4.ボン・クラデス侯爵
それから数十分後。冒険者パーティー一行は、依頼主の元を訪れていた。
「つまり、君たちは、あのオスカーを取り逃がしたということですか」
「た、確かにそうですが……別のユニコーンなら……」
「角はあるのですか?」
依頼主に質問をされ、重戦士は言葉を詰まらせた。
「いえ、宵闇の天馬に持ち去られました」
「……話になりませんね」
リーダー格の戦士は深々と頭を下げた。
「ボン・クラデス侯爵。本当に申し訳ありません」
依頼主である貴族ボン・クラデスは、苛立った様子で机を指でつついている。
「アレックスさん、私がどうして今回の件を問題視しているかわかりますか?」
その問いかけに、リーダーは困惑した表情を返した。
「察しが悪く、申し訳ありません」
ボン・クラデスは、パイプを手に取って一服した。
「……」
「……」
「……」
戦士たちは、固唾を呑んだまま貴族を眺めていた。
ボン・クラデスは少しだけ気分が落ち着いたのか、ゆっくりとした口調で言う。
「ユニコーンという生き物はですね。肉体を壊しても意味がないのです」
戦士が頷くと、ボン・クラデスは話をつづけた。
「彼らは、その戦いの経験や魔法力を角に封じ込めています。たとえ肉体を壊しても、その血縁者がいれば継承されてしまう」
「べ、勉強になります……」
重戦士が恥ずかしそうに言うと、戦士も頷いた。
「わかりました。何としてもオスカーを、あの悪魔を……」
その直後に、ボン・クラデスは険しい表情をした。
「侯爵さま……?」
ボン・クラデスは慌てた様子で表情を戻すと、パイプで再び一服した。
「……」
「……」
「失礼。オスカーを悪く言われると……つい、クセが出てしまいましてね」
「侯爵さまは、どうしてオスカーにこだわるのでしょう?」
戦士が聞き返すと、ボン・クラデスはパイプを置いた。
「オスカー・アライズ。この名は私が付けました」
「……!!」
ボン・クラデスは微笑を浮かべた。
「オスカーはですね、村はずれにあった牧場が育てた馬です。そこの牧場は小さいながらも、純朴なご夫婦と小さな娘さんが暮らしていました」
リーダーの戦士が頷くと、貴族は言った。
「オスカーは競走馬としては血統の良くない馬でした。案の定、脚の遅い馬として近所でも有名でしたが、たった1つだけ他の馬と違う事があります」
戦士たちが信じられないという表情をすると、ボン・クラデスはより優しい声で言った。
「艶のある青毛にルビーのような瞳という、魔法使いの間では、とても希少価値のある仔馬でした。だから、魔女の中でも忌み嫌われる、黒の一派に狙われたのでしょう」
「黒の一派とは……まさか!」
翼人の魔導士を剥いて言うと、ボン・クラデスは大きく頷いた。
「魔法使いの間でも禁じられている、人と動物を合成し魔獣を作り出す。オスカーも牧場主の娘と融合されそうになったのでしょう」
「それが引き金となって、ユニコーン化したと?」
弓使いが聞き返すと、ボン・クラデスは大きく頷いた。
「その通りですデイジーさん」
ボン・クラデスの表情が、冷たく険しいものになった。
「魔獣にされそうになったオスカーは、同じく捕まっていた牧場主の娘を殺害してユニコーン化し、戦意を失くて逃げ惑う魔女や武装盗賊さえ討ち果たしたと聞きます」
戦士団は喉を動かしたが、ボン・クラデスは話をつづけた。
「怒りや憎悪によってユニコーン化した馬は、他のユニコーンより攻撃的になると聞きます。オスカーが民を傷つけるのなら、私としても何でもする覚悟です」
そこまで言うと、ボン・クラデスは戦士たち1人1人を眺めた。
「その覚悟を示す意味で、この地域は、武人として知られるゴルァ・オマー男爵に統治して頂こうと思います」
冒険者たちは驚きの声をあげた。
「あ、あの豪傑で知られる……ゴルァ男爵ですか!」
