3-5 ポンコツリーダー成長への道
「これからどうしようか?」
「ジミー君、何言っているの?」
「玲華ちゃん、あの魔物達が荏原の付近から急にいなくなったから、もう安心だよ」
「何言っているの? 本当に、これからどうなるかわかっているの?」
「でも、ここは襲わてもすぐ通り過ぎるさ。若者たちをこれ以上捕獲できないはずだから......」
「どうして?」
「もう、若者はもうここにはいないんだぜ......」
「ジミー君、どういうこと? いない? それはどういうこと?」
「以前に、あのエルフたちに、僕たちの仲間が連れて行かれる様子を見たでしょ。あの…よくわからないところだけど......。あの怪物たちも、ここで、僕たちみたいな若い人間たちをすべて捕獲していったんだよ」
「そう、なぜそう結論できるのか、わからないんだけれど。ところで、『僕たちみたいな』とは? じゃあ、『僕たち』つまり私たちが、まだここに残されているのだから、此処というよりここに居る私たちがまた襲われるということでしょ?」
玲華は、ジミーの得た結論と、ずれている現状認識との間との矛盾を指摘した。なぜこのような矛盾があるかというと、ジミーは先ほどまで脳裏に流れ込んだ膨大な情報と様々に計算した結果「若者たちがすべて捕獲された」ということを記憶に残して、動きを止めつつあった。そのせいで、次の論理展開の途中で「僕たちがまだここに居る」ことを考慮に入れることをことをすっかり停止していたのだった。
「え? そうかな? そうだね......」
「ジミー君、言っていることがおかしいわね。じゃあ、どうするの?」
玲華はジミーを問い詰めたところで、理亜が結論を言った。
「ということは、早くここから出発しなければいけないのね」
ということで、三人たちだけで逃げ出す準備を始めたのだった。
眠ってしまう前の彼の脳裏は、確かに彼ら三人が此処にまだとどまっていることを計算に入れ、その結果によれば、急に撤退した魔装兵団が今度はもっと膨大な規模をもってこの辺りを再度調査しにくることは、確実だった。既に、感覚的にそのことを察したらしい街中の多くの住民たちが、次々に逃げ出し始めていた。だが、彼の脳裏が動きを止めてしまっては、先ほどまで認識していた魔装兵団が再来するという結論を蒸発させてしまい、今の彼は何も考えていない木偶の坊だった。
「どこへ? 何が?」
このことばだけでわかるように、ジミーはもう明晰さを失っていた。そんな頼りないジミーを見て、玲華はあまりに不甲斐なく、大声を出した。
「さあ、逃げるんでしょ! ジミー君、何処へ行けばいいのよ! ねえ、ジミー君、しっかりしてよ!」
「そんなに強く言わなくてもいいじゃない。三人で相談して協力して逃げればいいじゃない」
理亜はそう言ってジミーをかばった。しかし、理亜の内心も玲華と同じだった。だが、肝心のジミーは、逃げ出さなければならないのに、この期に及んでも少しの物音に驚いて巨体を丸くしたり、巨体を隠そうとする虚しい努力を繰り返していた。
「ああ、ジミー君!!」
理亜がそう言って、混乱しているジミーを抱きとめ、やっとのことで落ち着かせた。そして、優しい声でジミーに呼びかけた。
「さあ、どこへ行けばいいかだけでも、相談しましょ」
それが引き金となって再びジミーの脳裏がのろのろ動き出した。
「そ、そうだ...確かに捕獲し損ねた僕たちを、再び襲い来るに違いない! 逃げなければ....」
「そんなことは、分かっていることでしょ? 問題は、どこへ行けばいいのかしら、ということね」
理亜は、ジミーを見てもう一度問いかけた。玲華も同じように問いかけた。ジミーは、それにこたえるように正常に戻り、まっとうな答えを返してきた。
「イサオ兄さんの所へ行こう。ただし、煬帝国東瀛方面政府の行政能力は完全に失われているように見えるから、おそらく魔装兵団の占領部隊が、すでに東京中心部を占拠しているはずだ。そこは通れないね」
「じゃあどうすれば......」
「みんな、北周りで葛飾へ行こう」
この時だけは、理亜や玲華にはジミーが頼りがいのあるリーダーに見えた。
ジミーたちは、葛飾の双葉町を目指すことにした、それが三人一致の意見だった。そこには少なくともジミーたち三人に関係の深い兄イサオがいるはずだった。
三人は、互いに励まし合いながら、いや、理亜と玲華がジミーを励ましながら北へ向かった。
