55 ユイトの挑戦
おはようございます、朝です。寝坊はしていません。
昨日はハルトに悪い事をしてしまったと、僕とオリビアさんは仕込みを切り上げ、ハルトとユウマの好きな料理をたっくさん作った。
あっちの世界の料理を、僕の鑑定をフル活用して再現し、ハンバーグにオムレツにグラタン、じゃが芋を薄切りにしてチップスにしたり、それを全部お子様プレート風に盛り付けた。
たまごサンドにフルーツサンド、オリビアさんに砂糖もいっぱい使っていいと言われたので、プリンに、貰った果物をふんだんに盛ったパンケーキに、とにかく喜んでくれそうなものをたくさん作った。
イドリスさんたちが食べに来るって言った時より頑張ったかも。
ハルトが泣いたのが相当ショックだった様で、僕とオリビアさんが料理をしている間、トーマスさんはずーっとハルトを抱っこしていた。
おじぃちゃん、あついです、と言われるまでずーっとだ。余程堪えたらしい。
ユウマは遠出して遊び疲れたのか、夕食の時間まで起きず、起きてきたらパーティーの様なご馳走がいっぱいですごく興奮していた。
ハルトもすっごく喜んでくれて、お子様プレートに夢中だった。
ハルトが喜んでくれた事に、トーマスさんとオリビアさんと一緒に内心ホッとしてしまった。ごめんね、お兄ちゃん気付かなくて。
昨日の夕食は食べきれないくらい作ってしまったので、今朝もその料理を温めて食べる事になった。
オリビアさんが使い道が分からないと言っていたナツメグを入れたハンバーグが好評で、トーマスさんも昨日はお替りしてたな。
オリビアさんもプリンとパンケーキに感激していて、私が食べた胃にもたれるアレはケーキじゃないと言い張ってた。
昨日のハルトのおかげで、なんだか肩の力が抜けたらしく、今日は不思議と緊張もしていない。
なんだか、今ならなんでも出来そうな気がする。
*****
「おはよう、ユイトくん。いよいよ開店だけど気分はどう?」
「おはようございます、オリビアさん。なんか昨日ので力が抜けて、なんでも来い! って感じです!」
「ふふ、安心したわ。昨日はハルトちゃんに酷い事しちゃったわね……。トーマスのあんなに動揺した姿、初めて見たもの」
「僕も、自分の事でいっぱいで周りが見えてなかったです。悲しませちゃ意味ないですもんね、反省しました……」
「じゃあ、気を取り直して。頑張りましょうか!」
「はい! よろしくお願いします!」
お店の開店は、教会の六時課の鐘から閉店は九時課の鐘が鳴るまで。営業時間は短いが、その分時間との戦いだ。朝市は一時課から空いているので、朝食後は買い出しに。
肉に野菜に牛乳に卵、今日はとりあえず二往復でいけるかな……?
「おにぃちゃん、おはよう」
「にぃに、おはよ!」
「ハルト、ユウマ、おはよう! よく眠れた?」
起きてきた二人をぎゅ~っと抱きしめる。腕の中できゃあとはしゃぐ二人が、とっても愛おしく感じる。
オリビアさんにも挨拶をして、二人はまたぎゅ~っと抱きしめられている。
それにしても、トーマスさんが一番最後だなんて珍しいな……。
「ハルト、ユウマ。トーマスさん呼んできてくれる?」
「「はぁ~い!」」
二人は手を繋いで、家に繋がる中通路をぽてぽてと歩いていく。後姿もとっても可愛い。
「トーマスさんがこの時間に起きてこないなんて、珍しいですね?」
「ホントね、私が起きた時も横で寝ていたけど……。昨日のショックで疲れちゃったのかしら……」
「そうかもしれませんね。ハルトが泣き止むまでずっと落ち込んでましたし」
う~ん、ちょっと心配になってきたな……。
僕も様子を見に行ってこようかな? そう思ったら、ユウマがトーマスさんたちの寝室の方から駆けてきた。
「ばぁばー! にぃにー! じぃじ、おねちゅあるっ!」
「「えっ!?」」
はやくきてぇー、と叫ぶユウマの後を追って、トーマスさんの下へ走った。寝室に入ると、ハルトがトーマスさんの横でおでこに手を置いていた。
「おにぃちゃん! おじぃちゃん、おねつある!」
「ハルト、ちょっと場所代わってくれる? トーマスさん、具合どうですか? 寒気はありますか?」
おでこに手を当てると、じんわり熱い。
トーマスさんはちょっと重そうに瞼を開けた。
「……あぁ、ユイト、少し気が緩んだみたいだ。……寒くはないが、だるくてな……。うつるといけないから、ハルトたちを部屋の外へ……」
「ハルトとユウマを連れて行きますね。すぐ戻りますから」
「あぁ、すまない……」
僕は急いで二人を外へ出し、飲み水と桶、タオルを準備する。オリビアさんは足が悪いので先に行った僕の慌て様に驚いていた。
「オリビアさん、トーマスさん少し熱があるみたいなんです。薬はありますか?」
「風邪薬ならカーティス先生のがあるわ。ダイニングの引き出しに……」
「僕が持ってくるので、トーマスさんの傍についててもらえますか?」
「えぇ、ありがとう。お願いするわ……」
「ハルトとユウマは、こっちのお部屋で少し待っててね」
「うん、おじぃちゃん、だいじょうぶ?」
「じぃじ、ちんぱぃ……」
二人はトーマスさんが体調を崩した事で不安になっている様だ。
「うん、身体がだるいんだって。だから今日は騒がない様に、少しだけお部屋にいようね?」
「はぁい……」
「じぃじ、かわぃちょぅ……」
「ハルトちゃん、ユウマちゃん。心配してくれてありがとう。おじいちゃん、お薬飲んだら治るからね」
オリビアさんは二人の頭をよしよしと撫でる。
僕は二人を自分たちの部屋に連れて行き、温めていた朝食用の野菜スープと薬を持って、トーマスさんの下へ向かう。
だるくても身体は起こせる様で少し安心した。オリビアさんが身体を支えてスープを飲ませている。
「……すまないな。寝ていたら大丈夫だと思う……。店の準備に戻ってくれ」
「でも心配で放っておけないわよ……」
「今日を楽しみにしてる人がいるだろう、オレの事は大丈夫だから……」
「でも……!」
トーマスさんはお店に戻ってほしい、でもオリビアさんはトーマスさんが心配。その事で言い合うのもな……。
ん~……、よし! 決めた!
「オリビアさん、お店は僕が準備するんで、トーマスさんの傍にいてあげてください!」
「えぇ? ユイトくん一人でする量じゃないわよ?」
「そうだぞ? オレの事なら心配するな……」
「いえ、準備なら大丈夫です! ある程度、要領は分かってきました。でも忙しくなってきたらオリビアさんを呼ぶので……。助けてもらえますか?」
「それは大丈夫だけど……」
オリビアさんは僕一人に任せるのに不安がある様だ。
でも、無理もないよね。
「オリビアさんが言ったんですよ? 接客も料理も大丈夫だと思うって!」
「でもやっぱり、一人は心配よ……」
「それならメニューも少し変更してもいいですか? それなら一人でも回せると思うので」
「でも……」
「オリビア、ユイトに任せてみよう……」
やっぱりダメかな、と思っていたらトーマスさんから助け船が。
「無理だと思ったら、早めに、呼ぶんだぞ……?」
「はい! ありがとうございます!」
「すまんが、よろしく頼む……」
「はい!」
営業開始まであと少し。
僕の初めての挑戦が始まった。