第80話 出港前夜
あれからしばらくマギの稽古に付き合っていて、気が付けば陽が傾き始めている。誰かが来るかもしれないと思ってこの場に留まっていたが、予想は外れたようだった。
「来て欲しいわけじゃないんですけどね。」
「何事も無いのならそれでいいよ。買い忘れが無いかチェックしたら宿に帰ろう。」
宿に戻る道も周囲を警戒するスーとポチ。マギとは途中で別れたが、エカテリーナはぴったりと俺にくっついている。当然マナもぴったりだ。歩き難い・・・。
当然の事なのだが宿に到着しすると追加料金を取られた。子供でも一食増えるからだ。スーが口を尖らせて交渉しているが、そこは素直に払おうよ。
階段を上がり、港を見下ろせる部屋に来るとエカテリーナが窓に飛び付いた。陽が落ちても明かりが灯って作業をしている港には今も人がいっぱいだ。
「もう少しで出港できそうですねー。」
「連絡用の小型の船は出てるみたいだけど・・・。」
「さっき宿の人に教えて貰いましたけど、明日は前夜祭だそうです。」
「・・・何か良いことあるの?」
「良いこと・・・ですか?」
「お祭りなんでしょ?」
「そうですけど、人が集まってお酒飲んで騒ぐぐらいですね。もし正式な儀式みたいなのが有るとすれば王室やお城の関係者で行われるので私達みたいな庶民には関係ないですよ。」
「まぁ、そうなんだよなあ・・・。」
しばらく港を眺めていると欠伸が出る。欠伸って何故か感染するよね。なんでだろう?気が付けばポチも欠伸している。ドアがノックされ、夕食が部屋に持ち込まれる。今度は運ばれる料理を眺めていて、エカテリーナは港より食事に興味が向いたようだ。
魚料理は色々な調理法が有って毎日食べても飽きない。流石港町だ。そういう訳で今日も魚料理が出されているのだが・・・ちょっと、量多くないですか?
「漁は明日にも一部が解禁されるので海産物の価格が一気に下がるそうです。」
「なるほどね。」
「マギさんも別れ際に言ってましたけど、漁師と船員達の大移動が始まるって事でしたので、暫くは港に行かない方がいいかもしれませんねー。」
過去に追い出された人達が、仕事を再開するという事で戻ってくるのだ。仕事が無くなったからって追い出したりしなければこんな無駄な引っ越しは不要だったと思うんだが・・・。偉い人達の考えは分からん。・・・分かりたくもないな。
「それにしてもこんな大きな・・・何の魚だろう?」
「私もちょっと分からないですー。」
「食べきれなかったらマナに処理してもらおう。」
「私を残飯処理の道具みたいに言わないでくれる?」
「食べないの?」
「食べるわ!」
「ですよね。」
翌日。・・・寝る前の事は考えない事にして、賑やか過ぎる港を眺めていると、城の兵士らしき鎧甲冑を身に付けた者達が整列している。何かの儀式なのか式典なのかは謎だが、とりあえず興味はない。窓を開けなくても外は非常に騒がしく、マナとエカテリーナが並んで窓の外を眺めていた。
「こんなにいっぱい船が有るの初めて見るわね。」
「人も多いです。」
「市場の方は人が少ないみたいですけど、明日か明後日には大混乱ですねー。」
「荷物がなだれ込めばそうなるよな。」
「賑やかなのは良いのですが、賑やか過ぎるのもどうかと思います。」
「同感だな。」
「今日はどうします?」
「そうだなぁ・・・。」
窓の外は晴天で、雲も少なく青空が広がっている。町の中では魔物の心配もないし、お金に困っているわけでもないので働く気もない。監視されているかもしれないというのは気になるが、それなら外に出ない方が良いだろう。
「実はあんまりよく寝れなかったからもう少し寝たいんだけど・・・。」
「あっ、あー。そうですね。」
ちらっと原因の二人を見たのだが、その二人はこちらに気が付いていないようだ。色々な人達が出入りする港は二人を飽きさせていないようで今の内ならゆっくり寝れるだろう。寝室のベッドに欠伸をしながら入り込む。ねぇ、なんでスーがそっとベッドに入ってくるの?そんな屈託のない笑顔ヤメテ。
幸いな事にマナとエカテリーナが気が付いた時には既に昼過ぎで、多少の喧騒など睡眠欲に勝てる筈もなく、スーも無理に絞ってきたりしないのでぐっすり寝る事が出来た。マナにずるいって言われたけど、なんで俺に言うんだ。
「ずっと港見てたけど楽しかった?」
「うん。」
元気よく応えたのはエカテリーナだ。
「マナは?」
「楽しかったけど、なんか妙な視線を感じるのよね。」
「やっぱり監視されてる?」
「昨日の魔石を食べた効果かもしれないけど、だいぶ魔力が戻ってきて、良い感じに周囲の変化が捕らえられるようになったの。だけど、色んな所から見られてる気がするし、移動しているような気もするし、安定しないの。」
のそっと動き出したポチが俺に近寄ってきた。
「視線は分からないが・・・妙な気配はするな。かなり近くにいるんだが、俺も捕らえられん。」
なるほど、全く分からん。
「これは・・・完全に居場所を把握されてますね。少なくとも6人くらいは周囲に居ると思います。」
