216 お礼の料理と、縋る瞳
「そうそう……。ちょっと冷たいけど、こうするとお肉の油が溶けてこないんだよ」
「なるほど……! お肉も使う直前まで冷やしておくのですね……! そして、手早くしっかり捏ねる……!」
ライアンくんに手を氷水で少しだけ冷やしてもらい、冷蔵庫に入れておいた合い挽き肉と塩を入れて粘りが出るまでしっかりと捏ねていく。
そしてまた、手をボウルに入れた氷水で冷やしながら捏ねるという作業を繰り返す。
いつも大量に仕込むから、僕も慣れるまでは大変だったな……。
「フゥ……。こんな感じでしょうか……?」
「ん、良い感じにまとまってきたね! ここに、さっき牛乳に浸したパン粉と、胡椒とナツメグを少し……。これくらいの量を加えて、更に捏ねてください」
「はい!」
少々と言っても、塩と胡椒はいつも目分量なので、今回はライアンくんに分かりやすい様に小皿に入れてから加えてもらう。
塩を一つまみと言っても、僕とライアンくんでは手の大きさも違うからね。
ハルトとユウマの為に一生懸命作るライアンくんのその姿は真剣そのもの。
作業工程も真剣に聞いてくれているから、僕も分かりやすい様に教えるにはどうすればいいか考えるようになった。
「ここに粗熱を取ったオニオンを入れて、また捏ねていってください」
「はい!」
こうして僕とライアンくんの秘密の料理教室は、アーロさんとディーンさんが声を掛けに来るまで続いた。
*****
お店のテーブルを移動させ、皆で夕食の時間。
仕込みはまだ残っているけど、オリビアさんがレティちゃんの話が終わった後にすると言っていた。
僕もすると言ったんだけど、良い子だから寝なさいと頬をうりうりと挟まれて怒られてしまった……。
「レティちゃん、もう起きてきて平気?」
「うん……。しんぱいかけて、ごめんなさい……」
少し瞼が腫れているけど、レティちゃんも顔を見せてくれてホッと胸を撫で下ろす。
「あれ? オリビアさん、ハルトとユウマは?」
皆が順番に席に着き、あと残るのはフレッドさんとハルト、ユウマの三人だけ。
「あぁ、大丈夫よ! 二人ならもうすぐ来るわ。あ、ほら」
オリビアさんが扉の方に視線を移すと、ぱたぱたと二人が手を繋いで駆けてきた。
後ろからはフレッドさんもついて来ている。
「おそく、なりました!」
「ごめんなちゃぃ~!」
二人はライアンくんの両隣に座ると、心なしかソワソワしている気がする。
「申し訳ありません。遅くなりました」
フレッドさんも申し訳なさそうにサイラスさんの隣に座り、僕たちにぺこりと頭を下げる。
「あら、フレッドくん! 気にしなくていいのよ~!」
「そうですよ! さ、皆さん揃いましたね! 早速夕食にしましょう!」
何て言ったって、今夜で皆で過ごす最後の夜なんだから。
僕がライアンくんに目で合図を送ると、ライアンくんはスッと立ち上がりキッチン内へ。
それを見ていたハルトとユウマは首を傾げている。
そこに、ライアンくんが両手で大事そうに抱えて来たもの……。
「今夜はハルトくんとユウマくんに、お礼の料理を作りました!」
「「えぇ~!?」」
二人の前に出来立てほやほやの料理を置くと、皆も興味津々で覗き込んでいる。
「すごく、おいしそうです!」
「ちーじゅ、いいにおぃ~!」
「はい! ハルトくんとユウマくんの好物を考えて、ユイトさんに教わりました!」
「「すご~い!!」」
興奮気味に器を覗き込む二人の前にあるのは、チーズの香ばしい匂いが堪らないハンバーグドリア。
ハルトの好きなグラタンと、ユウマの好きなマイスを散りばめて作ったボリューム満点の美味しそうな一品だ。
それを見たトーマスさんたちからも次々と美味しそうと言う声が。
照れながらもライアンくんは嬉しそうに顔を綻ばせている。
「どうぞ! 冷めないうちに、召し上がってください!」
「「いただきます(しゅ)!!」」
オリビアさんがドリアをお皿に取り分け二人の目の前に置くと、ハルトとユウマは目をキラキラさせながらドリアをふぅふぅと冷まし、パクリと頬張った。
その様子を皆で見守りながら、ライアンくん同様、味はどうだろうかと少しドキドキしてしまう。
朝から頑張ったもんね……!
