逃がさないと」
ジミーたちはそう言うと、最下層の冬眠室となる大深度地下ドームへと自らを一気に転送した。
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ユバルたちは、どんどん下層へと逃げて行った。千年の冬眠のゆりかごとなる地下ドーム内部の隔壁を閉じてしまえば、地上から通じるすべての通路や設備が全て凍結される仕組みだった。だが、魔族魔装兵たちの追及は厳しかった。ユバル達は、次第に仲間たちが魔導兵器の前に倒れていく中を、奥へ奥へと逃げ続けた。ユバルは、人類側に大扉内部へと入り込むように伝えながら、外から閉そく処理を始めさせた。部下たちが反撃する中、彼は不意に一人だけ隔壁内部へと入り込んだ。
「では、我々も......」
部下たちも、それに続いていこうとした。だが、それはかなわなかった。
ユバルは今まで張っていた魔力防壁を解除すると、部下たちは後ろから殺到した魔装兵たちと肉弾戦を始めざるを得なかった。その混乱の中、ユバルは大扉を閉じてしまった。
「ユバル殿下......」
凍結が始まった大扉の外では、ユバルの元工作員たちの声が響いた。しばらくすると呼びかける声と怒号は消え、元工作員たちや魔族魔装兵たちは、地上から大扉へ通じる通路全てにおいて、ことごとく全滅してしまった。ユバルは元工作員に語り掛けるように独り言を言った。
「あんたたちは、私に逃げること、原時空人類とともに歩むことを勧め続けた。しかし、わたしがこれからやることは、弱気なあんたたちの意志とは違う。私はやはり彼らを捕獲してマゴクの私の母の辺境領へ帰ることにするんだ」
こうして、地下冬眠ドームの隔壁は閉塞し、外側のすべての施設が凍結し凍り付いたのだった。
すでに奥の冬眠ドームでは、すでに冬眠に入っている人類たちに加えて、先ほど逃げ込んだ人類の残りが冬眠する予定で作業が進められており、大扉の中も凍結しつつあった。
「これで、原時空人類のすべてが眠りに入ってしまえば、難なくノードへ転送できる......」
こう言いながら、ユバルは指令所にいたエルフたちを、自分の計画に賛同させ組み入れてしまった。原時空人類たちに協力するはずだったエルフたちは、全て、故郷の魔國へ帰ることを条件に、ユバルがこれから行おうとしている計画に賛同したのだった。
ユバルは、すっかり安心してドーム最下層まで巡り歩くことにした。どこからどこまでが転移対象であることを確認するためでもあった。その彼の耳に、聞きなれた声が地下の空間に反響しながら聞こえてきた。それはジミーと理亜、玲華の三人だった。
「ジミー君、此処で何をしているんだ?」
彼の声は引きつっていた。ジミーはそれに気づき、ユバルが何かを仕組んだことを考慮しながら、何事もなかったように返事を返した。理亜と玲華もまた、ユバルに会うことを想定していなかった。
「おお、ユバルじゃないか。無事で逃げ込めたのか?」
「無事? そう、無事にね。あんたたちも逃げ込んだのか?」
ユバルは、ジミーたちがどうやって隔壁内へ逃げ込めたのか、不思議だった。それは、ジミーの何か得体のしれない能力を暗示しているように思えた。
「私たちも魔装兵たちに追いかけられたのよ。何とかして此処までたどり着いたのよ。」
理亜の言葉は、間違ってはいなかった。彼らは、ジミーの転送処理によってドーム最下層に達していたことには、触れなかった。
ユバルは、ジミーたちに彼の計画を邪魔されたくなかった。そこでユバルは、なんとかジミーを説得しようとした。原時空人類たちの未来が原時空にないことなどを納得させようとした。だが、ジミーはユバルが相変わらず原時空人類を資源として見ていることを見抜き、反論を繰り返していた。
その議論が平行線となった時、四人のいた最下層に、突然に魔動戦艦の艦首が顔を出した。それは、ドバールによる時間軸転移魔法による転移だった。一挙に魔装兵たちが出現し、ジミーとユバル、理亜と玲華は、彼ら魔装兵たちに囲まれてしまった。他方、他の魔装兵たちは中央動力装置へ向かおうとしていた。
ユバルは、突然に魔装兵たちを一挙に倒した。気付くと、彼の手には二つの魔槍があった。4人は一気に中央動力装置へ達し、魔装兵たちを倒した。だが、魔装兵たちがこれから怒涛の如くドーム内部に侵入することは、時間の問題だった。
