1-3:小枝を折ったら骨を折られる件について
教授コメント
『小枝と侵入者の骨が等価であるというエルフの価値観はとても興味深いです。凡例が少ないので増やしてください。(木の皮を剥ぐなどして)』
「じゃあ、行くわよ」
「ちょ、ちょっとまって」
付いて来いと言わんばかりに歩き始めるアルメルを呼び止める。
なんでいきなり道なりじゃなくて茂みに入ろうとしてるのさ。
「どこを案内してくれるの?」
「当然エルフの森よ」
「あ、え? エルフの森に連れてってくれるの?」
「そうよ」
エルフの森と言えばファンタジーの定番中の定番だよね。
「それは楽しみだなあ」
「そうでしょ。普通なら入った者は即殺なんだけど、今回は特別よ」
「いや、物騒だね!」
入っただけで殺されなんて、エルフって意外と過激なんだね。
というか、近寄り難いと感じてくれた過去の僕に感謝しなきゃ。
ありがとう、日本人だったころの僕の警戒心。
一歩間違えば死んでたわけだし、異世界特区にはやっぱり危険がたくさんありそうだね。
「大丈夫よ。私と一緒ならお客さんだから」
「もしはぐれちゃったら?」
「……侵入者には矢じりがプレゼントされるわ」
「よし、手を繋ごう。そうしよう」
「ちょ、ちょっと!」
死活問題に直面し、僕は打開策としてアルメルの手を取る。
アルメルの細く、小さい指はひんやりと冷たい。
「そ、そんな大胆すぎるわ。い、異世界人は皆こうなの……」
「ん、どうかしたか?」
「な、何でもないわ! い、行きましょう!」
手は冷たいのに、アルメルの頬は真っ赤で熱を帯びている。
ん、手を繋ぐ?
可愛い女の子の柔らかい手に触れている?
あ、あれ?
これ、ゲームじゃ個別ルート入るくらいの大事な接触じゃないかな?
命の危機に瀕して気づかなかったけど、僕は今とても大胆なことをしてるんじゃないかな?
「ちらり」
「な、なによ」
あー、ほらアルメルも顔を赤くして怒ってるよ。
そりゃそうだよね。
初対面の男に手なんか握られたら年頃の女の子なら怒るに決まってるもんね。
これはまずい。
僕の任務は交流なのにいきなり嫌われるようなことしちゃったら台無しじゃないか。
これがきっかけでアルメルに距離を置かれちゃったらレポートどころじゃなくなっちゃうよ。
よし、軌道修正せねば。
「えーと、嫌だったら離してもらって構わないよ?」
「べ、別に嫌じゃないわよ! それに、逸れたら危ないのは本当だし……」
「あ、そうなの?」
「そ、そうよ!」
「……」
「……」
気まずい!
なんてこった。
交流が目的なのに黙っちゃったら意味ないじゃないか。
ただ黙々と森の中を歩いても相手のことは知ることはできないんだよ?
な、何か、何か話題を!
和気あいあいとお互いを語れる話題を!
だ、誰かっ!
そんな風に思っていたのは向こうも同じだったのかな。
つないだ手を握り直した後、アルメルは口を開いた。
「い、異世界人の手って温かいのね」
「そ、そうかな? 普通だと思うよ。そういうアルメルの手は冷たくて気持ちいいね」
「えっと、私たちエルフは森と生きてるから。触れた時に植物が火傷しないように指先は冷たくなってるの」
「へえ、そうなんだ」
そんな理由があったんだね。
確かに植物も日に当たりすぎると葉焼けと呼ばれる火傷状態になったりするらしい。
体温でも起こるのかは分からないけど、森に配慮した特性を持つのはエルフらしいと言えるのかもね。
「エルフは森を大事にしているんだね」
「当然よ。だって、森は家族だもの」
エルフの森。
それはエルフが住む森というよりは、エルフと森が共に生きる場所なんだろうね。
「小枝を折る者にはそいつの骨を折って報復するの」
「えっ」
骨を……えっ?
き、聞き間違いかな?
