隠密なせいで婚約破棄されましたが公爵が永久就職させてくれるそうです。
ξ˚⊿˚)ξジャンル推理で真面目な作品をずっと書いていたら突如爆発した何かです。
頭空っぽにしてゴーです。
王城における夜会の一幕である。
突如男が声を張り上げた。
「ウニンティーヌ!ウニンティーヌはいるか!」
「はっ、御前に」
男の背後、小柄な女性が跪いた。
「……貴様っ!なぜ呼ぶと音もなく背後に立つんだ!」
「習いごとゆえでございますわ」
「御前にって言ってるんだからせめて前にでろよ!まあいい、貴様がいい気になるのもこれまでだ。ウニンティーヌ!俺はお前との婚約を破棄する!」
…ざわ …ざわ
「マメータ伯爵家令息ムギィンジェ様。理由をお伺いしても?わたくし、主の名に誓って一方的な破棄を受けるほどの失態を犯したつもりはございませんが」
「ほうそうか。お前が学園でなんと呼ばれているか言ってみるがいい!」
「……幽霊令嬢です」
「そうだウニンティーヌ!貴様の悪評を考えてみるがいい!何、ちゃんと聞き取り調査も済ませているぞ!
・ウニンティーヌさんですか?あの人、顔覚えられないんですよね(Oくん)
・えーっと、あの人ってー。足音がしなくってー、ツコ怖いなっ(Tさん)
・授業には出ているんですが、印象が……こんなに成績はいいんですが(N教授)
・テニス部の幽霊部員ですよね。あれ、図書委員?(Pくん)」
「くっ……それは事実でございます。ですが婚約を破棄されるようなものでは決して!」
「だがそれがマメータ伯爵家に相応しいと思っているのかい?顔の印象も残らぬ幽霊女主人に社交ができると?今日の舞踏会もおおかた天井裏に隠れていたんだろう?」
「なぜそれを存じて……!」
「えっ?」
「えっ?」
…ざわ …ざわ
「ええい、お前のような女、この舞踏会場にも相応しくない!とっとと出ていくがいい!」
「後悔……なさいますよ」
「ふん、もう父にも伝えてあるさ!」
「では御免!」
どろん。
「馬鹿な、姿が一瞬で消えただと!」
…ざわ …ざわ
衝撃の舞踏会の婚約破棄劇の後であった。
夜明けの誰もいないホール、一人の美丈夫が歩みを進める。
「ウニンティーヌ」
無人のホールに声が響く。
「ウニンティーヌよ。いるのだろう?」
ざばりと庭の池の水面が揺れ、竹筒を手にしたウニンティーヌが現れた。
「……御前へ。……ナマック公爵閣下」
「見事な水遁の術である。流石は余のウニンティーヌよ」
ナマック公は彼女の頭の上にのった水草や鯉をやさしく払い彼女の手を取った。
「随分と、身体が冷えてしまっているな」
コートを脱いで肩から掛け、抱きしめた。ウニンティーヌの頬が赤く染まる。
「い、いけませんっ。わたくしは……わたくしは任務に失敗したダメ隠密ですっ。優しくされるいわれは……」
「暗殺実動部のエースを人手不足だからと言って潜入工作員にした陛下がおかしいのだよ。君のせいではないさ。だいたい学園への潜入であればタヴィーノ女史がいるだろうに」
「……閣下はご存じないのですね」
ナマック公は彼女をホールから外に誘いながら尋ねる。
「何をだい?」
「タヴィーノ様にガチ惚れした令息へ、潜入任務最終日に彼女が正体を明かしたのですが……」
「うん」
「タヴィーノ様が五十路の既婚者成人した子ありと知って廃人となられて……」
「ウッソやろ!?」
「痛ましい事件でした……」
二人は会場の外へ。
「あっ」
歩いている途中、ウニンティーヌの足がもつれる。無理もない。任務失敗の咎をおそれ、一晩中池の中にいたのである。その前も元婚約者とその実家の悪事を調査すべく、慣れぬ任務に身を費やしていた。
「ふむ、ウニンティーヌ。疲れたか」
「は、無様な姿を晒し、お目汚しを……」
「どれ」
ナマック公は右腕をウニンティーヌの肩に回して屈みこむと、彼女の膝裏に左腕を差し入れて立ち上がった。
そう、お姫様抱っこである。重ねて言おう。お姫様抱っこである。大事なことなのでもう一度。それはみごとなお姫様抱っこであった。
「ナナナナママック公何を?」
「私の名前はナナナナママックなどという愉快な名前ではないぞ、ウニンニンニンティーヌ嬢。何かね?」
「お、おやめください、わたくし汚いですわ!」
なるほど、確かに彼女は水草と鯉のにおいを放っている。
「任務を果たした君が汚いものか」
「そ、それに重いでしょう⁉︎降ろして下さいまし!」
「ははは、羽根が止まるようなものだよ」
女の子の体重は林檎一個分と相場が決まっている。
しかしドレスは水を吸っているし……。
「あ、暗器のナイフや鎖帷子などをドレスの下に大量に仕込んでありますので!」
ナマック公の腰がごきっと異音を発した。
馬車留めにいて主人の帰りを待っていた公爵家の執事と従僕、御者たちは驚愕する。
彼らの主人、ナマック公爵が美しい令嬢にお姫様抱っこされて戻ってきたからだ。
純白の手袋に包まれた手で顔を隠し、ぷるぷると震えるナマック公の姿がそこにはあった。
「もうお婿にいけない……」
「大丈夫ですよ、ナマック公。羽根が止まっているようなものですから」
男性成人貴族の体重は70kgと相場が決まっていた。
「閣下、こちらでよろしいですか?」
馬車の客室の椅子に座らされたナマック公は弱々しく頷く。ウニンティーヌは執事からいくつものクッションを受け取り、ナマック公の腰の下に敷いた。
「それでは……」
「どこへ行く?」
「隠密の頭領の下へ」
彼女は寂しそうに笑い、言葉を続ける。
「閣下、ありがとう御座います。最期に良い思い出ができました」
ウニンティーヌは馬車から降りようとし、ナマック公はその手首を掴んだ。
「死ぬ気か?」
「ダメ隠密ですから」
任務失敗の咎は死であろう。
「転職をしたまえ」
「顔の割れた隠密を雇うものなどいませんわ」
「いるさ、ここに一人な」
「まあ、閣下が。何をさせますの?暗殺ですか?」
「君には公爵邸で、私と起居を共にして欲しい」
「は?」
「三食昼寝付きでたっぷり小遣いも渡そう。好きなものを食べ、好きな服を着て、時には私と出かけ、時にはちょっとした喧嘩もする。それが君にしてほしい仕事だ」
「そんな、それではまるで……」
「永久就職だ。雇用期限は、死が二人を別つまで。どうかね?」
「ダメです!」
「いいや、ダメじゃないね」
「そのようなことは望んでいません!」
「望んでいるさ」
ナマック公は掴んでいる彼女の手首を持ち上げた。
「君が嫌だったら、私が君を捕まえられるはずがない」
ウニンティーヌの頬が赤く染まった。
二人の顔が近づいていく。
唇は水草と鯉の味がした。
ーFin.