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神鳥の墓守  作者: たの・のぶかず
2/2

プロローグ

 森の中を走る男と女がいた。

 女は赤子を抱えながら、傷ついた男は二人を護るように。

 苦しそうに走っていた。

 薄暗い森、霧とは違う異様な雰囲気の森、どこへ進んでいるかも分からない森。

 それでも森の奥へ奥へと走る二人。

 今が昼なのか夜なのかも分からない暗闇を走り続ける二人は、どうして追われているのか、どうして逃げているのかを考えようとした。

 しかし、そんな考えに至る前に、どうして護ることができなかったのかを後悔した二人は、それを口に出せないことにも疲れたのか、徐々に歩き始めた――瞬間、空気が変わる。

 それを感じてすぐに走ろうとしたが、二人の息は荒く呼吸が整わない。

 女に抱かれた赤子は眠っている。その顔を見ながら木にもたれかかった男が口を開いた。

「大丈夫か?」

「えぇ……せめてこの子だけは、護ってあげないと……」

 そう言った女は、男に微笑みながらゆっくり座った。遠くを見つめた男は目を細めると、小さく息を吐いてから女の隣に座る。

「ごめんな……」

 赤子の頭を撫でながら男が言った。溜息をついた女は口を尖らせると、うつむいたままの男をの頭を撫でた。

「と言うことは、私と一緒になったことを後悔しているのね?」

「バカ言え。後悔してるわけないだろ!」

 顔を上げた男に『分かってるわ』そんな笑顔を向けた女は、大きく息を吐いてから立ち上がると、遠くを見つめ目を細める。

「もしもこの子が無事だったら……」

「託す、と言うと無責任だが……いつか俺たちが残した(しるし)を、見つけてくれることを願おう」

「私たちの冀望(きぼう)を……少しでも受け止めてくれたらいいわね」

 束の間の休息を笑顔で終えて歩き出そうとした二人は――すぐに異変を感じて立ち止まった。重い空気がのしかかる。

「ぐっ、これは……魔力溜まり!」

 視線を向けた先に見える洞窟から漂う黒く濃い霧に気づいた男は、その洞窟の中から強い私怨のように感じる光にも気づいた。

 息を呑んだ男は、女の前に立つと大きく息を吐く。

 そのとき、黒く大きな塊が動いた――ゆっくり動いてきたそれは洞窟の中から出たとき、男の背丈より遥かに大きなことが分かった。

「ド……ドラゴンか!?」

 諦めたような男の声が漏れた。声をかけようと振り向こうとしたとき、通り過ぎて行く女に気づいて手を伸ばした。

「危な――」

 そう言いかけた男は、赤子を諭すように優しい顔をしていた女を見てその手を引いた。

 黒い大きな物体は、赤子を抱いたままゆっくり歩いて来る女を睨む。

 女は何かを感じていたのか、そんな視線に動じることなく黒い大きな物体の隣に座ると、抱えていた赤子を見せた。

「大丈夫。私も同じよ……ほら」

 器用に首を縮めた黒い大きな物体は、女と赤子に顔を近づける。

 息を止めた男は動こうとして思い止まると、大きく息を吐いた。

 女と赤子を見つめていた黒い大きな物体は、何かしらの気配を感じ取ったのか「ぐおおおっ」と息を吐いた。

「何か、大丈夫そうだな……」

 少しだけ軽くなった空気を感じた男は、そう言って女の側に近寄ろうとしたとき――微かにひゅっ、と聞こえた音と同時に腰にかかった短剣を抜き、それを跳ね返した。

