226 しあわせのあじ
孤児院の裏でさつまいもの収穫作業をしていた牧師のジェフリーさん。
牧師さんって繊細そうだなって勝手にイメージしてたんだけど、まさか土に塗れて畑作業をしているとは思わなかった……。
子供たちの腹の足しにと、色々育てているらしい。ジェフリーさんの完全な趣味だそうだ。
教会の中へ案内してくれたあの優しそうな男性は、今年試験に合格し新しくやって来た牧師さん。
いつもは二人で教会と孤児院の仕事をしているという。
「ジェフリーさんって、ステラさんのお父さんなんですね!」
実はジェフリーさん。あのオリビアさんの弟子(?)で、Aランク冒険者パーティのステラさんの父親だった。そう言われてみたら、目元が似ているかも……。
だけど、この背の高さは似なかったんだな……。
でも、ステラさんはあの可愛らしい身長がしっくりくる気がする。
「まさかステラの友達だとは思わなかったよ。昔っから騒がしい子でね。迷惑掛けたりしてないかい?」
「いえ! 僕たちの方が色々お世話になっているので!」
ジェフリーさんは貯蔵庫で保管していたスイートパタータをオーブンで焼いている真っ最中。アリスちゃんたちのおやつだけど、僕もご馳走してもらえる事になった。
ステラさんが休みなのに全く休めなかったと言ってた事をポロっと言うと、畑の作業を手伝ってもらったんだと豪快に笑っている。
「そう言えば、他の子は見当たりませんけど……。ここの子供って、アリスちゃんだけですか?」
教会の裏に建てられた孤児院にお邪魔しているけど、僕たち以外の人の気配が全く感じられない。
ステラさんは皆とっても元気と言っていたんだけど……。
「あぁ! 他の子たちは今、ちょっとしたお小遣い稼ぎをしに行ってるんだよ」
「お小遣い稼ぎ?」
「あぁ。15歳になったらここを出ないといけないからね……。出た後にお世話になる仕事先に、今の内から慣れておこうって事で、将来の仕事場に週に一度か二度、手伝いに行ってるんだよ」
「なるほど……!」
職業体験みたいな物かな?
この孤児院にはアリスちゃんの他に、10歳、12歳、13歳の男の子たちがいるらしい。その子たちは現在、ハワードさんの牧場とジョナスさんのパン屋、フローラさんの養鶏場にお手伝いに行っているとの事。
この孤児院を卒業した子たちは他にも、メイソンさんの鍛冶屋に乗合馬車の御者さんと、色々なところに勤めているらしい。
お手伝いのない日は読み書きの勉強をしたり、教会や畑の作業を手伝ったりしているそう。
「特に牧場と養鶏場は寮もあるし、お世話になっている子が多いかな? 二日に一度は牛乳や卵を持って来てくれるし、ジョナスさんの店もパンを配達してくれてね。子供たちも喜んでるし、とても有難い事だよ」
自分たちの子供の服や靴を寄付してくれたり、この村の人たちは温かいんだ、と優しげな表情を浮かべるジェフリーさん。
村の人たちの善意で、ここの子供たちを育ててもらっていると感謝していた。
そっか……。僕はステラさんに聞くまで、この村に孤児院がある事すら知らなかったからな……。反省だ……。
僕の膝に座っているアリスちゃんの頭を撫でながら、僕にも出来る事はあるかなと一考する。
「お、そろそろかな?」
鼻を擽る美味しそうな匂いに僕が思わず身を乗り出すと、アリスちゃんはおいもさんすきなの~? とにっこり。
食いしん坊みたいに思われてるかも……。ちょっと恥ずかしい……。
「ほら、出来たよ! これにバターをのせたら絶品だ!」
「うわぁ~……! ぜったいおいしいやつだぁ……!!」
ジェフリーさんが焼き立てのスイートパタータを割ると、蜜たっぷりの黄金色がホカホカと湯気を立て、のせたバターがとろりと溶け染み込んでいく。これは美味しいと一目で分かる。
僕の視覚と嗅覚の情報で、お腹が既に早く食べたいと訴えている。
「アリスもこれが好きだもんな?」
熱いから気を付けて、と火傷しない様に僕の分に厚手の布を巻いてくれる。
アリスちゃんも慣れた様子で受け取り、満面の笑み。
「うん! しあわせのあじなの~!」
「ハハハ! 嬉しいな~! さ、食べようか!」
皆でいただきますと早速、熱々のスイートパタータをフゥフゥと冷ましながら一口頬張ると、スイートパタータの甘味とバターの香りが広がり、口の中が一瞬で蕩けてしまいそうになる……。
