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171 この国、初の……?


「それにしてもトーマス、遅いわねぇ……」


 ライアンくんとレティちゃんのお見舞いも済んだんだけど、なかなかトーマスさんが帰って来ない。

 ハルトは布団から出てきたライアンくんと楽しそうにお喋りし、ユウマとメフィストは、レティちゃんのベッドの上で仲良く遊んでいる。


「そうですね……。僕、ちょっと見てきますね」

「お願い出来る?」

「はい。少し待っててください」


 オリビアさんたちを病室に残し、トーマスさんを呼びに診療所を出ようとすると、何やら外が騒がしい……。

 喧嘩だったらイヤだなぁと思いながらそ~っと覗いてみると、外に並んでいた患者さんたちの上に、立派な日除けのテントが出来ていた。

 運動会であんなの見たことあるなぁ……。


「トーマスさん、わざわざすみません……」

「いや、気にしないでくれ。たまにはアレも出さないと、組み方を忘れそうだからな」

「これだけでだいぶ暑さが凌げます!」

「そうか! うちの子が心配していたから役に立てて良かったよ!」


 コナーさんは申し訳なさそうに頭を下げ、患者さんたちはトーマスさんにしきりにお礼を伝え、冒険者の人たちと一緒に並んでいた年配の患者さんもぺこぺこと頭を下げていた。


「トーマスさん、また大きなの作りましたね……」


 僕がテントを見上げながら言うと、トーマスさんは笑ってオレでも役に立つんだぞ! と得意気だ。


「ライアンくんがトーマスさんに話したい事があるそうなので、来てもらえますか?」

「殿下が? 分かった、すぐ行くよ」


 トーマスさんも何だろうか? と首を傾げながらも足早に病室へと向かう。



「あ! トーマスおじさま!」

「やっと来たわねぇ~!」


 病室に入ると、ライアンくんはパッと振り向き表情が明るくなる。


「すまないな、ちょっと組み立てるのに夢中になってしまって」

「立派な日除けテントが出来てましたよ!」

「あら、もしかしてあの大きなテント? 最近使ってなかったものねぇ~」


 どうやらオリビアさんも知っている様だ。


「それで殿下、オレに話とは?」

「あ、はい……」


 トーマスさんがライアンくんのベッドの横に腰掛けると、少し緊張した様に唇を結ぶ。

 フレッドさんたちは邪魔をしない様に二人を見守っている。


「じ、実は……」

「うん、言ってごらん」


 優しく声を掛けるトーマスさんに安心したのか、ライアンくんはホッとした様に言葉を続ける。



「私にも、妖精の声が聞こえるのです……!」



「え」


「「え?」」


「「「「えぇええええ───っ!?」」」」



 トーマスさんと僕、それにオリビアさんは衝撃の告白に唖然としてしまう。

 でもなぜか、後ろで聞いていたフレッドさんとサイラスさんたちの方が驚いていた。


「あの時、どうしてみんなを守れないんだろうと悔しくて……。だけど、小さな声が聞こえてきて……。“気に入ったから、お手伝いしてあげる”と……」

「そ、その妖精は、今どこに……?」

「妖精ですか……? それなら、ここに……」


 ライアンくんはそう言うと、自分の肩に視線を向けた。

 すると、そこにキラキラと光る粒子が舞い始め、ふわふわとした金色の髪をなびかせた小さな小さな女の子が現れた。

 僕たちを見回し、にこにこと微笑んでいる。


「そ、そんな所に……」

「もしかして、ずっと……?」


 トーマスさんと僕がその妖精さんをじっと凝視していると、少し照れた様にはにかんだ。

 とっても可愛い……!