すると、二人ともドリアをもぐもぐと咀嚼しゴクリと飲み込むと……。
「とっても、おいしいです……っ!」
「おぃちぃねぇ! ゆぅくん、こぇしゅき!」
ほっぺを押さえ、うっとりとした表情でライアンくんに何度も美味しいと伝えている。
それを聞いてホッとしたのか、ライアンくんも肩の力が抜けた様だ。
「ふふ、これは私たちも頂いていいのかしら?」
「はい! オリビアおばさまたちにも作っています! 是非、召し上がってください!」
「まぁ! 嬉しいわ! 美味しそうだから羨ましかったの!」
「殿下が作ったのか……! オレたちが先に食べたと知ったら、陛下が拗ねるんじゃないのか……?」
「その可能性は、大いに有り得ますね……」
「陛下の事ですから……」
「「確かに……」」
トーマスさんが心配そうに呟くと、フレッドさんもサイラスさんたちも眉間に皺を寄せてうんうんと深く頷いた。
「父上には……、城に帰ったら作ってみます! 一人で上手く出来るか分かりませんが……」
「殿下……! 作り方を覚えたのですか……?」
「? ユイトさんに丁寧に教えてもらったから……。ね、ユイト先生!」
「ふふ、そうだね! 朝から頑張ったもんね!」
フレッドさんたちは驚いているが、ライアンくんは頭も良いし、真剣に取り組んでいたからレシピもすぐに覚えてしまった。
前に作ったオムレットケーキも、タレの作り方もちゃんと覚えてたし、王子様じゃなかったらこのお店にいてほしいくらいだ!
「これは……。陛下と料理長が何か仕出かさないか心配です……」
「あぁ~……、有り得る……」
項垂れたフレッドさんの言葉に、サイラスさんも困った様に苦笑いし頷いていた。
トーマスさんたちは首を傾げていたけど、もしかしたら料理長さんもバージルさんと同じ賑やかな人なのかな?
お城の料理長さんか……。もう少ししたら会えるけど、凄い立場の人だもんね……。ちょっと緊張しちゃうな……。
僕もお城の料理、教えてもらえるかな……?