なるほど……。これは確かに“しあわせのあじ”だ……。
「おにぃちゃん、おいしいでしょ?」
「うん! すっごく美味しい……! 口の中が幸せだね……」
「そうなの~! ほっぺ、おちちゃうの~!」
うふふ、と笑うアリスちゃんを見つめるジェフリーさんの優しい眼差しを見ると、本当に大切に育てられているんだなと僕でも分かる。
「美味しいんだけどね。レパートリーが無くて、いつも簡単なこればっかりになってしまうんだよ」
「あぁ~…! これだけでも十分美味しいですもんね……」
「だけど食い盛りがいるだろう? 口には出さないけど、飽きてると思うんだ……」
「なるほど……」
困ったよ、と苦笑いするジェフリーさん。
僕が役に立てる時が来たのかもしれない……。
「あの、良ければ……。いくつかお教えしましょうか?」
「えっ!? 本当かい!?」
差し出がましいかなと思っていたけど、ジェフリーさんは助かるよ! と目を輝かせている。
それを見て一安心だ。アリスちゃんもなにつくるの~? と興味津々。
「どうしよう? 有り難いんだが、ユイトくんの時間は大丈夫かい?」
「あ、はい。僕は今日お休みなので。ジェフリーさんさえ良ければ、今からでも大丈夫ですが……」
「是非!! お願いするよ!!」
笑顔でグイグイ来るところ、ちょっとステラさんに似ているかも……。
やっぱり父娘なんだなと実感した。
*****
「では、まず始めに。スイートパタータを水を張った鍋に入れて蒸かしていきます」
「はい!」
「はぁ~い!」
意図せず始まったお料理教室。
生徒は牧師のジェフリーさんと、お手伝いのアリスちゃん。
「蒸かしている間に、玉葱をみじん切りにして透明になるまで炒めていきます。手を切らない様に気を付けてくださいね?」
「はい……!」
「せんせぇ、がんばってぇ~!」
可愛いアリスちゃんの応援を受け、ジェフリーさんは大きな体でオニオンをひたすらみじん切りしていく。お手伝いに行っている食べ盛りの子供たちの分も作る為、切るのは結構な量だ。
目に沁みない様に、予め二人にはマスク代わりに鼻と口元をハンカチ覆ってもらい、窓を開け換気もバッチリ!
「じゃあ、ジェフリー先生がオニオンを切っている間に、アリスちゃんにはこれを手伝ってもらおうかな?」
「なぁに~?」
アリスちゃんはパッと表情を明るくさせ、僕の手元を覗き込んでいる。
「さっき焼いてくれたこのお芋さんの皮を剥いて、ボウルに入れます。この棒でお芋さんが滑らかになるまで潰してください」
「はぁ~い!」
残った焼き芋は、アリスちゃんも簡単に作れるように軽くアレンジ。
一生懸命手伝ってくれる姿を見ていると、僕の弟たちを思い出す。
「あ、ジェフリーさんも終わりそうですね。ではフライパンに入れて、しんなり透明になるまで炒めていきます。透明になってきたら、ほんの少しでいいので塩と胡椒を入れると味が引き締まります。今回は無しで作ってみましょう。気に入ってもらえたら、次回から加えてみてください。オニオンは焦がさない様に注意してくださいね? 焦らず、ゆっくりです」
「焦らず、ゆっくり……」
真剣な表情でオニオンを炒めるジェフリーさん。アリスちゃんも終わった様で、これでい~い? と可愛く確認してくる。上手に出来たねと褒めると照れ笑い。何とも可愛らしくてこっちまで自然と笑みが零れてしまう。
「じゃあ、アリスちゃんが頑張ってすり潰したお芋さんに、この卵黄と、牛乳を入れて混ぜてください」
「はぁ~い!」
一生懸命混ぜるアリスちゃんに、ジェフリーさんもにっこり笑顔。
ここで余った卵白は、スープに加えて活用するので捨てずに取っておく。
「あ、蒸し上がったみたいですね! 僕が皮を剥くので、お二人はそのまま続けてください」
「はい!」
「はぁ~い!」
蒸し上がったスイートパタータは、さっき御馳走になった焼き芋とはまた違ったホクホク感でとっても美味しそうだ。
皮を剥いて、ジェフリーさんが炒めているフライパンの中に投入。炒めながら潰してくださいと伝えると、楽しそうに潰していた。
「アリスちゃん、この混ぜたお芋さんを、今度は丸めて形を整えていきます」
「まるめるの~?」
「そうだよ~。アリスちゃんが食べやすい大きさにしていこうね」
「うん!」
一つだけ見本に作って見せると、がんばるね! と張り切って残りを一生懸命丸めていく。
