第78話 監視
太郎達が温泉でゆったり(?)している頃、マギは一人で剣を振っていた。本当ならフレアリスが相手をしてくれる筈なのだが、実際には仕事が忙しくて相手にして貰っていない。以降、ずるずるとそのままになっていて、先日の件でまた流れてしまった。
練習用で重みのある剣を幾度も振っていると汗が滲み、時折吹く潮風が心地良く体温を奪っていく。余計な事は考えずに振り続けていると、太郎達が戻ってきた。なぜか一人だけ凄く疲れた表情をしている。
「やっぱり一人だな。」
「おかしいな・・・変な気配を感じたんだが。」
「ポチちゃん、気にし過ぎじゃない?」
「う゛ー・・・。」
マナを右肩、エカテリーナを左肩に乗せている太郎は首が動かず前しか見えないので素振りをしている姿を確認するには身体ごと向きを変える必要があった。素振りで集中しているのか、マギはこちらにまだ気が付いていない。フレアリスが声をかける。
「マギ~!」
「あっ、お帰りなさい。どうでし・・・なんか疲れてますね。」
憑かれてる、の間違いかもしれない。
「誰か来なかった?」
「誰か来る予定でもあったんですか?」
「ないよ。」
「あ、そーでした・・・依頼の事が有って・・・。」
マギは太郎の置かれている状況をあまり理解していないようで、直ぐには気が付かなかった。勇者とはいえ、新米なのだから仕方がないだろう。
「・・・私は気配察知とかそう言うのはあまり得意ではなくて。」
「俺だってそんなの得意じゃないけど、得意なのがいるから。」
「わたしはー、まあそこそこですね。今一番なのはポチさんじゃないですかねー?」
そのポチは辺りをキョロキョロと気にしている。
「いた!」
ポチが振り向いた先は屋根の上で、俺は直ぐにその方向を見る事が出来なかったが、スーが即応してジャンプすると、屋根の上から音が聞こえる。
ジャンプしたスーが空中でそのまま土魔法を使って、薄いカード様なものが数枚放たれる。屋根を壊さないようにした配慮の有る魔法は威力が殆ど無く、屋根に当たると粉々に砕けた。残念な事に謎の人物には一発も当たらず、逃げられてしまった。
着地してから悔しそうにしたが、追いかけはしなかった。逃げていく後ろ姿は土埃が舞って見えない。
「どんな奴だった?」
「斥候に特化してるんでしょうか、逃げ足が異常に早いですねー。」
「姿は?」
「多分私と同じ猫獣人だと思いますよー。忍び込むのは得意ですから。」
「嬉しくない特技だな。」
「(太郎さんのベッドに忍び込む時に使っていたとは言えませんねー。)」
フレアリスが真剣な表情で考え込んでいる。
「狙われているのは太郎で良いの?」
「バカ女からなら私でしょうけど。」
「バカ女?」
「魔女の事ですねー。」
魔女は名前だけが独り歩きしているのがこの世界の常識で、噂は至る所にあるが、存在は認められていない。
「ちょっと待って、魔女って存在してるの?」
「してるに決まってるじゃない。」
まるで当たり前のように言うから、余計に疑わしくなる。
「魔女の噂話は私もギルドに行くようになってからは良く聞きますけど・・・。」
「マギさんの反応が普通でしょうねー。」
「スーさんは信じているのですか?」
マギの質問は見た事が無いというのが前提の質問なので、太郎達のメンバーの中で一番自分に近い存在だと思ったのだろう。
「一緒に旅をしているんですから当然じゃないですかー。」
「あ、そ、そうですよね・・・。」
「バカ女にやられてなかったら今頃はフーリンと次の目的地を相談してたかもね。」
「戦ったんですか?!」
「アレはあんまり思い出したくないからやめてもらえるかな・・・。」
太郎が思い出したくないのは戦いの相手の事ではなく、自分が人を殺したという事実だったが、苦悩と苦渋を混ぜて半分にしたようなその表情がマギに真実だと認識させるに十分に足りた。
「まぁ・・・私への監視かもしれないけどね。」
「そういえばあんた牢屋に入れられてたんだっけ?」
「そうね。」
マギの功労の結果で解放されているのだから、確かに監視の一人や二人いても不思議ではないフレアリスだった。
「まあ、これだけ怪しい人物が揃っていればね。」
一部では有名になった勇者の文様があるマギ。
殿下を殴り殺して最近まで牢屋に居たフレアリス。
大金で奴隷を買った太郎。
これだけでも十分怪しいのに魔王国では有名になったスーと、凶暴で知られるケルベロス。そんなところに居る二人の子供。
「タロウさんって何者なんですか・・・。」
と、今更のように呟いたマギだった。
外装も内装も立派な建物の広い庭園の裏で、立派な衣装に身を包んだ若い男が報告を受けている。横には美しい衣装に身を包んだ女性がいるが、椅子に座っている男に寄り添うように立っていて、お尻を触られていても表情一つ変えない。
