354 ユイトのお料理教室 ~王宮編③~
「皆さん、何か分からないところはありますか?」
一通り各作業台を見て回ったところで、全員に声を掛ける。醤油や昆布等のこの国ではあまり馴染みのない食材を使ったドレッシングやソース類に、米を使ったメイン料理。気付けばもうお昼時。各々真剣に取り組んでくれたおかげで、もうすぐ全ての料理が完成しそうだ。
「ユイトさんが丁寧に教えてくれたから、今のところは大丈夫です!」
「私もです。こんなに色々作れるとは思いませんでした……!」
「色々と勉強になりました!」
すると、各作業台からナタリーさんたちがにこやかに返してくれる。
それを聞いてホッと一安心。
「後はデザートが冷えるのを待つだけなので、早速皆さんで試食を……」
「「「やった~ッ!」」」
「「「よっしゃぁ~ッ!」」」
僕が言い終える前に、ナタリーさんたちの歓喜の声が調理場に響き渡る。それを見たイーサンさんとゲイリーさんの呆れ顔が何とも言えない……。
「貴方まで一緒になってどうするんですか……」
「いやぁ~! 待ちきれなくて、ついな!」
ガハハ! と大きな口を開けて笑うのは料理長のトゥバルトさんだ。一際大きな声で叫んでいたから、僕の傍にいたノアたちがビクリとするのが分かった。
正直なところ、こういう人がいてくれると助かるなぁと言うのが僕の本音。イドリスさんとギデオンさんで慣れてしまったのかもしれない。
「トゥバルトさんにも気に入ってもらえると嬉しいんですけど」
「ガハハ! お手並み拝見だな!」
「ふふ、お手柔らかにお願いします」
そう言って、トゥバルトさんは早速並べている料理の前へと移動する。それに続けとばかりに、全員が各々料理の前に移動し始めた。
「では皆さん、試食した感想も聞かせてくださいね」
「「「はい!」」」
ソワソワしながら小皿とフォークを各自手に取り、トングを使って一口ずつ自分用に盛り始める。イーサンさんもいつの間にか小皿を片手に料理の前へ。そして一斉に頬張り始めると、途端に調理場が一層賑やかになった。
「ん! 何だコレは……! ニョッキとはまた違うな……」
「こっちはプルプルの食感で、優しい味が広がります……!」
「こちらは肉汁が溢れてくる……! 鼻に抜ける香りも最高です!」
「ん~! この上にかかっているのも、とろみがあって熱々で美味い……!」
「野菜もこのドレッシングならもっと食べれそうですね」
「これは卵とトマトと相性がいいな! もっと食べたくなる!」
次々に感想を言い合い、アレもコレもと手を伸ばしている。いつの間にか皆さんの小皿の上には、こんもりと盛られた試食用の料理の山が出来ていた。
「皆さん、お味はどうですか?」
「「「最高ですッ!」」」
どうやら評判も上々の様で、ホッと胸を撫で下ろす。
今回作ってもらったレシピはと言うと、
【サラダ】
・温野菜の胡麻ドレッシングがけ
・カリカリのクルトンを散りばめた温玉シーザーサラダ
・あっさり和風ドレッシングの大根サラダ
【出汁・スープ】
・昆布と鰹の出汁で作った茶碗蒸し
・ふわふわ出汁巻き卵
・凍り豆腐の煮物
・干し椎茸のとろみスープ
・鶏団子のみぞれスープ
【パスタ】
・モッツァレラのトマトクリームパスタ
・乾燥パスタを使った蒸し鶏とキャベツのペペロンチーノ
・具沢山のナポリタン
【ピザ】
・照り焼きソースが香ばしい炙り焼きチキンのピザ
・モッツァレラチーズが主役のマルゲリータ
【肉】
・鶏の唐揚げと数種類の漬けダレソース
・スパイスが香ばしい骨付きフライドチキン
・とろとろの豚の角煮
【米】
・トマトソースをかけたふわふわ卵のオムライス
・出汁の効いた親子丼
・ガッツリ満腹になるカツ丼
・トロトロ熱々の餡かけレタス炒飯
・胃に優しいお粥
・ホッと温まる卵雑炊
そしてお楽しみの例のモノ……。
かなり色々作ってもらったけど、そこはさすが王宮の料理人……!
