387 灯
時系列的にはオリビア+ユランたち、376話「意識」の続きです。
今回も短くてごめんね、という気持ちです……。
2024/11/05 ㈫ 加筆修正しました。
「このドラゴンには少し酷だけど、荒療治してもいいかな?」
「え……?」
ユランの返事を待つ事もなく、ダレンは幼いドラゴンを馬車の床板に抑え付けた。
次の瞬間、ドラゴンの悲痛な鳴き声が上げる。
あまりに突然の出来事にユランは唖然とするが、慌ててドラゴンを痛めつけているその手を退かそうと抵抗する。
だが、ダレンの力はその華奢な体からは想像もつかないほど強く、ユランはオリビアと共にヴィルヘルムとセレスの操る黒い触手に動きを封じられてしまう。
「ダレンさん……っ! どうして……!?」
あんなに従魔のことを想っている人が、こんな酷い事をするはずがない。
離れていてもお互いを信頼し合う姿が、自分の理想だと思い始めていたのに……。
そんなユランの思いも空しく、幼いドラゴンの痛々しい悲鳴がいまだ燃え続ける王都の街に響いた。
その悲痛な叫びが空気を震わせたのは、ほんの数秒。
だが、その数秒だけでその場にいる全員が今までに感じたことのない肌を突き刺すような視線を感じ取った。
それと同時にサンプソンが興奮したように立ち上がり、嘶きが響き渡る。
「うそでしょう……?」
「本気か……?」
フレッドとサイラスの声が乾いた空気の中、やけに大きく響く。
二人の視線を辿り上空を見上げると、炎に照らされ真っ黒な空から猛スピードでこちらに向かって飛来するドラゴンたちの姿が見えた。
「退避ッ! 退避しろッ!!」
「皆さんッ! 早く……ッ!!」
フレッドとサイラスが血相を変えてオリビアたちの乗る馬車へと近付いていく。
……だが、ほんの一瞬のうちに馬車の周囲が灼熱の炎に包まれた。
オリビアたちが恐る恐る目を開けると、目の前にはサンプソンよりも巨大な体躯を持つ三頭のドラゴンが、グルルルルル……ッ! と威嚇しながら馬車を取り囲んでいる。
恐ろしくも美しいその姿に、オリビアたちはハッと息を呑んだ。
「──ナディア……!」
ユランの震える声に、一頭が反応する。
他の二頭よりも大きく赫い鱗を纏ったそのドラゴンは、我々が想像するよりも遥かに美しく、気高い姿をしていた。
その“ナディア”と呼ばれるドラゴンが、馬車の中で幼いドラゴンの姿を目に入れた瞬間、怒り狂ったように激しい咆哮をあげる。
その声を浴び、まるで電流が走るかのように体が硬直する。
ユラン以外の全員が指一本動かせず、呼吸もままならない緊張感に襲われていた。
「だめですよ」
ふと、ドラゴンの背後から男性の声が聞こえた。
ドラゴンも後ろを振り返り、まるで会話するかのように不満そうな鳴き声をあげている。
そしてもう一つ、聞き慣れた声がオリビアたちの耳に入ってきた。
「おい~……。いい加減にコレ、外してくれよ……」
その声に、オリビアとユランは驚きのあまり言葉を失った。
「あぁ! なんて事だ……! すっかり忘れていました!」
「……それ。ぜってぇ、ウソだろ……」
そんな会話を聞きながら、オリビアは思わず馬車から身を乗り出し、小さな声でその名を呼んだ。
手首を擦りながらもその声に反応し、パッとこちらを振り向く。
「オリビアさんッ!!」
「──アレク……ッ!」
アレクが馬車に駆け寄ると、オリビアに顔を両手で挟まれ、左右に動かしながら怪我はないかと心配された。
それがまるで我が子を心配するようで、アレクは緊迫した状況の中、むず痒い気持ちになりながらも少し嬉しく感じていた。
アレクとオリビアが話し込んでいると同時に、ドラゴンと会話する青年の姿がユランの目に映る。
「……ハァ、まったく。ほら、よくごらんなさい。彼は、あなたの子を治療してくれていたんですよ」
「グルルルル……!」
不満そうな鳴き声をあげ三頭のドラゴンが一斉に馬車の中を覗き込むように振り返る。その会話する様子をユランは呆然と眺めていたが、その言葉の意味にハッとしダレンの方を慌てて振り返った。
「クルルルルッ!」
「アハハハ! 元気になったようだねぇ!」
するとそこには、先ほどとは打って変わり、機嫌よく鳴き声をあげて恩人の頬を舐める幼いドラゴンと、今度は己が床板に転がされて困ったように笑うダレンの姿があった。
「ハ……ッ、ハァ……。治療、って……?」
「……その子が、怪我でも……ッ、ハァ……。していたの、ですか……?」
強張っていた体の緊張が解け、ようやく呼吸ができる状態になった。ドラゴンはいまだに馬車の中を凝視しているが、先ほどよりは幾分マシだ。
呼吸を整えようと隊服の襟を緩めているサイラスと、耳を押さえたフレッドがユランに声を掛ける。
「……怪我は、ありませんでした……。あの、治療って、もしかして……」
ダレンの頬を舐めていたドラゴンは、恩人にたっぷり礼をして満足したのか、外にいる三頭のドラゴンを見て「クルルルッ!」と、嬉しそうに尾を振りながら勢いよく駆けて行く。
そして一頭のドラゴンの懐に潜り込むと、甘えたように「キュウキュウ」と鳴き声をあげだした。その声に答えるように、ナディアが愛おしそうに身を屈めてその幼子を包み込む。
その様子を眺めながら、ユランはある日の事を思い出していた。
王都に着いた初日、診療所の帰りの馬車の中での会話を。
「……レティちゃんが、教えてくれました……。『魔力が絡まって、苦しいと思う』って……。もしかして……」
その言葉を聞き、ダレンは静かに頷いた。
それを見て、ユランはただただ呆然とし、その場にへたり込んでしまった。それを見たダレンが慌てて近寄り、ユランの体を支える。
「……あ、あの。ボク、失礼なこと……。ご、ごめんなさ……」
謝罪の言葉を聞いたダレンは、首を左右に振りユランを落ち着かせるように背中を優しく擦る。
「いいんだよ。言っただろう? 医者の真似事をしているって。それに……」
優し気に見つめる先には、母親に甘える幼いドラゴンの姿。
そして、ブルルル……、と軽く嘶きダレンの方を見つめているサンプソン。
「友達を助けるのに、理由なんていらないだろう?」
そう言って、ダレンは優しく微笑んだ。
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