番外 心配している魔女
マリアとグレッグの視点です。
ピュールはおまけ。
「どうかしましたか?」
マリアは暇そうにしているが、世界樹の動向についてはそれなりに気になっていて、鈴木太郎一行についても報告を待っていた。グレッグの淹れてくれたコーヒーは既に冷めていて、置かれているスポンジケーキにも手を付けていない。
「待っているのって苦手なのよね。」
長生きしている癖に妙にセッカチというか、自分の手でやりたい事は他人に任せたくない節が有る。世界樹に関係する事で、本当なら軍人などさっさと辞退して積極的に関わりたいと思っているが、今は自重している。
確実に勝つ方法をしっかりと掴んでおかないと、喧嘩を売るには相手が強大過ぎるからだ。もちろん、世界樹に対してであり、世界樹と一緒に居る太郎に付いてはグレッグに任せる気満々だった。
「あのスズキタロウの事が気になるのですか?」
「まぁ・・・半分ね。」
グレッグが気にしている事を知ったうえでそういう返事をする。
「ハンハルトに向かったのが間違いなければ、いずれ報告が来ると思いますが。」
「・・・そうだわ。ピュールとは連絡取れるかしら?」
「あの、バカ息子ですか・・・。」
「バカだけど純血なんて珍しいんだから、利用できる時に使うべきよ。あんまり強くなると私にだって手に負えなくなるんだから。」
「世界樹よりもですか?」
「ドラゴン一族に喧嘩を売る気は・・・流石にないわね。」
心の中で、「今は」と、付け加える。
「ピュールは近隣の山中で大人しくしていれば・・・二日で呼べます。」
「そう、グレッグの魔法も板についてきたわね。」
風魔法は今も訓練していて、太郎ほどの持続力は無いが、勇者として目覚めてからはメキメキと上達している。自分を殺し、一撃で砦を半壊させた太郎はグレッグから完全にライバル視されているが、太郎にしてみれば早く忘れたい現実である。
「直ぐに呼びますか?」
「そうしてちょうだい。」
今も謹慎中で動けないが暇なマリアは、世界樹を調査するのに他人を使う事にした。
「何の用だ?」
用意された椅子に座り、開口一番がそれである。グレッグと競争しながら移動してきたことや、ドラゴンであることを公にすると面倒なので、夜中の内に空を飛んできた事はいちいち説明しない。ガーデンブルク領内のリバウッド付近では人の姿に化けていて、今も人の姿だ。
ちなみに・・・このドラゴンはまだ若く、たいした財力もないうえに、親に追い出されて無一文の所をマリアが拾ったのだ。野垂れ死ぬことは無かっただろうが、無駄にドラゴンとしてのプライドは高い。
ついでに言うと、マリアに勝負を挑んで負けている。
「あなたに良い話が有るのよ。」
「断る。」
そう言って椅子から立ち上がろうとしたが立てない。マリアが既に魔法を仕掛けていたからだ。その程度の事にも気が付かずに椅子に座っているのだから、マリアに勝てないのだ。
「世界樹が復活したって言ったら信じる?」
「俺の目の前で燃え尽きたんだぞ・・・信じる理由がないだろ。」
「今は女の子の姿に成って移動しているわ。」
「人の姿に化けたところで世界樹は移動できないはずだ。」
「スズキタ一族の生き残りがいるかもしれないわ。」
「一緒に居るのか?」
「えぇ。」
グレッグは二人の会話に入らず、飲み物を用意している。先にマリアの前にコーヒーを置くのは彼なりの嫌がらせだろう。
「なかなかの要注意人物よ。」
「生き残りが?」
「グレッグが負けたもの。」
グレッグが勇者に成った事は教えず、結果だけを話す。ピュールは目の前に置かれたコーヒーに口を付けようとして戻した。
「剣術だけなら俺と互角なのにか?」
お前が弱いだけだ、とは言わない。
「剣術もそうなんだけど、魔力も凄いみたいね。総合力で今のグレッグでは勝てないわ。」
「・・・それで、俺に二人を始末しろと?」
「可能ならそれでいいわ。」
「・・・不可能だというのか?」
「私の言葉だけでは信用できないのでしょう?」
「まぁな。」
「今ならハンハルトに居るはずだし、貴方が見た方が他のドラゴンも信じるわ。」
マリアの手元には太郎達一行がハンハルトのギルドで手続を行った事を報告した書類が置かれていた。グレッグが出発した直後に届けられたもので、その内容にはハンハルトの港が再開される事も書かれていた。
「俺は世界樹の波動が感じられんのだが?」
「少し騒ぎにすれば出てくるでしょう。それに、あんまりやり過ぎると後で困るから。あの街に私の店も有るの。住宅街と商店街の周辺は手を出さないでね。」
「・・・以前から不思議だったんだが、なんでお前ほどの実力者が身を隠すような真似をしているんだ。お前自身が出て行って調査すればいいじゃないか。」
「今の私では勝てないわ。」
マリアは本気でそう思って言った訳ではないが、その目が真面目過ぎた。