「レティちゃん、お味はどうですか?」
「うん! とっても、おいしい! おかわり、してもいい……?」
「良かったです! いっぱい食べてください!」
項垂れるフレッドさんたちを余所に、ライアンくんはレティちゃんと楽しそうにドリアを食べている。
ハルトとユウマの二人も、口にホワイトソースを付けながらオリビアさんにお替りを入れてもらっている。
ウェンディちゃんもライアンくんの肩に座り嬉しそうに微笑んでいるし、子供たちは相変わらずの可愛さで、眺めていると心がとっても癒されるなぁ……。
最初は傷だらけだったレティちゃんも、今では少しずつ健康的になってきている。
ライアンくんと同じ年齢だけど、二人が並ぶとレティちゃんはまだまだ小さい。
このまま健康的に成長してくれる事を願うばかりだ。
*****
「あら、殿下も寝ちゃいそうね……」
「ホントだ。今日は朝から起きてましたからね……」
夕食も和やかに終わり、片付け始めようとすると、ライアンくんがこっくりこっくりと今にも寝落ちてしまいそうに舟をこいでいる。
「明日は村を発つのも早いでしょう? そろそろ寝室へ連れて行きましょうか」
「そうですね、ハルトもユウマもライアンくんと一緒に寝るでしょ?」
「はい! いっしょに、ねます!」
「ゆぅくんも~!」
「ふふ、じゃあ二人とも歯磨きしてから行きましょうか?」
「「はぁ~い!」」
ハルトとユウマはオリビアさんに連れられ、ライアンくんはサイラスさんに抱えられてお店を後にする。
そしてトーマスさんも、メフィストを寝かせてくると寝室へ向かった。
アーロさんとディーンさんは見張りの為、サイラスさんたちと一緒に出て行った。
残ったのは僕とレティちゃん、そしてフレッドさんの三人だけ。
フレッドさんはライアンくんの傍を離れないのに珍しいな……。
「さて……。レティちゃん、トーマス様とオリビア様が戻ってきたら、ユイトさんに話があるんですよね?」
フレッドさんが問いかけると、レティちゃんは緊張した面持ちで頷いた。
「うん……。おにぃちゃん、あとでおはなし、きいてくれる……?」
不安そうに僕を見つめる目には、薄っすらと涙の膜が。
「うん、勿論だよ。ちゃんと聞くから安心して?」
そう答えると、レティちゃんは少しだけ安心した様にもう一度こくりと頷いた。
「遅くなっちゃってごめんなさいね」
「さて……。どこから話をしようか……」
ハルトたちを寝かしつけ、トーマスさんとオリビアさんが店に戻って来た。
ライアンくんたちにはサイラスさんたちが付いてくれているそうだ。
「まずは……。そうですね……、ノーマン・オデルの屋敷で見つかった者たちの話から……」
「見つかった者……?」
ノーマン・オデル……。
宮廷魔導士の最高位で、今回のバージルさんやライアンくんを狙った主犯格。
そして、トーマスさんの学園時代の先生と聞いた……。
「屋敷の書斎には呪術に関わる書物、そしてその中には悪魔の召喚魔法……、この国での禁忌魔法に関わる物が数点押収されたと連絡がありました」
「悪魔……」
ノーマンという人に召喚されたというのが、赤ん坊になってしまったメフィストだ。
そして、メフィストによってレティちゃんの魔力を自分に繋ぎ、屋敷の人たちを洗脳していたのがそのノーマン・オデル……。
レティちゃんをあんなに衰弱させていた人……。
最期は消滅してしまったと聞いたけど、僕は今でもその人を許すことが出来ない。
「あの、見つかった者……、というのは……」
「はい。屋敷の地下室で鎖に繋がれ、かなり衰弱していた様子ですが……。今朝、言葉を発せる様にまで回復したそうです」
「それって……、その……」
「はい。発見されたのは三名。全員、奴隷紋が確認されています」
「──……!」
奴隷紋という言葉を聞いて、レティちゃんの体が強張ったのが目の端で確認出来た。
レティちゃんの背中には、今でも一生消えない奴隷紋の痕が残っている。
オリビアさんはレティちゃんの肩を抱き寄せ、安心させる様に優しく擦っている。
「その者たちは皆、開口一番にある人物の無事を口を揃えて訊いてきたそうです」
「ある人物……?」
「はい。自分たちの心配よりも、そこにいるレティちゃんの安否を心配している様です」
地下室で見つかったのは、いずれも魔力の多いと言われる魔族の男性二人と女性一人。
レティちゃんが屋敷に連れて来られた時には、既に三人は鎖で繋がれていたそうだ。
そして屋敷にいた使用人たちも全員、ノーマン・オデルに洗脳されていた様で記憶障害が残っているらしい。
すると、レティちゃんが意を決した様に僕を見つめた。
「……おにぃちゃん。もし、おみせに、はたらきにくるひとがこなかったら……」
「みんなを……、このおみせで、はたらかせてください……!」
レティちゃんの縋る様な赤い眼に、僕は暫く言葉が出てこなかった……。
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