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第81話 狙われたのは

「誰が答えてくれるのかな?」


 太郎の声は普段と変わらない。威圧感は全く無い筈なのだが、自分達の置かれた状況を理解すると何も喋れなくなる。しかし、それは彼ら側の問題であって、太郎には一切関係ない。最悪の場合、殺しても構わないという命を受けているのであるからには、殺される危険が有って然るべきで、それは相手側も同様の価値を持っていると考えるのが普通なのだ。だから、この太郎の言葉は"喋らないと殺す"と同じ意味を持つ。

 ただし、今回の太郎はそれを理解した上で言っているのだから、言われた側の身体の震えは予想通りなのだ。


「やっぱりあの子を買う予定だった貴族からか。」


 エカテリーナはマナがしっかり抱えている。そして捕らえた三人の身体に巻き付いている草もマナが動かしている。実は結構働いているのだ。


「まあ、言えば雇い主を裏切ることになるもんなー。だったらさ、もう一つの質問に答えてくれたらいいよ?」


 それは今回逃げられたもう一つのグループの事だったが、彼らは自分達以外にも太郎達を付け狙っている者がいる事を知らなかった。要するに太郎達しか見ていないからなのである。


「斥候としては中の下ですねー。」

「俺には向かない仕事だな。」


 ちなみに、捕まっている男達は全員が猫獣人だ。スーが溜息を吐いていガッカリしたような口調になっているのは、同族なのにって言う意味なのだろうか。

 ポチが近寄って喉を鳴らす。それだけで怯えているからやっぱり実力相応(このていど)と言ったところだろう。


「殺す価値も無いから武器を取り上げて帰らせるぐらいでいいだろ。」

「ポチは俺の事を分かってくれているようで嬉しいよ。」


 本来、ポチにとっては殺してしまっても構わない相手なのだが、太郎の事を考えれば穏便に済ませたいだろう。太郎の受け入れ易い提案を言ったのだ。それを笑顔で応えて貰ったのでポチとしては満足してしっぽを振っている。

 スーは男達の身に付けている武器を一つ一つ取り上げて、服の裏の隠し武器まで綺麗に取り除くと、マナの魔法が解ける。


「お、覚えてろよ・・・。」

「俺は男の顔を覚える趣味はないよ。」


 男達は舌打ちして屋根伝いに逃げてゆく。案の定、貴族の居住区域へ向かってゆくのだから、中の下と言われるのだ。


「下の上ぐらいかな?」

「あれなら雇い主も分かりそうなので後をつけてきます。」

「うん、悪いね。」

「太郎さんの為なんですから任せてください。」

「私の為でも頑張ってほしいわ。」

「なに言ってるんですかー、マナ様でもちゃんと頑張りますよ!」

「はいはい、いってらっしゃい。」


 釈然としないままスーは男達の後を気付かれないように追いかけてゆく。足音が何も聞こえないからすごいんだよなぁ。




 三人は途中でバラバラになったが、スーは既に三人の中でマークすべき人物を絞っていた。追う途中の後ろ姿から、一人の男に集中して何か言葉を交わしている事から、とても分かり易かった。スーの予想は見事に的中し、高い塀と長く続く壁に重そうな扉が一つあり、周りに視線を投げてから中に入っていく。そこはそれなりに有力な貴族なのだろうが、スーには名前は判らない。しかし、その建物の所有者を調べるのは苦労しないので後から調べればいいのだ。


「貴族って解れば十分ですかね・・・。」


 魔王国でもそうだが、城から遠い位置に在る建物ほど貴族としての地位は低くなる。高くはないだろうが低すぎる感じもしない微妙な位置で、特権はそれほどなくても資産が有れば裕福な暮らしは可能だから、貴族のように使い切れないほどの資産が有れば遊んだりもするのだろう。スーは貴族に対して余り良い印象は持っていない。過去の記憶がそうさせるのだから、仕方ないともいえる。


 一方は判ったが、もう一方の逃げられたグループは判らない。追いかけている途中で発見出来たら良いと思っていたが、尻尾も掴めなかった。こちらの斥候はなかなか優秀な様だ。


「・・・そういえば以前マギさんの言っていた依頼の発注先が気になりますねー。もう一度ギルドで調べてみましょうかね。」


 ハンハルトのギルドでは魔王国の様な顔パスもコネも無いので、調べるには苦労しそうだが、それなりに有名な名前だったらポロっと聞ける気もする。ただし、誰でも知っているような名前であれば、それは逆に危険度も高い。それが貴族とどっちが危険なのか、その内容次第では太郎の危険度はさらに高くなる。

 スーは意外な程な慎重な行動を、いつの間にか強いられていた。




 スーはギルドで得た情報を持ち帰る途中で何者かに狙われ、土地に不慣れな為、細い通路に追い込まれてしまうのを恐れて、屋根伝いに逃げている。風魔法を使って飛んでしまうのも勿論アリだが、自分の実力を測られると今以上に強い相手が来るのを警戒して、出来る限り脚を駆っている。失敗したとは思っていない。これが失敗というのなら、調べることを放棄してサッサと魔王国に向かうべきだったのだ。今は踏んでしまった尻尾が虎なのか恐竜なのか、確認する余裕もない。

