1-12:お風呂で伝家の宝刀が抜刀された件について
教授コメント
『これを私に送りつけてきた真意を問いたい』
いやあ、お腹も膨れてすごく気分のいい昼下がりだね。
外から聞こえてくるのは鳥たちの囀りと木々の葉擦れのオーケストラ。
眠たくなってくるのは必然なのです。
「……ぐぅ」
微睡んでいく意識。
調査に来たわけだけど、ちょっとくらい良いよね?
うつらうつらと、机に伏していく。
……そして、気が付いた時には窓の外は真っ暗になっていた。
「あぁ……ああ?」
机に突っ伏して結構長い間寝ていたみたい。
「あ、セカイ。起きたのね」
「アルメル」
奥の部屋から出てきたアルメルは部屋着に着替えたみたいだ。
「あれ、部屋着の方が生地厚そうだね」
「ええ。だって、外に出る時は森のマナを肌で感じなきゃいけないから、できるだけ薄く作られてるのよ」
「ああ、そうなんだ」
一枚の布でできたワンピース姿のアルメルはファンタジックな格好と違い、馴染みやすい美少女になっていた。
「可愛いね」
「ふ、ふふん。そう何度も何度も褒められてたら私だって気づくわ」
「気づく?」
「私をおだててからかおうとしたって無駄ってことよ」
「本心だけど?」
「くっ、手ごわいわね」
「さっきまでの格好もエルフっぽくてよかったけど、今の格好も新鮮で可愛いよ」
「う、ううううう!」
あ、真っ赤になった。
「わ、分かったわよ! 負け、私の負けでいいから、もう褒めるのは無しよ!」
「えー」
「えーじゃないわ!」
「不本意だけど、分かったよ」
僕は渋々頷く。
「可愛いアルメルがそう言うなら仕方ないよね」
「また言った! 全然わかってないじゃない!」
「あはは」
動揺して真っ赤な顔を手で覆うアルメルを僕は微笑ましく思い、眺めていた。
「ああ、そうだ。アルメル、そろそろ帰ろうと思うんだけど」
「え、でも、外はもう暗いわよ?」
「うん、だから申し訳ないけど、方角だけ教えてくれるかな?」
「方角?」
「アルメルに送ってもらうのは悪いし、一人で帰ろうかなって」
「だ、駄目よっ!」
アルメルは驚いた顔でそう声を上げる。
「危ないわよ。足元も見えないのに、一人で帰ろうなんて」
「まあ、確かにそうだけど、でも、これ以上長居するわけにもね」
「い、いいじゃない」
「いい?」
なにがだろう?
「と、泊まればいいじゃない」
「どこに?」
「ここによ!」
ここ?
ここっていうと、アルメルの家なわけだけど……。
え、まさか一人暮らしの女の子の部屋に留まれってことですか?
なにその犯罪。
罪状、羨ま死刑だよ?
殺されちゃうよ?
「い、いやあ、それはほら、アルメルに悪いじゃない?」
「わ、私は気にしないわよ」
「え、でも、アルメル一人暮らしでしょ? ほら、一つ屋根の下に男がいるってなると、気が気じゃなくて寝れないよね?」
「べ、別に、セカイならいいわよ」
いいってなにさ。
どこまでがいいのかさっぱり伝わってこないよ。
おい、異世界さん、言葉の壁は取り払われてるんじゃないんですか?
難易度EXの読解なんですけど?
「そ、それに、セカイ一人じゃ斥候に射られて殺されちゃうわよ?」
「……そう言えばそうだった。アルメル、送ってください」
「い、嫌よ。もう真っ暗だし、また迷うかもしれないじゃない」
「そうだった……」
昼でも迷うのにこんな暗闇にアルメルが迷わないはずないよね。
「分かったら泊まる。いいわね?」
「そうだね。それしか選択肢はないような気がするよ」
異世界特区内での宿泊は別に禁止されてないし、オッケーだよね。
「うん。それじゃあ、私お風呂沸かしてくるわね!」
なんだかアルメルは嬉しそうだ。
そういえば、アルメルはいつも一人でこの家に居るんだよね。
町には住めず、斥候としても認められず。
アルメルは寂しいのかもしれない。
いや、誰だって一人の夜は寂しいよね。
今じゃあ、ネットの普及で当たり前のように誰かと繋がっていられるけど、回線も繋がってなかった時の一人暮らし初日は確かに寂しかったもん。
アルメルはその心細さを10年以上も感じているんだ。
そりゃ、こんな僕ですらこうして温かく受け入れてくれるわけだよね。
くっ、なんだか二重の意味で涙が出てきたよ。
「湧いたわよ、ってなんで落ち込んでるのよ」
「え、なんでもないよ。男は顔じゃないって自分に言い聞かせてただけだよ」
「? よく分からないけど、タオルはこれを使ってね」
「あ、はい」
体を洗う小さなタオルを受け取り、僕はアルメルが出てきた部屋へと入っていった。
「おおっ!」
そこにあったのはまさしくお風呂。
木の中をくり抜いて作られたバスタブいっぱいにお湯が張られていた。
なんだか天然の檜風呂のような趣があっていいね。
僕は興奮気味に服を脱ぎ始める。
そして、木製の椅子に腰掛けて身体を洗い始めた。
石鹸はないみたいで、桶に溜めたお湯にタオルを浸して身体を擦る。
まあ、汚れを落とすにはこれで十分な気もするよね。
