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148 二人の関係


「急にすまないね。キミがユイトくん……、かな?」


 その人は銀色の長い髪を後ろに結び、腰には剣を提げている。

 冒険者の人? 騎士?

 ニコリと微笑む姿は、女性だけどカッコいいと表現した方がしっくりくる。


「あ、はい……。そうです、けど……」


 誰かは分からないけど、なんで僕の名前を知ってるんだろう……?

 その疑問が顔に出ていたのか、その女性は困ったように眉を下げた。


「あぁ、すまない。自己紹介がまだだったね。私の名はエレノア。話したい事があるんだけど……、少し時間をくれないかな?」

「え? あ、はい……。少し、なら……」


 エレノアさんという女性は本当に申し訳なさそうにお願いしてくるから、僕はつい了承してしまった。

 もしセールスとかだったらどうしよう……。


「ハハ、そんなに怪しまないでほしいな。ユイトくんには私の大事な人がとてもお世話になってるみたいだから、お礼を言いたかったんだよ」

「お礼……? 僕、何かしましたか……?」


 この人の大事な人……? 誰だろう? 思いつかないな……。


「ここは暑いな。少し場所を変えないか?」

「あ、でも……」

「ん? あぁ、心配しなくてももうすぐ……。ほら、来たみたいだ」

「え?」


「ゆ……、ユイト……!」

「ブレンダさん……!?」


 すると、玄関先にゼェゼェと肩で息をするブレンダさんの姿が……。

 ブレンダさんを見ると、また胸がチクチクして苦しくなる。

 だけど、こんなに慌てた様子を見た事がないから、正直驚いた。

 それに、エレノアさんからは僕しか見えないはずなのに、背中に面する通りを見ずに音だけで判断したって事? スゴイな……!


「エレノア……! 急に走るヤツがあるか……!」


 どうやらブレンダさんは乗合馬車の降り場から走ってきたらしい。

 だけど、エレノアさんの方が結構前にここに着いてたような……?


「すまない、ブレンダ。どうしても早く誤解を解きたくて……」


 エレノアさんは、ブレンダさんの目を逸らさずに両手を握った。


「そ、それは分かるが……! 私だって、一緒に行きたかったのに……!」

「ブレンダ……!」


 ん……? なんか様子がおかしい……?


 ブレンダさんは頬を赤らめて目が潤んでいるし、エレノアさんはさっきのキリッとした表情ではなく、優しい笑みを浮かべているし……。

 それに、二人はずっと、手を握り合っている……。


「あ、あの……」


 僕は状況が飲め込めず、思わず声を掛けてしまう。


「ハッ! そうだ、ユイト! 今回は私のせいですまなかった……!」


 すると、ブレンダさんが我に返った様に僕に頭を下げた。


「え!? ブレンダさん、頭を上げてください……! それに、今回の事って……?」


 僕の頭はずっと理解が追い付かない。


「え? エレノア、まだ説明してなかったのか?」

「ん? あぁ、ブレンダが来てから一緒に説明しようと思って」

「もう……! それならそうと、早く言ってくれ……!」

「すまない……、ブレンダ……。許してほしいな……」


 怒った様子のブレンダさんに、エレノアさんは困った様に首を傾げ、両手を握りながらブレンダさんを見つめている。


「グゥ……ッ! 今回だけだからな!」

「あぁ、ありがとう。やっぱりブレンダは優しいな」


 …………、


 僕はいま、何を見せられているんだろう……?

 二人だけの世界に度々入って話が進まないので、僕は意を決して訊いてみる事にした。


「あの……、お二人のご関係は……?」


 すると、エレノアさんがニコッと笑い、


「あぁ、私がブレンダの恋人だよ」

「あ、え……? こい……、びと……?」


 二人とも、女性なのに……?


「あぁ、ユイトくんは同性同士のカップルを見るのは初めてだった?」

「あ、はい……。てっきり……」


 アレクさんがブレンダさんの恋人だと思って……。


「ユイト、何か誤解を与えてしまった様だが……。私の恋人はこのエレノア唯一人だ。他の誰でもない。安心してくれ」

「ほ、本当……、ですか……?」


 じゃあ、アレクさんは……?

