2-18:揺れる炎に照らされたダークエルフの少女の笑顔が可愛い件について
教授コメント
『ダークエルフの特徴を纏めてもらうつもりが、その特徴を改めさせてしまうとは』
戻ってくるとアルメルが火を焚いていた。
ナディアのことを考えれば、もう今日は移動できないと判断したんだろう。
「あ、おかえり」
「ただいま。ナディアは?」
「気を失ったみたい。でも、むしろいいのかもね」
「え、なんで?」
「だって、痛みを感じずに済むでしょ?」
「ああ、それは……そうかも」
焚火から少し離れた場所で横たわるナディアを見る。
息を荒くし、苦しそうに呻いている。
僕が弱かったばっかりに、ナディアを傷つけてしまったんだ。
「何か、僕にできることがあるかな?」
「それじゃあ、水を汲んできてくれる? ナディア、すごく汗を掻いてるから、拭いてあげないと体が冷えちゃうわ」
「分かった」
僕は鞄から携帯用の折り畳み式の容器を取り出す。
「向こうに池があるみたいだから、そこから汲んできてね」
「迅速に行ってきます」
僕は駆け出す。
ナディアから目を逸らし走り出した時、少し楽になる自分がいるのが嫌だった。
「ここかあ」
アルメルの指さした先には確かに池があった。
でも、なんだか湯気が立ち昇ってるんだけど……。
これって、もしかして温泉?
指先を浸してみると、やっぱりあったかい。
「火山からちょっと離れてるから丁度いい温度なのかな」
『源泉の温度は98度まであるそうですが、ここは43℃です』
「ちょっと熱いけど、入れる温度だね」
『入りますか? その場合、カメラは切りますが』
「いや、そんな暇はないよ」
ナディアが苦しんでいるのに、温泉に浸かっていられる程、僕は能天気じゃないからね。
「戻ろう」
『了解』
そうして僕は温泉をくみ取り、踵を返した。
……。
「え、カメラ?」
『スリープモードに入ります』
衝撃的な事実をなんだかはぐらかされてしまった気がするね。
「ただいま」
「あ、おかえり、セカイ」
「汲んできたけど、アルメルが言ってた池って温泉だったんだよね。それでも大丈夫かな?」
「温泉⁉」
アルメルは声を上げる。
「ど、どうしたの?」
「丁度よかったわ。温泉には治癒効果を高めるマナが含まれてるのよ」
「そうなの?」
「ええ。だから、こうしてタオルを浸して、ナディアの腕に撒いて上げれば回復は早まるはずよ」
アルメルはナディアの右手にタオルを包帯のように巻いていく。
ナディアの赤く腫れていた肌が見えなくなっていく。
それに僕は安心してしまう。
心が軽くなっていく。
それが、僕は心底嫌だった。
◇ ◇ ◇
陽が暮れていく。
あたりが暗くなっていく中で、僕は寝ずの見張り役を買って出た。
「交代にしましょうよ」
そうアルメルは言ってくれたけど、僕はそれを断って一人で見張りたいとその意思を曲げなかった。
それが自己満足だということは分かっていたけど、どうしても僕は自分の負担を増やしたかったのだ。
そんな僕の気持ちを察してくれたのか、アルメルはそれ以上何も言わずに任せてくれた。
一つしかない寝袋にアルメルとエルは一緒に入って眠っていた。
ぴったりと身体を合わせる二人だが、アルメルはどこか苦しそうな顔をしていた。
エルはなんだか楽しそうにしているけど、昨日の夜もこんな感じで寝てたのかな。
そんな微笑ましい二人を見て一瞬頬が緩むけど、視線をナディアに戻して僕は再び奥歯を強く噛む。
「僕は……浮かれてたのかな」
異世界の調査を任されて、ユニコーンに気に入られ、アルメルを連れ出して。
順調すぎたのかもしれない。
どこかで躓いておくべきだったのかもしれない。
それが、取り返しのつかないことになる前に、僕は自分が弱いことに気付くべきだったんだ。
「何がステータスだよ。何が真なる力だよ。それこそ、偽りの力じゃないか」
パチリパチリと火の粉が飛び散る焚火が、ドラゴンの燃える瞳を思い出させる。
中途半端な志に付き合わせて怪我をさせるなんて、僕は僕を心の底から軽蔑するよ。
「セ、カイ」
「な、ナディア⁉」
ナディアの声に僕は跳ね上がるように腰を浮かす。
「もう起きて大丈夫なの⁉」
「大丈夫……。もう、痛みは引いた」
ナディアが上体を起こすので、僕はすぐに側に移動し、背中を支えた。
「ナディア、その昼間は……」
「待って」
ナディアは僕の言葉を遮る。
「私はこの怪我を後悔してない」
「え?」
「セカイは私たちが住んでた場所がドラゴンに荒らされたと思ったから受けた」
ああ、ばれてたんだ。
「初めは分からなかった。見返りを期待して引き受けたんだと、利益があるから引き受けたんだと思ってた。でも違った。セカイはずっと私を見ていた。私のことを私以上に考えてた」
ナディアの瞳が僕を捉えていた。
揺れる炎に仄かに照らされた瞳が儚く光る。
「ダークエルフは望まれず生まれた。恥を忍んで生きていくしかない。それが共通の認識、それが当たり前の自己評価。だから、私はどうでもよかった。私が生まれたことも、どう生きるかも、どう死ぬかも」
その無気力な価値観がナディアの諦観を生み出していた。
自暴自棄とも違う。
元から、失うものも拘るものもナディアにはなかったのだ。
「でも、セカイはそれを否定した。そんなこと初めてで、よく解らなくて、怖くなって。押し倒されたとき、少し安心した。やっぱりこうなんだ。今までの認識は間違ってなかったんだって」
あの時のナディアの目は、どこか期待を裏切った僕への落胆を含んでいたように見えた。
その落差がナディアの闇を一瞬だけどより濃くさせてしまったんだろう。
「けど、セカイはそれが違うことを必死に教えてくれた。服だって、アルメルやエルに買ってもらえばいいのに、自分を犠牲にしてくれた」
あ、その手があったのか。
すっかり失念してたよ。
「私は初めて私に価値を感じた。だって、こんなに誰かが私を想ってくれてるから。だから、セカイの力になりたいと思った。私を見つめて、私を認めて、私を案じてくれるから。それに、応えたいと思った」
そんな風に感じてくれていたんだ。
ナディアの言葉に僕は救われた気分になった。
「私はセカイを守れて嬉しかった。初めて自分の意志で身体が動いた。だから、それを否定してほしくない」
「ナディア……」
「セカイは、私になんて言ってくれる?」
謝ろうと思っていた。
悪いことをしたと思ったから。
けれど、ナディアはそれを望んでいない。
望んでいないのに口にするのはただの自己満足でしかない。
なら、謝罪の言葉は呑み込むべきだよね。
「……ありがとう。ナディアのおかげで、助かったよ」
「ふふ。うん、よかった」
「やっぱり笑顔の方が可愛いね」
「そ、そう」
ナディアは照れたように笑う。
暗がりの中、揺れる焚火の明かりに照らされたナディアはとても儚げで、とても可愛かった。
エディルメモ
『湯治というものは精神的な面が大きいそうです。温泉で肌がつるつるになるのは肌表面の油分を溶かし分解しているからです』
今日もお付き合い頂きありがとうございます!
明日からは12時と18時の二回更新したいと思います!
今週中には、第二節も終わるかも?