「そうか……初めからここが墓場ってわけか」

 再び、黒い霧が強く重くのしかかってくる。

「アルダ! ……愛してるわ」

 洞窟から女が叫んだ。それを聞いたアルダは、全て理解したように目を閉じて大きく息を吐いた。

「最後にロルトを抱きたかったが、後は頼む。ローデス! 愛してる!」

 ローデスは騒がしさに目を覚ましたのか、ロルトを高く上げる。アルダは、目が合ったロルトがにこり、と微笑んだような気がした。

「真面目に剣術とかを覚えればよかったな……」

 アルダは目に見えないものを相手にできるのかと躊躇ったが、どのみち強大なこの魔力結界の中ではどうにもならない。

 苦笑いしながら短剣を地面に刺したアルダは左手の指輪を右手で撫でると、呼応するように念じ始めた。


 アルダの願いを叶えるように、徐々に灰色の結界が広がって行く。それはすぐに洞窟の中のローデスと黒い大きな物体を包み込んだ。


 灰色の結界を見ていたローデスは着ていたローブを脱いで地面に敷くと、その上にロルトを寝かせる。

『なーにー?』『着替え?』『ごはん?』

 ローデスは興味津々な視線を向けるロルトの頭を撫でると、寂しそうに左腕につけた銀色の腕輪に触れた。

 ローデスの決意を感じ取ったのか、黒い大きな物体が動き始める。

 表情と言うよりは、同じような目をしてるであろうことが分かったローデスは、きっと邪魔をしているわけでなく、黒い大きな物体も決意を持ったのだろうと思った。

 しばらくもぞもぞと動き「ぐえーっ」と声を抑えるように小さく鳴いた黒い大きな物体から、ロルトと同じくらいの白い卵が落ちた。

「おめでとう……」

 小さく声をかけたローデスは黒い大きな物体に笑みを浮かべたが、すぐに目を伏せると、ロルトに視線を向けたまま話を続ける。

「ごめんなさい。あなたたちを巻き込んでしまって。でも、この転送はロルトひとりが精いっぱいなの。どうにかしてあげたいけど……」

 ローデスの話を理解したのか、黒い大きな物体が自分の体の中に顔を埋めた。もぞもぞ動いている音は聞き覚えがある、どこか懐かしいような寂しいような軽い羽毛の音。

「あなたは……」

 何かを確信したような顔をしたローデスが話を続けようとしたとき、顔を出した黒い大きな物体が一本の白い羽をローデスに渡した。

「そう……最後の、白い羽根……。神魔の争いは形を変えて、続いているから……あなたもこの子に託したいのね」

 そう言ったローデスは黒い大きな物体の頭を撫でると、白い卵もローブの上に乗せロルトと一緒に(くる)んだ。

 ローデスは一瞬アルダへ視線を向ける。小さく微笑みながら自身の腕輪に白い羽根を重ねると――小さな光を放ちながら、白い羽根が消えた。


 暗闇の中を凝視していたアルダは、後方から優しい光が自分を包んだことが分かった。安心したように大きく息を吐いてから口元を緩めると、目を閉じてから詠唱を始める。

(あれだけの祝福の儀式をした以上、ローデスの気配も感じ取ってるはず。何とか食い止めたいが、この結界の中じゃ、どれだけもつか……)

 辺り一帯の魔力結界が黒く重くなっていること感じたアルダは苦しそうに片膝をついた。

(だが、このくらいの魔力であれば何とか耐えられるはず。俺の力を知らないのは好都合だ)

