第一章
[第一話]
僕が初めてアメリカの地を踏んだのは二十歳の時、シアトル国際空港だった。
9月初旬だったが朝方で肌寒く、霧がかかり湿度が高かった。
入国審査を終え空港の外に出たとき、今までに感じたことのない高揚感に包まれた。
昂った気持ちを落ち着かせるため蔣輝と二人で喫煙所を見つけ一服していると、これからの生活に対する大きな期待と不安、緊張で頭は冷たく冷静になり、心の奥底が熱くヒリヒリと焼け始めていくのを感じた。
「なあ、アメリカに着いたばっかだけど今どう感じてる?」
蔣輝もアメリカは初めてだった。
「俺は今すぐにでも日本に帰りたいよ…。」
泣きそうな顔でそう答えていたが、彼は帰国後高校で英語の教師になり、今では担任までやっている。凄い男だ。
この時アメリカに着いたばかりの僕には、自分が留学中に誰かを好きになり、その後何年もその人を想い心を焦がすことになる未来など、少しも想像できなかった。
これは、人に恋心を抱いた瞬間から始まる一つの季節と、その季節の終わりを描いた僕の恋物語だ。
[第二話]
[第一話]
僕が初めてアメリカの地を踏んだのは二十歳の時、シアトル国際空港だった。
9月初旬だったが朝方で肌寒く、霧がかかり湿度が高かった。
入国審査を終え空港の外に出たとき、今までに感じたことのない高揚感に包まれた。
昂った気持ちを落ち着かせるため蔣輝と二人で喫煙所を見つけ一服していると、これからの生活に対する大きな期待と不安、緊張で頭は冷たく冷静になり、心の奥底が熱くヒリヒリと焼け始めていくのを感じた。
「なあ、アメリカに着いたばっかだけど今どう感じてる?」
蔣輝もアメリカは初めてだった。
「俺は今すぐにでも日本に帰りたいよ…。」
泣きそうな顔でそう答えていたが、彼は帰国後高校で英語の教師になり、今では担任までやっている。凄い男だ。
この時アメリカに着いたばかりの僕には、自分が留学中に誰かを好きになり、その後何年もその人を想い心を焦がすことになる未来など、少しも想像できなかった。
これは、人に恋心を抱いた瞬間から始まる一つの季節と、その季節の終わりを描いた僕の恋物語だ。
[第三話]
寮に入居して最初の週末、金曜日の昼過ぎだった。
「Hey, wake the fuck up bro(さっさと起きろ兄弟。)」
隣の部屋に住んでいるCoryだ。
いきなり人の部屋に来て何て口の悪い奴だと思いながらも僕はドアを開けた。
「We go to party tonight, meet me at 8pm. (今夜パーティー行くぞ、夜8時待ち合わせな。) Bunch of hoes coming, cheerleaders. (女の子いっぱい来るぞ、チアリーダーたちだ。)」
僕が何か言う間もなく、彼はこれだけ言い残し去って行ったが、返事など必要ない。行くに決まっている。
この平和な街にも週に一度だけ騒がしくなる日があり、それが金曜日の夜だった。
基本的にキャンパスの周囲は学生が多く住んでいるため、色んな場所で盛大にホームパーティーが開かれ、普段は23時に閉まるバーも金曜日だけは深夜まで営業していた。
まだセメスター前で町に学生も少なかったが、この日のパーティーはアメフト選手たちとチアリーダーたちが集まる。
初めてのホームパーティー、チアリーダーたち、気付けば自分で音が聞こえるほど心臓が高鳴っていた。
何を着て行けばいいのか、何を持って行くべきか全く分からなかったが、アメリカは21歳にならないとアルコールも買えないため手ぶらで行く事にした。
「蔣輝、何着てったらいいと思う?」
一応蔣輝に相談はしてみた。
「スーツに黒シャツ着て行けば、ジャパニーズギャングですってナンパのきっかけ作れるから良いんじゃない?」
真顔で答える蔣輝を信じ、僕はスーツに黒シャツ、ピカピカに磨いた革靴でパーティーに向かった。
