7.
給湯室にたどり着いた二人はお盆を片付けたが、そのまま立ち話となった。
「向こうの仕様の決定権者は、真ん中の貧相な課長。彼、日和見主義なの。風見鶏で、簡単にちゃぶ台返ししてくる。そういう意味で言うと、恫喝部長より怖くて、見た目よりずっと強敵よ。最強かも」
「そうなんですか?」
「そうよ。彼と堅物を抑えれば、こっちの勝利。後は雑魚だから」
「雑魚?」
「恰幅がよくてコロンの匂いをプンプンさせていた人いたでしょう? 彼は、部長の鞄持ちの課長。ご機嫌取りよ」
「えっ? そうなんですか、並んでいる順番からナンバー2かと思っていました」
「鞄持ちでそばにいるだけ。残りの二人は営業。一人は、金勘定以外、一切口を出さない。もう一人は、会議中に一言も喋らない。いわゆる、出張費泥棒」
タケルは、自分の言葉に受けて笑い、近くの自販機を指差す。
「マリアちゃん。なんか飲む? 遠慮しなくていいわよ」
「いいえ、結構です」
「若いのに、奥ゆかしいわねぇ」
「先輩だって、私より二個上じゃないですか」
タケルは、「あら、自分の齢、ここでバラすの?」と言いながら自販機にコインを投じ、ハスカップソーダ缶とパパイヤ水のボトルを手にして「誰が聞いているか、わかんないわよ」と笑う。
缶とボトルを交互に吊り上げるタケルは、マリアがハスカップソーダ缶に手を伸ばした段階で、ため息をついた。
「えっ? こっちが欲しかったのですか?」
「あら、紛らわしくてごめんなさい。今度の仕様変更、どうなるかしらってね。あの半端ない改造と、新機能のねじ込み」
「断れないんですか? 納期まであと3ヶ月ですよね?」
「断る? 無理よ。『君達、これがないと社会のインフラがどうなるのか知れたものではないんだよ』って、のたまうの。『今更作り直せって、開発がどうなるのか知れたものではないね』って切り返すと、『やる気あんのか!?』と来るの」
「なぜ、こんなにも仕様変更が多いのですか? そして、それをなんで受けちゃうのですか?」
「それはね、あっちの窓口がアホやから。そして、受ける方も輪をかけてアホやから」