5.
恥ずかしくて今にも泣きそうになったマリアは、向かって左から順番に右へ移動しながらお茶を配り、挨拶もそこそこに会議室を抜け出した。
空のお盆を胸に抱きかかえて、気の毒なほど赤面する彼女は、行きより重い足取りで床に目を落としながら給湯室へと向かう。
追いかけてきたタケルは、そんな彼女の顔を覗き込んだ。
「向こうの着席順、想定外だったみたいね」
「…………」
お盆の上の部分で口を隠した彼女は、まだ放心状態のような顔つきでゆっくりと歩む。
「社会に出たら実地訓練よ、何事も」
タケルはマリアを追い越して彼女の前に立ち、後ろ向きに歩く。
「お茶を真ん中から出すのは間違いではないの。本来、一番偉い人は、奇数の席数の場合、真ん中だから。でもね、そこに偉い人が座っているとは限らないわよ。今日だって、こう言っちゃなんだけど、貧相な課長さんが真ん中だったでしょう?」
同感なので彼女は目だけ上げるが、誰が聞いているかわからないので周囲に視線を送り、用心しながら言葉を選ぶ。
「貧相かどうかは……」
「だから、上座の上座、つまり、入り口から一番遠いところにいる相手から出すの。今日みたいに真ん中から左、左って探っていかないの」
「でも、左方向に指し示されたから」
「気持ちはわかるわよ。でも上座の上座にしなさい。今回はあそこにいたのが堅物の頑固部長よ」
マリアは反省の言葉を口に出さず、奥歯で噛みしめた。