292 向日葵
「うわ……。すっげぇ美味そうな匂い……」
「あ、もうすぐかな」
アレクさんと洗い物を片付け、トーマスさん達と一緒にリビングでのんびり過ごしていると、こちらにまでクッキーとはまた違う甘~い匂いが漂ってきた。
ユランくんも鼻をヒクヒクさせながら、キッチンの方を眺めてそわそわしている。
「にぃに、おやちゅ~?」
「はやく、たべたいです!」
すると、ユウマが僕の膝に抱き着きはやくたべたいと可愛くおねだり。
ハルトもメフィストを抱えながら顔を覗き込み、ねぇ~? とにっこり。メフィストは分かってなさそうだけど、ハルトにつられてにっこり笑っている。
「いま焼いてるのは一晩冷やすから、明日のおやつだね」
「しょうなの~?」
「きょうは、たべないですか?」
残念そうに口を尖らせるユウマとハルト。
ユウマのその唇を軽く摘まむと、むぅ~と言いながら笑い出す。
「うん。今日は食べないけど、冷やしたらね、明日はも~っと美味しくなってるよ?」
「もっと~?」
「今日はチョコチップクッキーだよ。レティちゃんとニコラちゃんが頑張って作ってくれたから楽しみだね?」
「くっきー、たのしみです!」
「ゆぅくんも! たのちみ!」
ハルトはメフィストの両手をにぎにぎしながら、いっぱいたべると張り切っている。メフィストも構ってもらえて嬉しそうだ。
ユウマのふっくらした頬を撫でてからキッチンへ向かうと、僕の後ろからアレクさんも付いてきた。どうやらこの匂いが気になるみたいで、さっきからずっとそわそわしてる。
僕たちが行くと丁度焼き上がり、オーブンをそっと開けて中を確認。
「あ、キレイに焼けてる! よかった~!」
落とさない様に天板ごと作業台の上に移動させると、焼き上がった生地がふるふると揺れている。粗熱をとってから食べても中身がトロッとしてて美味しそうだけど、これは中まで冷ましてから。だって、切り分けないといけないからね。
「アレクさん、帰る時に皆さんの分も渡しますね」
「え、いいのか?」
「はい。パーティの皆さんの分も入ってますよ? クッキーもありますから!」
「そっか。ありがと!」
エレノアさん達の分もあると思わなかったのか、アレクさんは嬉しそうに顔をくしゃりとさせる。
「あ、ブレンダさんの分もお願いしてもいいですか? 多分、エレノアさんといますよね?」
「あぁ~、だと思う」
お昼は食べに来なかったなと思っていたら、どうやら途中でエレノアさんに出会って連れて行かれたらしい。アレクさんが僕たちが来たと教えてなかったみたいで、ブレンダさんを見て驚いてたって。
まぁ、護衛がブレンダさんかどうかまでは分からないもんなぁ。
「なぁ、こっちの崩れたのは?」
アレクさんが気にしているのは、チョコチップクッキーの形が崩れたり割れたりしてる分。焦げてないし、形が崩れているだけだから味は一緒。
「これですか? 後でもう一つ違うのを作るんで、その時に使うんです。それなら崩れてても関係ないので」
「へぇ~! いろんなのあるんだな……」
そう言ってるアレクさんの目は、食べたいと物語っている。
「……ちょっと、味見します?」
「え、いいの?」
「もう冷めてるんでいいですよ。はい」
「あ~」
クッキーの割れてる部分を差し出すと、アレクさんも口を開けてパクリとクッキーを食べ始める。肩が触れ合う距離。その触れた部分から、じんわりと熱が伝わってくる。
「ん~! んんん!」
「ふふ、美味しいですか?」
「ん!」
何を言ってるかは分からなかったけど、嬉しそうにコクコク頷くアレクさん。可愛いなぁと眺めていると、その後ろの壁に隠れる様に、小さな影がこちらを覗いていた。
思わず顔が引き攣る。
そんな僕に気付いたのか、アレクさんが後ろを振り返った。
「うわ!?」
冒険者のアレクさんが気付かないなんて……。
「ハルト……、ユウマも……。何してるの……?」
「あ~、ごめん! オレ、先食べた……」
二人は僕たちの声を聞きながらもキッチンには入らず、あくまで入り口の壁からじぃ~っと覗いているだけ。
( ちょっと気まずい……! )
アレクさんと困惑していると、ハルトとユウマがにまっと笑みを浮かべる。
「んふふ~……! みちゃいました……!」
「にぃに、あ~んちてた……!」
「「え?」」
らぶらぶです! と笑う二人の言葉に、僕もアレクさんも思わず固まる。
「こらこら……! 邪魔しちゃダメだろう……!」
すると、二人を小脇に抱え、慌ててリビングに戻るトーマスさん。
本当に攫う様に二人を連れて行く。
「だって~!」
「なかよち、だめなの~?」
「そういう時は、言っちゃダメなんだ……! 意識すると照れるだろう?」
「「なるほど~!」」
遠ざかりながらも、三人の会話はこちらにバッチリ聞こえている。
ソファーからは、ユランくんの笑い声も聞こえてきた。
「「…………」」
