158 視察当日
視察当日の朝。
ハルトとユウマは我慢出来なかったのか、朝食を食べた後だというのに、麦わら帽子を被り店の外でアーロさんたちと一緒に迎えの馬車を待っていた。
店内では、ライアンくんがソワソワと僕が箱に詰めるオムレットケーキを見つめている。
「ライアンくん、バージルさん喜んでくれるといいね!」
「はい! 渡すのが楽しみです!」
外は暑いから、馬車の中ですぐに食べてもらおうと計画中。
お手拭きも忘れない様に入れて……、っと。
すると、お店の扉を開けてハルトとユウマが入ってくる。
「おむかえ、きました!」
「ばぁば~! にぃに~! じぃじきたよ~!」
「はいはぁ~い! 二人とも、暑いから行く前にお水飲みましょうねぇ~」
「「はぁ~い!」」
二人がオリビアさんに渡された水をコクコクと飲んでいると、店の扉が開きトーマスさんとバージルさんが入ってきた。
「待たせてすまない! では早速向かおうか!」
「「はぁ~い!」」
ハルトとユウマは元気よく返事をし、外に向かう。
僕たちも続いて外に出ると、そこには警護をする騎士団員さんたちと一緒に、エレノアさんやステラさん、それにアレクさんの姿もあった。
エレノアさんとステラさんは、僕を見ると笑顔で手を振ってくれる。
……だけど、アレクさんは馬車に乗り込むまで一度も、僕の方を見る事はなかった。
*****
「うわぁ~! 広いですね……!」
ライアンくんが箱を大事そうに抱えていそいそと馬車に乗り込むのを見守り、僕が最後に馬車に乗り込むと、中は思ったよりも広くて驚いてしまう。
「ハハハ! そうだろう? 体が大きいのが多いからね! ゆったり出来るように改装したんだよ!」
先頭の馬車にはイーサンさんとアーノルドさん、フレッドさんとサイラスさんが乗り込み、後方の馬車には端からトーマスさん、トーマスさんの膝にユウマが座り、ライアンくんにバージルさん、向かいの席にはオリビアさん、ハルトと僕の計七人が乗っている。
馬車の周りには、馬に乗った騎士団員の方たちがズラリと並走している。
アレクさんたちも馬に乗り、僕たちの馬車の殿を務め、守ってくれているそうだ。
窓の外を覗けばいると分かっていても、今の僕には見る勇気は持ち合わせていない。
「ん? ライアン、その箱はどうしたんだ?」
馬車が出発すると、ライアンくんが大事そうに抱える箱が気になったのか、バージルさんは興味深そうに覗き込む。
「あ、これは……! 父上に……!」
「私に?」
ライアンくんがおずおずと箱を差し出すと、バージルさんは落とさない様に両手で受け取り蓋を開けた。
「おぉ~! これは美味そうだ!」
中にはフルーツを挟んだオムレットケーキが四つ入っている。
どれもふわふわしていて美味しそう。
「ふふ、それは昨日ライアンくんが一人で作ったんですよ! ねっ!」
「はい! ユイトさんに教えてもらいながら……!」
「これを一人で……?」
バージルさんは驚きを隠せないようで、目を見開いてライアンくんとオムレットケーキを交互に見つめている。
「四つもあるから保管し……」
「バージルさん! クリームが溶けてしまうので早く召し上がってみてください! とっても美味しいですよ!」
「あ、あぁ……! ライアン、頂くよ!」
「はいっ!」
