135 靄
「ふん、ふん、ふ~ん♪」
「なぁに、ユウマ? ご機嫌だねぇ?」
合流場所へ向かっていると、アレクさんに抱っこされたユウマの鼻歌が聞こえてきた。
少し音程は外れているけど、それも可愛らしい。
「にぃにとはるくんとおちょろぃ! うれちぃの!」
麦わら帽子を揺らしながら、僕たちの手にも着けているブレスレットを嬉しそうに見せてくる。
ちなみにユウマの麦わら帽子は、柄の部分を少し折り曲げているので、さっきのトーマスさんみたいにアレクさんの顔に刺さったりしない。
「おそろい、ぼくも、うれしいです!」
僕と手を繋いでいるハルトも、自分の腕に着けたブレスレットを見せてくれる。
「僕もだよ。もし王都に行く事があったら、お姉さんのお店にお礼に行かなきゃね」
「「うん!」」
すると、さっきまでにこにこしていたアレクさんが急に振り返った。
「その人の店、王都にあるって?」
「はい。普段は王都にいるって言ってました。“魔女の家”ってお店なんですけど……」
「ヘクセン・ハウス……? 名前は聞いた事あるな……。確か、婆さんが一人でやってるって……」
アレクさんはあぁ、と思い出した様に頷いた。
聞き覚えがあるお店だったみたい。
だけど……、
「お婆さん? 僕たちを接客してくれたのは、タトゥーの入ったお姉さんでした」
「お姉さん……? じゃあ、孫か従業員か?」
「そうかもしれないですね。とってもカッコいい女性でした!」
今まで会った事のある人たちとは少し違う雰囲気だったけど、独特のオーラというか……。眉にピアスは痛そうだったけど……。
プレゼント用の包装も、丁寧にしてくれたし……!
「じゃあ、ユイトたちが王都に来た時はオレが案内するから。ちゃんと連絡してくれよ?」
「わかりました! その時はよろしくお願いします!」
「「おねがぃします(しゅ)!」」
アレクさんがいる王都、どんな所か興味あるなぁ~。
また機会があれば、行ってみたいな。
*****
「あ! おにぃちゃん、あそこ!」
ハルトが僕の手をブンブンと揺らし、指差す方には一軒のお店が。
屋台の前には果物がたくさん並んでいて、見るだけでもとっても美味しそう。
「あの、果物くれた人たちのお店?」
「そうです! おじさんと、おばさん! やさしいです!」
「にぃに~! あちょこいこ!」
以前、借りていた籠と一緒にお礼のクッキーを詰めてトーマスさんに返してもらったんだけど、今日は改めてお礼を伝えるためにお店へ向かう。
「おばさん! こんにちは!」
「こんにちは~!」
ハルトとユウマが声を掛けると、お店の人はこちらに気付き驚いたような顔を見せるが、すぐにとっても優しそうな笑みを浮かべた。
「あらあら! お久し振りだねぇ! 今日はお兄さんと一緒なの?」
お店のおばさんは気の良さそうな笑顔を向けて、僕たちを歓迎してくれた。
「はい! みんなで、おでかけです!」
「おでかけ! いいでちょ!」
「ふふ、いいねぇ~! とっても楽しそう!」
「あの、この前はたくさん果物を頂いて……。どうも、ありがとうございました!」
あれだけたくさん頂いたから、渡したクッキーだけでは全然お返しになっていないと思うけど……。
「あら、いいんだよ~! 旦那も楽しそうだったし! お菓子もすっごく美味しかったわ! ありがとうね! あれ、家族で取り合いになっちゃって大変だったのよ~! あとね、うちのお義兄さんがやってるカットフルーツの屋台にも行ってたんだってね!? 後から聞いて皆でビックリしちゃったよ! こんな事もあるんだねぇ~!」
マシンガンの様にお喋りするおばさんの口は、なかなか止まらない。
「屋台にも? そうなの?」
「……あ! いきました! おじちゃん、いすを、かしてくれました!」
「やっぱりそうなんだ! こんな可愛い子たち、なかなか見ないからねぇ!」