「はい……。姿は消していますが、昨日からここに……」


 ライアンくんがそっと指を差し出し頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めている。

 その様子にベッドでお喋りしていたハルトも妖精さんを驚かせない様に静かにしているが、たぶんあの顔は心の中で興奮していると思う。

 レティちゃんはメフィストをあやしながらも妖精が気になるようで、ユウマと一緒にこちらをチラチラと覗いていた。


「あの、それで……。トーマスおじさまに訊きたい事があって……」

「あ、あぁ……。オレに分かる事なら……」


 トーマスさんは姿勢を正し、真剣な表情でライアンくんに向き合った。


「あの……。妖精というのは……、お菓子を主食にすればいいのでしょうか……?」

「……え?」

「この子が……、ウェンディが……」

「殿下……、妖精と契約したのか……!?」

「はい……」


 妖精さんを名前で呼ぶライアンくんに、トーマスさんたちは皆驚愕している。


「ら、ライアン殿下……! 妖精と契約など、この国では初なのでは……!?」


 フレッドさんもあまりの驚きに、いつの間にか耳と尻尾が……。


「え……? でも、トーマスおじさまも……」

「いや? オレはノアと契約はしていないぞ?」

「え? でも名前……」

「あぁ、名前はユイトが付けたんだ。だがユイトも契約はしていないし、オレもノアたちが話が出来る様にと勝手に魔力を流したんだよ。だから、この国ではライアン殿下が初めてなんじゃないのか?」


 僕はノアにあだ名を付けただけだから、特別な力も何もない。

 ただ、トーマスさんとライアンくんみたいに、話せる様になるのは羨ましいけど……!


「な、何たる誉れ……! 陛下に報告……、あ! もう帰られた後か……!」

「これは陛下に良い報告が出来そうだな」

「こんな歴史的な出来事が目の前で……」

「色々ありすぎて頭が痛くなってきた……」


 フレッドさんたちはそれぞれ感動したり困惑したりしているが、ライアンくんが妖精と契約した事で、皆どこか誇らしげだ。


「あの、それで……。ウェンディが、トーマスおじさまに貰ったお菓子が食べたいと言っているのです……」

「お菓子……?」


 それを聞いて、なぜか皆の視線が僕に集中する。


「いやぁ……。ノアと森で会った子たちが嬉しそうに食べていたから、今回協力してもらう為にユイトに作ってもらっただけなんだよ……。だから、主食かどうかは……」


 魔法陣を全て見つける為、そして森で怪しい動きがないかを探る為に、ノアの仲間の妖精さんたちにも協力をお願いしていたらしい。

 トーマスさんが困った様に、こちらに助けてくれと合図を送ってくる。


「あ、でもノアちゃんはスープもサンドイッチも食べてたわよね?」

「そう言えば……! ハルトとユウマの手作りだったもんね?」


 スープはいいサイズの器がなくて、僕がスプーンで飲ませたなぁ……。

 とっても可愛かった……。


「あ! そうです! ノアちゃん、たべてくれました!」

「のあちゃん、ぱちゅてくもたべてた!」

「なら、甘いものが好物なだけで、色々食べれるんじゃないのか?」

「あ、でもベーコンは食べれないって残してましたよね?」


 こうして考えると、お肉以外は食べても大丈夫なんじゃないかな……?