報告をしている者は傅いていてその様子を見ないようにしていた。
「どうやらあの鬼とつるんでいるようです。」
「・・・どういう理由で解放されたのか理由を問い合わせたいところだけど、僕の家柄じゃあ無理だなあ。」
「・・・非公表という事でしたが、シードラゴンを撃退した者が開放を求めたと言う噂が広まっております。」
「そうなの?」
「あくまで噂です。」
「じゃあ、貿易が再開されて忙しくなるって言うのはこの事だったんだ?」
「関連しているのは間違いありません。」
「ふ~ん。」
「どうなさいますか?」
「何か良い案は無いの?お前にも金払ってるんだから提案の一つや二つはあるんでしょ。」
「・・・500金を軽々と出す男です。もしかしたらかなりの有力な貴族かもしれません。ただ、妙な事が有りまして。」
「勿体ぶらなくていいから言って。」
「はい・・・。若様の奴隷を横取りした男の名前はスズキタロウというらしいのですが、ギルドで依頼が出されていたのです。それも、その男がギルドに来た事を報告するというだけの変わった内容でした。」
「依頼主は?」
「キンダースという豪商でした。」
「ああ、会った事あったな。確かただのじじぃの筈だけど・・・何か関係が有るの?」
「わかません。ですが、我々と関係は無いようです。」
「関係がないならほっとけばいいよ。邪魔するのなら考えて。」
「畏まりました。」
「ああ、必要なら殺しても構わないよ。揉み消してあげるからちゃんとやってね。」
「解りました。では失礼します。」
報告者が消えると、若い貴族の男は傍に居る女性の服の中に手を入れて感触を楽しんでいる。その男にとって女性とは性欲を満たす道具でしかなかった。
貴族の家で報告がされていたころ、別の家でも報告を受けていた。今回はギルドを経由してのオープンな依頼ではなく、マリアからの直接な命令だった。
「奴隷を買った事で貴族に怨まれているようです。」
「バカな男だな。」
「しかし、金は持っているようでした。」
「色々と繋がりが有るという事だ、慎重に慎重を重ねて行動してくれ。」
「心得ております。ただ、問題が発生しまして。」
「なんだね?」
「横取りされた貴族の方で刺客を雇っているようです。」
「それは面倒な話だな。」
「今は大衆の目が港に向いていますので多少の事故なら貴族ではなくとも揉み消すのは簡単でしょう。」
「ふむ・・・。」
「いかがなさいますか?」
「奴らの刺客というのはどのくらいだ?」
「能力で言えば中の下ぐらいです。殺すだけならなんの問題も無いでしょう。相手が一般人であれば、ですが。」
「鬼人族のフレアリスが傍におるのだろう、なにかあれば大騒ぎになるのは間違いないぞ。」
「ケルベロスもいました。」
「スズキタロウという男の技倆はどれくらいなのだ?」
「不明です。」
「・・・不明とは?」
「少なくとも供にいるケルベロスよりは強いと思われます。」
「珍しく慎重な返答だな。お主は強さに自信があったのではないか?」
「鬼人族に勝つ自信は有りません。」
「スズキタロウは普人であろう?」
「鬼人族は相手の強さを測るのに戦う筈なのですが、一度も戦っていないのです。」
「なるほどな。」
「噂の女勇者もいましたが、あの小娘はまだ下の下です。どうやってシードラゴンを撃退したのか不明ですが、あの男の周りにいる者は全て監視が必要に思います。」
報告書に目を通し、確認をする。
「・・・マリア様の命令書には子供が一人だっはずだが?」
「一人は奴隷でしたのでもう一人の方でしょう。」
「もう少し様子を見た方が良いかな。」
「経過報告に留めますか。」
「そうしてくれ。いずれにしても開港祭が終わってからだろう。」
「承知いたしました。」
更に別の国では、どこからともなく現れた男がハンハルトへ向かっていた。それはマリアからの元凶の復活が報告されたからだ。
「確かに燃やした筈だし、存在も消えていた筈なのに・・・。確かめてこいだと?俺に命令するとはあの女も偉くなったもんだ。」
ブツブツと何かを呟きながら地上を睨み付けている。
「俺の手で焼き尽くしてやる・・・。」
まだハンハルトへは遠いが、やることは決まっている。見つけて焼くだけだ。あんなのがまた存在されては俺達の平穏も脅かされてしまう。俺達の領域に足を踏み入れて荒らすような輩が増えても困る。
それぞれにそれぞれの思惑が一ヵ所に集まっている。これからはもっと多くの人々が集まる予定のハンハルトでは今日も出港予定の船舶が突貫で整備されている。太郎達がのんびり過ごして疲れを癒す筈の予定は、崩れ去ってゆくのだった・・・。