正直自分でもキメすぎていると感じていたのでCoryに笑われると思ったが、「That's classy bro (かっこいいじゃん兄弟)」と言われ、この日からパーティは全てこのスタイルで行くようになった。ラスベガスに移住した今でも、パーティーはこのスタイルを貫いている。
パーティーに向かう最中、僕はかなり緊張していた。
タバコをふかしながら心を落ち着かせようとしていたが、会場から漏れ出てくる音が大きくなるにつれ、心臓の鼓動も合わせて早くなっていった。
会場は三階建ての一軒家で、家の周りには無数の車、特にトラックが多く止まっていた。
パーティーが一番盛り上がるのは午後11時頃だとCoryは言っていたが、僕たちが着いた時点で多くの人が集まっていた。
家に入る直前、Coryから大麻は吸うなよ、とだけ注意を受け、僕たちは中に入っていった。
[第四話]
「What up man (元気か)」
かなり緊張していた僕は、Coryが友人に声をかけながら中に入って行くのを黙ってついて行った。
中はクラブのようになっていて薄暗く、リビングには本格的なDJブースまで作ってあり、真ん中は20人ほど踊れる広さのダンスフロアになっていた。
当時Twerk (トゥワーク)というダンスが流行っていて、フロアで女の子が男の股間にお尻をくっつけ踊っている姿に、緊張は全て吹き飛んでいった。
フロア全体に充満する大麻の煙、アップテンポな音楽、身体をくっつけ踊る男女、まさに妖艶な空間ができあがっていた。
Coryはアメフトのチームの中でメインのラインマンということもあり、顔が広かった。
彼は「He is my boy (こいつ俺の友達だよ)」と言いながら、友人たちに僕を一人ずつ紹介してくれた。
Boyって子供かよと思いながらも、仲間として受け入れてもらえたことに悪い気はしなかった。
アメリカは今でも人種差別が根強く残っている。それに加え、目に見えぬ強いカースト制度が存在する。特にこのようなパーティーに参加する時は、誰の連れなのかが最も大事だった。
僕に対し、明らかな敵意と好奇の目を向けていた連中も、Coryの友人ということで一旦は納得していたが、後に彼らとはモメることになってしまう。とにかく、これでナンパの準備が整った。
当時彼女がいたCoryは女の子に興味はなく、フロアの隅で友人と大麻を吸いながらくつろいでいるだけだった。
「You gotta show me how to talk to girls. (どうやって女の子に話しかけるのか見してよ。)」
「Just show them your big thing (お前のでかいイチモツ見せてやれよ。)」
自分で言ってゲラゲラ笑っていた。最悪だ。
とにかく座っていても仕方ないので、一服するためバルコニーに出ることにした。この時、後に僕が友梨子との接点を持つきっかけとなる人と出会うことになる。
彼女の名前はYeseniah (イェッサニア) 、アメリカでできた初めての女友達だった。
[第五話]
バルコニーでタバコを吸っていると、中から四人組の女の子たちのグループが出てきた。
僕が話しかけるきっかけを考えるより先に、いきなり向こうの一人が話しかけてきた。
「Hey I saw you at the Pearce, I live at the same dorm. (あなたPearceで見かけたよ、私も同じ寮に住んでるの。) Girls floor tho. ( 女子フロアだけどね。)」
大分酔っ払っていて変なテンションだったが、これがYesaniahとの出会いだった。
Yesaniahはメキシコ系アメリカ人で、長いストレートの黒髪、整った顔立ち、身長は僕より低く、シャツとスカートの合間から覗く割れた腹筋が印象的だった。
話をしていくと、Yesaniahを含めた彼女たち四人が全員チアリーダーだということが分かった。
アメリカに来て一週間でチアリーダーの友人ができた瞬間だった。
割れた腹筋にはこんなにも素敵な理由があったのだ。
Yesaniahと電話番号を交換し終え、フロアの中に戻ろうとした時、Coryの友人が僕を探しに出てきた。