もちろん、石鹸があった方が良いけど。
僕、石鹸の匂いってすごい好きなんだよね。清潔感と言うか、清涼感と言うか。
僕がお風呂に入っていると、不意に脱衣所の方から布の擦れる音が聞こえてきた。
パサリとそれが床に落ちると、空気を含んだ軽い音が鳴る。
アルメルが着替えを持ってきてくれたのだろうか。
そう思って、脱衣所の方を窺うとすりガラスの向こうに彼女の影が見えた。
「セカイ」
「はいはーい。どうかしたの?」
その問いかけに彼女が答える前に、扉の向こうで大きく息を吸い込む音が聞こえた。
「は、入るわよ」
「はーい。……え?」
僕が驚いて間の抜けた声を出している間にすりガラスの扉は開け放たれる。
そうして、現れたのは一糸纏わぬアルメルであった。
「なっ!」
スラリと伸びる四肢を内側に寄せ、シミ一つない透き通るような白い肌を恥じらうように隠す。
胸に垂れる細く長い金色の髪が彼女の裸体を艶やかに強調させる。
「ちょ、ちょっとアルメル⁉」
「な、なによ」
玉のような肌を紅潮させながら、アルメルは浴室へと足を踏み入れる。
「せ、セカイはお客様だから……だから、背中を流してあげようと思って」
「そ、それは嬉しいんだけど、それなら服を脱ぐ必要は……」
「でも、脱がないと濡れるじゃない」
「それはそうかもしれないけど……」
目のやり場に困った僕は斜め上を仰ぐ。
「ほら、背中を向けて」
「う、うん」
僕は言われた通りアルメルに背を向ける。
そうして彼女の肌を視界から外したことで、僕は少し安堵する。
裸の女の子を前にして高鳴っていた鼓動を落ち着けていく。
「い、いくわよ」
アルメルが意を決したようにゆっくりと僕の背中にタオルを這わせていく。
「んふっ」
彼女のたどたどしい動きが緩急のついた刺激を背中に与え、僕は思わず声が漏れそうになる。
ビクリと身体を震わせると、そんな僕の反応をおかしそうに彼女は笑った。
「ふふっ。なによ、今の」
「い、いや、くすぐったくてさ」
背中が性感帯である僕にとっては直接触られていなくとも、それなりに来るものがあった。
目を閉じて、深く呼吸をし、心頭滅却すれば火もまた涼し。
こげなシチュエーションでも、我が宝刀の高ぶり、抑えて見せよう!
アルメルが僕の背中をタオルで擦る。
そのくすぐったさを奥歯を強く噛み意識しないようにする。
「あっ」
「あっ」
不意にタオルから漏れたアルメルの指が背中に触れる。
柔らかくも冷たい感触。
それが背中をスーッと撫でるのだから僕の身体は思わずビクリと跳ねた。
「ふふっ。何よ、その反応」
「い、いや、びっくりしただけだよ」
こ、これは危なかった末端神経に意識を集中させていなければ、今頃抜刀されていたかもしれない。
え、じゃあ、今は納刀されているのかって?
それは今必要な情報かい?
「えいっ」
「はうっ!」
「うふふ。面白いわね」
「わ、わざとやってる⁉」
アルメルは僕の反応が面白いのか、何度も指先で背中をなぞる。
この攻めにはさすがの僕も刀を抜かざるを得なかった。
だって、僕の背中は性感帯なんだもん、仕方ないじゃないか。
「? どうして前屈みになってるの?」
「荒ぶる神を鎮めているんだよ」
「? 荒ぶる神? よく分からないけど、私も手伝うわよ?」
「いやいやいや、アルメルが手伝ったら荒ぶる神がもっと荒ぶっちゃうからダメだよ」
いや、逆に鎮まるかもしれないけど、それは本意じゃないからね!
けれど、僕の隠喩ではアルメルは理解できないようで不思議そうに首を傾げる。
「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない」
「ヤルっ⁉ そ、そう言うのはまだ早いんじゃないかな⁉」
まだ出会ったばっかりですし?
個別ルートに入ってから、ってもしかして、これがすでに個別ルートなの?
いつのまにそんな進展してたんですか⁉
「もう、まどろっこしいわね。いいから見せなさいよ!」
「あ、ちょっ!」
そうして肩を掴まれて僕の身体は引き上げられる。
あらやだ、意外と力持ちなのね。
「あっ……」
て、言ってる場合か! 僕は慌てて手で押さえ隠す。
けれど、一度視界に入ってしまったんだろうね。
アルメルは顔を真っ赤にし、どこか惚けた様に口を開けて茫然としていた。
「あっ、えっと、あの、わ、私……」
あわあわと戸惑いを隠せない様子のアルメル。
「なんか……ごめん」
とりあえず僕は謝ることしかできなかった。
「あ、あのね、その、わ、私の方こそ、その、ご、ごめんなさい!」
それだけ言うと、アルメルは勢いよく扉を開けて出て行く。
一人取り残された浴槽で、僕は頭を抱える。
「……とりあえず、お風呂に入ろう」
僕はこれから訪れるだろうアルメルとの気まずい空気をどうするか考えながら、肩まで浸かる浴槽で天を仰ぐのだった。
今日の更新は三回くらいです。
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