「なら、食事はお肉以外を与えれば良いのでしょうか……?」

「そういう時こそ本人に聞いてみないと! もしかしたらノアちゃんとはまた違うかもしれないし……」

「そ、そうですよね……」


 ライアンくんは緊張した面持ちで、肩に乗る妖精のウェンディちゃんに話しかけた。


「ウェンディ、君はお肉は食べれる?」


 すると、ウェンディちゃんは首を傾げて分からないと言っている様に見える。


「お肉は食べた事がないけど、美味しいなら食べてみたいと言ってます……」

「ハハ! そうか! なら殿下が退院したらウチでお祝いしよう! レティという可愛い家族も増えるしな!」

「あら、いいわね! フレッドくんたちも王都に帰る前にいっぱい食べて行きなさいね?」

「「「「やった……!」」」」


 皆は喜んでいるが、奥のベッドで一人静かにトーマスさんを見つめる人物が……。


「あ、トーマスさん! レティちゃんと挨拶を……」

「お? あぁ! すまないな! そう言えば挨拶がまだだったな!」


 そう言うと、慌ててレティちゃんのベッドへ向かう。

 ベッドの上にはユウマとメフィストがいて、それを見たトーマスさんの顔が緩んでるのが分かる。


「オレの名前はトーマスだ。目を覚ましてからは初めまして、だな?」

「あ、はい……。はじめまして……。わたしは、れてぃ、です……」


 レティちゃんはオドオドしながらも、ちゃんとトーマスさんの目を見て挨拶が出来ている。

 すると、レティちゃんの頭にポンとトーマスさんが手を置いた。


「そんなに緊張しなくてもいい。早く退院して、皆でウチで暮らそう」

「は、はい……」

「それにウチの料理は絶品だからな! すぐに元気になるぞ! 店もやってるから常連も多いんだ」

「おみせ……? おみせも、してるの……?」


 お店という言葉に、レティちゃんは反応する。


「そうよ? 興味ある?」

「はい……。はいったこと、なくて……」


 気まずそうに俯いてしまったレティちゃん。

 ずっとあの生活だったのかと思うと、可哀そうで胸が痛くなる。

 オリビアさんもトーマスさんも、悲しそうにレティちゃんを見つめていた。


「じゃあ~……。レティちゃんが元気になったら、一度一緒にお店やってみましょうか?」

「──……! や、やりたい……! ……です!」


 レティちゃんはその言葉を聞いて、パッと嬉しそうに顔を上げた。


「ふふ! じゃあ早く元気にならないとね?」

「はい……!」


 その後、それを聞いていたハルトとユウマも一緒にやりたいと言い出してオリビアさんは嬉しそうに頷いていた。

 すると、メフィストがトーマスさんにしがみ付き、あぶあぶと言い出した。

 まるで、自分もやりたいとでも言う様に抗議しているみたい……。

 トーマスさんが赤ちゃんにあたふたしている姿、申し訳ないけど少し面白い……。


「じゃあ、レティちゃんの体力が回復したら、その時は皆でお店に出ましょうね!」

「「はぁ~い!」」

「とっても、うれしぃ……!」


 ハルトとユウマ、レティちゃんはとっても嬉しそう。


「それにはオレも含まれてるのか?」

「あぶぅ~!」


 トーマスさんは、自分もお店に? とオリビアさんに訊ねている。

 メフィストは出る気でいるように感じるけど……。


「ふふ! もちろん! トーマスもメフィストちゃんもね!」

「あ~ぃ!」


 メフィストはトーマスさんに抱えられながら、嬉しそうに手を叩いている。


「そうか……。ならイドリスたちが食べに来る日も、その日の方がいいか……」

「「え!?」」


 今、とんでもない事が聞こえた気がする……。

 誰が来るって……?


「ん? また皆で食べに行くから、予約しておけと言われ……。言ってなかったか……?」


「「聞いてません!!」」


 そんな重要な事、どうしてもっと早く……!


「す、すまん……!」


 僕とオリビアさんの気迫に押されたのか、トーマスさんは申し訳なさそうに肩を落とし、メフィストに慰められている。


「それで? 誰と誰が来るのかしら?」

「そうですね。そこが重要です……!」


 またお店の食材が無くなってしまうかもしれないし!


「え~と……。イドリスに、ギデオンだろう? ダリウスたちにオーウェンたち……。アーチーたちもアドルフを連れてくると言ってたな……。それと……、え~と……」

「な、何人来るんですか……?」


 今で確定してるのは、えぇ~と……、たぶん、十五人……?

 しかも皆、大食いの人たちばっかりだ……。


「すまん……。分からん……」

「トーマス~……!」


 これはもう、その日だけバイキング形式にした方がいいかも知れない……。


「あ、あの……」


 すると、ライアンくんが申し訳なさそうに声を掛けてきた。

 心なしか肩に乗るウェンディちゃんがとてもウキウキしている様に見える。


「ウェンディが……、その日に、自分も参加したいと言っていて……」

「「「え?」」」


 て、事は……?

 ライアンくんたちとウェンディちゃんも、その日に追加って事になるよね……?


「これは……、一日貸し切りにするしかないわね……」

「そうですね……」

「なんか、すまん……」

「あ~ぃ!」


 もしかしたら、その日が一番忙しい日になるかもしれないな……。

 また新しいメニューを考えなくちゃ……。


 しばらくは、僕たちに休まる日はなさそうです……。


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