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第86話 戦闘開始


「あんたどういうつもり!?」


 国王に対する言葉使いではない事に驚いたのはマギだけではない。将軍達も驚いたが、直ぐに怒りで返ってきた。


「貴様は誰に向かって・・・っ!」


 それを止めたのはフレアリスが床を叩いた音だった。全体的に建物が揺れ、床がきしむ悲鳴を響かせながら凹む。


「街の中をあんな大声で勇者(マギ)を呼びつけるなんて・・・どういうつもりか()いてるのよ。」

「国の一大事が分からんのか?!」

「国なんか亡くなったってもう一度造るだけでしょ!」

「誰が造ると思っているのだ。」


 強く睨んだが、迫力で負けている。どうにか絞り出した声で、釘を刺す。


「お前は・・・呼んだ覚えは無いのだが?」

「どうせマギをドラゴンの前に引き摺り出してどうにかなると思ってるでしょ。」

「勇者であろう。」


 マギは未だに一言も喋っていない。それ以前に国王とフレアリスは、面識が有るような会話をしていて、間に割り込んで喋る事が出来ないのだ。


「たった一人の女性の気持ちすら考えられないやつが、偉そうに喋らないでほしいわね。」

「国を預かる・・・いや、言うだけ無駄だな。この鬼人族(おんな)を捕まえろ。」


 国王の命令は実行されなかった。

 ・・・正確には実行出来なかった。鬼人族の女一人に将軍が一人では勝てない相手なのだ。牢屋に入っていた時は自ら進んで受け入れていたし、暴れもしなかったのだが、今は違う。

 勿論、将軍と呼ばれる地位にい就いているのだから弱い筈もないのだが、訓練ばかりで実戦経験の浅い者に、巨大な岩を一撃で粉砕すると云われる鬼人族の威圧は辛い。

 更に言えばこの国の処刑法で死刑にする事が出来なかったという事実も、彼らの記憶に古くない。


「ドラゴンに滅ぼされる前に私が滅ぼして差し上げましょうか?」


 フレアリスが怒りに満ちている理由は、今のところマギにしか分からない。国の重鎮達にとって、個人的立場など考慮に入らず、勇者であるという事で優遇しようとしているのに、怨まれる理由など何処にもない。

 マギは勇者であることを隠し続けていて、それなりに協力してくれる人も多かった。そして、なにより、勇者は嫌われ者という悪評が蔓延している世の中で、自分が勇者などと名乗りたくはなかった。特定の人には自分から言ってはいるが、それは必要最低限の事で、両親にも恋人にも知られていない。最初に知ったのは妹で、今でもその口は堅く守られている。


「やはりこいつは反省などしておりません!すぐに・・・。」


 叫んだのは将軍の誰だったか。名前などいちいち覚えていないが、フレアリスが睨むだけで黙ってしまった。鬼人族はたった一人でも恐れられる種族なのだから、当然と言えば当然なのだが、余りにも情けなさ過ぎる。現国王の兄は目の前の女に殺されていて、そうでなければ自分が国王の座に就くことは無かったという意味で、怨むに怨み切れない事情も有るが、女一人に良いように振り回されていては国の威信にも関わる。難しい舵取りを迫られる日が来るのは理解していたが、まさかこんな日に重ならなくても・・・と、国王は思っている。


「あっ・・・あの!」


 か細い声が力なく響いた。その所為なのか注目が集まる。


「い、行きます。行くので、案内して下さい。」


 案内と言っても場所は分かっている。城の上空では今もドラゴンが暴れていて、兵士達は逃げ惑っているだろう。港から城へ行く道は軍人や一部の貴族でなければ通れないというのは意外と知られていて、隠す気も無いので特に秘密ではなかった。


「・・・そうか。では案内をさせよう。」


 身体を上下に揺らして重い息を吐く。ここでの問題は解決されていないが、解決する事は出来ないとも理解した国王が諦めたのだ。とにかくドラゴンをどうにかしなければ次の事など考える余裕はない。

 フレアリスとマギは将軍の一人が案内するという事で部屋を出て行った。閉じられた扉を凝視するのは残された者達だった。


「勇者・・・か。あまり強くても困るが、あれでは役に立ちそうもないな。フレアリスを開放してほしいと頼まれた時には悩んだが・・・(ぎょ)し難ければ別の方法を考えなければなるまい。」


 呟く国王には、色々な思惑が見え隠れしている。フレアリスが奴隷制について快く思っていないことは周知されていて、大人しく牢屋で過ごしていたことが不思議なくらいだったからだ。


「鬼人族とは・・・厄介なモノです。」

「ドラゴンを捜していると言う噂が有ったが、事実なのか?」

「事実です。」

「まさか、あのドラゴンは・・・あの女が呼んだのか?」

「それは無い・・・と思いますね。勇者と共に向かったぐらいですし、あの女でも勝てないのでは?」

「しかし、世界樹とは・・・なぜ今頃になってあの大樹を捜しておるのだ。それも我が国に存在すると?」


 国王の疑問には誰も答えられなかった。




 マギとフレアリスがドラゴンと対峙する為に移動を開始した頃、太郎達は街の外へ向かっていた。まさかマギがドラゴンと戦うなどと思ってはおらず、フレアリスのような強い人が傍に居れば逃げるくらいはなんとかなるだろうと思っていたから、他所(よそ)の心配などせず、自分の、自分達の心配に重点を置いていた事を非難しうる者がいる筈もない。

