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第83話 夜明けの攻防

 突然飛び込んできた物体を受け止めたのは太郎で、それがスーであるのは事前にマナから言われていたから解っていたが、それにしても速すぎる。身体を張って止めなければスーの身体は部屋の壁にめり込んだかもしれない。実際はと言うと・・・。


「葉っぱで覆ってるからそんなに痛くないはずだけどね。」

「それを先に言ってくれ。」


 太郎とスーは抱き合いながら壁の手前で何とか止まったが、太郎に()し掛かるような姿勢でスーが太郎の上に乗っている。頬を少し赤くして少し恥ずかしそうなスーが受け止めてくれた太郎に言った。


「た、ただいまです。」


 見詰め合っている二人にマナが冷たく言う。


「いつまでイチャついてるの。スーが連れて来たのも合わせて6人もいるのに。」


 下敷きになっていた太郎が動けるようになると、スーは表情を戻し、いつもとは違う口調で説明した。


「貴族の雇われと商人の雇われの二つのグループに監視されていたみたいです。」

「貴族はわかるけどなんで商人が?」

「はい。それを説明すると少々長くなるのですが・・・。」

「時間がないみたいね。」

「おい、更に増えたぞ。」

「今度は何人?」

「4人増えたわ。」

「ここに居ると宿の人に迷惑が掛かりそうだな。」

「移動するにしても他に場所は無いですよ?」

「・・・そう言えばフレアリスと一緒にいたらしいけど?」

「偶然会っただけで、今回の事は無関係になってもらいました。まぁ、一人殴り飛ばしましたけど。」

「どっちにしても無関係は無理じゃないかな。」

「あんまり私達に関わるとマギさんにも迷惑が掛かりそうなので。」

「そっか。そうだよ。それは大事だ。あの二人はただの知り合いで良いんだよ。この子はもうそういう訳にはいかなくなってしまったけど。」

「太郎さんは優しいですね。」

「優しいんじゃないよ、それぞれ目的が違うんだから巻き込ませたくないだけさ。」


 部屋の外で音がする。太郎でも気が付くくらいに今度は隠すつもりがないようだ。


「こんなところで大立ち回りするかな?」

「私達が出てくるのを待ってるんですよ。」

「と、いう事は外に出たくなるように不安を煽っているのか。」

「そんなトコロだろう。」

「まぁ、無駄だけどねー。」

「でも、このまま籠城しているわけにもいかないんだよな。町を出ることも出来なくなっちゃうし、もし出れたとしても確実に戦闘になる。上手い事逃げれないかな・・・。」


 そんな時にドアがノックされた。声を聞いてほっと息を吐く。


「夕食の片付けをしたいのですが・・・。」

「すみません、もうちょっと待ってもらっていいですか?」

「・・・お早くお願いします。」


 そう言われるのも当然で、このやり取りは今回が三度目だ。立ち去る足音を聞いてから会話を再開する。


「扉の前に出しておけばよかったのでは?」

「スーが帰ってきたら食べる予定だったんだよ。」


 言われてから気が付く。


「あっ!・・・そ、そうでしたね。直ぐ帰って来れるつもりだったので考えてませんでした。」

「まぁ、戻ってこれたから良いとしよう。」


 太郎とスーは夕食を食べる事が出来なくなった。それよりも眼前の問題を片付けなければ。片付くのか?

 マナが張り巡らした葉っぱが邪魔なので、扉が開ける程度毟った後、腕を組んで考え込んでいる太郎を横目に、スーが食器を部屋の外へ置く。

 ・・・片付いた。


「10人だっけ?」

「ですねー。」

「勝てる?」

「市街でなければ色々と方法はあるんですけど・・・。」

「やっぱり、逃げるのが正解よね。」


 こんな事が過去にもあった。あの時は・・・。


「太郎?」

「太郎さん?」


 スーとマナだけではなく、ポチも心配そうに俺の顔を見る。腕を組んだまま微動だにしていない。俺は不安を前面に押し出した表情をしていただろう。絶望とは言わないが、あの時の恐怖が甦ってくるようだ。宿屋から逃げる・・・町の外へ行けば・・・。


「太郎はどうしたんだ?」

「ポチと出会う前の事を思い出したのよ。」

「あ、あぁ・・・死んだとか言っていたヤツか。」

「たまに夢で(うな)されるって・・・言ってましたね。」


 エカテリーナが一人、悲しい表情で見ている。事情に関われないのも寂しいモノだろうが、関わり過ぎれば辛い運命が待っているかもしれず、この子を慰める言葉をスーもマナも知らない。

 問題の太郎はと言えば、いつの間にか立ち直っていた。


「たろー?」

「ん、もう大丈夫だよ。あの時とは違うし、逃げるにしても、もっと方法はある筈だし。大騒ぎにする事は出来ないはずだから、ゆっくり考えよう。」

「そうね。・・・あれ、もしかしてお腹すいちゃった?」


 先ほどの表情から打って変わって恥ずかしそうに笑顔を作る。腹の虫が部屋に鳴り響いたのだった。



 

 数時間が経過し、空腹だった事を忘れるぐらい緊張している。それは、商人の雇った暗殺者達がアレコレと色々な方法で攻めてくるからだ。最初は窓を揺らす。次にガラスを割る。そこからじわじわと何かの魔法で俺達にちょっかいを出してくる。


