3.
少々ぬるくなったお茶が載るお盆を手にしたマリアは、重い足取りで会議室のドアの前にたどり着いた。
振り返ると、相変わらずタケルがニヤニヤしているのが、ちょっと腹立たしい。
右耳をドアに近づけると、ザワッ、ザワザワッ、ザワザワザワッ、と緊張感の漂う短い沈黙を挟んで聞き覚えのある声が漏れてくる。
談笑ではない。丁々発止と渡り合っている感じだ。
深呼吸をしたマリアは、器用に片手でお盆を持ち、会話が途切れそうなタイミングを見計らってドアをノックする。
ノックは3回と教わったが、お盆が気になるので3回目は空振りになり、ノックは2回となった。
すると、ドアの内側が嘘のようにシーンとなる。後ろのデスクから聞こえてくるキータッチの音が気になるほどだ。
ドアを隔てて白熱しているのは、某インフラ系システムの開発進捗会議。
顧客は部長含め五名、当社も部長含め五名。
横長のアイボリー色の長机が漢字の口の形に配置され、長い方に陣取った両者が睨み合っている様子が容易に想像できる。前もお茶を運んだときがそうだったからだ。
これで五度目の大幅な仕様変更。
直接的には言えないが「いい加減にしろ」という気持ちの当社と、なぜ出来ないという顧客の押し問答。
会議中の部長たちと同じく気が重いマリアは、もう一度深呼吸をしてドアノブに手をかけた。