書籍①巻発売直前記念SS①『僕の敬愛なる隣人へ。』
隣人であるカーターから見た、トーマス一家のお話。
アルトヴァーレの村に、三時課の鐘が鳴り響く。
今日は週に一度の休日だ。しかし、父の仕事を早く覚えようと、カーターはローブを羽織り玄関へと向かう。
その時、タイミングよくドアノッカーの音が響いた。
(──誰だろう?)
用事のある人は大抵、店の方に向かうのに……。
そう思いながらも「はい」と返事をして扉をそっと開けた。
「……っ!?」
扉を開けた瞬間、カーターは自分の目の前の光景が信じられなかった。
「やぁ、朝からすまない。昨日、隣に越してきたトーマスだ。こちらは妻のオリビア。これから、よろしく頼むよ」
「初めまして、妻のオリビアです。仲良くしてくれると嬉しいわ」
カーターの目の前には、昔から憧れていた冒険者トーマスの姿があった。
数えるほどしかその姿を見たことはなかったが、所属するパーティがこの村に立ち寄った時からずっと、近寄りがたいのがカッコいいと自分と友人たちの憧れの存在だった。
……そう言えば、昨日の朝早くからずっと空き家だった隣に荷馬車が停まってたな……。店に行く途中だったから、そのまま挨拶もせずに行ってしまった……。
まさかトーマスさんだったなんて……!!
あまりに突然のことで固まる彼を見て、トーマスとオリビアは顔を見合わせ首を傾げる。
その仕草を見て、カーターは慌てて挨拶を返した。
「あ、えっと、僕はカーターです……! あ、あの、父と母はいま、この向かいにある店通りで……」
あたふたとする年若い彼を見て、二人は微笑ましそうに目を細める。
「あぁ、マチルダに聞いてるよ。一人息子が店を継ぐと嬉しそうだったからな」
「そうね。聞いてるこっちまで嬉しくなっちゃったわね」
「そ、そんなことまで……?」
元冒険者だった母と面識があったらしく、僕がいない間にそんな話をしているとは……。
どうりで、お二人の眼差しが微笑ましいものを見るように優しいわけだ。
「カーターくん。これから、妻共々よろしくお願いするよ」
「あっ! こ、こちらこそ! よろしくお願いしますっ!」
まさか憧れの冒険者が隣人になるだなんて!
舞い上がっていた僕は、トーマスさんが差し出したその右手を思わず両手で力いっぱい掴んでしまった。
そんな僕を見て、「元気があっていいな」と、お二人はまた優し気に笑った。
その顔が以前よりも柔和になったのは、きっと気のせいじゃないはずだ。
……余談だが、その話を聞いた母と共に、少し前まで一緒に暮らしていた従妹のルーナは、僕の気も知らず「私たちもカーターが驚くのを見たかった」と、またもや豪快に笑っていた。
*****
「……ハァ」
自分でも知らず知らずのうちに溜息を漏らすと、店に買い物に来ていたオリビアさんが「どうしたの?」と、心配そうに声を掛けてくれた。
「……あ、いや……! 何でもないんです……」
「あら、何でもないような顔じゃないわよ?」
「いや、本当に……」
「その溜息の種類……。もしかして、恋煩い、……とか?」
「えっ!? どうして分かっ……、あっ!!」
しまったと思った時にはもう遅く、オリビアさんの表情は見る見るうちに輝いていく。
「えぇ……!? カーターくん、本当に恋煩い……?」
「……うぅ、はい」
もう二年も隣人をしていると、オリビアさんの性格は大体把握している。
これは素直に白状した方がいい。
……それに、母やルーナにはまさか気になる子ができただなんて、恥ずかしくてとても言えないし……。
「訊いてもいいのかしら? ごめんね? 私ったら、ワクワクしちゃって……!」
「あ、はい……! 出来れば、その……。相談に……」
「──!!」
そう僕がお願いした途端、オリビアさんの瞳が一段と輝きと凄味を増した。
*****
「アイラ~! ちょっと来てくれるかい?」
「は~い!」
妻のアイラを呼び、仕入れてきた商品の中からどれを目玉として店に並べるか相談する。