明らかに急いでいる様子だったので、何か良くないことがあったのは想像できた。
早口だと聞き取れないのでゆっくり話を聞くと、僕のことをChino(チノ、中国人に対する差別用語だが、アジア人全般に使われる。)とバカにした奴に対してCoryが怒り、揉めているらしい。
正直Coryの気持ちは嬉しかったが、勘弁してほしかった。せっかく可愛い女の子と仲良くなったのに揉め事はごめんだった。
それに人種差別ではないが、僕は国籍然り、名前も韓国名のため、正直日本でも差別は受け慣れていた。
中に入ると、ほんの少し前までエロい空気漂う妖艶な空間だったフロアが、静電気のようなピリッとした殺気と緊張感に包まれていた。緊張感が強いのは、こういう揉め事が起こった時、誰が銃を隠し持っているか分からないという理由もあった。
「Go fuck yourself, you fucking faggot.(一人でヤッてろ、くそカマ野郎。)」
友達じゃなかったらドン引きするほどの、悪口のオンパレードだった。
揉めてる相手は、僕がこのパーティーに来た時から敵意を向けて来ていた連中の一人だった。
こっちが何もしていなくても、何故か敵意を向けてくる人間というのは万国共通で、日本もアメリカも関係ない。どこにでもいる。
大人しくしようと思っていたが、相手の顔を見た瞬間頭の中が急激に冷めていき、心臓の鼓動が早くなっていった。
人を小バカにして蔑んだ目は、日本でも幾度となく見てきた目だった。
何故このような目を向けられなければならない、一体僕が何をしたというのだ。
もはや僕の中でCoryは関係なかった。
これは僕自身の尊厳を守るための戦いだ。
僕は相手に話しかけるふりをして近づいていき、一気に踏み込むと同時に全体重を乗せ、相手の左頬と顎の間に右ストレートを叩き込んだ。
[第六話]
相手の顔面に拳がめり込んだ瞬間、カコッというIphoneのクリック音を大きくしたような音が鳴り、狙った場所に最高のパンチを当てることができた。
だが相手は倒れず、バランスを崩しながらも体勢を保っていた。インパクトの瞬間、拳に跳ね返って来る重さが尋常ではなかった。
後にCoryから彼は二軍のレシーバーだと教えてもらい、さすがアメフト選手だと感心した。
僕は高校からボクシングを始め、アマチュアだが試合経験もあった。顎を打ち抜いて倒れなかったのは彼が初めてだった。
身長差がある分、上に向かって打つ格好になり威力も半減してしまった。
相手が体勢を整える前にすぐ距離を詰め、返しの左を右目に叩き込んだ時、後ろからCoryに羽交い締めにされた。
その後すぐパーティーの主催者たちが仲裁に入り、ケンカはここで終わった。
「You did great bro, you gotta be strong in this country. (よくやったよ兄弟、この国では強くならなきゃダメだ。)」
寮に戻る道中、Coryが嬉しそうに言っていた。
元はと言えばお前が原因だけどなと思ったが、口には出さなかった。味方になってくれたことが素直に嬉しかった。
この日揉めた相手とは後にキャンパス内で何度かすれ違ったが、二度と絡んでくることはなかった。
僕は部屋に戻った後も興奮がおさまらず、なかなか眠ることができなかった。まさかアメリカに来て一週間で誰かを殴ることになろうとは夢にも思っていなかった。
正直、先程自分が取った行動が正しかったとも思えなかった。
Coryと彼の友人たちはよくやったと言ってくれたが、すぐ暴力に頼ってしまったことに対し後ろめたさがあった。どんな理由があろうと、先に手を出したら負けなのだ。
アメリカにいる間、人種差別を含め、敵意を向けて来る人間はこれから先も必ずいる。
無視できればいいが、不可避な事が起こった場合どう対処すべきなのか、いくら考えても答えは見つからなかった。
今になって言えることだが、答えなどないのだ。最後は自分が正しいと思った行動を取れば、後悔だけはしない。
