364 警鐘
「レティちゃん!?」
魔法陣を発動させ、青白い光と共に姿を消したレティちゃん。
あまりに突然の出来事に、辺りは騒然としている。
「ハルトちゃん、ユウマちゃん、皆もこちらにいらっしゃい」
「おばぁちゃん……! れてぃちゃんが……」
「ばぁば~……!」
妃殿下と共にいたオリビアさんが慌ててこちらに駆け寄り、二人を抱き締めた。妖精のリュカたちも浮かない表情でこちらへと飛んでくる。
「フレッド! すぐに父上に報告を! サイラス! 騎士団員達に通達し、城の警備を強化せよ!」
「「ハッ!」」
僕たちが呆然と立ち尽くしている間にも、ライアンくんは素早く指示を出し始めている。それに従い、フレッドさんとサイラスさんは報告に向かう。
「皆さん、私も一度父上の下へ向かいます! この者たちに付いて避難してください!」
「うん! ライアンくんも気を付けて……!」
ライアンくんは僕たちにそう伝えると、レイチェル妃殿下たちと共に王宮内へと向かった。僕たちは侍女さんに安全な場所へと案内される事に。
「皆、離れちゃダメだよ?」
《 うん! でも、にこらが…… 》
《 しんぱい…… 》
どうやらニコラちゃんはそのままレティちゃんについて行った様だ。ノアたちも魔力を追えない程の距離。
レティちゃんは一体、どこへ向かったのか……。
「さ、皆様もこちらへ」
「は、はい……!」
侍女さんたちに促され、僕たちも王宮内へと避難を始める。レティちゃんが消えた噴水前に目を向けると、その噴水の向こうの空に、真っ黒に渦巻く巨大な雲の塊が見えた。
「何……? あれ……」
螺旋状に渦巻く不気味な雲。
まるで意思を持つかの様に急激な速度で王都の街を覆っていくその様子に、思わずメフィストを強く抱き締め身震いしてしまう。
「おにいちゃん……、こわいです……」
「にぃに~……」
「大丈夫……。行こう……!」
バクバクと体中を巡る心臓の音。嫌な汗が僕の背中を伝っていく。だけどハルトとユウマを不安がらせちゃいけない……。
メフィストもその小さな手で僕の服をきゅっと握り締めている。
そこでふと考える。レティちゃんは転移する直前、トーマスさんを助けると言っていた。
トーマスさんは冒険者ギルドに呼ばれただけじゃなかった……?
( 僕が知らないだけで、何か起こってる……? )
すると、厩舎があった方からこちらへ駆け寄ってくる影が。
ヴィルヘルムさんとセレスさん、ダレンさんの三人だ。そして王宮の方がにわかに騒がしくなるのが分かった。きっとフレッドさんが王宮内に伝えているのだろう。
「皆さん、どうして……?」
「詳しい話は後です。ここから離れましょう」
「はい……」
ヴィルヘルムさんの言葉に頷き足を踏み出すと、僕たちの後方から再び突風が吹き荒れる。飛ばされない様にハルトたちの盾になる。
慌てて振り返ると、そこには青白い光と共に魔法陣が浮かび上がり、レティちゃんと剣を持ったトーマスさんの姿が。
「レティちゃん! トーマスさん!」
「よかった……! 無事だったのね……!」
魔法陣から現れた二人に駆け寄るが、トーマスさんの表情が険しい。
恐らく魔法を使ったのだろう。レティちゃんの体からは微かに黒い靄が揺れている。
今までに見た事のないその姿に、少しだけ胸がざわついた。
「オリビア、不味い事になった。今のうちに子供たちを安全な所へ。陛下に報告せねば」
「何? 一体、何があったの!?」
「ノーマンの屋敷の地下に……」
「さがってっ!」
「「────!?」」