 強い魔力結界を作るには距離が関係する。対象者に近ければ結界は強くなるし、対象者から遠ければ結界は弱くなる。

 術者が対象者に近づけば姿を見られたり、直接攻撃を受ける危険性があるし、逆に対象者から遠く離れていると、姿を見失ったり、逆に察知されてしまう危険性がある。

 術者と対象者の力関係を正確に捉えることが前提条件だが、通常は対象者の様子を見ながら遠距離で結界を展開し続けるものだが――

 暗闇の中から動く影に気づいたアルダは、口元を緩めた。

 仲間がいるなら結界を展開したまま様子を見ているだろうし、もしくは遠距離で対象者を攻撃すればいい。

 目の前に現れた黒いローブを着た人物を見たアルダは思った。コイツは力に自信があり、俺より強いのだろう――と。

 魔導士と呼ばれる者にとって必須なローブは、信仰や所属を意味する色や紋章の刺繡を入れて差別化を図っていることは知っていたアルダ。

「まぁ、見てくれ通りだろうが……俺たちに何の用だよ。しつこく追いまわしやがって」

 しかし、黒いローブとは見るからに怪しい風体。アルダは呆れたように言ったが、黒いローブの人物はぴくりとも動かない。恐らく……とは思ったが、魔に属する者か人に属する者かは分からなかった。

「なんせ、心当たりが多すぎるからな。できれば事情を聞いて、納得したいんだが……(目元は、人のように見える)」

 アルダはそう言いながら、黒いローブの男を観察した。顔は布で覆われているから分からないが、隠しきれないほどの強い魔力。素手で挑んでも勝てないことは分かった。

 ならば、目の前の短剣を抜いて斬りつける。結界は消えるが一瞬のうちに斬りつければ――もちろん、相手の動きが早ければ殺られるが――傷つけられないにしても、また結界を作り直せば。

「……どのみち、殺られる、か……(なら――)」

 そう呟いたアルダが、体重を前方に移動させようとしたときだった――

「ぐええええええええええええええ」

 ドラゴンの咆哮のような黒い大きな物体の鳴き声は、魔力をかき消し森の木々をなぎ倒した。

 ほんの少しだけ身体が揺れた黒いローブの人物の目がにやり、と笑う。

 耳に伝わる振動が、殺気として脳に刺さったアルダは振り返ると、黒い大きな物体の大きくい開いた口に、輝く魔力弾が見えた。

 自分もろとも、黒いローブの人物を吹っ飛ばす。それならば二人の犠牲だけで済む。

 大きく頷いたアルダは「そりゃいい考えだ。どうせ失敗すれば終わり。頼むぜ、黒いの」そう言って黒いローブの人物へ視線を向けた。

 魔力弾を構える黒い大きな物体、ローデスは結界を作るため詠唱中。まだ時間を稼がないと、アルダは考えていた。

(この魔力結界を見れば分かる。俺ひとりで太刀打ちできない強大な魔力の持ち主。それに、この違和感は何だ? 俺もそこそこ魔力が強いと思ったが、コイツの魔力は異質……もし、これが潰えたはずの……いや、それは今更どうでもいい。考えても意味が無い)

 詠唱時に漏れるローデスの思念伝達を感じながら、自身の指輪に力を込めるアルダに懐かしい風が吹いた――一瞬、振り返ったアルダが黒い大きな物体を見つめる。

「……お前はジャーセイか? 黒くて気づかなかったが……神聖力はどうした?」

 微かに感じた風もすぐ私怨に変わった。

(いや、最後だとか仕組まれたとかは、この際どちらでもいい。この巡り会わせは神のおかげと信じればいいだけ。きっとローデスの行いがよかったからだ)

「……なぁ、その辺に神がいるのなら……これまでの、ほんの少しの善行に免じて、俺にも少しだけ加護をくれないだろうか?」

 更に強くなっていく魔力結界。アルダは苦しそうに笑っている。

(洞窟もろとも、魔力結界で俺たちを閉じ込め時を待つ。そう言うことか……)

「神よ、もしも俺の思念が記憶されるのなら、この思いが届くのであれば、受け継ぐ者に加護を与え賜え」

 ジャーセイと呼んだ黒い大きな物体の思念がアルダに重なり、繋がった。


(黒き私怨の中で小さく光る願い。その光を託してくれたのなら、これは運命――)

それを感じたローデスは、神へ最後の冀望を伝える。

(大丈夫よジャーセイ。思い出して、あなたが産まれた場所を、私たちの故郷を。信じましょう、私たちの子どもを。そして願いましょう。この子たちに加護がありますように――)