考えることに疲れた僕は、気持ちを落ち着かせるため外に出た。
夏の終わりを感じさせる夜風を浴びながら木の葉同士がぶつかる音を聞いていると、少しずつ心が穏やかになっていった。
いつ起こるかも分からない先のことを考えても仕方がない。何とかなるだろう。
そこまで考えが達した時、緊張の糸が切れたのか激しい眠気に襲われた。身体は正直だ。
部屋に戻り、Yesaniahに今日は騒ぎを起こして申し訳なかったとの旨をメールで伝え、僕は眠りに落ちた。
[第七話]
昼過ぎに起きた僕は、昨夜のことを話すため蔣輝の部屋に向かった。
右手の人差し指が少し腫れていることに気付き、興奮と後悔が入り混じった何とも言えぬ気持ちになった。
「昨日変なのに絡まれて、一人ぶん殴っちまったわ…。最悪だよ。」
いつも蔣輝にだけは、弱気な顔も腹の底も見せることができた。
「まじかよ!!とりあえず無事で良かったよ。後で仕返しとかされなきゃいいけど、大丈夫そう?」
蔣輝は相手の仕返しを本気で心配していた。
「分かんない、まあ、そん時は綺麗に一撃できめるわ。」
冗談めかして言ったが、これは本心だった。自分の取った行動に後悔はしていたが、途中で止められてしまったことに対してはモヤモヤが残っていた。
「とりあえず不味いトーストでも食べに行こうぜ。」
そう言って蔣輝と昼食に向かった。
キャンパス内には、ランチとディナー専用のビュッフェ、ピザとハンバーガーの専門店、そしてPubという軽食が取れるカフェがあった。
だがこの時はセメスター前で、唯一営業しているのはPubだけだった。
そのため僕らは毎日ここで食事をしていたのだが、とにかく全ての料理が不味い。
贅沢は言ってられないのだが、サラダも含め野菜はいつも完全に乾いていて、もはや乾パンを食べていると錯覚するほどパサパサになっていた。
その中でも何とかまともに食べられるのは、オムレツとトーストだけだった。
「食い終わったら、後でダウンタウン (都市の中心部もしくはオフィス街) の方行ってみようぜ。」
僕はせっかくの土曜日を寮で過ごすのは嫌だった。
少しややこしいのだが、スポケーン郡の県庁所在地としてスポケーンという都市があり、ワシントン州の中ではシアトルに次ぐ第二の都市ということもあってか、かなり栄えていた。
高層ビルが並ぶ街の中心には大きな川が流れ、街のいたるところに滝が存在し、自然と近代都市が見事に融合した美しい街だった。
「そうだね。日本食レストラン探しに行こう!うどんが食べたい…。」
蔣輝はすでに日本食に飢えていた。
まだチーニーの外に出たことがなかった僕たちは、店員さんに街への行き方を教えてもらい、すぐにバスに乗り込んだ。
バスはキャンパス内からダウンタウンまでの直通があり、朝6時から深夜1時までの間運行していた。
一応時刻表もあるのだが、バスが時間通りに来たことは一度もなかった。みんな適当なのだ。
この時僕は、これでいつでもダウンタウンに出れるという喜びと興奮で、昨夜あったことはすでに頭の片隅に追いやられていた。
[第八話]
バスの中には僕と蔣輝しか乗っていなかった。
このバスはフリーウェイ (高速道路) を通るのだが、いつ乗っても運転が荒い。フリーウェイに乗っている間は一度も止まらないため、ありえないスピードで走るのだ。
毎度の事ながら身の危険を感じる。
「なあ、これ日本だったら普通に捕まるレベルの運転だよな。」
蔣輝に同意を求めた。
「間違いないね、つり革がこんなに揺れてるの初めて見たよ。」
もはやブランコのように揺れていた。
ダウンタウンに着いた僕たちは、まずRiverfront park (リバーフロントパーク) という公園に向かった。
街への行き方を教えてくれた店員さん一推しの観光スポットだった。
公園の中心には大きな時計塔が立ち、その周りを囲むようにゆったりと川が流れていた。
この公園の周囲だけ時間の流れがズレていると錯覚するほど、静かで平和な空間ができあがっていた。
