1-8:マッドサイエンティストからモルモットに見られている件について
教授コメント
『私にとっては人類皆研究対象です。どうでもいいですが、担当教員の論文くらいは読んでおきましょう』
門をくぐると、相変わらず自衛隊の人たちが警備をしていた。
異世界特区から出てきた僕に会釈をしてくれるので、僕も頭を下げながら歩いていく。
そんな中で一人、なぜか僕の前に立ちふさがる人影が現れた。
「お疲れ様。君が愛沢瀬海くんだね」
「お疲れ様です。ええと、貴女は?」
ぼさぼさの髪に眼鏡、白衣姿に大きなおっぱい。
なるほど。
これはオシャレに無頓着な研究者と見たね。
「僕は園崎未来」
「あ、僕っ子キャラですか」
「そうだね。眼鏡巨乳属性もあるよ」
あ、話の通じるタイプの人だ。
「昨日、メールのやり取りをしたけど、覚えてるかな?」
「あ、調査団の人」
「そうそう。その人だよ」
「もっとしっかりした人だと思ってたよ」
「ははは。君は正直者だね」
「僕の数少ない長所だと思ってるよ」
「うん、いいと思うな。僕は好感が持てるよ」
体を逸らしながら笑うと、園崎さんの豊満な胸が揺れる。
白衣の下は、シャツ一枚かな?
随分とラフな格好をする人だね。
「それで、君を呼び止めたのは他でもない。調査に置ける注意事項を昨日言いそびれたからね、ここで待っていたんだよ」
「メールでも良かったんじゃないかな?」
「異世界特区に電波は届かないんだよね。電波塔がないのもあるけど、大気の組成が少し違うみたいなんだ」
「ああ、なるほど」
だから、門を出てからスマホの通知が鳴りっぱなしなんだね。
多分アプリゲーの通知だろうけど、太ももがぶるぶる震え続けて筋トレみたいになってるよ。
シックスパットって言ったかな、あの筋トレ器具。
「その要件っていうのは緊急なの?」
「ワンチャン、もう手遅れかもしれないくらいには緊急さ」
「そ、それは心して聞かないといけないね」
手遅れって、命に係わるかもしれないってことだもんね。
単位のために死んじゃったら元も子もないし、真面目に聞かなきゃね。
「いいかい、君は亜人と交流してレポートを書くことが仕事だ。その中で、特定の個体と仲良くなるかもしれない。その時に……」
「ゴクリ」
「絶対に、手を出してはいけないよ」
「……は?」
それは緊急なのかな?
「いやいや、そんな『何言ってんだこいつ』みたいな顔してるけどね、これが物凄く重要なことなんだよ?」
「そうなの?」
「いいかい。異世界ということはそこに住む生物も僕らの世界とは異なった性質を持っている可能性がある。そこまでは理解できるよね」
「高校の頃は生物を選択しておかげで、何となくのレベルなら理解できるよ」
「うん、その程度で大丈夫」
あ、いいんだ、それで。
「粘膜接触は互いの体内の細菌を交換し合う。同種同士ならそこまで問題はないさ。免疫が働くからね。けど、異種族、それも異世界のとなればどんな細菌がいるか分かったもんじゃないだろう?」
「た、確かに……」
「僕らの免疫が働かない可能性だってある。そしたら、君は治療法もない未知の病気によって死んでしまうだろう」
「本当に緊急だった!」
いやー、危うく手を出して未知の細菌によって命を落とす所だったよ。
危なかったね。
……いや、だが待ってほしい。
普通、出会ってすぐに手を出すかな?
手を出すにしても、歳月をかけ、選択肢を重ね、好感度が振り切ってから個別ルートに入っていくものなんじゃないの?
え、ゲームのやりすぎ?
そっかー。
「初日から好感度マックスってチートじゃない?」
「異世界の恋愛観がこっちと違う可能性だってあるからあり得ない話ではないのだよ」
チョロインってことですね、分かります。
「まあ、僕には縁のない話だと思うけど、気を付けるだけならタダだもんね」
「ああ、気を付けるといったら飲食物も気を付けてね」
「えっ」
飲食物……だって?
「さっきも言ったけど、未知の細菌がいるかもしれない土壌で育った植物とか動物とかは取り込むとどんな影響があるか分からないからね。……どうしたのかな、そんな青ざめた顔をして」
「え? は、はは、嫌だな、未来さん。僕、インドア派なんで日焼けしないんだよ。だから、青白い肌なだけですよ、はい」
「……食べた?」
「いやいや、食べてない。食べてはないよ?」
「飲んだのか」
「……」
「時に沈黙は雄弁よりも語ってくれるんだね」
やばいか、エルフ茶。
確かに飲んだら喉が熱くなったし、これはワンチャン死ぬかも?
「まあ、むしろ好都合かな」
「何が?」
「ちょうどいい被験者が手に入ったから」
「マッドサイエンティスト怖い」
「ははは、冗談だよ」
と言いつつ、鋭い視線が嘗め回すように僕を捉え続ける。
怖い、絶対この人、僕をモルモット程度にしか思ってないよ。
「ああ、そうだ。調査のレポートは君の教授に提出してね」
「え、教授に?」
「そう」
「何で?」
「あれ、聞いてないの? 異世界特区の調査団を結成したのは君の教授だよ?」
「え、あの教授仕事してたの⁉」
居室で寝てるだけのじじいだと思ってた。
「文化人類学の分野では有名な教授だよ?」
「知らなかった……」
「ま、伝えたかったのはこれくらい。それじゃあね。身体に異変が起きたら連絡ちょうだいね」
「絶対嫌です」
未来さんは笑いながらどこかへ去っていく。
それを見送り、僕は帰路へ着いた。
夕日もささなくなった薄暗い路地の先にあるアパートに帰り、ノートパソコンを開いた。
リンゴの薄いパソコンが欲しかったんだけど、高すぎて諦めて外見の似てた6万くらいの型落ちパソコンは、長年使い続けてちょっと愛着が湧いている。
メーカーの名前を文字って、僕はこの子を『エディル』と呼んでいる。
「お、今日は起動に一分もかからなかったね。調子いいね、エディル」
ウィーンと何かしらのモーター音が返事をした……ように聞こえる。
ここで僕が理系なら人工知能の一つでもプログラミングしているところなんだけど、我、文系なり。
生憎ブログラミング言語はさっぱり分からんのです。
だがしかし、国語ができるとは言ってない。
「さて、教授に送るレポートでも書くかな」
とはいっても普通に送るのももったいないよね。
折角こんなキャッチーでセンセーショナルなファンタジーを体験してるのに、機械的にレポートを送っても面白味がないじゃないか。
なので、僕は考えた。
『君、ファンタジー小説とか好きでしょ?』
教授の言葉を思い出す。
「そうだ。小説を書こう」
そんなわけで、僕は今日一日を二万文字程度の小説にしてWordファイルを添付したメールを教授に送りつけることにした。
卒論は免除してもらったけど、面倒を押し付けられた意趣返しなのだ!
「教授の困り顔が目に浮かぶぞ」
送信ボタンを押し、やり遂げた僕はその日、とても気持ちいい眠りを取ることができたのだった。
こんな理由でこのお話には教授コメントが付いているのでした。
読んでくださりありがとうございます。
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