 胸がまた、ドキドキと鼓動を速める。


「あぁ、本当だよ。キミがブレンダにフレンチトーストを教えてくれたんだろう? ありがとう、とっても美味しかった」

「ふふ……! ユイト、聞いてくれ! 一発でキレイに焼けたんだ! もう失敗しないぞ!」


 ブレンダさんは余程嬉しかったのか、ユイトのおかげだ! と言って、僕にぎゅっと抱き着いてきた。エレノアさんの仲間にも御馳走したと報告してくれる。

 エレノアさんの視線が痛いけど、ブレンダさんが嬉しそうで僕も安心した。


「よ、よかったです……。お店で練習した時も、成功して安心したって泣いちゃいましたもんね……!」


 確か、ハルトとユウマに涙を拭いてもらってたよな……。

 皆で慰めたんだよね。

 すると、ブレンダさんは驚いたように僕の肩を掴んだ。


「ゆ、ユイト!? それは……!」

「へぇ~? その話、本当かい?」


 エレノアさんは興味深そうに僕とブレンダさんを覗き込む。

 僕たちより背が高いから、覗き込まれると迫力が……。


「うぅ……! 恥ずかしいから黙ってたのに……!」

「あ、ごめんなさい……」


 これはグロディ……、なんちゃらのエキス? の事も言わない方がいいな……。


「ブレンダが可愛くて私は嬉しいよ」

「もうっ!」


 僕の視線はお構いなしに、二人はさっきからずっとイチャイチャしている様に見える。

 他でやってほしいなぁ……。なんて、つい本音が漏れてしまいそうになった。


「ユイトくん、アレクと仲がいいんだろう?」

「えっ!? なんでですか……?」


 突然出てきたアレクという名前に、僕は落ち着かなくなる。


「アレクが昨日、ネックレスを返されたと言って落ち込んでいたんだ。訊いてみたら、どうやら相手が勘違いしてるんじゃないかと思ってね」

「アレクさん……、落ち込んでるんですか……?」

「あぁ、あんなに楽しそうだったのに、全く覇気がなくて……。大切な仲間だから心配でね……。早く誤解が解ければいいんだけど……」


 僕が勝手に勘違いして、ネックレスを返したから……?

 そのせいだと思うと僕の胸はチクチクと疼き、それとは別に、どうしようもなくアレクさんに会いたくなる。


「あの……、アレクさんは、何て……?」


 自分勝手だけど、会ってちゃんと謝りたい。

 だけど、もう会いたくないと思われていたら立ち直れないかもしれない。


「いや、私には何も言ってなかったよ」

「え……」

「アレクはあぁ見えて臆病だからね。一度拒まれたと思った相手には、さすがに勇気が出ないんだろうな……」

「拒まれた……。そう、ですよね……」

「アレクも、相手から来てくれないかって少しは願ってるんじゃないかなぁ……?」


 可愛い男だろ? とエレノアさんは僕に向かってウィンクをした。

 どうやら僕の心は見透かされているらしい。


「それに、私たちも今日を除くとあと三日しかここにはいないからね。翌朝に出発する予定だし」

「えっ!? 三日……!?」

「え、何? もしかして聞いてなかったのかい?」

「はい……。初めて、知りました……」


 そっか、そうだよね。

 バージルさんたちの護衛依頼で来てるんだから、王都に帰るに決まってるよね……。

 もう少しいると勝手に思い込んでた自分が、バカすぎて情けなくなる。


「ハァ……、まさか伝えていないなんて……。あ、でもユイトくんは陛下たちの視察に同行するんだったね?」

「え? 視察……? それも初耳です……」

「あれ? コレも? ……あ、じゃあトーマスさんたちには伝えてあるのかな? 最終日に牧場に行くと言っててね、護衛で私たちも一緒に回るんだよ」


 私たち、って事は……。


「だから、その日にはアレクに会えると思う。キミが避けなければね?」


 エレノアさんは僕の前髪に触れ、少し腫れた瞼を見て笑っている。

 やっぱりお見通しみたいだ。


「……でも、話、聞いてくれるかな……」


 僕の勘違いのせいで、アレクさんに失礼な事をしてしまった。

 直接謝りたいけど、避けられたらどうしよう……。

 不安ばかりがグルグルと、僕の頭をいっぱいにする。


「大丈夫。ユイトくんがちゃんと向き合えば、相手も必ず応えてくれるから」

「……はい。頑張ります……」


 俯いた僕の手を、ブレンダさんは何も言わず両手で包んでくれる。

 優しくされると、泣いてしまいそうだ。


 僕たちの間に、温くなった風が吹いている。

 少し汗ばんだ僕の髪を、エレノアさんは優しく梳いてくれた。


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