おばさんは、二人がお義兄さんの屋台に行ったと確信すると、すごく嬉しそうに笑みを浮かべた。
お店を見ると、果物の他にもジューサーの様な物が店頭に置いてある。
今日は行商市だから、特別にフルーツジュースも売っているそうだ。
便利そうだな……。あとで売っている所、訊いてみようかな……。
「アレクさん、これ頼んでもいいですか?」
「ん? いいぞ。なに飲む?」
「どうしようかなぁ~……。ハルトとユウマは、なに飲むか決まってる?」
僕は色々目移りしてしまって決まらない……。
「ぼくは、とらうべ!」
「ゆぅくん、ぱちゅてく!」
「ハルトくんは葡萄、ユウマくんは西瓜ね! 二人とも好きだもんねぇ~?」
前もサービスしてくれた果物の中にも入ってたしなぁ。
それに、このお店の人たちが品種改良したトラウベを、ハルトがまた食べたいって言ってジョージさんのお店に特別に卸してもらえる事になったそうだし……。
よくよく考えたら、とんでもない事してるよな……。
「はい! とっても、おいしいです!」
「ゆぅくん、だぃちゅき!」
「嬉しいねぇ~! お兄さんたちは決まったかい?」
「僕は~……、どれも美味しそうだなぁ……。アレクさんは?」
「オレ? オレはバナナにする」
「バナナかぁ~……。それもいいなぁ……」
優柔不断かもしれないけど、お店の前に並ぶ果物を見たら迷っちゃうんだよなぁ……。
だって、どれも美味しそうだし……!
「じゃあ、オレの頼んだのも飲めばいいじゃん。他の頼めば?」
「おにぃちゃん、ぼくのも、あげます」
「ゆぅくんも、あげりゅ!」
「えぇ~! ホントに!? 皆優しい……! じゃあ僕……、パインアップルにします!」
「はいよ! ちょっと待っててねぇ~!」
おばさんは手際よくカットした果物を、次々とジューサーに入れていく。
三台あるジューサーはフル稼働だ。
「はい! お待たせ! 先にハルトくんとユウマくん、そこのお兄さんの分ね!」
「「わぁ~い!!」」
「美味そう! ありがとうございます」
「おばさん、ありがとう、ございます!」
「ありぁと!」
「いいよ~! 温くならないうちに飲んじゃってね!」
「「はぁ~い!!」」
ハルトとユウマは早速、美味しそうにジュースをチューチューと飲んでいる。
アレクさんも一口飲んでウマッと呟いた。
「ん。ユイトも飲んでみ? すっげぇ甘くて、たぶん好きな味だと思う」
アレクさんはジュースを僕の方に差し出した。
「それには蜂蜜と牛乳が入ってるからね! 小腹が空いたときにもいいよ!」
「あぁ~、確かに。腹に溜まるかも」
「わ! やったぁ! いただきます!」
アレクさんからジュースを受け取ると、僕も早速一口。
「んん! 美味しいっ!!」
思わず大きな声を出してしまった……。
道を行き交う人たちが、チラチラとこちらを窺っている。
自分のせいだけど、ちょっと恥ずかしい……。
「美味しいかい? よかったよ! お兄さんのも、もうすぐ出来るからね!」
「は、はぁ~い……」
おばさんは嬉しそうに笑ってくれてるけど、こちらを見る人が増えてる気がして居た堪れない……。アレクさんも笑ってるし……!
「おにぃちゃん、ぼくのも、どうぞ!」
「ゆぅくんのも! おぃちぃよ!」
「わぁ~! ありがと! 後で僕のも飲んでね!」
「「やったぁ~!」」
ハルトとユウマのジュースを少し貰うと、どっちも美味しくてまたビックリ。
さっきみたいに大きな声を出さない様に、おばさんに美味しいです! とアイコンタクトを送ってみた。分かってくれたかなぁ~……?
「お待たせ! お兄さんの分のパインアップルだよ!」
「わぁ~! ありがとうございます!」
早速飲んでみると、口の中に甘酸っぱいパインの香りが広がって、コレも最高に美味しい……!
パインアップルのジュース……。夏にピッタリの飲み物じゃない?