僕は後に、何かに悩み思い詰めた時は一日中この時計塔の前に座っていたこともあった。そうしていると不思議と心が晴れていった。
この日は土曜日ということもあり、コーヒーを片手に木陰で本を読む人や、ピクニックを楽しむカップルや家族で賑わっていた。
「蔣輝、最高のデートスポット見つけたな。行くとこなかったらとりあえずここで時間稼げるぞ。」
冗談で言ったのだが、後に蔣輝が女の子と二人でベンチに座っているのを見かけたことがある。隅に置けない奴だ。
この日唯一残念だったのは、せっかく見つけた日本食レストランで頼んだ天丼が想像と全く違ったことだ。
天ぷらは衣だけでお腹いっぱいになるほど厚く揚げられ、アボカドが乗っていることに気づいた時には箸が止まってしまった。
うどんは美味しかったらしく、アメリカに来てからあまり元気がなかった蔣輝だが、顔には笑みが戻っていた。
食事はホームシックを解消する方法の一つだと気付いた。食の力はすごい。
来週にはルームメイトも来るだろう。
それに授業が始まれば、これから本当の意味での新生活が始まることになる。
「俺らのフロアは男女混合だし、可愛い子がいっぱい来てくれるといいな。」
そんな話をしながら僕たちは帰路に着いた。
[第九話]
アメリカに来て二週目に入り、キャンパス内に徐々に人が増え始めた。
寮の中にも、生徒と一緒に両親が引っ越しの手伝いに来ている光景が多く見られた。
家族に対する愛情の深さは日本もアメリカも関係ないのだが、愛情表現の仕方はアメリカ人のほうが圧倒的に強い。
別れの時ハグをしている姿が新鮮だった。
「They're freshman. (あいつらは一年だよ。)」
僕が新しい入居者たちを物珍しそうに見ていると、Coryが横から話しかけてきた。
パーティーの一件以来、心なしか僕に対する対応が少し丁寧になっていた。
あの右ストレートはCoryにも効果があったのかと思うと笑いがでてきた。アメリカ人は単純だ。
「How's your roommate? (ルームメイトはどうよ?)」
Coryの部屋にはすでにルームメイトが来ていた。
「He is nerd bro, doesn't even wanna talk to me. (あいつオタクだよ兄弟、俺と話もしようとしないんだ。) Playing video games or talking to computer all day. (一日中ゲームやってるかパソコンに話しかけてるよ。) 」
Coryは心底嫌そうに答えた。
「Good for you man, you gotta be a nerd too in few months. (良かったじゃん、お前も数ヶ月でオタクになれるよ。)」
笑いながらそう言うと、Coryに真顔でま羽交い締めにされた。
そんなある日、いつものようにPubで昼食を済まし部屋に戻るとドアが開いていた。
荷物を整理していた彼はChace (チェイス)、僕のルームメイトだった。
僕と同じくらいの身長で、少し影のある青い目が印象的だった。
「Nice to meet you man, my name is Chace, I'm freshman. (初めまして、僕の名前はチェイス、一年生なんだ。) Actually I was so nervous till you came. (実は君が来るまでかなり緊張してたよ。) 」
Coryとは違い、彼は綺麗で丁寧な英語を話していた。
日本の中学、高校で学ぶ英語が間違っていないことが証明された瞬間でもあった。
Coryから、ルームメイトと揉め事を起こし、部屋を変えるか寮を出て行く生徒も多いと聞いていたため、彼が冷静に話ができる人間であることに安堵した。
全く見ず知らずの他人と、ある日突然一緒に住むことになるのだ。もし相手がジャンキーだったらたまったもんじゃない。
週が明ける頃には、僕が住んでいる三階フロアのほとんどの部屋が埋まっていた。
