9.
「しっかし、呑気よねぇ」
マリアの座席の右側に座るタケルが、給湯室の方へ顎を向ける。
そこには、金属製の弁当箱を手にして給湯室へ向かう部長の姿があった。
「戦いの後で『ま、こうなるよな』ってヘラヘラした顔して、夕方のお弁当食べるのよ」
「弁当いつも2個持ってくるって、作る方の奥さん大変ですね」
「そうだ。マリアちゃんの前の部署で、現地のデバッグにスキー担いでいった疑惑の上司がいたじゃない?」
マリアは、四十代の上司Zの顔を思い出した。
彼女が見つけたバグを「通らないルートのバグだから」とか「費用がない」とかで修正しなかった。しかし、バグが忘れ去られた後でそのルートは通るように修正されてしまった。それで、サービスイン後にそのバグが原因でシステムダウンが発生し、Zは雪深い現地へシステム改修に呼び出されたのだ。
「いましたねぇ……」
「その上司、あの部長の元部下よ」
マリアは、部長の後ろ姿を二度見した。
「ねえねえ、マリアちゃん。その上司って、本当にスキー担いで行ったの?」
「本人は否定していましたが、現地にいた担当者は見たって」
「担いでいたところ?」
「いえ、滑っているところ」
「やーねぇ。デバッグに行ってスキー滑ってるの? なら、バグを仕込んで『いやー、ダウンしましたか』ってスキーを担いでデバッグついでに滑りに行くって噂も本物かもね」
「ホントですか? それ、尾ひれ付いていません?」
「聞いてないの? 冬になるとよく現地に呼び出されるじゃない? きっとそうだって話よ」
「ひどい話ですね」
「それはそうと、そろそろ始まるわよ」
「ええ、そうですね」
「「弁当テロ」」