バージルさんは手を拭き、箱の中からオレンジと桃の入ったオムレットケーキをそっと掴み取り、繁々と眺めた後、大きな口を開けて頬張った。
バージルさんは目を瞑って、オムレットケーキを味わっている様だ。
ライアンくんと僕は、それを固唾を飲んで見守っている。
「う……」
「「う?」」
「うまい……!」
「「やったぁ~!」」
ライアンくんと手を叩いて喜ぶと、ハルトとユウマもオリビアさんにせがんでトーマスさんに箱を手渡した。
「これは……? まさか、オレにも……?」
驚くトーマスさんにオリビアさんは頷き、にっこり微笑んで早く開けてみてと促した。
トーマスさんが蓋を開けると、そこには同じ様にオムレットケーキが四つ。
ライアンくんのとはフルーツが違い、バナナとキウイフルーツ、葡萄が入っている。
「ふふ、これも昨日ハルトちゃんとユウマちゃんが頑張って作ったのよ? ねぇ?」
「はい! おいしく、できました!」
「じぃじ! どうじょ!」
「あぁ、早速頂くよ」
トーマスさんは手を拭き、潰さない様にオムレットケーキをそっと掴むと、嬉しそうに眺め一口頬張る。
ゆっくり味わうと、名残惜しそうに飲み込んだ。
「ハァ……、とても美味しいよ……」
その目はとても嬉しそうに細められていて、ハルトとユウマも満足そうに笑顔を浮かべている。
「子供たちの料理でこんなに感激するなんてな……。昔からは想像もつかなかったよ。ユイトくんには感謝しないと……」
「本当に……。胸が痞えて喉を通らないなんてなぁ……」
オレたちも年を取ったなぁ、と感慨深そうに残りのオムレットケーキを眺めている。
そしてもう一つ食べようと手を伸ばすけど、ピタリと止まった。
「……これはもしかして、イーサンやアーノルドの分か……?」
それならば残しておかないと……、としょんぼりしている姿が面白くてついついライアンくんと二人で笑ってしまう。
「これは全て、父上の分です!」
「イーサンさんとアーノルドさんの分は、フレッドさんにお願いしたので大丈夫ですよ」
「そ、そうか……! なら全て食べても問題ないな!?」
「「はい!」」
食べても大丈夫と安心したのか、バージルさんはホクホク顔でライアンくんと半分こし、残りのオムレットケーキを食べている。
トーマスさんもハルトとユウマにも食べさせ、残りを大事そうに味わっていた。
「これはユイトくんにお礼をしないとなぁ……」
「お礼ですか?」
食べ終わって一息ついていると、バージルさんが不意に僕を見てそんな事を言い出した。
「お礼なんて必要ないですよ? ライアンくんが頑張ったんですから」
「いやいや、一人の親としてのお礼だよ。こんなに良くしてもらって……」
良くしてもらっているのはこちらも同じだし……。
それに……、
「失礼かもしれないですけど……。もうライアンくんと僕たちは友達だと思ってますから……。友達に優しくするのは普通でしょう?」
ハルトとユウマも毎日楽しそうだし、フレッドさんやアーロさんたちにもお世話になって……。
お礼を言ってもまだ足りないくらいだ。
「そうか……、友達か……! ハハ、ありがとう……!」
バージルさんは眉を下げながら、僕とハルト、ユウマの頭を優しく優しく撫でてくれる。
少し照れくさいけど、ライアンくんも嬉しそうだし……。
すると、急に馬車が停まり扉をノックする音が。
何だか周りが騒がしい……?