特に料理長のトゥバルトさんと副料理長のゲイリーさん。初めて作るレシピの筈なのに、テキパキと次々に料理を完成させていく姿はカッコ良かった……。
手際よく調理をこなしていくその姿に、僕も頑張らなきゃと触発されてしまった……! カッコいいと伝えると、お二人とも上機嫌になっていたけど。
「……これなら、レイチェル妃殿下や殿下たちも楽しんで頂けるでしょうか……?」
思わず漏れた、僕の本音。バージル陛下とライアン殿下は美味しそうに食べてくれたけど、やっぱり緊張してしまう。口に合わなかったら期待してもらえた分、ガッカリされちゃうかなという不安もあった。
僕の傍にいるノアたちも、だいじょうぶ? と声を掛けてくれる。
「心配しなくても、大丈夫だと思います……っ!」
そう声を掛けてくれたのはナタリーさん。ズレ落ちてくる大きな眼鏡を直しながら、ふんふんと興奮気味に話してくれる。
「私たちが今まで知らなかった食材で、こんなにたくさんの料理……! それにどれもすっごく美味しいんです! きっと気に入って頂けますよ!」
ねっ! と拳を握り締め、周りの料理人さんたちにも同意を求めている。すると、次々に僕を勇気付けようと励ましてくれる声が上がった。
「う~ん……、そうですねぇ……。私は今日、初めてユイトさんとお会いしましたが、ユイトさんは御自身を過小評価し過ぎではないですか?」
「え?」
その言葉に思わず顔を上げると、ゲイリーさんが優しい眼差しで僕を見つめていた。
「過小、評価……、ですか?」
「はい」
そう大きく頷くと、今度は真剣な表情に。
「我々も誇りを持ってこの仕事に就いています。……まぁ、正直に言うと、陛下が帰って来るなり早々、我々に料理を覚えてもらうと言い出した時はさすがにプライドがね」
そう言うと、隣に立つトゥバルトさんの方を向く。
「それはなぁ~……。オレも長年務めてる料理長のプライドがな……」
トゥバルトさんも気まずそうに顎を掻き、僕の方を見つめて肩を竦めている。
そして、周りにいる皆さんも……。
「王宮に立つ者は全員、覚悟を持って仕事をしていますからね。それを村に住む成人前の少年に料理を乞うなんてと思っていました」
「…………」
よく思わない人がいるかも知れないとは少なからず思っていたけど、やっぱりハッキリ言われてしまうと心がどんよりと重しが掛かった様に沈んでしまうのが分かった。
「でもですね」
そんな僕の前に立ち、僕の両手を包む手。
その手のひらはゴツゴツとして硬く、長年この仕事をしている職人の手だった。
「城に帰って来たライアン殿下を見て、我々も衝撃を受けたんですよ」
「ライアン殿下の……?」
「はい。不敬かもしれませんが、村に行く前はどこか自信無さげだった殿下が、妃殿下に作ると言って調理場に訪ねてきたんです」
「あれはオレたちも驚いたな」
「あんなに生き生きとした殿下は初めて見ましたからね。村に行く前と後では、その差は歴然です。そして我々が手伝う事もなく、一人で美味しそうな料理を完成させていくんですから……」
プライドはズタズタですよ。
そう笑っているゲイリーさん。
「それに試食したところ、悔しながら我々も夢中になってしまいまして」
「あれは衝撃だった……!」
「とっても美味しかったです~……!」
ライアン殿下が一人で作ったのは、オムレットケーキとプリン。
とても楽しそうに作り始め、ここにいる全員に振る舞ったという。
「そこでね、我々も話し合ったんですよ。変なプライドは抜きにして、陛下が言うその少年にレシピを学ぼうと」
「はい! 私たちプロですから! 美味しいモノを探求しなければ、料理人失格です!」
「まぁ、アレは見慣れるまで時間が掛かりそうですけど……」
「でも食べたら美味しくて……。かなり衝撃でした……」
そう言いながら、ブルーノさんが作ってくれた料理を見つめる他の料理人さんたち。
「だからですね、我々が一目置くのに、そんなに気弱になっていられては困るんですよ。貴方の事は、王宮にいる料理人たちが認めているんですから」
「……はい」
その言葉に思わず流れてくる涙をゴシゴシと拭おうとすると、イーサンさんがそっとハンカチで僕の涙を拭ってくれた。
きっと僕の顔、いま恥ずかしい事になっているだろうな……。
「ユイトさん、自信を持ってください」
「はい!」
嬉しいのに、涙が次から次に溢れてきて止まらない。
ゲイリーさんたちは焦っていたけど、僕はその言葉だけで胸がポカポカと高揚していくのが分かった。
「しかしマズいですね……」
「え? どうしたんですか?」
スンスンと鼻を啜る僕を見つめ、イーサンさんが困った様に眉間に皺を寄せている。
「ユイトさんが泣いたとなると、ライアン殿下が黙っていないのでは……?」
「「「ハッ……!」」」
僕が首を傾げていると、ゲイリーさんとトゥバルトさんたちは皆で顔を見合わせる。
イーサンさんは小さな声で、レティちゃんに許してもらえるだろうか……、と頭を抱えていた。