1.ウイングユニコーン、狼山に降り立つ
よく晴れたその日、山犬たちは昼寝をしていた。
「鶏肉が食いてえなあ」
「トリニク? 俺様は仔馬が食いたいぜ」
「お前らなぁ、食うのなら人間の肉に限るだろ」
その群れには、60ほどの山犬が集まっており、ほとんどが悪人面をした雄である。
「また、ふもとの牧場でも襲うか?」
「いいねぇ、今夜あたり盛大にやるか」
「ははは……ん?」
1匹が表情を曇らせながら、空を見上げた。
「どうした?」
「なあ、あれ……なんだ?」
「鳥じゃねえな」
空から舞い降りてくるのは馬だった。
その毛並みは黒に近い青毛だが、角とたてがみは赤く、前脚2本は真っ白な毛で覆われている。
「ウマだ、ウマが飛んでるぞ!」
山犬たちは一斉に飛び起きた。
「おいおい、何で馬が飛んでるんだよ」
「まさか、ペガサスか!?」
岩の上に座っている山犬が答えた。
「ペガサスは外国の神話に出てくる伝説上の生き物だ。あれは多分、風神の加護を受けたウイングユニコーンだろう」
その赤黒いユニコーンは、山犬の群れの真ん中に降り立つと、山犬が「こいつはバカか」と囁いた。わざわざ天敵の中に降り立つのだから、そう思うのも無理はないだろう。
岩の上に座っている山犬が言った。
「おい、どうしたんだお馬さん。ここは牧場じゃねえぞ」
山犬たちがゲラゲラと笑うと、ユニコーンも笑った。
「ああ、これは失敬。あまりに気持ちよさそうに寝ていたので、ついお邪魔をしてしまったよ」
ならず者風の山犬が言った。
「ウマならウマらしく芸の一つでもしろよ。その後で、泣きながら命乞いすれば見逃してやってもいいぜ」
再びゲラゲラと山犬たちが笑うと、ユニコーンは薄笑いを浮かべたまま質問した。
「あいにく私は中身のない馬でな。貴殿らの武勇伝でも聞かせてもらいたいものだ」
山犬はニッと笑った。
「ほう。ならば耳でも掃除してよく聞けよ。この群れには猛者しかいなくてな。最低でも人間を1人は叩き潰さないと群れには入れない掟があるんだよ」
「なるほど。貴殿はその条件を満たした……と?」
「ああ、俺様は人間を2人、付き従ってる犬っころを4匹も叩きのめしたぜ!」
別の山犬たちも笑いながら言った。
「なに人間2人くらいで息巻いてるんだよ。俺様なんて4人と犬1匹!」
「テメーは女子供のようなザコ専門だろ。俺なんて自警団員と犬っころを3匹くらい叩き潰したぜ」
「へっ、俺様なんて冒険者をぶっ倒したぜ、ついでに従ってる犬っころを7匹!」
狼や山犬たちは自分の悪事を、嬉々とした様子で語っていた。ユニコーンがどのような群れの中に降り立ったのかわからせ、後悔させながら倒そうとしているのだろう。
ところが、ユニコーンは怯えるどころか、不敵な笑みを浮かべている。
「それだけ不必要に同族を殺めているのなら、自分が討たれる覚悟くらいできているな」
「あ……?」
複数の山犬たちは、何をほざいているんだと言いたそうにユニコーンを見たとき、周囲に突風が吹き荒れた。
ユニコーンは1メートルほど浮き上がると、その頭上に無数の炎球を具現化させていく。
「は……?」
「マジか!?」
「さあ、始めよう。1対62だ」
山犬たちの表情が凍り付いた。
「う、うわあああああああ!」
無数に撃ち出された炎球は、山犬の頭や背、腹部に命中し、一瞬にして30匹が炎に包まれていた。
「この野郎!」
勇敢な数匹が反撃に出るも、最初の1匹は後ろ脚で蹴り上げられ、2匹目は風魔法で切り裂かれ、3匹目は前脚蹴りで丘から投げ落とされ、4匹目は角で突き割かれていく。
5匹目は叫んだ。
「お、お助けぇ!」
その山犬は怯えていた。既に60はいた仲間は全滅し、ボス山犬さえ息絶えて炎に包まれている。
ユニコーンは無表情になった。
「お前は、家畜や同族の命乞いに耳を貸したことはあるか?」
5匹目は怯えた表情のまま言った。
「あ、あります、ありますとも、俺は弱い者いじめは嫌いです!」
「ほう、では確かめてみよう」
ユニコーンは青黒髪の男性になると、命乞いした山犬を軽く蹴り上げた。
「う、うわあああああ!」
山犬が丘の下にあった干し草に落ちると、複数の影が映った。牧場の家畜たちは怒りを露にして山犬を睨んでいる。
「てめえ、ウソついてんじゃねえ!」
「この前は、よくもうちのとーちゃんとかーちゃんを!」
「やめ、やめやめ、ひゃあ!」
「俺のダチをよくも!」
案の定、投げ落とされた山犬は袋叩きにされていた。
「家畜たちの方が有能だな」
「あなた、いくら何でもこれは……」
姿を見せたのは葦毛(灰色)のユニコーンだった。
「あのような者たちは、仲間に加えてもクーデターを起こすか、敵に内通するのがオチだ。早めに排除するに限る」
「……」
後から現れた牝のユニコーンは真っ青な顔をしていたが、男性は青毛のユニコーンに戻りながら言った。
「エマ、人間たちの侵攻が始まる前に、牝馬や仔馬たちをここに移したい」
エマと呼ばれた葦毛のユニコーンは頷いた。
「そう言うと思って仔馬全員と牝馬の大半、それにベンジャミン殿を連れてきました」
牡馬ベンジャミンと、牝馬や仔馬たちが姿を見せた。
「手際が良くて助かる」
そう言うと青毛のユニコーンは、地平線にわずかに映る山に視線を向けている。
「……」
牡馬ベンジャミンは言った。
「なあオスカー。お前はやっぱり、戻って戦うのか?」
青毛のユニコーン、オスカーは頷いた。
「先代様から受け継いだ土地を守りたいのが本音だが、難しいだろう。そうなれば、可能な限り仲間の後退戦を援護しなければならん」
エマは厳しい表情で言った。
「フィンレーは、弟は……最期まで故郷を守り抜くと言っていました」
「彼も優秀なユニコーンだ。何としても連れ帰りたい」
オスカーはあくまで自分の意見を曲げないが、エマも表情を戻さず、ベンジャミンは困り顔になっていく。
「オスカーも、あまり無理はするなよ……お前は俺たちのリーダーなんだ!」
ベンジャミンが言うと、オスカーは翼を広げた。
「フィン丘陵に行ってくる」
「お気をつけて」
エマがため息交じりに言うと、他の馬たちも声援を送った。
小さな馬の群れのボスが、様々な種族を従え一大勢力を築き上げる物語です。敵役にも、ボン・クラデス侯爵、ゴルァ・オマー男爵、商人グリーンハートなど、特徴的な人々を登場させる予定です。
貴族の名前は全員、凄い名前にしてあるので、後で脳内クレームが来そう……
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