トーマスさんがユウマを膝からそっと下ろしてオリビアさんに預ける。
小窓から外を確認し扉を開けると、そこには先頭の馬車に乗っていたアーノルドさんの姿が。
後ろにはフレッドさんとサイラスさんの姿もあった。
「陛下! ギルドからの伝達です!」
「そうか、何か動きがあったか?」
先程とは違い、空気がピンと張り詰める。
「例の魔法陣から魔物が現れたそうです! 見張りの冒険者が村に下りるのを防いでいますが、凌ぐのも時間の問題かと……!」
「何……? どういう事だ?」
バージルさんは眉間に皺をよせ語気を強めた。
「例の魔法陣全てからダンジョンからの魔物、魔獣が溢れているとの事です!」
「ダンジョンから……!? そんな所にまで魔法陣を貼っていたのか!?」
魔獣という言葉を聞き、ライアンくんは不安そうにバージルさんを見つめている。
僕は不安を和らげようと、ライアンくんを隣に呼び寄せ抱きしめた。
その体はカタカタと震えている。
「大丈夫、大丈夫だからね……」
僕はライアンくんを安心させるように頭を撫でる。
隣に座るハルトも、いつの間にか大事にしていた短剣を持って真剣な表情だ。
もしかしたら僕たちを守ろうとしてくれているのかもしれない。
「全て、という事はこの周りは囲まれているという事だな……。魔獣か……、厄介な……! こちらからも早馬を出し警備兵に伝達! 村人を至急避難させるよう指示を出せ!」
「ハッ!」
「オリビア、少しこの場を離れる。すまないが子供たちを頼めるか?」
「えぇ、まだ力は衰えちゃいないわ。魔力が底をつくまで戦う覚悟よ?」
「頼もしいな。無茶はしてくれるなよ?」
「えぇ、任せて!」
トーマスさんはオリビアさんに僕たちの事を頼むと、バージルさんと一緒に馬車を降り駆けて行く。
フレッドさんとサイラスさんは、ライアンくんのいるこの馬車の周りを守るそうだ。
「オリビアさん……、魔獣って……?」
魔物は聞いたけど、魔獣はよく分からない……。
どうしてあんなに緊迫しているのか、それ程強くて危険なもの……?
「魔獣はね、魔物と違って知性があるの。頭を使う分、戦うのに厄介なのよ。家にある魔核も魔物の物と言ったけど、本当は魔獣の物。段違いに強いのよ」
「それじゃあ、この周りは囲まれてるって……」
「えぇ、相当危険だわ。牧場にいるハワードさんたちも心配ね……」
「そんな……! うわぁっ!?」
すると、急に地面がグラグラと大きく揺れ、ハルトがよろけそうになるのを慌てて掴む。
「な、何……!?」
「地震ですか……!?」
窓の外を見ると、騎士団の人たちがこちらに駆けよってくる。
だけど次の瞬間、皆頭を押さえてよろよろと蹲ってしまった。
「うっ……!」
「い、痛いです……!」
「ばぁば? どうちたの……?」
「らいあんくん……! だいじょうぶ……?」
馬車の中にいるオリビアさんとライアンくんも頭を押さえて苦しみだした。
「ハルト、ユウマ、二人は何ともない……!?」
「うん! ゆぅくんへぇき!」
「ぼくも、だいじょうぶです!」
「僕、フレッドさんを呼んでくるよ……!」
そう言って馬車の扉をそっと開けると、馬車のすぐ横でフレッドさんとサイラスさんも頭を押さえ蹲っている。
「フレッドさん! サイラスさん! 大丈夫ですか……!?」
慌てて駆け寄ると、二人は痛みに耐えながらもこちらを向いた。
「ユイトさん……! 殿下は……?」
「ライアンくんも頭が痛いって……! 何が起こってるのか分からなくて……!」
「私共も急に……」
「うぅ……! ユイトくんは、中に戻ってろ……!」
「でも……」
「頼む……!」
サイラスさんは頭を押さえながらもよろよろと立ち上がり、森へと続く道を睨んでいる。
フレッドさんも仕込みナイフを取り出し、構えだした。
僕たちの先にいるトーマスさんたちも、頭を押さえながらも皆剣を持ち戦闘態勢だ。
そうだ、アレクさんたちは……?
殿を務めていたアレクさんたちのパーティは無事かと後ろを振り返ると、エレノアさんとステラさん、そして背の高い男の人二人も立ち上がり武器を構えている。
アレクさんは……?
そう思った瞬間、馬車の中から悲鳴が聞こえた。
ハルトとユウマ、ライアンくんが先に飛び出し、オリビアさんは馬車の中にいる何かを警戒しながら後ろ向きで出てくる。
「皆! こちらに来てはダメよ!」
オリビアさんの視線の先、そこには……、
馬車の中から無数に伸びる、真っ黒な手が蠢いていた。