4.
マリアがドアを開けて緊張気味の声で「失礼いたします」と軽く一礼し、そのままうつむき加減に部屋へ入ると、柑橘系のコロンみたいな臭いとタバコの脂のような臭いが出迎えた。
彼女が勇気を出して顔を上げると、上座の五人が一斉にマリアの方を向いたが、全員初めての顔だ。それまで訪れていたのは担当者レベルだったが、ついにその上長であるハイレベルのメンバーが出てきたのだ。
緊張の度合いが増した彼女は、五人の視線が自分の肩を越えて背後のタケルへ移動したように感じた。
下座で固まっている五人の社員の中では、中央で腕組みをする部長だけが不機嫌そうな顔を引きずったまま振り向いた。なんだか怒られているようで背筋が凍る。
暗黙の了解でマリアが顧客にお茶を配り、タケルは自社の社員へ配る。
彼女は、今までの担当者なら上下関係がわかっていたが、初めての五人のそれはわからない。
そこで、五人の中央――つまり自社の部長の正面にいるのが顧客の部長で一番偉い人だと推測したが、顔かたちから三十代前半に見えるし、覇気がない。
まあ、こういう部長もいるのだろうと思って、真っ先に彼の後ろへ近づいた。
マリアが、「どうぞ」と彼の前にお茶を置くと「僕より、あちらを先に」と右手で左側を指し示された。
彼の左側の男性は、頭皮に蛍光灯の光が反射するほど禿げ上がっていて、しかも恰幅が良い。さらに、柑橘系コロンの源はここだと判明する。
マリアは「失礼いたしました」とお茶を持ち上げて左の男性の前に置くと、「僕じゃなくて、こっち」と彼も右手で左側を指し示す。
そこには、白髪が一本もない、真ん中分けの痩身の紳士がいた。強烈なタバコの臭いはここからだった。
光る頭をツルツルと撫でる男性が左を向いてつぶやく。
「僕、この五人の中で一番年下なんですよ。でも、お茶は一番先に出てくる。今日は違いましたがね」
その言葉に、顧客全員が吹き出した。