 思念伝達が終わったローデスは、神に感謝の理を説いた。それはすぐに形に現れ――


 洞窟を包んでいた神聖結界が消えると、空から落ちて来る魔力層――それに向けて咆哮した黒い大きな物体は、再び私怨伝達を始めた。


 地面に刺さっていた短剣を抜いたアルダは、神聖結界を作るための詠唱を口ずさみながら洞窟へ向かう――黒いローブの人物は右手を向け魔力弾を放つ――短剣に私怨を込めたアルダは、魔力の盾を作って防いだ――弾き飛ばされたアルダの短剣が、ローデスの前に滑って行く。


 アルダの詠唱の効果と神の保護を得たローブは輝き始め――ロルトと卵を包んだままゆっくり浮かび始めた。


 魔力の性質が変わったのか、魔力の盾を貫かれ吹っ飛ぶアルダ。すぐさま黒い物体が作った魔力結界が共鳴し、消滅を防いだ。

「ぐっ……」

 しかし、魔力に侵食され始めたアルダは苦しそうな声を上げた。

 すかさず黒いローブの人物が放った第二波が、アルダを目掛けて飛んで来る。先ほどとは違う強大な魔力波。

(これを防がないと……ロルトたちの未来は無い)

 立ち上がろうとするアルダ。そのとき、ローデスの腕輪の白水晶が砕けた――辺りに光り輝く思念の風が吹く――引き寄せられるようにアルダはローデスの側に転送された。

 その前方を強大な魔力波が通り過ぎて行く。


『ローデス、……もういいか?』

『えぇ、もう大丈夫よ。ありがとう、アルダ』


 ロルトの頭に触れたアルダは、苦しみを忘れたように微笑んだ。二人を見届けたと同時に、神聖力を使い果たしたローデスはアルダの胸に倒れる。

「最後に……加護があったぜ……ありがとう。ローデス愛してる。ありがとう……」

 その言葉を聞いたローデスは微笑んだまま目を閉じた。

 羽を広げた黒い大きな物体は、黒いローブの人物が放ち続ける魔力弾からアルダたちを護っている。

「ジャーセイ、お前もありがとう……あと少し、最後に……頼む」

 そう言ったアルダはローデスの腕輪に触れると、自身の指輪と共に思念を込め始めた――辺りは灰色から白い霧に包まれ始める。

 徐々にヒビが入っていたローデスの腕輪の白水晶が砕けた。

「この命を燃やし、最後の神聖力を解き放て。そしてロルト……と、この卵に加護がありますように――っ」

 神へ最後の冀望を伝えたアルダは、苦しそうに声を上げた。体中を侵食した魔力が受けアルダの指輪の黒水晶が割れたから。

 それでも目を逸らすことなく、消えていく光を最後まで眺め続けているアルダ。


(きっとお前たちを護ってくれるはず。そこにある証に気づいたそのときは……少しだけ俺たちを尊敬してくれよな。ロルトに、卵に加護がありますように……頼むぜ、神よ――)


 転送を見届けたアルダはゆっくり目を閉じると、微笑みながらその場に倒れた。

 やがてローデスの腕輪が光を帯びると、呼応するようにアルダの短剣も輝き始める。それを見た黒い大きな物体も、大きな音を立て倒れた。

 腕輪から神聖力が燃え尽きる様な輝きは、魔に属する者からの侵入を拒んでいるようだ。

 その光は徐々に小さくなって行き、やがて消える。

 魔力結界を作った黒いローブの人物は神聖力の反応が無いことを確認すると、ゆっくり洞窟へ近づいて行った。

 そこにはアルダとローデス、そして黒い大きな物体の姿は無かったが、腕輪らしきものがあった。

「神属器は一つだけか……」

 低い声で呟いた黒いローブの人物は、落ちていた神属器を踏みつけてから洞窟の中へ消えて行った。

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