 ドラゴンの様子を窺いながらの移動だったので思うように移動できず、世界樹を守らなければならない事も行動を慎重にさせた。しかし―――


「あのドラゴンって・・・グリフォンに比べると小さいね?」

「太郎さん、何を言ってるんですかー?!」

「そう言われれば小さいかも?」

「マナ様ー?!」


 スーの嘆きの声だ。ポチの背に乗っているのはエカテリーナで、あじわった事の無い恐怖で身体を震わせながらポチにしがみ付いている。マナは珍しく歩いていた。

 その前方にはどういう理由で集まったのか不明な男達が負傷者を運んでいる。先ほどのドラゴンの放った炎の攻撃を受けた者達だろう事は見ればわかる。焼け焦げた臭いが辺りに充満していて、担架で運ばれている者の身体は焦げた痕で黒ずんでいる。・・・というかピクリとも動いていないから死んでいるのだろう。建物の陰でドラゴンの視界からは隠れた場所に死体が無造作に並べられていく・・・。


「たった一発で・・・こんなことになるなんて・・・。」

「ドラゴンを退治したら有名になれるなんて言った奴は誰なんだよ!!」


 自分の事を棚に上げてぼやき散らかす男に応じる。


「言ったのは俺じゃないが・・・お前も功名心に駆られて来たんだろう?」

「お前だって同じだろ?!」

「俺は違うぞ。」


 一人だけ綺麗な服装の男が作業を手伝う男達に言った。


「ギルドの連中が何も言わない事で察せないと生き残れないぞ?」


 作業の手を休めることなくその言葉を無視して、別の話題を持ち込む。


「これから商人達がたくさん来るのを知って仕事を再開する連中も増えたってのに・・・。」

「それにしても、あのドラゴンはどこからやって来たんだ?」

「世界樹がナントカって、言ってたな。」

「あんた有名なジェームスだろ?」

「名前なんか売れてもドラゴンには勝てないぞ?」

「そういうつもりで言ったんじゃなくて、何か知ってないのか?」

「ドラゴンか?世界樹か?まぁ、どっちにも心当たりはないな。」


 突然、轟音が響く。その音に驚いて担架を落としてしまったが、死体なので問題は無い。慌てて拾ってから、また移動する。


「くそう・・・この国はなんか呪われてるんじゃないのか・・・。」

「あんな見た事の無い魔法で炎を防いでいたから、軍隊の方が強いのかと思ったんだがなあ。」

「あぁ、あの魔法なら知ってるぞ。組手魔法って言う昔の魔法だ。使うのにマナのコントロールが難しくてな・・・俺には無理だと判ってから試してもいないが。」

「あんた魔法も得意だっただろ、それでもか?」

「あぁ・・・?」


 ジェームスと呼ばれた男がこちらを向いた。太郎達に気が付いたようだ。


「どうした?」

「あの連中・・・どこかで見たような気がしてな。」


 作業を手伝う男達も太郎達を見たが、別の存在に注目していた。


「あいつは魔獣使いか?ケルベロスだよな、どう見ても。」

「首輪も付いていないぞ。」

「・・・どこかで・・・。」


 その時、再び城が崩れた。轟音だけでなく地響きもする事から、かなり崩れたようだ。流石の男達でも悲鳴を出してしまうと作業どころではなくなってしまい、一部の者達はどこかへ逃げてしまった。

 太郎達の姿も見失ってしまうと、何故かいろいろと諦めたような気分になってしまう。本当は心配する思い人がいるのだが、自分よりもかなり強い女性であり、助けに行くにしても何処に居るのか分からない。牢屋を出たことは知っているが、依頼仕事をしていたのでその後にどうしているのかは知らなかったのだった。





「嘘でしょ!?」

「マギ殿が・・・燃え尽きてしまった・・・。」


 城が崩壊して多くの兵士が落ち、焦げた臭いが広がる。その中心にいたのは将軍に連れられてやってきたマギとフレアリスだったのだが、対峙しようと見晴らしの良い場所に到着した直後を狙われてしまったのだ。

 将軍は炎に包まれながらもなんとか逃げ延び、フレアリスは服が燃えない様に火から逃げたのだが、マギだけは何も出来ずに炎の中心に残され、悲鳴も無いままに姿を消したのだ。その場には燃え残った服と鞘の無い剣が熱で折れ曲がっていた。


「えっ・・・あれ?」


 気が付いた時、目の前には妹がいた。両親が不在というか、妹も居るはずがなかった家だ。

 全裸の姉を見ても妹は驚かない。これが初めてではなかったからだ。


「お、おねーちゃん、まさかドラゴンに?」

「う、うん。」

「私が忘れ物を取りに来ててよかったね。本当なら港に戻るつもりだったんだけど・・・。」


 ここに残っているのは怖くて外に出られないからで、忘れた荷物というのも母親が忘れた家財道具の一部だ。荷物は綺麗に纏められているものの、部屋の隅にしゃがんでいた妹は、姉が現れるのに(リスポーンに)気が付いて、実はホッとしている。


「おねーちゃんが死ぬたびに服が無くなるから誤魔化すの大変なんだよ?」


 先ほどまで怖くて震えていただけではなく、涙目にもなっていたから、全裸の姉に抱き付いてくるのを拒めない。衣服も既に片付けられていて、マギの着る服は無い。寒くないだけマシな場所で戦闘を開始する事もなく、離脱してしまったことを後悔していた。






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