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203 こんな身近に


 青白い光に包まれたと思った瞬間、一瞬だけ感じる浮遊感。

 ぎゅっと閉じた瞼の向こうで、光が収まる気配がする。

 恐る恐る目を開けると、そこは木々が生い茂る森の中……。


 ……ではなく、よく知る家の庭。


 そして呆けた顔をしたイドリスさんやギデオンさんたちが、肉を焼きかけたまま停止している。


「めふぃくん……! また……!」

「ぷぅ~!」

「ぷぅじゃ、ないの……!」


 これもさっき聞いた気がするけど、無事に戻れたから良し……、とは、出来ないかなぁ~……?

 トーマスさんとオリビアさんがまぁまぁ、とレティちゃんを宥めている。


「ワフッ!」

「クゥ~ン?」


 家の庭に、アドルフの弟や妹たちが一緒に転移して来てしまった。

 ただでさえ体格のいい皆がいて狭く感じていたのに、アドルフを含めるとグレートウルフが十七頭……。

 イドリスさんたちは呆然としているし、レティちゃんはまだお説教しているし……。


「あ……! こら! だめだよ……!」


 キースさんの声に振り返ると、グレートウルフたち数頭が、肉を焼いていたイドリスさんたちの下へ駆けて行く。

 そして何頭かはテーブルに並べている料理に鼻を近付け興味津々だ。

 ミートパスタを頬張るアーチーさんとブラントさんの膝に鼻先を押し付けて強請っている子もいる。


「わぁ! 可愛いねぇ~!」

「随分と人懐っこいんだねぇ」

「間近で見ると、こんなに美しいものなのか……」


 モリーさんとルーナさん、ブレンダさんは食べる手を止め、近寄ってきたグレートウルフたちを両手で撫でている。

 三人とも、すり寄ってくるグレートウルフたちの可愛さに顔が蕩けていた。


「おぉ~! こんな一気に転移出来んのか……! レティは凄いな……!」

「お前らなぁ~! ビビらせやがって~! 転移するなら転移するって言えよ~!」

「いやいや、それはムリだろう……!」

「……、それもそうか!」


 転移を使えるレティちゃんを感心した様に褒めるのはギデオンさん。

 僕たちが突然大所帯で帰ってきて驚いたのはイドリスさんだ。


 二人とも残った皆の為にお肉を焼いていたらしく、すでに汗だくだ。

 その匂いにつられて、周りにはグレートウルフたちがわらわらと集い始めている。


「おいおい! 可愛いなぁコイツら! ユイト、肉はやってもいいのか?」

「あ、オニオンがいっぱい入ってるけど……。こっちのタレは砂糖とネギ(リーク)が入ってるし……」


 キースさんがアドルフは大丈夫って言ってたけど、犬には砂糖と葱はダメって聞いてるしなぁ……。こっちではどうなんだろう……? 

 念のため、この子たちには避けといた方が安心かな?


「コイツらにはダメなのか?」

「キュ~ン……」

「クゥ~ン……」


 ダメと聞き、グレートウルフたちは僕を縋る様な目で見つめてくる……。

 あぁ~……! その目は心が痛むから止めてほしい……!


「う~ん……、一応タレを漬けてない方のお肉をあげてもらえますか? 僕はこの子たちの料理持ってきます!」

「おぅ! 任せとけ! ついでに頭も洗って来いよ!」

「カッコいいから勿体ないけどな!」

「え? あ! 忘れてた……!」


 ニヤニヤしているイドリスさんとギデオンさんに言われ、やっと自分たちの頭がどうなっていたか思い出した。

 レティちゃんが思わず笑い出すほど、色んな方向に髪が飛び跳ねているんだった……!