「今は、原時空人類たちを含めて地上に逃げるしかない」
「だが、何処へ?」
「荏原だな」
「ジミー君、先ほど言ったように、私の転送術で彼らを魔國に......」
「それは反対だ。それに、もう遅い」
そう言うとジミーは中央動力装置を全員冬眠覚醒処理に移行させ、全員に起きて転送を待つように警告した。既に一部の領域は転送が開始されていた。
若者たちを荏原の地へ転送し終わり、次にユバル達エルフは自らを転送しようとし、ジミーや理亜と玲華もまた転送で逃げようとしたとき、ドバールの率いる魔装兵たちが冬眠室のホールに突入してきた。
ドバールは、冬眠室の原時空人類の若者たちが全て転送された後であることを知り、顔を真っ赤にして怒り狂っていた。
「どこへ転送した? 転送したのはお前か?」
ドバールはジミーたちを前に、彼らが答えるはずのない問いをぶつけていた。ジミーたちから答えがないことが分かると、ドバールは、部下たちに転送の痕跡を調べさせた。
「このままでは、いずれ転送先も分かってしまう」
ユバルはそう言ったが、その言葉をドバールは聞き逃さなかった。
「そうか、お前たちの関係先が転送先なのだな。よし、まずは双葉町を調査しろ」
ドバールはそう言うと踵を返して戦闘艦にユバル達エルフとジミーたちを連行するように指示をした。
「このままでは危ない、転送した若者たちを守らなければ」
後ろ向きになって地上に戻り始めた戦闘艦に乗りながら、ジミーは独り言を言った。それに対して、ユバルだけでなく理亜と玲華が怪訝な顔をした。
「どうやって?」
ジミーたち4人が地上にもどると、ドバールは皮肉を込めた言葉をユバルに向けた。
「おお、明るいところで確認してみれば、ユバル殿下ではないか。」
「そうね」
ユバルはそう言いながら、仲間となったエルフたちやジミーたち三人とともに魔動戦艦の中から出て地上に降り立った。その上空では、撤収を終えた魔導艦隊の大群が空を埋め尽くし、ジミーの送り出した若者たちを探すために動き始めようとしていた。
「これでは、危い」
「そうはさせん」
ジミーは手を挙げ、ドバールの艦隊全てを一挙に地上に擱座させてしまった。ドバールは驚き、擱座した魔動戦艦からきわめて細い魔弾を、ジミーの身体を貫くように放った。
「むだだよ」
ジミーがそう言うと、幾重にも放たれたはずの魔弾が途中で蒸発した。同時に、擱座していた魔動戦艦の一部が爆発した。
「す、すごい。魔動戦艦が次々に爆発していく......何が起きたの?」
玲華が周囲を見渡して声を上げた。ジミーも勝ち誇った。しかし、彼の顔はすぐに曇った。今の攻撃におけるジミーの処理は失敗だった。
「艦隊を全滅させるはずが、爆発したのは近くの戦艦だけか......そうか、何か余計なものがあるんだ」
ジミーは自らの計算違いに気づいた。それを補完するように、ユバルが指摘をした。
「それは、ヘクサマテリアルね」
「なんだ、それは?」
「魔法を司る媒体 そして、エネルギー源、また道具そのものかな」
ジミーはそれが計算できない原因であることを、やっと理解した。
「ポンコツ計算機!」
玲華はそう言ってジミーを睨んだ。
そうこうしているうちに、擱座した大艦隊からは再び大量の魔装兵たちが出てきた。ジミーたちは、魔動戦艦の開けた穴からふたたび地下へ逃げるしかなかった。ドバールたちも追って来ようとしたが、ユバルは、逃げ込んだ穴をふさいでしまった。ドバールは苦し紛れに、ユバル達が逃げ込んだ穴の辺りに大量の砲撃を加えた。
大きな振動の中、4人はトンネルから何とか地下の冬眠室の隔壁の中へ逃げ込むことができたのだった。
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出口は完全にふさがれた。しかも、ドバールの結界が、四人の動向を探っていることも感じられた。ユバル達もジミーたちも、冬眠ドームから出ることができなかった。都合の悪いことに、無人になった冬眠ドームは、すでに稼働しつつあった冬眠プログラムによって隔壁全体が凍結しつつあった。
ユバルらエルフたち、そしてジミーたち三人は、それぞれ冬眠カプセルに飛び込むしかなかった。