トーマスさんがそう言いかけたところで、レティちゃんと共にヴィルヘルムさんが魔法陣に向かって攻撃を始めた。
「な、なにあれ……」
レティちゃんが消したはずの魔法陣が浮き上がり、そこから真っ黒い靄が滲み出ていた。
ダレンさんとセレスさんが僕たちを庇いながら、いつでも攻撃出来る様に右手を翳しながら後退る。
まるであの時と同じ……。
魔法陣の跡から黒い靄が蠢き、今にも溢れ出しそうだ。
「なんですか、あれ……!?」
「分からないわ……! ユイトくん、皆を……キャアッ!?」
「オリビア!」
魔法陣から溢れ出した黒い靄は触手を伸ばし、無差別に近くにいる人間を襲い始めた。オリビアさんも魔法で何とか攻撃を防いでいるが、僕たちを避難させようと傍にいた侍女さんたちが吹き飛ばされる。
その間にも靄は溢れ、徐々にその輪郭を見せ始めた。
「ハルト! ユウマ! こっちにおいで!」
「おにぃちゃん!」
「にぃに~!」
急いで二人をもう一度僕の傍へ抱き寄せる。辺りは土煙と共に瓦礫が散乱し、王宮の敷地内とは思えない有り様だった。
「アハハ! 皆、ヒドいなぁ~! 一斉に攻撃してくるんだもん☆」
「────!?」
人の形になったと思った瞬間、一人の少年が音もなく現れる。
人間じゃない
その姿を目に留めた瞬間、そう悟る。
異様な雰囲気の少年。遠目からでも分かるその瞳は、まるでぽっかりと穴が開いているかの様に真っ黒だ。
ゴクリと息を呑み込むと、その少年がぐるりと首をこちらに向けた。
そのあまりの不気味さに、思わず体が硬直してしまう。
「アハ☆ メフィストじゃないか~! そんな姿になって可哀そう~☆」
これじゃあ、魂も取れないね?
瞬きをした次の瞬間、僕たちの目の前には真っ黒な瞳が。
その何も映さない空虚の瞳と目が合った瞬間、僕の体が金縛りにあったかの様に硬直する。
あ、マズい
そう思ったと同時に、僕の目の前で激しい突風と共に光が放たれた。
「わぁ~! 魔法は使えるんだ? 面白い体~☆」
「だっ!」
「メフィスト……!?」
僕の腕の中からフンスと息巻き、メフィストの可愛い手が伸びている。それはまるで、僕たち三人を守ろうとしている様で……。
《 こないで! 》
《 きちゃだめ! 》
ノアたちも一斉に魔法を放ち、徐々にその距離が開いていく。
「みんなから、はなれろっ!」
そしてレティちゃんたちの攻撃魔法がその少年目掛けて次々に放たれていく。容赦ないその魔法に、僕も思わずハルトたちを体の後ろに隠し後退る。
どれくらい経っただろう? 濛々と立ち込める土煙の中、ゆっくりと姿を現した少年。
その体には、まるで見えない壁があるかの様に傷一つ付いていない。
「頑張ったのに残念だね~? ほら、もう遊びの時間は終わり☆」
少年が示した先には、先程まで渦巻いていた黒い雲がいつの間にか王都中の空一面を覆い尽くしていた。そして街中至る所から鳴り響く激しい鐘の音。怪我を負った侍女さんたちの誰かが呟いたスタンピードという言葉。
そして、この王宮にまで聞こえてくる人々の恐怖に逃げ惑う悲鳴……。
「どうして……。こんな事……」
僕が小さく呟いた声。
それを嘲笑うかの様に、少年はにんまりと口角を上げ、僕に向かって魔法を放った。
「ユイトッ!」
「ユイトくんッ!」
遠くでトーマスさんとオリビアさんたちの叫び声が聞こえる。
そして僕たちの体は、黒い靄の中へと吸い込まれていった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
普段のほのぼのメインのお話とは少し違うのですが、お付き合い頂けると幸いです。