「そんなに・・・なんか昔に似たような状況になった事が・・・。そんな昔じゃなかったような・・・。」
「あー、最初に行った町の宿屋ね。あの時よりは私の魔力も上がってるけど・・・あの時よりもかなり技量の高い連中なのは間違いないわ。」
あの町。あの夜。俺はマナを逃がして死んだ日の事。今でも鮮明に覚えている。と、いうか、そんなこと忘れられる筈もない。悪意を持って殺されたんだから。
「まぁ、相手の強さなんかは判らないけど、少なくとも今の太郎の敵じゃないわよ。」
「そう言うのは俺が魔法を一切使えないという条件で計算してくれ。」
「どうして?」
「いつでもどこでも魔法が使えるわけじゃないんだ。宿屋のような狭い空間で俺が全力魔法を放ったらどうなると思う?」
「周りに被害が出るわね。」
「そう言う事だ。そのうえで俺一人が相手に出来る敵だと思うか?」
「負けないと思いますが勝つのは無理だと思いますね。」
真面目なスーの口調だ。
「でもなんか動きが変なんですよね。」
スーの耳がぴくぴく動いている。ポチも同様に何かを探るように耳を動かした。
「私達を囲んでいるのは間違いないんですけど・・・二つのグループに分かれているような?」
「あー、やっと捕らえたわ。確かにあっちとこっちに分かれてる。」
マナが腕をそれぞれの方向へ動かし指し示す。
「ここから動かなければ問題ないか?」
「多分・・・しばらくは様子を見ているのだと思いますが、狙いが太郎さんだけに絞られているのならいつ来るかは分かりません。」
「その割にはさっきぐっすり寝てなかった?」
「当然、細心の注意を払って寝てますよー。ポチさんがいるのでその分安心していましたが。」
「港に近いから相手も手を出しにくいんだろう。夜でも常に人がどこかしらに居るからな。」
「やっぱり貴族からの差し金かな。」
室内で交わされている会話なので、太郎は状況が全く分からず、マナとスーとポチの言っている事が本当なのかを確認する術はない。疑う必要も無いので全面的に信用しているから、窓の外を見たりはしない。エカテリーナひとりが、不思議そうな表情で太郎を見ていた。
「どのくらい過激な事をしてくるのかは分かりませんし、この子を攫う可能性も捨てきれませんので・・・。」
「俺達が気が付いている事はバレてる?」
「バレてたら引き上げる筈です。」
「この会話は聞こえてないのかな?」
「(心配なら俺とだけ話せばいいだろ。)」
「(なるほど。)」
「みみが~~ぁ゛。」
「ん゛~~。」
スーだけではなくエカテリーナも耳を塞いだので、必要な時だけにしとくか。
「ちょっと様子を見た方がいいかな?」
「こっちから仕掛けるつもりなら私が行きますよー!」
「いつもスーに頼んでばかりになるなぁ・・・でも他に適任者がいないのか。」
「そう言う事です。」
私に任せて下さいと言っているような自信たっぷりの笑顔だ。こういう時のスーの存在は有り難いが「自分が行く」って自信を持って言えないと困るんだよな。
「バレても良いのならマークしつつ魔法でちょっかい出せるけど。」
「どうやって?」
「屋根の上って意外と草が生えてるわ。」
「あ~、なるほど。草を伸ばして捕まえるんだな。」
「植物を自在に操れる魔法って便利ですねー。逆に魔法を探知される危険も低いみたいですし。」
「土埃ぐらいならどこでも起こせるが魔法ってバレバレだしな。」
マナが魔法を使う事にしたので、食事をするテーブルに座り、覚られない様に飲み物を用意するフリをスーにしてもらう。ここからは見えないがマナが何かをしているような魔法の動きは解るが、外見に大きな変化はない。
しばらくそのまま待っていると、ガタガタっと音がする。流石に叫び声は出さない。
「・・・凄いですねー。3人は捕まえたみたいですけど・・・どうするんですか?」
「捕まえたんだ?!」
「もう一方のグループには逃げられたわ。かなりの手練れね。」
「でも逃げた先はわか・・・あっ・・・マークした魔法、弾かれちゃった・・・。」
「いいよ、いいよ。片方は捕まえたんでしょ?」
「うん。」
「じゃあ確認しに行くか。うちらだけバレてるってのもずるいし。」
「本当に貴族だったらどうするんですか?」
「そしたら魔王国に帰ろう。特にこの町にいる理由はないし。」
「いえ、そうではなくて・・・。」
猫耳をピクピクさせている少女を全員が見ると、なにかを感じたのか太郎に抱き付いた。頭を撫でると顔を擦り付けてくる。
「・・・そうしたら連れてくよ。」
「フーリン様なら引き取ってくれると思います。」
「で、どこで捕まえたの?」
マナの案内で辿り着いた先は・・・俺達のいる宿の隣の建物の屋根の上・・・ああ、屋根裏部屋か。こいつらか。男が三人が草に巻き付かれて動けなくなっていた。俺達に気が付くと無駄にもがく。
「殺すのか?」
ワザとらしくポチが低い声で言った。顔を隠そうとしてもがく男達が震える。さてどうしようかな。もちろん殺すなんて選択肢は俺に無い。誰に雇われたのか一人ずつ聞くだけだ。