荏原付近から北へ通じる環七通りでは、蒲田や大森から洗足辺りまでの住民たちが、疲れ切った足を引きずりながら北へ向かっていた。ジミーたち三人も、その群衆の後に続いて歩き続けていた。後ろを振り返ると、道路上には黒焦げになった大量の車両が放置され、道路の両サイドは遠くまで破戒し尽くされたため、焼け野原とビルや家々の残骸の荒野が遠くまで見通せた。笹塚を超え、高円寺を通過するころになると、環七通りは右射線まで北へ逃げようとしたのであろう、無人の自動車で埋め尽くされていた。
歩いたほうが避難は速いのだが、物に執着している人々は車にものを詰め込んでいた。だが、おそらくそれが命取りになる......。理亜と玲華は疲れた頭でそんなことを考え、歩み続けていた。ジミーはというと、二人と一緒に歩いていながら、その顔は何も考えていないように見えた。
三人がもう一度後ろを振り返った時、遠く荏原付近には、巨大な戦闘艦が再び地上を襲う様子が見えた。ただ、そこには、その戦闘艦に対して地上から見たことの無い反撃も見えていた。そして、その戦闘は徐々に北上し始めていた。
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「こんなところにいたのか。ほんらいは、あの捕獲し損ねた若者たちを捕まえようと思ったのだが...ここに居たのか、ユバルども。ちょうどいい。捕獲作戦と並行して、ユバルを捕らえ、原時空での破戒僧の真相をしゃべらせよう。必ず奴らを捕まえろ」
巨大戦闘艦坐上のドバールは、そう叫びながら、次々に攻撃の手を直接指示していた。
地上にいたのは、ユバル達。つまり、もともとの捕獲部隊と原時空監視部隊だった。彼らは魔國の魔装兵団を隠れて監視していたのだが、逆に魔装兵団に見つかって荏原から上馬経由で笹塚まで転戦していたのだった。
「ここで、反撃をしましょう」
「そうです。ユバル様。このままでは、逃げ場を失ってしまいます」
だがここで、ユバルの脳裏に響いた言葉があった。
(古き預言者の伝えし預言のごと、荒らす憎むべき者が立ってはならぬ所に立ちしとき、人々は逃げよ...)
「それならば、まだ彼らの手の及んでいない東京の高台 つまり北西域へにげる向かうしかない」
ユバルたちはそう言うと、魔装兵団から急速に逃げ出し始めた。こうして、北西へ逃げ始めたユバル達と、追撃し始めた巨大戦闘艦とが、大挙して環七通り沿いを北上し始めていた。
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「このままじゃあ、あの先頭に私たちも巻き込まれてしまう」
この時、ちょうどユバルの脳裏に響いた声がジミーの脳裏にも響き、それがジミーを覚醒させた。
(古き預言者の伝えし預言のごと、荒らす憎むべき者が立ってはならぬ所に立ちしとき、人々は逃げよ...)
「いまはあの陸橋の裏にある物置に逃げ込もう」
ジミーは急にそう言い始め、戸惑った二人を引っ張って、やっとの思いで身を隠した。その陸橋の上の部分を、ユバル達が北から西へ方向を変えて逃げて行き、それを追って巨大戦闘艦が南側を通過していった。
ジミーは覚醒したまま狭い物置部屋に、理亜と玲華とを押し込んだ。途端に、鈍い振動と破壊音、悲鳴と怒号が始まった。ただ、そんな周囲の音は物置の部屋の中までは伝わってこなかった。反対に彼は、二人の少女の肉感に悩まされ始めた。
このままジミーが気を失えばよかったのだが、残念ながら戦闘艦が隠れている陸橋の南側をかすめ通った後もジミーは覚醒したままだった。覚醒しているゆえに、苦し紛れに様々な計算、算定、算出を繰り返した。
確かに、ジミーは理亜と玲華が薄着のままで傍にいても、気絶しなくなった。もとより、彼は約した女性との間以外では情熱を持ってはならぬという禁忌を、理屈で理解するのみならず気を失いかねないほどに心と体にも刻み込んでいた。それでも、身動きのできない物置の中で、彼は、身近な彼女たちの存在と魅惑とを嫌でも感じさせる薄着での彼女たちの間で、情熱の高ぶりに苦しみ悶える地獄を味わい続けたのだった。だが、ジミーのそのような精神的努力を理亜と玲華は簡単に打ち砕いた。
「ジミー君、なんかエッチね」
娘たちにそう言われては、ジミーは黙って汗だくのまま外へ急ぎ出るしかなかった。
