97 嵐の前触れ
冒険者ギルドの前に似つかわしくない、四頭立ての豪華な馬車が二台停車する。
その前後には、鎧を着た騎士団と、護衛を受けた冒険者パーティが馬を降り整列していた。
もうこの近辺の住民には毎年恒例の事なのだろう。
さほど驚いた様子もなく、通りでは店が次々に開きだした。
オリビアは大丈夫だろうか……?
こんな天気の日には、いつも具合が悪そうだから、出来るなら傍にいてやりたかったんだが……。
もうユイトたちも起きている頃だろうな。
三人の寝ている顔を眺め家を出たが、もう既に帰りたかった。
そんな事を考えていると、馬車からヌッとガタイの良い男が降りてきた。
その男はオレと目が合うとニヤリと笑い、馬車の扉を支えている。
続けて降りてきたのは、白髪をきっちりと後ろに撫でつけた独特の雰囲気のある中老の男。
この男も目が合うと穏やかそうな品の良い笑みを浮かべた。
そして最後に降りてきたのが、今回のオレの依頼主。
「久しいな、トーマス! 変わりなさそうで安心したぞ!」
この物々しい騎士たちを従えている様にはまるで見えない、モサッとした髪の男こそ、このフェンネル王国のバージル国王陛下だ。
豪華な馬車から降りた途端、オレたちにハグしようとするが……。
「陛下におかれましては、ますますご壮健のご様子、何よりと存じます」
我々は跪き、陛下に許しを請うまでは決して顔を上げてはならない。
……とは、この周辺の住民は誰も思っていない。
「おいおい……! ここではそれは無しだと言っただろう……! 折角の休暇なのに……!」
「ハハ! バージル陛下! 元気そうで何よりだ! 休暇なんて言うから見ろ! イーサンの顔が凄い事になっているぞ?」
オレがバージル陛下を抱きしめ挨拶をすると、後ろで側近のイーサンが渋い顔をしていた。
それを見たバージル陛下はそそくさと、イドリスやギルド職員たちの方へ向かった。
ハハ。皆、ガチガチに緊張しているな。
因みに、イーサンという男は馬車から二番目に降りてきた男だ。
バージルの礼儀作法に対しては、学園の頃からとても手厳しい印象がある。
“視察”という名の“休暇”を過ごすために、王都から馬車で遥々やって来る国王一家に、住民が慣れるのは時間の問題だった。
まぁ、“滞在期間中は王族として扱うな”と破天荒な伝令を出したくらいだからな……。
屋台にも普通に顔を出しているし、慣れというモノは常々恐ろしいものである。
こんな事は前代未聞だと猛反対されていたが、休暇を取った後の働きぶりが良好だったのか、今では渋々ながら了承し、毎年恒例のバケーションというモノになっているらしい。
ここじゃなくても、もっといい場所があるだろうに、と言うのが住民たちの総意見だ。
「アーノルド! イーサン! 二人とも元気そうだな!」
オレが手を差し出すと、二人も笑って手を握り返し抱き寄せハグをする。
アーノルドはバージルの近衛騎士で、顔は厳ついがなかなかに話の分かる男だ。
「もうこの老体に馬車は堪えるな……。尻が割れそうだ……」
「アーノルド、尻は元々割れているから大丈夫ですよ。トーマス、一年振りですね。何やら面白い話を聞いたのですが……?」
面白い話……? はて……?
オレが分からない、という様な顔をしていたのだろう。
イーサンは笑って、子供を引き取ったと聞きましたよ? とにこやかに返した。
「それは……」
「トーマスおじさま! お久し振りです!」
答えようとすると、二台目の馬車から少年が飛び出し抱き着いてくる。
「これはこれは! ライアン殿下におかれましては……」
「もう! ここでは必要ないと父上が言っていました! お会いしたかったです!」
オレにしがみつき、嬉しそうに顔を綻ばせるのは第三王子のライアン殿下。
年は十歳と、ユイトよりも年下だが、この可愛らしい容姿と朗らかな性格に国民からの人気が高い。だが実際は、友人が出来ないと悩んでいる年頃の少年だ。
「ライアン殿下! 急に飛び出すなんて危険です!」
「まぁまぁ、殿下も喜んでいるしいいじゃ……」
「よくありません!!」
続けて馬車から慌てて飛び出してきたのは、ライアン殿下の側近見習いのフレッド。
確かユイトと同じ年頃だったな……。
この子もなかなかに厳しいが、殿下のために頑張っているところを見ると、ほのぼのとした気持ちになってしまう……。
そのフレッドに怒られているのは、ライアン殿下の近衛騎士のサイラス。
騎士学校を首席で卒業したらしいが、剣以外はのんびりしている様で、貴族の派閥争いにも我関せずの態度で、ライアン殿下はそんなところが気に入った様だ。
どうしてそんなに詳しいのかと言うと……、
「オリビアおばさまのお手紙にありました! 私と同じくらいの子供と暮らしているって! 私も早くお会いしたいです……!」
「そうか、もう知っていたのか。そうだ! バージルたちが店に来るときに一緒に来るか? ユイトの料理はすごく美味しいんだ。きっと気に入るぞ?」
「その方はユイトさんと言うんですか? お料理……、私はあまり食べられないと思います……」
そう言うと、肩を落とし俯いてしまったが……。
「トーマス様、ライアン殿下は食が細いのです。それに、あまり外で食べるのも私は勧められません!」
あぁ……、そうか。いつも毒見をしてからじゃないと食べられないんだったな……。
温かい料理を食べてほしいと思ったんだが……。
ふむ……。これは相談してみないとな……。
「では、皆様はここで交代という事で。ここまでの護衛、深く感謝致します。帰りは予定通りですが、追って連絡致しますので」
「はい! ありがとうございました!」
「よし! 先ずは宿に行ってゆっくりしようか!」
「賛成です~! やっと体を洗えます~!」
「あ? アイツ、もうあんな所に……!」
「ホントですぅ~! お腹空いてるんですよきっと~!」
俯くライアン殿下を撫でていると、馬車の後方で賑やかな声が聞こえてきた。
護衛を務めたAランクの冒険者パーティだ。
「あ! トーマスさん! ご無沙汰してます!」
「エイダン、久し振りだな! お疲れ様。ここからはオレが引き受けるよ」
「きゃあ~! トーマスさん! あんまり近寄らないでください~! わたし、すっごく汗臭いので~!」
「あぁ……! すまない、オレは気にしないが、やはり女性だものな。ゆっくり休んでおいで」
「はい~! またお店にも伺いますぅ~!」
「あぁ、オリビアたちにも伝えておくよ」
それでは、と任務を交代し彼らの後ろ姿を見送るが、一人足りない気がするな……?
確か五人組だったはずだが……。
そう疑問に思っていると、一気に雲行きが怪しくなり、ポツポツと雨が降り出した。
ライアン殿下がオレの服を引っ張り、早く行きましょう、と催促している。
そこでその疑問はどこかに消えてしまったんだが……。
いま思うと、あの予感は正しかったのかもしれないな。
まさか、あんな事になろうとは……。