父も商品に口を出す事はなく、僕たちの好きなようにやらせてくれている。
王都の仕入れ先である服飾店で針子として働いていたアイラに一目惚れし、オリビアさんにアドバイスを受けながらアタックすること、約二年……。
そして、恋が成就してから約一年。
王都とアルトヴァーレの村までは、馬車で片道五日ほど掛かる。
交際中も順調とは言えなかったものの、無事に結婚することができたのは、やはりオリビアさんの存在が大きかった。
正直、あまり自信のなかった容姿を魅せるコツを教えてくれ、一人称も商談や外では『私』に変えた。
けれど、アイラと二人きりの時は『僕』に戻す。
何やら仕事で見せる顔と、自分と二人きりで気が抜けている時のギャップがいいらしい。
アイラもオリビアさんとは気が合うらしく、休日が被ると、洗濯を干しながら隣に面した庭先で話している。そこに母が加わると、いつまでも帰って来ないのだが……。
寂しいけれど、休みの日くらいはいいと思う。
……まぁ、その分、二人の時は甘やかしてもらうけれど。
*****
「……え? それって……!?」
王都からの帰り道。トーマスさんが血相を変えて荷馬車から飛び降りた。
慌てて後を追うと、生い茂った雑草の向こう側に幼い子どもたちの姿が見えた。
(……なんて事だ……!)
そこからはこの子たちを早く診療所へ送り届けねばという事で必死だった。
泥だらけの顔に服。……それに。
(……あのお兄さんの方は、痣だらけだった……)
やるせない気持ちを抑えつつ、診療所へ向かいこの子どもたちの事を診てもらう。
そして、一足先に帰路につき、優しい隣人宅のドアノッカーをコンコン、とノックする。
「は~い! いま行きます!」
ほら、優しい声が聞こえてきた。
……きっと、この人なら。この人たちなら、大丈夫。
隣人になってから、もう十年。
たまに寂しそうな目をするこの人に、もっと笑顔になってほしいと思った。
*****
(……わぁ!)
お兄さんに会えるとはしゃいでいたハルトくんが、トーマスさんの腕の中で安心したように眠っている。ハルトくんを見つめるその優し気な眼差しに、自分の直感は間違いではなかったと確信した。
歩きながら、腕の中でぐっすりと眠るユウマくんを抱え直すと、想像以上に軽くて、温かくて、涙が出そうになった。
涙を堪え、お兄さんであるユイトくんに小声で話し掛ける。
「トーマスさんが、ちゃんとおじいちゃんしてますね……!これは村のみんな、見たら絶対ビックリしますよ……!」
「え? そうなんですか?」
「はい……! トーマスさんは元々……」
案の定、僕と友人たちと同じようにユイトくんは目をキラキラとさせ、興奮した様子で話を聞いていた。
起きてしまった弟くんたちも、はしゃぎながら「スゴイ!」「すごぉい!」とトーマスさんを褒め称える。それが照れくさかったのか、トーマスさんの耳は今まで見たこともないくらいに真っ赤になっていた。
(あのトーマスさんが……! オモシロい……!)
やっぱり、この人たちには笑顔でいてほしい。
きっとこの子たちと一緒なら、お二人の笑顔がもっと増える気がする。
この十年で嫌というほど思い知った、お人好しで頼れる隣人に、笑顔が溢れるように。
そう思っていたものの、エリザさんにポロッと話したせいで真っ赤になるトーマスさんのことが村中に知られることになってしまった。
……うん、反省はしていない。
だって、愛されている証拠なのだから。
来週12月2日(月)、葉山の初めての書籍『明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~』①巻が発売されます。
(⇧書店様によっては、もう店頭に並べてくれているようです。有り難い……!)
書き下ろしや特典SSも含め、楽しんで頂ける内容になったのではないかと思います。
それを記念してSSを考えましたので、楽しんで頂ければ幸いです。
本編を更新しなさいよ!と聞こえてきそうですが、も、もうしばしお待ちを……!