「スッゲェ髪してんな、ユイトくんたち」

「なんでそうなったんだ?」


 僕たちが転移しても帰ってきても料理を頬張るダリウスさんとビリーさんたち。

 胃袋はどうなっているんだろうと心配になるよ……。


「えへへ……、ちょっとアドルフたちと遊んでて! ハルト~、ユウマ~! おいで~!」

「「はぁ~い!」」


 ライアンくんと一緒にグレートウルフたちを撫でていた二人は、僕の声に素直にとてとてと駆けて来る。

 二人ともこうして見るとスゴイ髪型だな~。

 ライアンくんもフレッドさんたちも笑わずに普通に接してたけど……。

 いや、サイラスさんは微妙に震えてるな……。我慢してるだけか……。


「おにぃちゃん! かみ、おもしろいです!」

「ふふ! にぃに、へぇ~ん!」

「えぇ~? 二人だって同じ髪してるんだよ~?」

「「えぇ~?」」


 僕と同じと聞き、二人はお互いの顔を見合わせる。


「「ほんとだぁ~!」」


 三人で笑っていると、アドルフが僕たちの傍に駆け寄って来た。

 何を言っているかは分からないけど、尻尾を見るとブンブンと振っているから仲間がいて楽しいのかもしれない。


「あどるふ、どうしたの~?」

「あどりゅふも、ゆぅくんといっちょにありゃう~?」

「ワフッ!」


 さっきよりも尻尾が激しく揺れている。どうやら僕たちと一緒に洗う気満々の様だ。

 キースさんは他の子たちが悪戯しない様に、向こうに付きっきりだし……。


「ん~……。アドルフ~、洗う間は大人しく出来る?」

「ワフッ!」


 僕がそう言うと、ちゃんと理解しているのか嬉しそうに一鳴きし、ハルトとユウマにピッタリと寄り添っている。

 僕が見ていると、どうしたの? とでも言う様に首を傾げ、僕の足にスリスリしてくる。

 本当に人懐っこい子だなぁ~! とっても可愛い!

 これはこの間のお礼に、丁寧に洗ってあげよう……!


「ハルト、ユウマ、先に料理を準備してくるから待っててね」

「うん! だいじょうぶ!」

「ゆぅくんも! まてりゅよ!」

「ワフッ!」


 僕はキッチンに向かい、お替り用の料理を運んでいく。

 途中でアーロさんとディーンさんも手伝ってくれ、それを見たグレートウルフたちも大喜びで食べていた。気に入ってくれた様で一安心。

 昨日オリビアさんとアーロさん、ディーンさんと作った料理はもう残り僅か。

 キースさんには何度もありがとうとお礼を言われた。

 その時にアドルフを洗ってもいいか訊こうとしたんだけど、向こうでどうやらアドルフの弟たちが料理の取り合いで軽いケンカ? を始めた様で、慌てて走って行ってしまった……。


 僕はお肉を焼いているイドリスさんにお願いし、大きめのお鍋二つにお湯を沸かしてもらっている間に洗面所に向かい、ハルトとユウマ用のタオルと、少し大きめのタオルを引っ張り出す。

 さすがにアドルフを家の中では洗えないから、夏にトーマスさんがプール用に使ってた大きな桶を使わせてもらおう。


 トーマスさんとオリビアさんはと言うと、レティちゃんがぷんぷんしているので宥めるのに必死。

 メフィストはトーマスさんの腕の中でやぁ~! と顔を隠しているし……。

 姉弟ケンカと思えばいいのかな? あちらは任せておこう……。

 ……戻っても仲直りしてなかったら、プリンを出そうかな。




「ワンちゃん用の石鹸はないからなぁ~……。僕たちと一緒でもいいかなぁ?」


 僕は洗面台の棚に置いてある石鹸を取り出す。

 匂いも刺激も無いし、意外と髪もキシキシになったりしないし、これなら大丈夫かな?

 後でアドルフに匂いを嗅いで確認してもらおう。


「お待たせ! ハルトとユウマは先に洗う? それとも先にアドルフを洗っちゃおうか?」

「あどるふ!」

「あどりゅふ、ありゃう~!」

「分かった! アドルフが先ね!」


 満場一致? でアドルフを先に洗う事が決定!

 アドルフは尻尾をフリフリし、僕が準備する桶を興味深そうに覗いている。


「お~い! ユイト! お湯沸いたぞ!」

「ありがとうございま~す!」


 イドリスさんにお願いしていたお鍋のお湯が沸いたみたい。

 子供たちには危ないからと、せっせと運んで来てくれた。


「何だ? ユイトたちは何をするんだ?」

「あら、桶も出したの?」


 これ幸いと、トーマスさんとオリビアさんがメフィストとレティちゃんを連れて来た。

 二人とも泣いた様で、すんすんと鼻をまっ赤にしている。

 どうやらレティちゃんは僕たちが危なくない様に気を付けていたのに、メフィストが二回も魔力を流したから怒っていたらしい。

 メフィストはメフィストで、僕たちと離れたくなかったんじゃないかと言う事で……。


「れてぃちゃんも、めふぃくんも、おはなとおめめ、まっかです!」

「ほんちょ! おしょろぃ!」

「おそろい……?」


 レティちゃんはその言葉を聞いてメフィストを見ると、すんすんと鼻をまっ赤にするメフィストに改めて気付き、おこってごめんね、と謝っていた。

 レティちゃんの伸ばした手を、メフィストは小さな指できゅっと掴み、にぱっと微笑む。

 仲直り……、でいいのかな?

