193 炊き立てご飯
「お……、お米だぁ~~っ!!!」
麻袋に入った大量のお米を見て、僕は興奮のあまり思わず大声を出してしまう。
その声に反応してか、皆はこっちに興味津々。
だってだって、やっぱりお米があるのと無いのとではテンションも違ってくると言うか……!
「おにぃちゃん、それ、おこめ~?」
「じぇんぶ、ごはん~?」
キッチンからはハルトとユウマがパタパタと駆けてくる。
二人とも顔が嬉しそうだ。
「そうだよ~! これで二人の好きなおにぎりもオムライスも作れるね!」
「「やったぁ~!!」」
大好きなおにぎりとオムライスが食べれると分かり、ハルトとユウマは二人で手を取り合い飛び跳ねている。
その様子にライアンくんたちも作業の手を止め、僕たちの周りに集まってきた。
ちなみに、ウェンディちゃんはいつの間にか姿を隠している。
「クリスさん、こんなに早く持って来てくれてすごく嬉しいです! ありがとうございます!」
「ありがとう、ございます!」
「ありぁとごじゃいましゅ!」
僕たち兄弟は、クリスさんに向かって頭を深々と下げる。
だって本当に待ち望んでいた物だから!
クリスさんは僕たちのその行動に一瞬固まるが、すぐに持ち直した様子。
「そんなに喜んで頂けると、ここまで持って来た甲斐がありますね」
表情は動かないけど、クリスさんもどこか嬉しそう……、かな?
「ユイトさん、そのコメ……? と言う物はそんなに美味しいのですか?」
メフィストを抱えているフレッドさんは、僕たちのはしゃぎようにそんなに美味しいのかと米を凝視し、サイラスさんもフレッドさんの後ろから肩に手を乗せ、麻袋の中に入ったお米を覗き込んでいる。
その二人と奥にいるライアンくんを見て、クリスさんは表情には出さないがピシリと固まってしまった。
さすがに気付いたかな……?
だけどまぁ、この人なら言い触らさないような気もするし……。
大丈夫……、かな?
「じゃあ、早速試しに炊いてみましょうか? 鍋で炊くのは初めてなので、正直上手くいくか不安なんですけど……。あ、クリスさんたちもいかがですか?」
「私たちも……、ですか……?」
僕の言葉に意外そうな表情を浮かべている。
あ、商品だしもう食べた事あるのかも?
「もしかして、もう食べた事ありました?」
「いえ、まだですが……」
「それなら一緒にいかがですか? 僕の知ってるものかは分かりませんが、見たところ同じようなので……。味も知っておいて損はないですよ?」
まぁ、商会の人にあわよくば、お米を好きになってほしいという打算はありますが……。
「あ、ちなみにこの後お仕事は?」
お米を水に浸けるから、時間掛かっちゃうかも。
「いえ、こちらに寄って終わりですが……」
「そうなんですね! じゃあ外にいるお二人にも是非食べて頂きたいです!」
「おにぃさん、おこめ、たべましょう!」
「しゅっごくおぃちぃの!」
ハルトとユウマは、お米を持って来てくれたクリスさんを良い人認定した様だ。
二人にも誘われ、クリスさんはやっと肩の力を抜いた様に感じた。
「はぁ……、では……。せっかくですので、私たちもご一緒させて頂きます……」
「はい! 是非! 準備するので席にかけてお待ちください!」
外で待っていたお二人も店内に呼び、早速お米の炊く準備に取り掛かる。
ライアンくんたちを見てギョッとしていたけど、そこはやっぱり商人さん。
すぐに表情を戻してみせた。
ハルトたちには作業を再開させてもらいつつ、僕が合間合間でチェックする事にした。
炊くのが上手くいけば、明日のバーベキューにも使えちゃうかも!
「メフィストのご飯にも使えるからねぇ~! 楽しみだねぇ!」
「あ~ぃ!」
メフィストも小さな両手をぱちぱち叩きながら、楽しみに待ってくれている様だ。
これは美味しく炊かないと……!
僕は早速、麻袋の中身を取り出す。
手で少しだけ掬い上げると、すでに精米してくれているのか白くてキレイな粒……。
久し振りのお米……!
うぅ~! 頑張って美味しく炊こう!!
まずはボウルに、カップで量ったお米を入れて、たっぷりの水を注ぎ軽く混ぜる。
最初は素早く! お米が濁った水を吸収してしまうからスピード勝負だ!
水を別のボウルに移し、ボウルの中で米を研いで、またたっぷりの水を注いで濁った水を別のボウルへ。
便利な“鑑定”もとい、僕の“メモ”には、お米の研ぎ汁は花壇の水やりにも野菜のえぐみを取るのにも良いとあった。なんかおばあちゃんの知恵袋みたい。
勿体ないし、水は置いといて試しに使ってみようかな?