どうしよう……。ああ言われると、自分のした事がちょっと恥ずかしくなってくるんだけど……。
アレクさんも同じ様で、トーマスさん達の会話を聞いて無言のまま。
少しだけ体をズラし、距離をとる。朝も同じ様な事をしたはずなのに、今は気まずくて顔を見れない……。
「あら! とってもいい匂い!」
「あ! おにぃちゃん、さっきのやけた?」
《 いいにお~い! 》
《 はやくみた~い! 》
お風呂から上がってきたオリビアさん達が、キッチンの入り口からこちらを覗き見る。その楽しげな声に、正直少し助けられた。
「あ、レティちゃん! 丁度焼き上がったとこだよ!」
「ほんと~? わぁ! おいしそう……!」
「これは一晩冷やしてからだから、食べるのは明日になるんだけどね」
「そうなの? はやくたべたい……! あれくさんも、たべるのたのしみだね!」
「あぁ、そうだな」
レティちゃんの頭を撫でるアレクさん。
そんな会話を聞いていたオリビアさんが、アレクさんの顔を見て、あら、と首を傾げている。そして僕の顔を見て笑みを浮かべた。
「二人とも大丈夫? 顔まっ赤よ~?」
「「えっ」」
「あ、ほんとだ!」
《 ふたりとも~? 》
《 あついの~? 》
ニコラちゃんとリリアーナちゃんも、心配して僕とアレクさんの顔をふわふわと飛びながら覗き込んでくる。
「オリビア……! ダメだろう……!」
「え? あらあら……」
トーマスさんの声が聞こえたと思ったら、ハルトとユウマに続き、今度はオリビアさんが連れて行かれた。
「おばぁちゃん、じゃましちゃ、めっ! です!」
「にぃにとあれくしゃん、てれちゃうの!」
「あ~、なるほどね~!」
遠ざかりながらも、四人の会話はこちらにバッチリ聞こえている。オリビアさんは注意されているのに楽しそうだ。
ソファーから、ユランくんの笑い声がまた聞こえてくる。
「……じゃまして、ごめんね?」
「「えっ」」
その会話を聞いたレティちゃんが、気まずそうにキッチンからそろりと出ていく。
その後を追って、ニコラちゃんとリリアーナちゃんも飛んで行ってしまった。
《 おじゃましちゃった~! 》
《 かお、まっかだったね~! 》
「……だめ! まだきこえちゃうから……!」
《 《 あっ! 》 》
アレクさんには聞こえてないから大丈夫だよ、レティちゃん……。
なんて思いながら隣を見ると、アレクさんの顔は眉を下げ、困った様に笑っていた。
「……あれだな。言葉にされると、結構恥ずかしいな……」
「……ですね」
へにゃりと笑うアレクさんを見て、どうしようもなく擽ったい気持ちになる。
いつものカッコいいアレクさんも好きだけど、こういう他の人に見せない様な可愛いところも……。
「ぼ、僕っ! お風呂、入ってきますね!」
「え? あ、分かった。これはそのまんま?」
「あ、はい! まだ熱いので、そのままで!」
いってきます! と急いでお風呂場へと向かった。
今の僕はきっと、誰が見ても分かるくらいまっ赤になっている気がする。
*****
《 ゆいと~! ぼくもはいる~! 》
《 まって~! 》
《 おふろ~! 》
お風呂場の扉を開けようとすると、ノアとリュカ、そしてテオが楽しそうに追いかけてきた。
「え? 羽は濡れても大丈夫?」
《 うん! かわけばへいき~! 》
「そうなの? じゃあ一緒に入ろっか!」
《 《 《 うん! 》 》 》
脱衣所にはリュカが頑張って乾かしてくれたであろう、着替えとタオルが置いてあった。
ありがとう、と優しく撫でると、満足そうに笑みを浮かべる。
「皆の服ってどうなってるの?」
《 これ~? すぐきえるよ? 》
ほら、と言いながら、三人はあっという間にすっぽんぽんに……。
ちょっとお腹がぷにっとしてて、ユウマみたいで可愛いな。
着ていた服を脱ぎながら、ふと、今までの自分の行動を思い出してみる。
そう言えば僕、手紙に結構恥ずかしい事書いてた気がする……。今はもう読み返す事は出来ないけど、アレクさんは受け取ってるんだよね……? アレクさん宛ての手紙だから読むのは当たり前なのに、どうしようもなく恥ずかしくなってきた。
「あ! 湯船に入る前に、この泡で洗うんだよ」
《 《 《 は~い! 》 》 》
浴室に入り、ノアたちの手伝いをしながら自分の体も全身くまなく洗っていく。
やっぱり、お湯で濡らしたタオルで軽く拭くのとは全く違う。なんだか身体がスッキリして気持ちいい。
そしてゴシゴシと洗いながらも、自分の行動を振り返る。
( 今朝も人前で抱き着いちゃったし、思えばなんて恥ずかしい事を……! )
思わず顔が熱くなってきた。
「皆には、これにお湯入れるからね」
《 うん! ありがと! 》
《 たのしみ! 》
《 おふろ、はじめて! 》
桶にノアたち三人がゆったり浸かれる位のお湯を入れ、僕の近くにそっと浮かせてみる。
うん、安定してるし大丈夫そうだ!
