1.
[登場人物]
マリア……入社2年目の若手プログラマ
タケル……マリアの先輩。ホストクラブ勤務と間違えられる美男子だがオネエ
プロジェクトリーダB……現場を混乱させる40代の管理職
マネージャーH……Bの上司
カンナ……神の手を持つと言われたプログラマ
予報通りの梅雨入りとなり長雨が降り続く鬱陶しい日々。都心部のビル街にある某ソフトウェア開発会社に勤務する入社2年目のマリアはプログラミングに疲れた手を休めて席を立ち、ブラインドの隙間から雨の降り具合を確認してため息をついた後、視線を歩道へ向けてカラフルな傘の列の動きに見とれていると、上司の野太い声に背中を叩かれた。
「マリアちゃん、お客さんにお茶」
「はい」
聞いていた重要顧客の来訪が、予定より10分早い。彼女は急いで給湯室へと向かう。
給湯室を狭くしている自販機で「お茶無料」のボタンを5回押して顧客五人分のお茶を流しの横に用意したお盆に載せてソッと持ち上げ、視線を紙コップの中で揺れるお茶に落としたまま会議室へ向かう。
社員五人分のお茶は、先ほどの上司に指示されたわけではなく自発的に動いた先輩のタケルが手伝った。
タケルは、真ん中分けのロングヘアで、どこぞのクラブのホストかと見紛うほど美男子。年中勝手にクールビズを実行していて、ワイシャツの胸のボタンを2つも外し金のネックレスを見せびらかすばかりか、太い指輪を何本もしているのが顧客にどう見えるのか心配になるくらいだ。
長身の彼はお盆を胸の高さに持ち上げて、紙コップの中で揺れるお茶を気にしてゆっくり歩くマリアの後を付いていき、彼女の後頭部を見下ろしながらニヤニヤする。
「あーら、マリアちゃん。緊張してるの、こっちまでビンビンに伝わるわよ」
裏声のオネエ言葉で首筋を撫でられたマリアはビクッとして、お盆の上のお茶が5つ同時に激しく波打った。