アリスちゃんの小さな手で作る、ころころまん丸のお芋さん。
大人は一口で食べきってしまいそうだ。
「ジェフリーさんもそろそろいいですね! ではこれを形を整えて、小麦粉と卵、パン粉に付けていく作業に移ります!」
「はい!」
ジェフリーさんはさっきから楽しそうに返事をしてくれるので、教えている僕まで楽しくなってしまう。
冷めないうちに形成するので、少し熱いけどここは二人で協力しながら手早く形を整えていく。
一つ見本を作ると、ジェフリーさんは熱い熱いと言いながら楽しそうに作業をしていた。
「二人とも準備は出来ましたね! ここから最終作業に入ります!」
「はい!」
「はぁ~い!」
まずはアリスちゃん。丸めてもらったお芋さんの表面に、卵黄を満遍なく塗ってもらい、予熱で温めたオーブンへ。オーブンに入れるのはジェフリーさんが担当。
オーブンで焼いているうちに、次はジェフリーさん。先程形成した物を油で揚げてもらう。
「いい匂いだなぁ~」
「おいしそう~」
オーブンから漂う香ばしい匂いに、二人とも鼻をくんくん。
焼き芋とはまた違った美味しさだからね。
「こっちもそろそろ揚がりそうだ」
「良い色になってきましたね! 美味しそう!」
油を切ると、カラリと揚がった黄金色の衣。これもとっても食欲をそそる良い匂いだ。オーブンの方も完成したみたい。アリスちゃんは危ないから、少し離れた場所で待機してもらう。
「よ~し! 二つとも完成です!」
「おぉ~!」
「おいしそう~!」
テーブルの上に並ぶのは二人の力作だ。
先ず一皿目。ジェフリーさんが作ったのは、スイートパタータのコロッケ。見るからにサクサクしそうな衣に、思わずゴクリと喉が鳴る。
そして二皿目。アリスちゃんが頑張ってくれたスイートポテトならぬ、スイートパタータ。
甘い匂いと、オーブンで焼いた焦げ目が何とも言えず美味しそう……!
「さ、早速試食してみましょう!」
「やった!」
「はやくたべたぁ~い!」
いただきますと声を揃えると、二人ともフゥフゥしながら一口パクリ。
「「ん~! おいしい!」」
コロッケはホクホクした食感と、程よい甘味がじんわりと口の中に広がっていく。合い挽き肉を入れてもボリュームが出て美味しいですよ、と伝えると、今度やってみようとジェフリーさんは作る気満々。
スイートパタータはアリスちゃんの掌サイズで食べやすい。アリスちゃんの手作りに、絶品だ! とジェフリーさんは大満足。
そんな先生を見て、アリスちゃんは嬉しそうにはにかんでいた。
*****
「ユイトくん、今日はありがとう! また是非遊びに来ておくれ」
「はい! また来ます!」
作った料理は大成功。これならあの子たちも満足してくれると思う、とジェフリーさんは嬉しそうだ。
アリスちゃんも、おにぃちゃんたちにあげるの~! とニコニコしている。
アリスちゃんが作ったと知ったら、他の子たちも驚くだろうな。
「おにぃちゃん、またきてねぇ~!」
「うん! 今度はお土産持ってくるからね!」
「うん! たのしみ~!」
二人に見送られ、僕は教会を後にする。
醤油や味醂なんかがあれば、もっと教えられるんだけど……。
今度持ってこようかな……。
「ノア、遅くなってごめんね?」
アリスちゃんに声を掛けられてから、ノアはずっと姿を消したまま僕の肩に座っていた。一人にしてつまんなかっただろうな……。ごめんね……。
《 ん~ん! たのしかったから、いいよ! 》
「本当? お土産にいっぱいスイートパタータ貰ったからね。家に帰ったら食べようね」
《 うん! たのしみ! 》
教会で作ってるスイートパタータ。やっぱり他の物とは品種が違うみたい。蜜が多くて、ハルトやユウマたちも好んで食べそうだ。
「じゃあ、ヴァル爺さんのお店に荷物を受け取りに行って帰ろっか!」
《 うん! みんな、なにしてるかなぁ~? 》
「帰ったら皆に聞いてみようね」
《 うん! 》
僕の休日。朝から思わぬ物は手に入ったし、女神様にもお礼を伝えられた。新しい友達も出来たし、充実した一日だったな……。
時間は少し早いけど、家に帰って家族に美味しいお土産を食べてもらおう。
ノアとお喋りしながら、僕は満足した気持ちで帰路へと就いた。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
これからも楽しんで頂けるように頑張ります。