10.
部長が夜になって弁当を片手に給湯室に向かうのは、彼の楽しみがあるから。
ガスコンロをごく弱火にして、弁当の容器を上に乗せて温めるのだ。金属製の容器なので、もちろん燃える心配はない。
保温容器にするとしても弁当は夜までもたない。プラの容器にすれば電子レンジで温められるだろうが、昔から馴染んだ金属容器とコンロを使った温めをやめられない。
プチプチと音を立てて弁当がほどよく温まり、その香ばしい匂いがマリアたちの部屋にも漂い、空腹の部下を刺激する。
「始まった始まった、弁当テロ。あー、急にお腹が空いてきたわね。お弁当買いに行く?」
立ち上がったタケルに向かって、マリアは首を横に振った。
「今点検を依頼されているモジュール、バグだらけなので、切りのいいところで」
「マリアちゃんって、目がいいわよねぇ」
「でも、キーを叩くスピードは遅いです」
彼女は、一緒にチームを組んだ三十代の中堅プログラマーAのキーを打つスピードを思い出す。
マシンガンの掃射のような音を立ててコードを打ち込む彼は、意外にもミスが多い。通らないルートのバグを埋め込んだのも彼だった。
「マリアちゃんのおかげで、うちらの担当部分、バグが驚異的に少ないのよ」
「それ、買い被り過ぎです」
「いいえ、バグの神様よ」
「それ、意味、逆じゃないですか?」
「あ、バグ取りの神様よ」
「そんな……」
恥ずかしそうなマリアだったが、内心はまんざらでもなかった。