383 継ぐもの
「親方! 早く避難しましょうっ!」
「バッカ野郎ッ!! テメェの商売道具ほっぽって行けるわけねぇだろがッ!!」
無残にも床に散らばった壊れた武器とガラスの破片。
そして壁に飛び散った血の跡は、何かを引き摺るように外へと続いている。
争った跡が生々しく残るその店内に、いきり立つ男の怒声が響く。
「このままじゃ、ここももうすぐ……!」
「そうですよ! 教会に向かいましょう!」
「だとしてもオメェ! ここに残った武器なんか使われてみろ! もっと酷い事になるぞ!!」
その男の言葉に、避難を促していた彼らの声がどんどん小さくなっていく。
それを見ていた男は、ほら見ろとばかりに手に持つ武器を再度強く握り締めた。
ここは王都でも名のある武器屋通り。数多ある店の中でも、この男が作った物は有能な冒険者たちが挙って買い取っていく。
「……それになぁ! あの魔導具たちは、お師匠さんが心を込めて作ったもんばっかりだ! 一つも無くしちゃなんねぇッ!!」
そう言って、武器の隣に陳列する美しい魔導具を庇うように立ち塞がった。
先程までは運良く店の中に入って来た魔物を自分たちだけで追い返すことが出来ていた。
……だが、時間を追う毎に徐々に力が強くなっているような気がする。
(……クソッタレ! こんな馬鹿なことがあるかってんだ!!)
ドワーフであり、この武器屋の店主でもあるガイモンは、自身の師匠であるフランシェのおかげで腕を認められ、王都に店を持つことが出来た。
そんな恩人でもあるフランシェが、今日、現役を引退する。
長きにわたって魔導具職人として働くと共に、商人ギルドで腕を磨き、部門長を務めていた彼女を労おうと、自身の弟子や親交の深かった武器商人たちを集め、密やかではあるが食事会を開こうとしていた。
(お師匠さんのめでたい門出だぞ!? ふざけんじゃねぇッ!!)
その時、半壊した扉の向こうで、魔物がこちらを覗き込んでいるのが見えた。
目が合った瞬間、ゾワリと背筋に冷たいものが走る感覚。
そして自分でも無意識のうちに息をする事を忘れていた。これはただでは済まないと、ガイモンは武器を強く握り直し、奥には行かせまいと己を盾にすることをこの短時間で決意していた。
「……ガイモン、もういいわ。私を置いてみんなで逃げてちょうだい」
「なっ!?」
「なに言ってんだ、フランシェさん!?」
ガイモンや武器商人たちが思わず後ろを振り返ると、魔物がその一瞬を見計らったかのように店の扉に体当たりを始めた。
ミシミシと店全体が嫌な音を立て、照明がゆらりゆらりと揺れている。
そして、次の瞬間。ぐらりとスローモーションのように店の扉が倒れていく。
もうダメだと全員が絶望したその時、魔物の上から大きな黒い塊が降ってきた。
バキボキと骨の折れる音。そして、ぐちゃりと肉の潰れる音が店内に響く。
そして顔を顰めながら、なるべく直視しないように目を背けていると、先程とは打って変わって何とも気の抜ける会話が聞こえてきた。
「おおかみさん、じゃんぷするときは、いってください……!」
「舌噛んだら大変なんだよ!!」
「び、びっくりしたぁ……!」
その幼い声に思わず振り返ると、ぐちゃりと潰れた魔物の上に泰然と立つ黒く巨大な狼と、その背には顔は見えないが三人の幼い少年少女。
そして、目を疑うような存在が少年の肩にしがみ付いていた。
あまりに突然の出来事に驚き、声も出ないガイモンたちに気付いたのは、ふわりと揺れる黒髪の少年だった。
「……えっと、おけが、してないですか?」
おみせ、よごして、ごめんなさい、としゅんとする少年の様子を見て、ガイモンは訳も分からず「大丈夫だ」と気を遣ってしまった。
「おじさんっ! 無事で良かった……!」
「おばさんもだいじょうぶ!?」
振り返った少女二人の顔を見て、ガイモンや他の商人たちは目を見張った。
「ユーリア……! ケイト……!」
「無事で良かった……っ!」
幼い頃からよく知る二人の姿に、思わず武器を置き駆け寄った。
すると、狼の背に固定されていた二人が黒い触手によってガイモンの傍に下ろされる。