「・・・は?」
耳を疑った。
「本気で言っているのか?」
「えぇ。」
「・・・お前で勝てない相手を俺にやらせるのか?」
「燃え尽きたのでしょう?」
「そりゃそうだが・・・。」
「存在していないのなら何の問題も無いのだけど、再び世界樹が現れるとなると・・・。」
「調子に乗った奴らが我らの領域まで攻めてくるって事か。」
「まぁ、元々勝てる相手ではないのだから、そこを今更問題にされても。」
「だからあれだけのドラゴンが集まったのだろう?」
世界樹が燃やされた事件は多くの人々が知っている。ただ・・・世界樹の存在による影響がどれだけあったのか、正しく理解している者は殆どいない。
マナによる自然への影響は実際のところ多い。しかし、マナの影響だと思っている者は少ない。だからこそ、マリアはそこにつけこむ事でドラゴンを利用する事が可能だったのだ。
「貴方は後ろの方で見ていただけって聞いているけど。」
「・・・親に付いて行っただけだったからな・・・。」
思い出しても遠くから見ていただけの事しか分からない。多くのドラゴンが落ちていくのを見た時は驚いたが、結果としてはドラゴンの圧倒的な火力で燃やしたのだから。
「とにかく、今の私は勝てる勝てない以前に遠くへ行けないのよ。」
「グレッグは?」
「領外に出られないのは俺も同じだ。」
このタイミングで魔法を解き、動けるようにした。ピュールは一度立ち上がって確認すると、もう一度座った。コーヒーを飲んで一息つく。
グレッグはマリアの隣に立ったまま座ったりはしない。当然、椅子もない。
「俺に命令するとは偉くなったもんだな。」
「命令と思うのならそれでもいいわ。行ってくれるのね?」
「少しは成長した姿を見せないと親にも認めてもらえないしな。」
「貴方の場合は悪戯が過ぎたからね。」
「む・・・昔の事だろ。」
「そんな昔とも思えないけど・・・それを言うとグレッグがね。」
ピュールがグレッグを見て言う。
「なんだ、まだ知らないのか。」
睨み返す。
「何の話だ。」
マリアはくすくすと笑った。
「その話はどうでも良いのよ。知りたいのなら私に直接言えないと困るから。」
「心配事が多いな。」
「心配なんて程ではないけど・・・。」
「まぁ、どうせ暇だし今回は引き受けてやろう。」
「あら、助かるわね。」
「断らせるつもりもないくせに・・・。」
「断っても何も変わらないでしょう。」
「お前はいちいち痛い所を突いてくるな。」
「確かめてきてくれれば報酬は渡すわ。」
財宝の一つも持っていないピュールとしては幾らかでも貰えるのは有り難い事で、ドラゴンとして他種族に頭を下げることも出来ず、ギルドの依頼を人のフリをして受けるのにも目立ち過ぎてやりにくくなる。金に困っているなんてバレたらドラゴン一族に対して恥の上塗りだ。
「で、いつ行けばいいんだ?」
「慌てて行く必要もないけど・・・今日は部屋を用意するから明日にでも。」
「・・・グレッグ、案内しろ。」
グレッグがマリアを見ると、無言だったが小さく頷いた。二人は仲が悪い程ではないが、良いわけでもなく、剣術を鍛えるには丁度良い相手だった。ライバル関係にあると言えばドラゴンの方が強いのは当たり前なので、そこまで強い思いは無い。
二人が執務室から出て行くのを見送ってから、マリアは背伸びをした。
「二人とも面倒で困るわ。」
小さい事から大きい事まで、心配事をたくさん抱えているマリアだった。
数日経過し、あの時、ハンハルトで暴れ過ぎないようピュールに注意したが、もう少し細かく指定しておけばよかったと後悔していた。
若いとはいえドラゴンだ。破壊力だけなら街を全滅させるぐらいの事は可能なのだから、余計な被害を出し過ぎると、ピュールが討伐の対象になりかねない。ドラゴンを倒すほどの勇者が存在するかどうかは別として、そこに勇者がいれば世界樹以前の問題にもなる。シードラゴンを撃退した者が存在するという情報も得ているが、これはまだ誰が撃退したのか分かっていない。情報を求めても緘口令が布かれているらしく、ギルドでは答えられないとの事だからだ。
いつものように執務室でぼーっとしているマリアに、いつものようにコーヒーを出す。ピュールがいないのでケーキも付いている。
グレッグが何となく呟く。
「ハンハルトってなぜか行く気がしないんですよ・・・。」
「なんでかしら?」
そこに勇者がいるからとは、流石に気が付かない。
「あいつ、大丈夫なんですかね?」
「世界樹さえ現れてくれればそんな大騒ぎにはならないはずよ。」
「そんなものですかね?」
「・・・すぐに現れれば・・・だけどね。」
今更ながら心配が加速してくる。
「いきなり暴れたりはしない・・・わよね?」
グレッグは答えられず、マリアは余計な心配事が増えた。