《 《 《 きもちいいねぇ~…… 》 》 》
「ほんとだねぇ~……」
湯船に浸かり、温かいお湯の中でゆったりと足を伸ばす。
体を包む心地良い温度に力が抜け、思わずほぉっと吐息が漏れる。
周りの人達もビックリしただろうな……。ハルトとユウマにもバレバレだったし、トーマスさんにも気を遣わせてしまった……。
だけど、それでも……。
( アレクさんのあの顔、可愛かったなぁ~…… )
トーマスさんとオリビアさんにいつでも食べに来なさいと言われて、やった、と小さな声で僕に見せたあの可愛い笑顔。
眉を下げ、困った様にへにゃりと照れた様に笑ったあの顔。
ああいう顔、他の人にも見せてたらどうしよう……。
きっとアレクさんの事、好きになっちゃう人もいる筈だ……。
「うぅ~~~……」
思わず湯船の中に頭の先まで沈めてしまう。
ヤキモチなんて、自分には遠い世界の話だと思っていたのに……。
《 ゆいと~? 》
《 ういてこないよ~? 》
《 ゆ、ゆいと~……! 》
《 どうしよう…… 》
《 とーますよびに…… 》
「プハァ~~~ッ!」
《 《 《 うわぁ~~っ! 》 》 》
さすがに息が苦しくなって頭をあげると、その反動でノアたちが入っていた桶が湯船の波に乗って遠くに流されていた。
「わぁ~! ごめ~ん!」
《 ゆいとがおぼれてるって、しんぱいしたのに~! 》
《 ひどいよ~! 》
《 でもちょっとたのしかった~! 》
慌てて桶を掴むと、拗ねるノアとリュカに、楽しいと笑っているテオ。
こうして見ると、三人とも性格も違うもんなぁ~。
そんな事を考えながら、浴槽のふちに腕をのせて、水泳の授業の時みたいに足でパシャパシャとお湯を蹴る。
今はハルトとユウマもいないし、少しくらい行儀悪くてもいいかな。
《 さっき、あれくのこと、かんがえてたでしょ~? 》
「え~? わかった?」
プカプカと浮かぶ桶のお風呂から、三人が僕を見つめている。
《 かお、にこにこしてるもん! 》
《 いまもしてる~! 》
「ふふ、アレクさんね、可愛いんだよ~。笑うとね、年上だけど子供みたいに幼くなるんだ~」
《 いつもわらってるよ~? 》
《 ゆいとがいるからじゃない? 》
「アハハ! そうだと嬉しいな~!」
美味しいもの食べてるときは特ににこにこしてるし。
「あとね、目がキレイなんだ~」
宝石みたいにキレイな緑色。
「アレクさんの目ね、サンフラワーが咲いてるんだよ」
《 ほんと~? 》
《 おはなさいてるの~? 》
「うん」
キレイな緑色に、光の加減で黄色い向日葵が広がっている様に見える。
「他にも知ってる人、いるのかな~?」
《 みんな、しらないとおもうよ~? 》
「そうかなぁ?」
《 ちかくにいかないとね~? 》
《 あとでみよ~! 》
三人は興味津々で、上がったら早速見に行こうと相談している。
「あ、皆には内緒だよ?」
《 いっちゃだめなの~? 》
《 どうして~? 》
《 ぼくたちは、いいの~? 》
「うん! ちょっとね、自慢聞いてほしくなっちゃったんだ!」
そう言うと、ノアたちはないしょね! と約束してくれる。
「あ、そろそろ上がろうか? おやつの時間だ」
《 あっ! くっきー! 》
《 《 あがろ~! 》 》
羽が濡れて飛べない三人を抱え、僕は浴室を出る。
リュカの風魔法で三人はすぐに体を乾かし、さきにいってるね、とリビングへ戻って行った。
さっきは照れて逃げちゃったけど、帰ったらまた会えなくなるもんね。
今のうちにいっぱい一緒にいないと勿体ないよな……。
濡れた髪をタオルで乾かしながら、僕はそんな事を考えていた。