それを三度ほど繰り返し、研いだお米に水を張る。
ここからお米に水を吸わせるから、少し置いている間にハルトたちと作業を再開。
「おにぃちゃん、おにおん、いっぱいです!」
「頑張りました……!」
ハルトとライアンくんが頑張ってすりおろしてくれた大量のオニオンに、醤油、すりおろしたにんにく、ジュンマイシュに砂糖、胡麻油を加えてよ~く混ぜる。
子供用にはガーリクは少量で。大人用にはこれに唐辛子を加えておく。
二人とも、分量を量るときの目が真剣だ。これで明日お肉を焼けば、何も漬けずにそのまま食べられる!
「二人ともありがとう! これだけあれば美味しいお肉になるよ! じゃあ早速、お肉を漬け込んでいこう!」
「「はぁ~い!」」
ハルトとライアンくんが頑張って作ってくれたお肉用の漬けダレ。
この匂いだけで美味しそう……!
冷蔵庫から肉の塊を取り出し、食べやすい大きさに切り分けていく。
ここで筋を切るのも忘れずに。
「ユイト先生、それは何をしているのですか?」
ライアンくんが不思議そうにしているのは、僕がお肉に包丁で切り込みを入れているから。
「これ? このまま焼いちゃうとお肉がこういう風に反っちゃうから、こうやって筋に切り込みを入れるとキレイに焼けるんだよ」
「「なるほど……!」」
僕がお肉を持って説明すると、ライアンくんと一緒にフレッドさんも感心した様に呟いた。
フレッドさんはライアンくんの為に色々勉強しているから、これもまた頭にインプットされたのかな? だけど、この情報……、いる……?
「にぃに~! ゆぅくんとえてぃちゃんのも、みてぇ~!」
「あと、じゃむだけ……!」
ユウマとレティちゃんに任せていた焼いたお肉用の甘めの漬けダレは、ソーヤソースにすりおろしたガーリクと生姜、砂糖に煮立たせたミリン、ネギに煎ったセサミとセサミ油。
残すところ林檎のジャムを加えるだけ。
僕が責任重大と言ったからか、二人とも緊張しているみたい。
悪い事しちゃったな……。
「じゃあ、このジャムを少しずつ加えて味見していこっか!」
「「はぁ~い!」」
オリビアさんお手製のメーラのジャムは、粒がキラキラしていて瓶を開けると匂いも最高!
これをパンにたっぷりつけると甘くて美味しいんだよね~!
「この最初の味を覚えておいてね? これがどんどん変わっていくよ」
ユウマとレティちゃんの他にも、メフィスト以外は全員味見。
クリスさんたちも興味があったのか、味見に参加している。
「おぉ……! これは美味しいですね!」
「これを肉と一緒に……。想像しただけで美味そうだ……!」
「だけど子供たちには少し辛い……、か?」
「我々には丁度いいかも知れませんね」
フレッドさんとサイラスさん、商会の人は皆口々に感想を言い合う。
クリスさんは黒いタレが気になったのか、匂いを嗅いで横から見たり上から見たりと忙しい。
だけど、大人組には概ね好評の様で一安心。
「ちょっと、からいです……」
「私も辛いです……」
「ゆぅくんもかりゃぃ……」
「わたしも……」
ハルトたち子供組は、少しだけタレを舐めてすぐにスプーンを置いてしまった。分かりやすい……!
そうでしょうとも……! 僕もまだ甘めの方がいいくらいなんだから……!
「そうだねぇ、だからこの! メーラのジャムが必要なんだよ~!」
「「「「なるほど~」」」」
僕がジャムの入った瓶を持って見せると、皆は納得した様に頷いた。
味見ってこういう時こそ大事なんだよね~!
ユウマとレティちゃんは慎重に慎重に分量を量り、少~しずつ混ぜている。
まずはそれを一口味見。
だけどまだ甘味が足りないみたいで、う~んと首を傾げ悩んでいる。
そしてまた分量を量り、先程と同じ様に混ぜて味見。
だけどまだ納得いかないみたい。
「にぃに~! あまくなりゃなぃの~!」
「どれどれ?」
確認すると少し甘味は加わったけど、まだ物足りない……。
慎重すぎたかな……?