「本来なら、私自ら指揮を執りたいところですが、陛下から地竜討伐の遠征に同行するように仰せつかっています」
「その遠征、我々も参加させてください!」
アレックスが言うと、ボン・クラデスも頷いた。
「もちろんです。皆で一緒に強くなりましょう」
答えを聞くと、アレックス一同は息の揃った敬礼をした。
その頃オスカーはといえば、狼山の丘に降り立っていた。
そこには妻である葦毛のエマが立っており、安心した様子でオスカーに駆け寄ったが、すぐに表情を変えた。
「こんなに傷だらけに……!」
オスカーはフィンレーの角を落とすと、エマにもたれかかった。
「……2番目の父の角のためだ。これくらいどうってことはない」
エマはすぐに表情をひきしめた。
「じっとしていてください」
彼女は慣れた様子で角を向けると、角は白銀の光りを放ち、オスカーの傷口を消毒し、徐々に傷口を塞ぎはじめた。
「お前の治療技術は凄いな。痛みはおろか、かゆみすらも感じない」
応急処置が終わったところで、仔馬たちが走ってきた。
「おじさん、ぶじ?」
仔馬の中にいたフィンレーの仔は、オスカーの脚元に落ちている角を見ると、悲壮な表情をした。
「この角……」
オスカーは疲れ切った目をしたまま角を咥えると、フィンレーの仔の前に置いた。
「今日から、お前がフィンレーを名乗れ」
「……」
フィンレーの仔は、険しい顔をしたまま目を瞑った。
「みんな、そんなかおしないでよ」
他の仔馬たちは、全員が悲壮な顔でフィンレーの仔を眺めていた。
「エマおばさんと、こきょうをでるときに……かくごは、してたんだよ」
フィンレーの仔は、涙をためながら笑った。
「このおおかみやまは、てきだらけだ。すぐにでも、オスカーおじさんの……ちからにならないと」
彼はそう言いながら自分の額を角に付けた。
そのこめかみに血管が浮き出ると、眉間にしわを寄せ、フィンレーの仔の脚元にある草が伸びはじめた。
彼の額には、まだ短い角が生えており、足元に落ちていた角はなくなっている。
「ぼくはフィンレー。2……いや、3代目フィンレーだ!」
「これからもよろしく頼むぞ」
オスカーに言われ、仔馬フィンレーはしっかりと頷いた。
「とりあえず、ぼくが見張ってるから長は体を休めてください」
「いやいや、こーたいでみはろうよ」
フレディの仔馬が言うと、他の仔馬も「さんせー!」と口々に言った。
「みんな……」
「頼りにしているぞ」
オスカーは表情を緩めると横倒しになった。
間もなく馬たちはオスカーの周りに集まると、森の中を警戒しながら暫しの休息を取った。特に、後からやってきた牡馬たちは、狼の襲撃があったときは最前線ともいえる場所に座り込み、耳をそばだてている。
「……」
オスカーもまた、目はつぶっていても耳だけは起きていたが、今まで溜まっていた疲労が少しずつ意識を覆い隠しはじめた。
備考:
ユニコーンの引継ぎ
血縁関係のある4等親(従姉弟まで)のユニコーンから角を譲り受ける(血のつながりが強くなるほど引き継げる力は大きくなる。ユニコーンが引継ぎを受ける場合は、自分の角を別の親族に譲るか、廃棄しなければならない)(難しさ:★★)
オスカー、ユニコーン化への条件
炎)実質的な馬主を自らの手で介錯する(難しさ:★★★)
風)自軍の10倍以上の戦力の敵と交戦し、残らず倒すか捕縛する(難しさ:★★★★)
フィンレーとエマの父(前リーダー)、ユニコーン化への条件
地)5代続けて4年以上、フィン丘陵の長として30頭以上の部下を率いる(難しさ:★★★★★)
……もう、お気付きかと思いますが、神様から出されるお題はムリゲーです。普通に馬生を満喫するお馬さんには、到底クリアできない内容となっております。
日本競馬界でユニコーン化しそうな馬? 何十頭か心当たりはありますが……具体的な名前を挙げることは、ここでは控えさせていただきます。