「あ、ごめん。ちょっと聞き取れなかったや。なんて言ったの?」
「小枝を折れば、骨を折ってあがないとするのよ」
「あ、聞き取れてたわ」
小枝レベルで骨を折られるの?
大事にするにも程があるよ!
ていうか、侵入時点で殺されてるんだけど、その戒律意味ある?
あ、僕にあるわ。
効果絶大だわ。
気を付けなきゃ。
「しかし、大きな木ね」
「この辺りは皆私より先輩の木々ばかりなの」
「樹齢100年くらい?」
「100年?」
「あれ、違った?」
こんなにおっきくて太い樹なんて神社のご神木とかでしか見たことないよ。
ご神木って樹齢100年くらいじゃないの?
だから、それくらいかとおもったんだけど、もっと若かったのかな。
「あはは。違うわよ」
「そうなんだ」
「それじゃあ、私の後輩になっちゃうじゃない」
「え、後輩?」
百年だと、後輩?
「え、じゃあ、アルメルっていくつ?」
「いくつって、112歳だけど」
「おばあちゃんじゃん」
「なっ! おばあちゃんじゃないわよ!」
「わわ、ごめん。つい!」
僕よりも頭一つくらい小さいからてっきり年下だと思ってたけど、まさか年上だったとはね。
それも100年も。
「エルフには寿命がないから、私なんて全然若い方なの!」
「でも100歳なんだよね?」
「セカイにとっての100歳がどれだけ長いかは知らないけど、エルフにとってはあっという間なの! だから若いの!」
頑なに若さを主張してくる。
やっぱりエルフと言っても女性に年齢を尋ねるのは禁句なのかもしれないね。
歳を聞いて、『何歳に見える?』って返されるとこの世の終わりみたいな気分になるよね。
どう答えても死ぬ未来しか見えないし。
好感度上げるためには設定資料集を先に買って置くことをお勧めします。
「いや、でも、外見は本当に若いよね」
若いというか、幼いというか。
「ふん。今更褒めても遅いんだから」
「年下の美少女キャラにしか見えなかったよ」
「キャラ?」
「あ、うん。なんでもないよ。口が滑っただけだから」
日頃の行いって、こういう時に出るんだね。
日頃から接しているのが一次元下の女の子だからね。
身から出た錆。
コー○ンで錆落とし買わなきゃ。
「そ、そう。でも、び、美少女って……」
アルメルはまた顔を赤くしている。エルフは手先が冷たい代わりに頬に熱が溜まりやすいのかな?
透き通るように白い肌も相まって鮮やかに赤い。
「それにしても広い森だな(パキ)」
「あっ」
「え?」
今、パキって言いました?
いや、まさか。
だって、見渡す限り手の届く高さにある枝なんてないんだから、そんなヘマするわけが……。
「セカイ、足元」
「僕、人の足元は見ない生き方をしているんだ」
「貴方の生き方は今聞いてないわよ」
「見なきゃだめかな?」
「見た方がいいわ」
「そこまで言うなら仕方ない。ちょ、ちょっとだけなんだからね!」
チラッ。
おお、見事に真っ二つの枯れ枝が足元に転がってるじゃないか。
どうしてこんなところに?
一体?
「セカイ、腕出して」
「い、いやじゃ。この右腕は黄金の右腕と呼ばれて世界の宝なんだ」
「何ができるのよ」
「フリック入力が超絶早い」
「よく分からないけど、折ってよさそうね」
「イタタタタタ。ちょ、まじで? マジで折っちゃうの?」
「ごめんね、セカイ」
「アーッ!」
絶叫がエルフの森にこだまする。
さよなら、フリック入力。
ようこそ、音声認識。
ヘイ、シリ、エルフの森まで案内して。
よく分かりません。
そりゃそうだ、シリは異世界転生してないからな。
HAHAHA。
その後、絶叫を聞きつけたエルフの斥候がやってきて落ちてる枝は折っても折らなくていいのだと、アルメルを止めてくれた。
どうやら僕のスマホライフはなんとか死守されたようです。
異世界特区でのけがは保険適用外です。
読んでくださりありがとうございます。
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