「ん~、さっきの倍くらい入れてみる?」
「ばぃ~?」
「うん、さっき入れたこのスプーンの量の、二回分だね」
「おぃちくなりゅかなぁ~?」
「なるといいねぇ」
「うん!」
ユウマは真剣にメーラのジャムを掬おうとするが、瓶の奥にあるジャムが掬いにくい様で苦戦中。
瓶を傾けて掬おうとするが、今度は多く取り過ぎてしまったようで瓶に戻そうとする。
「あぁ~!」
だけど戻そうとしたスプーンが瓶に当たり、こんもりとのっていたジャムがボチャンと音を立ててボウルの中に……。
「あぁ~! おちちゃったぁ~!」
ユウマはショックなのか、今にも泣きそうだ。
だけど、隣で自分の担当するボウルにジャムを少しずつ入れていたレティちゃんは、ユウマのボウルに入ったタレを何も言わずに味見する。
すると目をキラキラさせてユウマを見た。
「ゆぅくん……! おいしい……!」
「ほんちょ……?」
「うん……!」
あの顔は慰めで言っている訳ではなさそうだ。
ユウマもちょんとスプーンを入れてタレを掬いペロッと舐めてみる。
「~~~っ! おぃちくなった~~~っ!」
「ねっ! おいしいね……!」
「うん!」
あの落とした分のジャムがいいお仕事をしてくれた様で、ユウマとレティちゃんの顔はとっても嬉しそう。
二人につられてハルトとライアンくんもペロッと味見。
「あまくて、おいしいです!」
「私も! 先程の物より、こちらの味が好きです!」
子供組には大好評。思いきりも大事なんだな……!
レティちゃんのタレも、ユウマが落とした分と同じくらいのジャムを入れてやっと完成。
「これで明日は、皆で美味しいお肉が食べれるね!」
「「「「うん!」」」」
大人組も味見してうんうんと頷き合っている。
クリスさんは相変わらず忙しなく観察しているな……。
「あ、そろそろお米もいいかな?」
僕の言葉に、皆がこちらに視線を集中させるのが分かった。
米をザルにあげ水をよく切り、鍋にお米とキレイな水を入れて火にかける。
お米専用の計量カップがないから、僕のメモ頼りに入れたけど……。
沸騰するまでは中火のままで、沸騰しだしたら火を弱め十五分程そのままで。
これが上手くいったら、皆のご飯もお店のメニューもたくさん作れる……!
洗い物は大変そうだけど、力も出るし皆に食べさせたい……!
どうか美味しく炊けます様に!
「おにぃちゃん、ぼく、つなおにぎり、たべたいです!」
「ゆぅくんも~! ちゅなのおににり!」
「ツナのおにぎりかぁ~……。僕も久し振りに食べたいなぁ~!」
二人は好物だったツナマヨのおにぎりを思い出したのだろう。
だけど魚介類はこの辺りじゃ食べられないし……。
「ユイトさん、つな……? とは、何でしょうか……?」
先程までタレを凝視していたクリスさんが声を掛けてきた。
やっぱり商会の人だからどんな商品か気になるのかも。
「魚のマグロとかカツオを使ったものなんですけど、今炊いてるお米に入れて食べるとすっごく美味しいんです! だけどこの辺りじゃ海は遠いんですよね?」
早く魚介類も見つけたいんだけど……。出汁を取るのにカツオと昆布は絶対欲しい!
あと、トーマスさんとオリビアさんの好きなアヒージョに合う牡蠣や海老も!
「魚ですか……。確かに、この国は海に面しておりませんので……」
「あぁ~……、やっぱり……」
遠いどころじゃなく、海に面していないなんて……。
これじゃあ手に入れるのも難しいか……。
「おにぃちゃん、うみ……、いきたいの……?」
ガックリしていると、レティちゃんが僕の服を引っ張り目をキラキラさせている。
「うん、魚が食べたくて……。レティちゃんは海、行った事ある?」
「うん……! うみをわたってきたの……!」
「え!? そうなの!?」
初めて知る事実に僕も皆もビックリ。
遠いらしいのに海を渡ってきたって……。
「いきたいなら、てん……」
「「わぁ────っ!!」」
クリスさんたちもいるのに、転移って言おうとしたよね!?
慌ててレティちゃんの口を塞いだけど、どうやらフレッドさんも同じだったみたい。
二人で口を塞いだものだから、レティちゃんは目をパチクリさせて固まっている。
「ど、どうしたのですか……?」
「い、いえ! 何でも……!」
「はい! お気になさらず……!」
「あぷぷぅ~!」
いきなりの事に気が動転して思わず口を塞いでしまったけど、フレッドさんもレティちゃんを心配してくれたのかな?
抱えられてるメフィストはちょっとビックリしたみたいだけど……。
レティちゃんは自分が何を言おうとしていたか気付いたみたいで、ごめんなさいと謝られてしまった。
「く、クリスさん! 海の食材って手に入ったりしますか!?」
何とかレティちゃんから気を逸らそうと話を振ると、クリスさんは難しい表情を浮かべる。
「海の食材は保存が効かないので難しいのです……。魚を生きたまま移動させるとストレスで死んでしまいますし、移動式の冷凍庫で凍らせるという手も使いましたが、やはりこちらに着く頃には冷凍焼けで味も微妙に変わってしまって……」
「そうですか……、残念です……」
やっぱり難しいかぁ……。
話を聞くと、海のある国から取り寄せても、この国は陸続きで一ヶ月以上は掛かると言っていた。
生モノは途中で腐ってしまい、とてもじゃないが使い物にならないらしい。
あ、鍋が沸騰してきた……! 火力を弱めておかないと……!
