2-19:ダークエルフを抱きしめたら立てなくなった件について
教授コメント
『人は与えられた力で戦うしかなく、それ以上を求めることを驕りと称します。ですが、君にはその驕りを実現させるだけの力があるみたいなので頑張ってください』
寝ていた方が良いと言ったんだけど、ナディアは眠たくないと言うので、僕はナディアと一緒に見張りをしていた。
横に並んで焚火の前に座り込む。
膝を抱えるようにするナディアを横目で見ながら、僕は何を話そうか困っていた。
「あ、そうだ。何か飲み物を入れようか?」
「飲み物……あの、甘いのがいい」
「ココア?」
「そう」
「分かった」
ナディアもココアを気に入ったみたいだ。
やっぱり、甘いものは正義なんだね。
僕は立ち上がって鞄をあさる。
確かココアの粉を持ってきていたはずだ。
牛乳で作るのが一番おいしいんだけど、今はお湯で我慢してもらおう。
「ええと、これが浄水器だっけ」
フィルターのついた水筒のようなものを取り出す。
未来さんが作ったものだ。
何々、汚水ですら天然水も顔負けの純粋な水に変換するだって?
そこまで貧窮してもそれは呑みたくないなあ……。
まあ、それはさておき、さっき汲んだ温泉をろ過して焚火でお湯を沸かす。
それをココアの粉を入れたカップに注いでかき混ぜる。
「はい、ココアだよ、ナディア」
「ありがとう」
ナディアが左手で受け取ろうとする。
その時、ナディアの指先が僕に触れ、彼女は突然、手を引っ込めた。
「わわっ!」
「ご、ごめんなさい」
あ、危うく落としそうになったよ。
ナディアは謝りながらどこか顔を赤くする。
その年相応の可愛らしい反応が僕はなんだか嬉しかった。
「今度こそ、はい」
「うん……」
そうして受け取ったココアにナディアは口を付ける。
それが美味しかったのか、ナディアは表情を明るくしてニコリと微笑みを浮かべた。
「美味しい」
「それはよかったよ」
僕も自分用に入れたコーヒーを飲む。
夜はまだ長いからね。
カフェイン取って頑張らないと。
「セカイも、ココア?」
「ううん。僕のはコーヒーだよ」
「こーひー?」
ナディアは首を傾げた。
「香りがいい」
「いいよね。僕も好きなんだ」
口は臭くなっちゃうからうがいは必須だけどね。
「少し、飲んでみたい」
「いいよ。淹れてこようか?」
「……セカイので、いい」
「え、僕の?」
ナディアは静かに頷く。
ああ、一口でいいってことかな。
そうだよね。
口に合わなかったら残しちゃうもんね。
「じゃあ、どうぞ。あ、ココアの方は僕が持っておくね」
「ありがとう。……頂きます」
ナディルはゆっくりとカップの縁に口を付ける。
コクリと一つ喉を鳴らすと、ぴたりと動きを止め、口を離す。
「セカイ……苦い」
「コーヒーだからね」
口に合わなかったみたいで、ナディアはピンク色の舌を出しながらコーヒーを僕に返してくる。
そして、ココアを受け取ると上書きするようにカップを傾け始めた。
「甘くて、美味しい」
「ナディアも甘い方が好きなんだね」
「うん、好き」
ナディアは満足そうな顔をする。
「同じ黒なのに、全然違う」
「まあ、こっちは砂糖が入ってないからね」
「節制?」
「いや、そういう飲み方」
「分からない」
ナディアはわざわざ苦いものを飲むことを理解できないと言った顔で僕を見る。
苦いものは苦く飲みたい派なんだよね。
「ねえ、ナディア」
「なに?」
「僕は、君のために何をすればいいかな」
「……」
僕は直球を投げかけてみた。
どうすれば、ナディアが喜んでくれるか。
どうすれば、僕はナディアを傷つけた僕を許せるか。
その答えが出ないままでいるから、もう直接聞いた方が早いよね⁉
なんて思ったわけだけど、ナディアは押し黙ってしまう。
まあ、そんなこと言われても困るよね。
「少なくとも、ドラゴンを倒して欲しいとは、思ってない」
「あ、そうなんだ」
「あの仮住まいは、いつか捨てゆく場所だったから」
「家族とかは……」
「いない。ダークエルフに家族はいない」
「そうなんだ」
そういう生活形態も、ダークエルフの価値観や思想に繋がっているのかもしれない。
「大事な物なんてなかった。失う物もなかった」
「なかった?」
「……今は、ある」
ナディアの潤んだ瞳が僕を見つめてくる。
んん?
「私は私を失いたくない。セカイが見てくれる、可愛いと言ってくれる私を大切にしたい」
あ、僕じゃないんだ。
ちょっとがっかり。
……じゃないよね。
この言い回し、どう考えても僕のことを言ってくれてるよね?
「だから、セカイにして欲しいこと……ずるいと思うけど、一つある」
「な、何かな?」
「その……抱きしめて……欲しい」
「え?」
抱きしめるだって?
ナディアは顔を真っ赤にして、僕を窺うようにチラチラと視線を泳がせる。
そんなことでいいのって思っちゃう辺り、最近の僕は悪い方に毒されてるみたいだ。
「うん、分かった」
「い、いいの?」
「もちろんだよ。こんな可愛い子の頼みを断る理由なんてないからね」
僕はコーヒーのカップを床に置く。
そして、ナディアの側に身体を寄せると、ナディアが僕の顔を見上げる。
「いくよ」
「う、うん。ひゃっ」
そうして僕はナディアの細く小さい体を抱きしめた。
あ、もちろん右手の方は肩に手を回して、傷は避けてるよ。
抱きしめたナディアの身体にはほとんど肉は付いていなかった。
輪郭を損なわない、最低限の脂肪で覆われたナディアの身体は確かに生命力を感じさせない。
今にも消えてしまいそうな儚さを僕は溢さぬよう、しっかりと包む。
「僕は、こんなにも華奢な身体に助けられたんだね」
「ひゃ、ひゃい」
「ナディア?」
少し力を緩めて、ナディアの顔を見ようとする。
けれど、それは僕の背中に回されたナディアの左手によって阻まれる。
「うひゃっ!」
「ま、まだ……駄目」
「だ、ダメなんだね」
うん、僕もたった今駄目になったよ。
ここでたち上がる(ダブルミーニング)わけにはいかない。
背中は弱いんです!
「も、もう少し……このままで」
ナディアは僕の胸に身体を預け、どこか安心したように目を細めた。
家族がいない。
それは、頼る相手も、叱ってくれる相手も、認めてくれる相手もいないということ。
僕がナディアのそれになるなんて、驕ったことは言わないよ。
でも、頼られたときには応えたい。
応えられるだけの力が欲しいと、そう強く思うのだった。
エディルメモ
『コーヒーは中世では修道者の間だけで飲まれる秘薬のようなものだったそうです』
平日は二回更新になりそうです。
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