周囲の阿鼻叫喚と破壊の大音響がおさまった後、三人が出てきたときには、地上は東西南北のどの方向も焼け野原になっていた。環七通りが向かう北東方向も、すでに逃げ遅れた者たちの残骸が散乱していた。それらの廃墟には、幼子や老人たちだったと思われる人間の成れの果てが残され、若者たちはおそらく全てが捕らえられたようだった。若者たちがいたと思われた建物や道路上には、彼らが身に着けていたはずの装飾品や衣類が散乱していた。
戦闘艦が来たであろう南の方角の街並みは、そして戦闘艦が向かっていったと思われる西の方向の街並みは、もっとひどかった。高炉の火に融解して固まった後のように、全ての家屋やビル街そして生活していた多数の人類の残骸が、鏡面のようになった地面の中に固定されていた。ただ、それでも、柿の木坂辺りから南側はまだ街並みが見えた。そこから先は、まだ人間たちがかろうじて暮らしている様子だった。
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ジミーたちは再び環七通り沿いに北東へ向かった。だが、十条という地名だった地点に達した時、そこから先が深く大きい谷が南北にえぐられていた。それは、東瀛首都を襲ったドバールの魔族魔装兵団が放った深い砲撃跡だった。その砲撃は、おそらく東瀛駐在の煬帝国皇帝府や煬帝国駐屯軍を降伏させる脅しのために、占領した議事堂付近から北の冬の皇帝宮殿や政府機関へ向けて放った一発だったのだろう。この攻撃で、東瀛の行政組織はほとんど崩壊したようなものだった。
今は、大きな谷筋の北端も南端も魔術によって水が谷筋に入り込んでは来なかった。水で谷が見た背れていれば、水面を渡ってしまえば向こう岸に容易に渡れそうだった。だが、谷で行き来を遮断しておくことに何かの狙いがあったらしく、谷には水が一切入り込んでいなかった。深い谷のかすむ向こう側、おそらく鹿浜と思われるところへ行くには、フィヨルドのように、崖を降りて深い谷底へ降りる必要があった。
「どこから降りればいいの?」
「ジミー君、どこから降りられるのか、わからないかしら?」
「え、降りられるよ」
彼はそう言うと、飛び降りていった。彼は何か考えがあるように見えた。いや、単に見えただけだった。現実には彼は落ちていた。そのことは、彼が降りて行った崖の下から、声が聞こえたことが説明していた。精確に表現するならば、それは崖にとっかかりを見つけては落ちてしまうジミーの悲鳴だった。理亜と玲華は、その後彼が悲鳴を上げた場所を手掛かりに、なんとか安全に降りて行くことができた。ある意味で、ジミーはこの日彼女たちの導き手となったのである。
こうして、確かに谷底へ下ることはできた。ただし、振り返ってみれば、それらは道をたどったということではなく、はるかながけの上から、時には滑り、時には野犬たちが下って行った跡をたどり、時にはおそらく原時空人類でない人間たちの通った跡を下ってきたのだった。
「ここまでくれば一安心ね。ジミー君の導きのおかげね。あとは谷を横断して、あの川を越えれば......」
だが、単純にジミーが頼りになるというわけではないことを、この後理亜と玲華は改めて確認した。それは、彼らが谷底をさ迷い歩くゴーレムを一目見た時にわかった。
「あれは...うわあ、もうだめだ。逃げよう!」
「ジミー君、逃げるの?」
「えっ!? まってよ」
ジミーは巨体を揺らして、すでに逃げだしていた。理亜と玲華もその後について駆けだしていた。この逃亡時にも、ジミーが率先して行動していた。やはり、ジミーは、逃げ出す点についても理亜と玲華を導いていた。
こうして谷を越え、三人は対岸の鹿浜、都内で無事な足立葛飾の地に着いた。彼らはジミーのポンコツな導きによって、やっとのことで葛飾区双葉町に達した。
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東瀛が魔族によって占領に至ったころ、原時空の地球上各地では既に魔族の支配がいきわたりつつあり、その地域社会や国家、それらが構成していた様々な同盟や国際機関がほとんど崩壊していた。すでに、地球上のすべての地域では組織だった軍事的行動が無くなり、帝国正規軍の魔装兵団は我が物顔で若者狩りを繰り返した。魔族たちの横行によって若者以外は、殺されるかまたは放り出されて死に至るばかりとなり、原時空人類は急速に人口を減らしていった。原時空人類の都市や村々は、すっかり森や砂漠に埋没した。