「ハァ~……、最高です……!」
僕が吐息交じりに呟くと、おばさんは声を出して笑っていた。
今まで気付かなかったけど、いつの間にか僕たちの後ろには、並んでいる人が……。
慌てておばさんにお礼を伝え、代金を支払おうとすると、
「あら、さっきもう一人のお兄さんから受け取ったよ?」
「え? いつの間に……」
もう既にアレクさんが、僕たちの分もまとめて支払っていた。
恨めし気にそちらを見ると、ハルトとユウマがぼくのものんで、とアレクさんにジュースをあげている最中で……。
アレクさんはしゃがんで、ハルトとユウマから順番にジュースを飲ませてもらってる。
うぅ……、キャッキャしながら楽しそうにしてる三人を見ると、つい和んでしまうけど羨ましくもある……。
「ハハハ! 愛されてるねぇ~! また来てちょうだいね!」
「あぃ……!? は、はい……! また来ます……!」
おばさんの言葉に驚きながらも、邪魔にならない様にアレクさんたちの元へ。
「アレクさん、また払ったでしょう……!」
僕がプリプリしながら言うと、アレクさんはきょとんとした顔で僕を見上げた。
「え? 一気に払った方があっちもラクだろ? 並んでたし」
「む……、それはそうかも知れないですけど……!」
確かに、一人ずつより、まとめてくれた方が助かるかもしれないけど……!
「おにぃちゃん、ぷんぷんです!」
「にぃに、こぁ~ぃ!」
「ホントだな? オレ、悪い事した~?」
「「わるくなぁ~い!!」」
ハルトとユウマは、いつの間にかアレクさんの味方になってしまっている様で……。
「もう~! 今度は僕がアレクさんの分も払いますからね!」
「ハハ! やった! 楽しみにしてるな!」
そう言うと、アレクさんは嬉しそうに目を細めた。
*****
「じゃ、そろそろ行くか」
「そうですね」
周囲を見渡すと、さっきよりは人の波が落ち着いてきた様に感じる。
「もうオリビアさんたちも戻ってるかな?」
「かもな。迎えが来んのも、そろそろだろ?」
「はい。今日は楽しかったです!」
「そうか。オレもユイトたちと一緒に回れてよかったよ」
「ぼくも!」
「ゆぅくんも!」
「う……、そうですね……。僕も……、よかった、です……」
ハルトとユウマは元気いっぱいに答えていて、変に意識しているのは僕だけみたいで少し恥ずかしい。
「わっ!」
「あぁ~! ゆぅくんの~!」
すると、急に強い風が吹き、ユウマの麦わら帽子がコロコロと転がって行く。
「あ! ユウマ!」
ユウマは僕たちの元を離れ、ジュースを持ったまま転がる帽子を追って人波のなかへ。
アレクさんと僕は慌てて追いかけるが、その姿を見失ってしまう。
僕と手を繋いでいたハルトも不安気だ。
「おーい! ユウマー!」
「ユウマ~! どこ~!?」
「ゆぅく~ん!」
「うわぁ~~~~ん!!」
僕たちが必死に声を張り上げると、少し離れたところからユウマの泣き声が聞こえた。
「ユイト! あっちだ!」
「はい……!」
アレクさんが人を避けて、どんどん先に進んでいく。
さっきのユウマの泣き声、尋常じゃなかった……!
僕の不安が伝わったのか、ハルトも今にも泣き出しそうだ。
「うわぁ~~~~ん!!」
「「ユウマ!!」」
「ヒック……、にぃに~……!」
僕たちが慌てて駆け寄ると、ユウマは尻もちをつき、持っていたジュースを道に全部零していた。
そのせいで泣いたのか? でもこの怯え方は、普通じゃない……。
真っ青になったユウマを抱き寄せると、ユウマはカタカタと小さく震えている。
「すみません。私がぶつかってしまったせいで……」
喧騒など噓のように僕の耳に届いた冷ややかなその声に、僕はゾクリと背筋を凍らせた。
視線を上げると、その先に人の足が見える。
徐々に顔を上げていくと、その人を避けるようにして不自然に人が避けていく。
まるで周りを、壁か何かで囲んでいるみたいに……。
「───……ッ!」
それを見て、僕は思わずユウマを抱きしめる力を強めてしまう。
僕たちの先にいるその人には、人の顔ではなく、黒い靄が蠢いていた。