385 決意
今回はレティたち視点、380話「琥珀色」の続きです。
「ユランの、父親だ」
そう言って控えめに笑ったヤネスに、レティと妖精たちはわずかに残っていた警戒を解く。
……だが、レティの目には彼らの魔力の状態が見えていた。それに加え、目の下の隈に薄汚れた衣服。マイルズに治癒魔法を施されたとはいえ、彼らの体力も気力もほぼ限界に近いだろう。
それを察しながらもこの緊迫した状況の最中、休んでいろとは言えなかった。
「……おじさん。あんなにおおきなまもの、どうやってしたがえていたの?」
いまだ王都の上空を飛行するドラゴンの魔力を察知しながら、幼いドラゴンとユランの笑顔を思い出す。
まだ彼らと出会って十日程。だが、そんな中でも彼らの人となりは知っている。
それに、ユランが言っていた『自分の子同様にとても大切にする』『争いは好きじゃない』という言葉。あのドラゴンの母親と仲間が、人に危害を加えるような危険な魔物だとはどうしても思えなかった。
「……従える、とは少し違うかもしれない。ドラゴンたちは、それぞれ主人の子孫を守っているだけだから」
「しそん……」
──遥か昔、一頭の若きドラゴンと契約した竜人族の若者がいた。
数十年を共に過ごし、彼らは何時如何なる時も傍らに寄り添い過ごしていたが、主人は老衰で亡くなる直前、友であるドラゴンにある願いをこぼした。
『どうか、子どもたちを見守っていてほしい』
そんな亡き友の願いを聞き入れ、鉱山の麓でひっそりと暮らす竜人族である彼らを、何百年にもわたり見守り続けている一頭のドラゴン。
そのドラゴンを慕い、村には数多くのドラゴンたちが訪れるようになった。徐々に親睦を深め、次第にその子孫たちの中からもドラゴンと契約を結ぶ者が現れる。
ドラゴンは生涯においてただ一人、その契約者を主人と定めて生きていく。
彼らの寿命からすれば、ほんの瞬きのような時間。それでも尚、彼らは心を許し共に過ごした主人を想い、人間に寄り添おうとする優しい生き物だった。
「だから、従えるなんてエゴに過ぎない。我々は、あの子たちの情で生かされているんだよ」
殺そうと思えば、いつでも虫を踏み潰すように簡単に殺せてしまう。
ドラゴンにとっての自分たちはそんな弱い生きものなのだと、竜人族である彼らは重々理解していた。
「……じゃあ、いまそらにいるさんとうは、じぶんのいしじゃないってこと?」
上空を大きく旋回し、王都中を見張るように飛んでいるのかと思えば、まるで何かを探すようにフラフラと彷徨っているような動きをする。
それに……。
「……おじぃちゃんにきいたの。ゆらんくんとあのこをさがしにいったのは、むらにのこってたさんとうだって。でも、あのこのははおやをあわせたらよんとうのはずでしょ?」
──なら、もういっとうは?
レティのその問いに、ヤネスたちは目を見開き息を呑んだ。
まるで、そんなことは有り得ないとばかりに。
「我々と共に探しに来たのは、飛べる二頭だけだよ……! それに、あの洞窟のような場所でやっと見つけた母親を合わせて三頭だ! 四頭もいない!」
「……じゃあ、むらにのこってるひとたちが、うそをついてるってこと?」
「それは……」
そう言って困惑の表情を浮かべたまま、ヤネスたちは黙ってしまう。
まだ飛ぶこともできない幼いドラゴンとその母親。その二頭を探すため共に来てくれた二頭。だから、自分たちの村・ドラッヘフートには、目の見えないドラゴンが残っているはずだ。
だが、全て探しに行ったと……? 我々が飛び立った後に、あのドラゴンが自ら……?
「──ッ!?」
「なに!?」
そんな事を考えていると、教会の外からガラガラと何かが崩れるような激しい音が響いてきた。教会の隅では、避難した住民や子どもたちが、お互いを抱きしめ合いながら外の様子に怯えている。
「……じかん、ないかも」
不安そうに震えるユウマを抱きしめながら、レティは苦々しく唇を噛んだ。
外にいるライアンたちが教会周辺の魔物を一掃しているのは分かったが、やはり先程から感じている大きな魔力の気配がこちらを観察するように一定の場所から動かないのが気になっていた。
《れてぃ、どうするの?》
「……うん。けど……」
妖精のニコラの問いに、レティは言葉を濁す。
自分の腕のなかには、守るべき対象のユウマがいる。『ひとりはいやだ』と泣くユウマに、レティは踏ん切りをつけずにいた。
《連れて行けばいいよ》
「え?」
その言葉に、レティは思わず目を見開く。
《ここにいても埒が明かない。大丈夫。ユウマなら、ボクが守るよ》
「ておくん……」
《ん~。でも、他はちょ~っとだけ壊しちゃうかもしれないけど!》
それは許してよね! と、あまりにも軽いテオの言葉に、レティは小さく笑った。
大きく息を吸い、呼吸を整える。少しだけだが、肩の力が抜けた気がした。
「……ゆぅくん」
「なぁにぃ?」
きょとんとするユウマに、レティは優しく微笑んだ。
「……おそとはすこしこわいけど、わたしたちから、はなれないでね?」
「……ん! ゆぅくん、えてぃちゃんといっちょ! こわくなぃよ!」
ぎゅっと抱き着くユウマに、思わず笑みが零れる。
万が一のためにユウマに持たせたお守り代わりのハンカチに、再度、念入りにおまじないをする。
周囲から息を呑む声が聞こえたが、そんなものは気にしない。
ヤネスたちの制止の声に首を振り、レティは立ち上がった。
「……よし。じゃあ、いこっか」
「ん!」
ユウマの小さな手を離さないように強く握りしめ、レティたちは教会の扉へと歩を進めた。
登場人物それぞれの時系列が同時に動くので、視点があっちこっちにいって読みにくいですね……(; ・`д・´)ムム
一つずつ完成させればいいのですが、頭の中のお話を「この子の後はこの子だ~」と勢いで書いている部分があるので常々反省しております。
ユイトまでが遠い……