逃げ切ったユバルやその部下であるエルフたちは、ほとんど死滅した人類が各地に残した廃墟に入り込んだ。廃墟ばかりでなく、少しばかり残っていた原時空人類たちの小さな社会にまでも、エルフたちは入り込んでいった。いまエルフたちが加わったとしても、もはや誰も咎める原時空の人間たちはいなかった。いや、エルフたちが多数派にさえなりそうだった。そして、焼け残った柿の木坂から荏原付近を含む蒲田までの地、また葛飾・足立の地は、東瀛の地は、数少ない原時空人類9の残存社会として維持され続けていたのだった。
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「あんたたち、この家になんか用事があるのか?」
元の数野葡萄園の敷地入り口に立っていた厳つい男が、ジミーを睨みつけて問いかけてきました。ジミーはその巨体を小さくして縮こまりながら、小さな声でやっとのことで応えました。
「あ、あの、イサオさんに用事があって......」
「イサオ? そんな奴はここにはいないぜ」
「え、だってここは数野園だったところでしょ?」
「そうだ。だがな、俺たちにはイサオなんて名乗っている仲間はいないんだよ。さあ、帰れ帰れ」
門番の男は、おどおどしたジミーをてんで相手にせず、門前払いを続けていた。ジミーの自宅であると思い、理亜と玲華は遠慮していた。しかし、らちが明かないと思ったのか、玲華が門番に食って掛かった。
「また、このリーダーは役に立たないんだから......門番のあんた、この家に厄介になってどのくらいたつのかしら?」
「あ、ああ、俺か? 俺様は半年前からこの仲間だぜ。あんたらみたいに、新たに仲間に加わろうとするやつを、こうやって見定めるのも、俺の仕事だよ」
「へえ、私たちをどう見定めたのかしら?」
「お前たちも、此処に入団したいんだろ? そうすれば一応はお飯のくいっぱぐれは無いし、な」
「私たちが、入団希望だって? へえ、私たち、そんな風に見えるのか知らねえ」
「この女、偉そうにしやがって。二人ともそんな薄着なら、今すぐひん剥いてやる」
門番はそう言うと、無口でおとなしそうな理亜に手をかけた。理亜は驚いて思わず悲鳴を上げた。途端にジミーの脳裏が活性化して、その表情まで変えていた。
「おい、門番、その汚い手を彼女からどけろよ」
「な、なんだ、お前たち。ここを襲いに来たのかよ」
門番はそう言うと、警報を鳴らした。すると、中から一斉に仲間たちが飛び出してきた。
「何が起きたんだ?」
「おい、門番、どうした?」
「こ、こいつら、俺を襲おうとしやがって......」
門番は腰を抜かしながら、そう報告するのがやっとだった。その様子を見た仲間の一人が、ジミーを睨みつけた。
「この野郎......」
「おい、気をつけろよ。こいつ、どこかで俺たちの仲間を叩きのめしたことがあるぜ。どこだっけか?」
そんな仲間同士の警戒の相談を耳にして、ジミーは声をかけた。
「あんた、新小岩の土手沿いであったことがあるよな?」
「あ、こいつ、ヤバイ」
今まで仲間たちの先頭に立っていたリーダー格の男が、途端に顔色を変えた。それを見てジミーは畳みかけた。
「そうか、では今度こそ...」
「数野君でしょ、待ってあげて!」
ジミーが遠い昔に聞き覚えのある声だった。彼は思わず、その声の方を向いて驚いた。
「青木さん、青木恵子さん......」
「そうよ、わたしよ。彼のことは待ってあげて。それから今、リーダーも来てくれるから」
恵子はそう言うと、家の奥に合図を送った。すると、奥からリーダー、すなわち数野イサオが顔を見せた。
「おお、ジミーじゃないか」
この声で、門番とその仲間たちも、ジミーたち三人も驚いて声の主を見つめた。
「オウ、兄弟たち。彼は俺の家族、数野ジミーだ。そう、手は出すなよ......。ジミー、歓迎するぜ、よく帰ってきたな。そして、あれ、理亜ちゃんと玲華ちゃんじゃないか、二人とも歓迎するぜ」
彼がそう言うと、今までジミーたちを警戒して睨みつけていた男たちは、おとなしくイサオの後を追って家の奥へと消えた。代わって、恵子がジミーたち三人を客間と思しき離れへと案内したのだった。
「青木さんが、兄たちの組織に加わっているなんて、想像もしていなかったなあ」
「ええ、イサオさんは、私の身の安全の保証をしてくれたから、私はここで安心して暮らせているの」
「兄の罪滅ぼしかな」
「そうね」
こうして、ジミーたちはようやく安住の地に達したのだった。