そして願っていた通り、明らかにこのフロアには可愛い女の子が多かった。
それを証明するように、人気のソロリティ (日本の大学でいうサークルの様なもので、女性だけの団体。Cory曰く、人気のソロリティに入会するには見た目が最重要視されるらしい。)に入会する子たちが多かった。
これぞ引き寄せの法則だ。
そしてついにセメスターが始まり、本格的な学校生活が始まった。
[第十話]
毎日固定の時間に授業があることにより、自分の中で少しずつ生活のリズムが作られていった。
予想以上に授業についていくのが難しく、平日は予習と課題に追われていた。
何せ教授が何を言っているのか全く聞き取れなかったのだ。
今まで予習などしたこともなかったが、グループディスカッションの時一言も答えられなかったのがきっかけで必死になった。
勉強は嫌いだが、あんな公開処刑は二度とごめんだった。
「蔣輝、俺こんなに毎日勉強してんの初めてだわ…。」
一日の終わりに蔣輝の部屋で一服するのが僕の日課だった。
「俺もだよ。せめてルームメイトがいれば英語教えてもらえたのに。」
蔣輝のルームメイトは入居してわずか一週間で部屋を出て行ったらしい。
「部屋は一人のほうがいいだろ、気遣わなくてすむし。」
実際狭い部屋に二人で住むのは窮屈だった。
「まあな…。後は彼女でもいれば最高なんだけど…。」
蔣輝はタバコの煙を深く吐きながら、ぽつりと呟いた。
セメスターが始まってからというもの、日々の生活の中で衝撃を受けることが多々あった。
ある日Coryと昼食を取っている時だった。
「Hey, take a look over there. (おい、ちょっと向こう見てみ。) She is my classmate, you know what, I saw her at the party last weekend, and she was dancing like crazy. (あの子クラスメイトなんだけどさ、先週パーティーで見かけた時狂ったように踊ってたんだよ。) 」
この時僕は、よほどの事情がない限り毎週末Coryとパーティーに行くようになっていた。
「But she sat in the first row in the class this morning, seemed totally different person. (なのに朝の授業で一番前の列に座っててさ、完全に別人なんだよ。) Is this normal? (これが普通なの?)」
こちらが思わず二度見するほど、平日と週末で別人に変わるのは彼女だけではない。
僕がパーティーで見かけた大多数の人間がそうだった。
もちろん人間誰だってハメを外す時はあるが、ここまで変われるものかと聞かずにはいられなかった。
「Work hard play hard, that's how we are bro. (超働いて超遊ぶ、それが俺たちだよ兄弟。) Welcome to the United States. (アメリカへようこそ。)」
Coryは笑いながらそう言っていたが、冗談ではなかった。彼自身がそのスタイルを貫いている。平日は授業とアメフト、週末は大麻とパーティー。
カルチャーショックを通り越し、なんて素晴らしい国なんだと感動した。
そんな日々の中、気付けば10月に入り、キャンパス内に知人も増え、何とか授業にもついて行けるようになっていた。
何か大きな変化や出来事が起こるのは、このように緊張が緩み始めた時に多い。
良くも悪くも人間不思議なもので、心に余裕が生まれると視野まで広くなる。
いつものようにCoryと昼食を取っている時だった。
「Bro, do you know her? (兄弟、彼女のこと知ってるか?) She is Japanese. (日本人なんだ。)」
Coryは写真を見せてきた。
「Her name is Yuriko. (名前は友梨子っていうんだ。)」
第二章に続く。