前編
避難誘導に参加するべく神殿を出て街へ繰り出していたレフィエリシナの瞳に映るのは燃え盛る街。
美しかった聖地レフィエリは今や紅に染まり。
かつての面影などありはしない。
多くの生命が目の前で失われてゆく。一人、二人、何とか避難させることができても、そうしているうちに幾人もが散ってしまう。
そんな中で、レフィエリシナは己の無力を痛感する。
そしてまた一人倒れた。
レフィエリシナの目の前で。
「エディカ! おい! しっかりしろ!」
倒れたのはレフィエリシナと共に戦っていた女性エディカ。脱力した身体を抱き上げるようにして父親であるアウディーが呼び掛けるが、返事は一つもない。彼女の命の灯火は既に消えていた。そうしているうちにどこかから飛んできた魔力弾、それらが、アウディーに命中する。
「く……そっ」
アウディーはエディカに重なるように倒れる。
そこへ、一人の青年が駆けてくる。
「レフィエリシナ様!」
「……リベル」
「あっちは駄目ですー。入れません。取り敢えず下がって、避難してくださーい」
「ですがまだ人が……」
「無理なものは無理なんですよー」
レフィエリシナとリベルがあれこれ言葉を交わしているうちに敵兵が迫る。
リベルは数発魔法を放ち応戦する――が、後ろにレフィエリシナがいることもあり動けなかったために、襲いかかってきた敵兵の斬撃をまともに食らった。
「リベル……」
「行って!」
まだ辛うじて立っているリベルにレフィエリシナが触れようとした、刹那。
「早く行けよ!!」
リベルは叫んだ。
レフィエリシナは何か言おうとしたが、その言葉を呑み込み、今にも泣き出しそうな顔をしたまま身体を反転させた。
反対方向へ走り出していたためにリベルの最期を目にせずに済んだことは、レフィエリシナにとって不幸中の幸いだったのかもしれない。
それからは必死だった。涙に覆われた目では何も見えず、けれど、レフィエリシナは走り続けた。生まれて初めてかもしれないくらい走った。息が上手くできなくても、腹が痛くても、ただ走り続けたのだ。
やがて神殿が見えてくる。
見慣れたそれに安堵した瞬間、レフィエリシナは転倒してしまった。
レフィエリシナは絶望していた。
――皆死んでしまった。
もはやレフィエリに勝ち目などない、そう分かっていても、どうすることもできない。
悲しみに押し潰されてしまいそうで。
だが、そんな彼女の耳に、赤子の声が入る。
「え……」
すぐ右側に布にくるまれた赤子が落ちていた。
気づけばその子を抱き上げていたレフィエリシナ。
「そう、だ……秘術、で……」
レフィエリシナは赤子を抱いたまま再び足を動かし始める。
「この子……と……」
◆
レフィエリシナはそこで飛び起きた。
己が自室のベッドにいることを確認した彼女はふうと安堵の溜め息をつく。
「夢……」
初めてのことではない。恐ろしい夢、国の終わりの夢、それはこれまで何度もみてきたものなのだ。彼女にとってはよくあることで、でも、よくあることだからといって恐怖が薄れるわけではない。何度繰り返しても怖さは変わらない。
目覚めてしまったレフィエリシナはふらりと自室から出た。
「……リベル!」
「こんばんはー」
奇跡的な偶然で、レフィエリシナはリベルと遭遇する。
「貴方、一体……」
「巡回中でーす。勘違いしないでくださいねー? 悪いことしてませんよー」
「……そう」
レフィエリシナの返事は小さかった。
そのことを不自然に思ったのか、リベルは笑顔で「あ、風でも浴びに行きませんかー?」と提案する。
数秒の間の後、レフィエリシナはこくりと頷く。
そうして二人は外の空気を吸える場所へと向かうこととなった。
◆
二人が向かったのは神殿の二階部分にあるテラスのような場所。
そこからは神殿の周囲を広く見下ろすことができる。また、屋根がないため、地上のみならず空をも自由に眺めることができる。上にも下にも世界は広がる。そして、吹く風もまた、時折勢いよく抜けてゆく。
レフィエリシナはそこへ着くと石でできたベンチに静かに腰を下ろす。
「貴方、ここを知っていたのですね」
「見回りの範囲に入っていましたからー」
「そう……」
リベルは楽しそうにくるりと一回転してからレフィエリシナのすぐ隣に腰を下ろす。そしてすぐ近くにあるレフィエリシナの顔へ自身の顔を近づけて。それから彼女へ純粋な笑みを向ける。
「悪い夢でもみましたー?」
彼の問いに、レフィエリシナか息を詰まらせる。
それが問いへの答えとなる。
「そっかー、当たりみたいですねー」
リベルは言いながら下へ視線を向け足をぱたぱたと動かす。
「どうしてそれを……」
「どうして? たまたまでーす。ふふ、思いついたことを言ってみただけですよー」
軽く述べたリベルは、立てた人差し指を自分の唇に当ててレフィエリシナの方へ視線をやる。
「でも当たってたね」
レフィエリシナは、ふ、と息を吐き出して――言えはしないが思うのだ――夢とはいえついさっき滅んだ顔をこうして近くで目にするのは気味が悪い、と。