「あーあ、貴重なガラス窓が・・・。」

「大胆に攻めてこないから地味な魔法ね。」

「でも、これは毒の魔法ですよ?使える人が稀有な上級魔法なんですけど。」

「私には効果ないわね。」


 何かの魔法の効果なのか、窓に近い葉っぱの一部分が紫色に変色したが、マナが直ぐに戻す。変色した部分は青々とした葉っぱに戻るので、結果何も変わらない。暗殺者達にとっては何の成果もなく、無駄に時間だけが経過し、夜明けを迎えるまであと少しとなっていた。


「・・・そろそろ行こうか。」

「明るくなったらあの服装は目立ちますからねー。」

「それに、もうすぐ開港だ。人が港に溢れるだろうから、少し早めに出ないと行きたくもない港へ行く人の波に飲み込まれちゃうからね。」

「諦めて帰ってくれると良いんだけど。」

「町の外・・・そこまでは安全だと思うが。」

「一人ずつ追い込めるような場所の方が良いか。・・・いや、やっぱ外を目指そう。さっさと魔王国に戻って、次の事をゆっくり考えたいし。」

「タイマンなら勝てそうなんですけどねー。」

「魔王国でも狙われますかね?」

「道中ならあり得るんじゃないかな・・・。ヨッコイショ。」


 エカテリーナを抱いて太郎が椅子から立ち上がる。中途半端に寝たり起きたりしていたので、子供の身体では辛い夜だっただろう。今はぐっすりと寝ている。しかしよく寝れるなぁ。

 外へ出ようとする前に部屋を見渡す。部屋の中の葉っぱは今もそのままだ。


「枯らすことは出来ないよね?」

「成長をゆっくりにする事しか出来ないわ。また力が戻ればできると思うけど。」

「・・・滞在予定よりも前に出るし、過剰分の宿代は迷惑料で置いておこう。」


 スーが残念そうな表情をするが、お金はまだ沢山あるんだから諦めてもらうか。


「ガラスの代金はあいつらからとりましょうね!」


 妙に気合が入ってるが、実際に取るとしたら商人と顔を合わせる必要が有るだろうが・・・そんな面倒な事はしたくない。




 黒かった空の一部が赤くなる。太陽が顔を見せると一気に明るくなった。港の方では人が集まり始めている。静か過ぎず、騒がし過ぎず、人に紛れつつも逃げるには好機(チャンス)だと思う。ハッキリ言えば知らない人達を隠れ蓑にしたり楯にして、暗殺者達の攻撃を躱すのだ。狡いとか酷いとか思われるよりも、今は生き残る事だから。

 葉っぱまみれの部屋を出る。太郎達以外の宿泊客はまだ寝ているだろう。廊下に出した食器類は・・・まだ残っている。足音が聞こえるから宿の従業員は起きているのが分かる。こちらに気が付かないうちに宿の出口へ。


「おはようございま・・・す?」


 声を掛けられて吃驚したことに不審がられたが、先の先まで宿代を先払いしているので、軽く挨拶を返して問題なく通過する。宿の外へ出るとスーの表情が引き締まる。暗殺者達の気配を失わないように注意しつつ、周囲を見回す。


「少し離れましたね。」

「そりゃあ、これだけ人がいればね。」


 予想以上に人が歩いている。殆どの人がこの町の住人の様だが、冒険者の人達も多い。それも、港へ向かう人が殆どだ。予想よりも人の集まりが多かったが、心配する程の人混みではない。


「どんどん離れて行きますねー。」


 スーの口調が緩んでいるから、安心してもいいレベルなのだろう。


「まだ諦めてはいないみたいだけどね。」

「諦めないのか・・・。」

「もう引き上げる・・・いや、どこかの建物に入ったみたいだけど。」

「着替えて一般人を装って来るかもな。」

「まぁ、バレてないつもりなんだろうけど、私に隠し事なんて・・・アレ?」

「どうした?」

「見失った・・・。」


 いつの間にかポチの背中に乗っているマナがガッカリして言った。マナが無理って事は、スーとポチも駄目なようだ。


「ちょっと人が多すぎるわ。」


 ガッカリしているマナの頭を撫でようと思ったが、抱きかかえているエカテリーナを落としそうになるので諦める。商店街近くまで移動したので取り合えず一応の確認。


「・・・もう保存食とか買わなくて大丈夫だよね?」

「ばっちりです。3ヶ月は彷徨えますよー。」

「その言い方はちょっと・・・、とりあえず安心という事で。」

「はーい。」


 エカテリーナが目を覚ましたので、腕から降ろして立たせるが、片手で目を擦り、もう片方は太郎のズボンをしっかりと掴んでいる。


「おひゃおうございまふゅ・・・。」


 これはまだ寝ているのと変わらないな。


「そと?」

「そうだよ。」

「たろーさま?」

「うん?」

「お家かえるの・・・?」


 家に帰るのを異常に嫌がるエカテリーナは、どこに行くのか分からないと不安になる。だが、すぐに笑顔が戻った。それは太郎が笑顔で断言したのだから。


「他の町に行くんだよ。」


 太郎達はフレアリスが働いている店の有る商店街を抜け、着実に王都の外へ向かっている。開港記念の祝祭が始まる前に港へ行こうとする者達が集まり始め、町の中はどんどん混雑してゆく。その中を逆方向へ進む太郎達は監視する側にとっては分かり易過ぎた。もう少しでマギと初めて出会ったスラム街に辿り着くと思った時、とんでもない化物が姿を現した。

 多くの人が港への思いを向けていた為に発見は遅れ、本来なら城兵の監視がもっと早く気が付くべきだったのだが、その兵士が気が付いた時には城の頂点部分が吹き飛んでいた。有り得ない光景と轟音が響いた時に初めて多くの者が気が付いたのだ。




―――巨大な生物が空を飛んでいる?!―――






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