だからカビーアさんのスパイスなんかは、国をまたいでも大丈夫だったのか……。
あと空輸とかも無いみたいだからなぁ……。
レティちゃんの転移の魔法陣は魅力的だけど、そんな事させたくないし。
空を飛んで運べたら、一番早いのに……。
「あ、確か乾物なら保存も効くと言ってましたね……」
「乾物ですか!? それってどんな物ですか……!?」
乾物と聞いて、僕は思わずクリスさんの腕を掴む。
「えぇと……、確か……、ケルプ……、と言っていましたね……」
「けるぷ……?」
初めて聞く名前だ……。どういったものなんだろう?
「海の中に生えている海藻を天日干しして、水分を抜いた物らしいです。会長に見せてもらった物は黒っぽくて硬かったですね……」
海藻……、天日干し……、黒っぽくて、硬い……。
「そ、そのケルプって……、注文出来たり……、します……?」
駄目で元々。高価かもしれないけど、訊くだけ訊いてみよう……!
「ケルプをですか……? う~ん……。まぁ、会長が趣味で方々から色々と取り寄せて集めていますから、出来るとは思いますよ?」
「本当ですか!?」
「は、はい……。時間は掛かりますが……」
やった! でも時間は掛かるって言ってたから、値段もそれなりにするか……。僕のお給料で払えるかな……?
「ちなみにその代金って、おいくらですか……?」
分割払いはやってないかな……?
僕が恐る恐る訊いてみると、クリスさんは少し考えて僕を見た。
「……そのタレのレシピを売って頂けるなら、代金はいいですよ」
「えっ!?」
その言葉に僕は一瞬固まってしまう。
だけど、このレシピなら別に買わなくても……。
それが顔に出ていたのか、フレッドさんはハァ、と溜息を吐いた。
「ユイトさん、あなた……。レシピはタダでもいいとか思っているでしょう?」
「え!? なんで……」
「しばらくユイトさんと過ごせば誰でも分かりますよ」
その言葉にサイラスさんも、それにライアンくんまで深く頷いた。
そ、そんなに分かりやすい……?
「クリスさんと仰いましたね? 彼と取引なさるなら口頭ではなく書面を頂かないと」
フレッドさんはメフィストをあやしながら、鋭い眼光でクリスさんを見つめている。
「書面……、ですか?」
僕、今までそんな物用意した事ないんだけど……。
「ユイトさん、いい機会ですので今までの仕入れなども形式を見直してみてはいかがでしょう? 何を、どれだけの量、そして金額。そして納品期日ですね。レシピに対してそのケルプとやらが手の平サイズ一枚分では話になりませんから」
なるほど……! つまりは僕が騙されない様に……、か……。
何だかんだ言って、フレッドさんは優しいんだから……!
僕がニマニマしていると、フレッドさんに何をニヤついているんですかと怒られてしまった……。
「畏まりました。では書面を用意出来次第、後日改めて契約に伺いましょう。勿論、会長にも伝えておきますのでご安心ください」
「あ、ありがとうございます……!」
クリスさんは何事も無かったように淡々と話すが、僕は気が気でない……!
フレッドさんもクリスさんの目を逸らさずに、ジッと様子を窺っている。
目には見えないけど、二人の間に火花が飛び散っていそうな……。
ほら、メフィストもキョロキョロと二人を見だしたじゃないか……!
「たっだいまぁ~! アーロくんたちのおかげでいっぱい買えちゃったわぁ~!」
「これでも足りないくらいじゃないの、か……?」
買い物に出ていたオリビアさんたちが帰ってくるけど、フレッドさんとクリスさんの様子にちょっと戸惑い気味だ。
「おかえりなさい……!」
「あら……、何事……? それにその人は……?」
オリビアさんは困惑しながら呟いた。
トーマスさんにアーロさん、ディーンさんも、何事だと首を傾げている。
あぁ~……、僕が要らない事を言ったせいで……!
ハルトたちも大人しくなっちゃったじゃないかぁ~……!
「と、とにかく……! もうすぐお米が炊けるので! 皆さん席に着いてくださーい!!」
苦し紛れのご飯作戦!
早く座って、皆で念願のお米を味見しよう!
その言葉にハルトたちはパァッと嬉しそうに顔を綻ばせ、席に着いた。
ハァ……、どうか喧嘩だけはしません様に……!
そんな事を願いながら、僕はもうすぐ炊き上がるお米に思いを馳せていた……。




