2-1:寝不足のマッドサイエンティストが少し臭い件について
教授コメント
『異世界レポート受け取りました。エディルから送られてきたのですが、こちらからの返信はできないようですね。無事に帰ってきて、報告会に出席してください』
午前中に未来さんから長期探索用の装備が届けられた。
水を飲めるようにするフィルターとか、魔素を取り込んで発電する充電器とか、異世界特区での探索に役立つ類のこまごまとしたモノがたくさん入っていた。
『後は現地調達してね』
という紙と共に異世界の通貨だと思う金貨や銀貨が入ってたりもした。
もっと荷物が多くなるかと思っていたけど、リュック一つに収まるのだから未来さんの軽量化技術はすごいね。
その後、アルメルと当面の食料の買い出しを行い、準備を整えた僕らは昼過ぎに異世界特区の入り口へとやって来たのだった。
「いやあ、なんだか久しぶりな気がするよ」
二日ぶりかな?
この世界を隔てる大きな門。
最寄りのファンタジーまで10分ちょっとで着いちゃうんだからすごいよね。
「さて、行こうか、アルメル」
「ええ」
「ちょっと待ったー」
ん?
この聞き覚えのあるサイエンティストの声はもしかして?
「未来さんじゃないか。どうしたの?」
「いやー、ちょっと君に渡したいものがあってね。ギリギリまで調整してたらこんな時間になってたよ」
あはは、と笑う未来さん。
もう目が殆ど開いてないんだけど、寝ずに調整してたのかな。
ありがたいね。
「それで、渡したいものって何?」
「ああ、これだよこれ」
そうして手渡されたのはメカメカしいマスクだった。
どっちかって言うと拘束具に近いフォルムなんだけど、なんだろう。
ウィルス対策とかではなさそうだけど、まさかプレイ用ですか?
「いやー、昨日改めて君のデータを解析していたらね、Sing of Disasterの効果が分かったんだよね」
「え、分かったの?」
「うん。この天才の脳みそを以ってすれば不可能はないからね」
「そっかー」
そんな僕の反応に未来さんは不服そうな顔をする。
「反応薄くないかな?」
「そんなことないと思うよ」
実際、天才なんだろうけどね。
「それで、どういうものだったの?」
「簡単に説明すると、君は喉に魔力を込めることで声による魔法を発動させることができるんだ」
「声による?」
「そう。そして、そのマスクはそれを補助、および増幅させる機能が備わっているのさ」
手元もマスクに視線を移す。
うーん、僕が見ても全く仕組みが分からないや。
「補助機能は君が思った通りの発声を行わせるものだよ。原理はオプティマイズチョーカーと同じで、電気によって筋肉をコントロールするんだ」
内側にいくつか端子があるけど、これが電気を流す所かな。
「それができると何か変わるの?」
「もちろん。声によって発動する魔法が変わるからね」
声によってって、僕モノマネとかできないよ?
「具体的には、周波数の高い声を出すと細く、鋭く、そして、長く空間に干渉することができる。逆に低い声だと広く、厚く、そして、短い空間に留まる」
ああ、そういう違いね。
周波数って、音階の高い低いであってるかな?
だとしたら僕の音域は2オクターブくらいしかないから魔法の幅は狭そう。
「後は声が硬かったり、柔らかかったりで貫通力が変わるよ」
硬い、柔らかいっていうのはどういう違いだろう?
『同じキーの中でも高い周波数の割合が多ければ硬くなり、逆に低い周波数が多ければ柔らかくなります』
「なるほど」
エディルの声がポケットのスマホから聞こえてくる。
なんかBluetoothを使ってスマホのスピーカーから声を出せるらしい。
「ああ、さっそく人工知能ちゃんが役に立ってるみたいだね」
『エディルと名付けられています』
「なるほどなるほど。メーカーの名前からかな?」
「ばれてる」
昨日、目覚めたエディルはこれまでの僕の使用履歴、詰まる所のパソコンの記憶を持っているようで、既に学習をし終えたAIの様に賢い。
けれど、あまりおしゃべりなタイプではないみたいで、こういう必要な情報をくれるとすぐに黙ってしまう。
もっと馴れ馴れしくてもいいのにね。
「あ、そうだ。話の続きだけど、硬かったら貫通しやすいってことでいいの?」
貫通力が変わると言ってもどっちがどっちか分からないと意味ないからね。
「んー、基本的にはそうだと思うよ。まあ、実際に使わないと分からないからね」
「まあ、そうだよね」
じゃあ、付けてみるかな。
「あ、ここでは使えないよ。こっちの世界は大気中に魔素がないからね」
「そうなんだ」
「そこのフィルターから大気中の魔素を取り込んで君の声の魔力と反応させる機構になってるからね。魔素がなかったらそもそも使えないというわけだ」
なるほど。
あ、だから異世界特区として住み分けをしてるのかな。
魔素がないと、異世界の人は不便なことが多いだろうし。
「でも、どうしてこれを?」
「アルメルちゃんがいるとはいっても異世界特区はまだまだ未知の脅威が潜んでいる可能性が高いだろう? その時、誰かを守るだけの力がなかったら、君はきっと後悔する」
どこか神妙そうな顔つきをする。
あ、未来さんって真面目な顔もできるんだね。
「だから、今朝送った生活するための装備なんて実際重要じゃないんだ。長期探索にもっとも必要な装備は武力だ。それがその、Blessed Breathなのさ」
「ブレスドブレス……どういう意味?」
「祝福の息吹って意味だよ。君たちの旅路に祝福を、ってね」
なんだかカッコいいことを言った未来さんはちょっと恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。
「なんて、ちょっと臭いかな」
「あ、やっぱりお風呂入ってなかったんだね」
「……クンクン」
自分で自分の匂いを嗅いで未来さんは顔をしかめた。
「帰ったら入るよ」
「ゆっくり休んでね」
「そうする……」
未来さんは少し沈んだ顔をする。
あ、未来さんも気にするんだね。
もっとずぼらだと思ってたよ。
一通りの説明を受けて、僕はブレスドブレスを鞄に仕舞う。
これで、探索の準備は整ったわけだね。
「それじゃあ、いってきます」
「うん、いってらっしゃい」
未来さんはそう言って手を振る。
アルメルはそれを見て手を振り返した。
そっか、首輪がないから未来さんの言葉はアルメルに伝わってないんだね。
それでも、アルメルはなんだか嬉しそうに手を振る。
誰かに見送られるというのは、そこに居場所があるから。
温かい気持ちになるのに言葉の壁なんてないんだろう。
「よし、異世界レポート、再開だ!」
僕は意気込む。
皆の心に存在する異世界特区の壁を取り去るために。
使命感に背中を押され、再び異世界の地に立つのだった。
あっ、背中は性感帯だった。
エディルメモ
『ブレスドブレスという武力を手に入れました。装備時、魔法技能値に500の補正が掛かります』
第二節更新始まりました!