「おねぇさん。おおかみさんが、ここにいたほうがいいって、いってます」
「え……? でも、教会は……?」
「つよいまものが、よってきてるって」
その言葉を聞き、ガイモンたちにも衝撃が走る。
「ここなら、おおかみさんが、……えっと、あるていど? たおしてくれるって、いってます!」
にこりと笑みを浮かべ、狼の声を懸命に伝える幼い少年。この年で魔物使いなのかと思ったが、狼の様子を見るに少し違うように感じた。
「あの、おじさん……」
「お、おう。どうした」
きょろきょろと店内を見回し、その少年は棚に陳列された弓矢を指差した。
「……ここ、ぼくでもつかえるゆみ、おいてますか?」
その言葉を聞いた瞬間、咄嗟に「無い」とは言えなかった。
「ガイモン、あの子に弓を渡してあげて」
驚くガイモンたちを置いて、師匠であるフランシェは狼たちに近付いていく。
「お師匠さん、だがアレは……」
「いいから早くッ!!」
フランシェの声を荒げるところなど、いままで一度たりとも見たことはなかった。
そんな姿を目の当たりにし、ガイモンは一瞬たじろいでしまう。
「……わかった。……おい! そこのガキンチョ!」
「え……。ぼく、ですか?」
少女二人と顔を見合わせ、ハルトは小首を傾げた。
「五分待ってろッ!! ……いや、三分だッ!!」
そう言って、ガイモンは言うが早いか店の奥へと駆け出して行く。
その間も、外には魔物が近付いて来ていた。
「りゅかくん、たおせるの?」
「……うん、……うん。だいじょうぶ! ぼく、おとなしくしてます!」
ガイモンが奥の部屋に大事に保管している弓を取りに行っている間、少年は妖精と狼に向かって話し続けていた。
(その会話している姿を見た時は驚いたものだけれど、今なら納得せざるを得ない)
“鑑定”のスキルを持つフランシェは、王都内に片手の数しかいないと言われている高位の鑑定士でもある。
そして、国内でも高名な魔導具職人、そして付与魔術師でもあった。
(……あぁ。戻ってきた)
少年が身に着ける、目を見張るような青く美しいリボン。細やかな刺繍が施され、動く度にキラリと光を纏っている。
何年、何十年経とうとも見間違えようがない。
アレはフランシェがアルフォード家の先代当主に頼まれ、当主の孫である当時三歳だったクラウトに自ら付与し贈った物だったから。
『この子が将来、王都の民を正しい道に導けるように。そして、民と共に歩んでいけるように』
先代当主の想いを受け取り、夜空を閉じ込めたようなシルクで縫い上げた髪結いのリボン。
(その願いどおり、クラウト様は幼少の頃から私たちに寄り添い、常に共にあろうとしてくれた……)
──だから、ご病気で亡くなったと知らされた時は、王都中が悲しみに暮れたものだ。
だからあのリボンを見た瞬間、自分の目を疑った。
どうしてあの子が? 似ている物はたくさんある。いや、でも……。
そして、思わず少年たちを鑑定してしまう。
(間違いないわ。やはりアレは、クラウト様にお贈りした物)
それに、あの妖精と黒い狼にはスキルを跳ね返されてしまった。
下手をすれば、今頃はこちらの首が転がっていたに違いない。
「おぅ! 待たせたな! ほらよ!」
ガイモンが持ってきたのは少し小さめの弓と、大量の弓矢。
少年がそれを手に取ると、嬉しそうに瞳を輝かせた。
「これは貴方にあげるわ」
「え? でも……、おかね……」
不安気に見上げる少年に、フランシェは愛おしむように目を細める。
「……いいの。ずっと仕舞われているより、使ってもらった方が、道具も嬉しいものなのよ」
「……はい!」
安心したように笑みを浮かべ、何度もお礼を言いながら弓を大事に抱えた少年は、狼の背に乗り颯爽と駆けて行く。
(……戻ってきた。私たちの、光が……)
恐ろしくも美しい黒い獣と共に走り去るその後ろ姿を見つめながら、フランシェの目からは一筋の涙が零れ落ちた。
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