 トーマスさんもオリビアさんも、唸りながらホッとした様子だった。




「いどりすさん、おゆ、ありがとう、ございます!」

「いどりしゅしゃん、ありぁと、ごじゃぃましゅ!」

「ワフッ!」

「おぅ! 任せとけ! なんか面白いことすんのか?」


 その後もイドリスさんは僕たちの傍を離れず、ハルトたちが鍋を触らない様に見張ってくれている。どうやら僕たちのする事に興味があるみたいで、ドシリと地面に座り、胡坐をかいている。


「僕たちの髪を洗う前に、お礼にアドルフも洗おうかなと思って!」

「そうか! いいなぁ~、アドルフ! オレも洗ってほしいぜ!」


 ガハハ! と笑い、アドルフを大きな手でワシワシと撫でている。

 アドルフの毛並みは乱れてしまったけど、嬉しそうに尻尾を振っているから問題ない。


「さぁ~、アドルフを頑張っておもてなししようかな!」

「おもて、なし?」

「おも、て……、なち?」

「感謝を込めて、丁寧に扱うって事かな?」

「かんしゃ……」

「てぃねぇ……」


 二人はおもてなしを考えているのか、真剣な表情を浮かべうんうんと唸っている。


「ぼく、まっさーじ、します!」

「ゆぅくんもねぇ……、う~んと……。がんばりゅ!」


 二人はむんと張り切っている様子でアドルフを見つめている。

 アドルフは分かっていなさそうだけど楽しそう。


 イドリスさんが桶に慎重にお湯を注いでくれ、僕は熱くなり過ぎない様に井戸の水を足していく。

手でかき混ぜながら温度を調整。

 イドリスさんは熱い熱いと言いながらも、僕たちの代わりに温度を確かめてくれている。


「よし! これならアドルフにもいいんじゃねぇか?」

「……うん! いいですね! アドルフ、どう?」

「……ワフッ!」

「バッチリみてぇだな!」


 アドルフは前足でちょんとお湯の温度を確認し、いいよ! と言う様に一鳴き。


「じゃあ、かけるよ~?」


 早速、準備したお湯をアドルフに慎重にかけていく。

 ハルトとユウマはその間に、小さな手で一生懸命石鹸を泡立てている。


「二人とも、頑張って~!」

「「はぁ~い!」」


 オリビアさんの声に顔を上げると、トーマスさんは庭にある大きな木に掛けた手作りのブランコに乗り、レティちゃんを右膝に乗せ、メフィストを左腕に抱えている。

 二人とも、今度は仲良くトーマスさんに抱えられているからホッと胸を撫で下ろす。

 ライアンくんも近くにいて、ブランコの順番待ちらしい。

 あ、レティちゃんが膝から下りてライアンくんに譲っている……。

 戸惑っているライアンくんをトーマスさんが手招きし、膝に恥ずかしそうに乗るライアンくん。

 皆が笑顔で楽しそうだ。


「よ~し! これくらいでいいかな? ハルト、ユウマ、洗っていこうか!」

「「はぁ~い!」」


 満遍なく濡らしたアドルフの毛に、泡立てた石鹸を使い、指で丁寧に洗う。


「かゆいところは、ありませんか~?」

「あどりゅふ、きもちぃ~?」

「ワフ~……」


 アドルフもマッサージをお気に召したらしく、時折気持ちよさそうに声を漏らしている。


「ハハハ! まるでオレらと一緒だな!」

「……あ、そうだ! イドリスさん、この辺りでお風呂屋さんってありますか?」


 こっちに来たばかりの頃に、お風呂は貴族の家か高級宿、大きな街に行けば共同浴場があると聞いた。

 だけど、そろそろ肩までお湯に浸かりたいなぁ~、なんて思ってたりするんだけど……。


「風呂屋~? う~ん……、この辺りには無ぇなぁ~……」

「そっかぁ……、やっぱり無いですよねぇ……」


 お金を貯めて、浴槽を買うしかないかな~……。

 貴族の家か高級宿にしか無いなんて、一体いくら掛かるんだろう……?

 考えたら怖いけど、やっぱり欲しい……。


「なんだ? 風呂探してんのか?」

「はい……。肩まで浸かると、疲れが取れるし……」


 この桶くらいの大きさならハルトとユウマは余裕で浸かれるんだけど、さすがに僕は入れないし……。

 アドルフの体を丁寧に洗いながら、僕はおばあちゃんの家のお風呂の事を思い出していた。

 足をゆったり伸ばせる大きめのお風呂……。

 お風呂上りに飲むコーヒー牛乳の美味しさ……。

 あ、コーヒーも探したいなぁ~……。コーヒー牛乳飲みたくなってきた……。


「そうなのか? じゃあオレんちに遊びに来るか?」

「え?」


 何の気なしに胡坐をかいて笑っているイドリスさん。


「風呂ならあるぞ?」


「えぇ~っ!?」


 僕の声が大きすぎて、周りの視線が集まるのは時間の問題だった。


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