 死角から魔法が飛んでくる。暗闇に紛れてイシツブテも飛んでくる。まさかキンダースの名前を調べただけでこれほどの反応が返ってくるなど予想もしなかったからだ。商人としての名前はハンハルトでは有名過ぎるほどで、船が出港できなくなった時も不思議なほど湧いてくる資金によって貴族だけではなく、王族にも名を知られていた。しかし、太郎の入国を監視していた理由は分からない。その理由を調べようとした時に、踏んではいけないモノを踏んだのだと思う。


 辺りがさらに暗くなり、港の灯りが多くなる。太郎達はスーが帰ってくるのを待っていた。ただ待っているだけだからこそ、一分が経過するたびに不安が増す。ポチと太郎が宿の周辺を見てこようか悩み始めた頃、スーはやっとの思いで広い商店街まで逃げてきた。流石にここなら無理に襲っては来ないが、逃げ道は完全に塞がれてしまい、風魔法を使って一気に飛び抜け、太郎達と合流しようと決めた時に肩を叩かれた。殺気を向けた相手が知らない顔だったら一発殴っていたかもしれない。


「こんなところで何してるの?」


 振り向いたその表情で半分ほどを理解したフレアリスが周囲を見渡す。


「あらー、なんか狙われてるみたいじゃない。」

「関わらない方がいいですよ、知らないフリして立ち去ってください。」


 フレアリスは仕事をする為に店へ向かっている途中なので、スーの言う事は正しいのだが、もっと違う理由が有るのを肌で感じ取っている。


「私がこの町に住む(やわ)な連中に負けるとでも思ってるの?」

「そうは思いませんけど。」

「昼間の変な奴かしら。」

「多分・・・アタリの方です。」

「アタリ・・・ね。それって倒してしまっても構わない連中なのよね?」

「確かにそうなんですけど何人潜んでいるのか分からなくて。」

「ふーん。あんた意外に真面目な口調にもなるのね。」


 返事をしなかったのは答えたくなかったのではなく、答える暇が無くなったからだ。フレアリスの勤務先の様に深夜営業を専門としている店はまだ少なく、周囲の人影はまばらで、人が途切れた一瞬の隙をついて何者かが突っ込んでくる。黒装束に身を包んでいて姿は見え難いが、明らかな殺気が漲っていた。


「素早いけど、弱いわね。」


 足音も鳴らさず急接近して小刀をスーに向けた直後、黒装束の姿が吹き飛んだ。壁に激突して壊さないように地面へ叩き付ける、一撃必殺のカウンターが決まったのだ。


「あんたネコ目なら今のやつの顔は見えたかしら?」

「マスクどころか顔まで黒く塗っていたのでちょっと分からないです。」

「流石、良く見えてるわね。マスクを付けてるのは判ったけど顔に何か塗ってるところまでは見えなかったわ。」


 吹き飛んだ何者かの姿は地面に叩き付けられた力をそのまま横へと伝え、数メートル滑ってから止まった。その姿を確認しようとした時、吹き飛んだ姿は忽然と消えた。


「今仲間が回収していきました。」

「流石に暗がりで素早く動かれると見えないわね。」

「でも助かりました。もう襲っては来ないみたいです。」


 回収した他の者達の姿や気配が遠ざかって行く。


「今回は明らかに命を狙われていたように見えたのだけど、いったい何をしたの?」

「・・・キンダースってご存知ですか?」

「えぇ、確かハンハルトで一番の商家だって聞いているわ。出港する事が出来なくなってもこの国が危なくならなかったのはキンダースが資金を出したからと言われているわ。いくら何でもたかが商人の力で国を支える事が出来る筈も無いから、噂に過ぎないと思っていたけど・・・何かありそうね?」

「そのキンダースを調べていたら狙われたんです。」

「以前からあの商会は怪しいと思ってはいたけど、本当に何か秘密が有るのなら面白い事になりそうね。」

「私は面白くないですー!」


 スーが疲れた声で怒った。太郎が見たら珍しさで目を丸くしただろう。


「ど、どうしたのよ・・・?」

「キンダースが依頼を出した経緯を調べようとしただけでこんなひどい目にあったんですよ。正直さっさと逃げた方がいいです。少し調べただけで奴隷関係だけじゃなく、港湾施設の一部や船舶の修理費用の殆どを肩代わりしていて、商店街に店を構えなくても流通の殆どの実権を握っている商会ですよ?魔王国とも取引もしているみたいですけど、実際に運んでいるモノの内容では無く、運ぶ手段のほうで収益を上げているんです。」


 太郎の世界で言えば運送業にあたる企業となるわけだが、この世界では珍しいかもしれない。何しろ危険の多い世界では運搬は重要視されるべきなのだが、被害も多い為に物品を入手した個人に任されることが多い。特に交易・交流の各ルートは計画立案から国家規模で扱われる重要な事業なので、それを商人が扱っているというのが怪しまれる理由の一つだった。


「・・・難しい話は良く分からないけど、どんな悪意も触れなければ無害なのよ。」

「触れちゃったんですよー!!」


 スーは悩んでいた。それは、自分が命を狙われる対象になったのか、それとも太郎を狙う上で邪魔だから排除されそうになったのか。太郎が奴隷を買った事で、太郎が狙われていると考えているのは間違いではなかったが、貴族の雇われ刺客達が無能過ぎた為に、もう一つの目的を忘れさせるいい隠れ蓑となったのだった。






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