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第75話 奴隷の娘

 濁りの有るねっとりとした視線が俺に向いた。触っていた少女を開いた扉の内側に隠そうとするまえに声をかける。


「その娘、良いね。」


 笑顔なんて作れないから男の方を見ないようにした。それが相手に娘を欲しがっているように見えたのかは分からないが、泣いている娘は庇護欲が生まれやすいのを狙っているかのように少女の髪の毛を無造作に掴んだ。猫耳がひくひくと動く。


「こいつはまだ売り物になりませんよ。」

「綺麗な服着せてるから売り物だと思ったよ。」

「子供が嗜好みでしたら他にもいますよ。」


 そんなに何人もいるのか。後ろの方ではスーがマナをしっかり掴んで隠れている事を俺は知らないが、男の後ろに奴隷でもない女がいるというのはこの場合警戒される要因になる。


「ふーん。」


 他には興味なさそうにして、泣いている娘を見る。ひくひくと動いていた耳が弱々しく垂れていて、嗚咽の声しか出さなくなった。身体の震えは止まらないようだ。


「・・・あんたこの町に住んでいるわけではないな?」

「まあね。」

「奴隷が欲しくて直接来る奴もいるが・・・できればちゃんとした日に来て欲しいもんだね。」

「オークション会場とか人が多いところは苦手でね。」

「あー、若い人だとそうだな。」


 そう言っていやらしい笑い声を出した。童貞男が奴隷でスケベな事を楽しむというのはよくある話のようで、俺もそんな男の一人だと思われている。


「ちゃんと調教が終わってない方が良いと言って好む人もいるけど、あんたみたいな若造には荷が重いと思うぞ。奴隷に自殺されるのも嫌でしょう?」


 調教する事によって自我を失わせるのではなく、従順にさせることで逃亡や自殺を防ぐ。しかし、そうなった奴隷というのは生きる力も失うので、身体が丈夫で長生きする獣人が好まれるそうだ。


「身の回りの世話もさせたいなら子供じゃない方がおススメするよ。」


 太郎は自分が何の考えも無く飛び出してしまった事に今更ながら気が付いた。何しろ他に誰もいないと思っていたし、扉の所為で見えなかったが、軽く覗き込むと他にも男がいて、娘も何人かいるからだ。


「他が気になるならオークションに来ることだな。」

「ここで買えないのか?」

「金が有るなら良いが・・・あんたにそんな金が有るのか?」

「いくらだ?」

「300金だな。ただこいつはダメだ。とある方に頼まれていてね、そのお方用に調教しているから・・・どうしてもって言うなら500は出してもらわないと。」


 だいたい500万円くらいという事か。高いのか安いのか分からないな。考えるふりをしつつもその子を見ると視線が合った。猫獣人の子供は俺の目を見ると何かを訴えるような・・・あ!


「何を見ている。」


 強い口調で言うと、耳を強く引っ張った。嫌がるその子がしゃがみ込もうとするのを無理やり立たせる。目の前でやられると腹が立つなんてもんじゃない。俺の顔は怒りで満ちてしまい、奴隷商人に間違って覚られてしまった。


「なんだ、あんた買い戻しに来たのか?」

「いや?その子とは初対面だが?」

「誰に頼まれた?」

「この国では奴隷は合法なんだろ。売る側が後ろめたさを感じるとは何かあるのか?」


 男の声に反応してか、俺の言葉なのか、用心棒のような体の大きな男が出てきた。筋肉モリモリでイカニモって感じだ。


「余計な事を考えるとこの国じゃア生きていけないぜ?」


 見た目通りのごつくて怖い顔をした男は俺を脅してきたが、恐怖は全く感じない。俺も強くなったなあ。


「払えば売るんだろ?」

「払えるんならなあ。」


 どうせ無理だと思っている巨漢男が俺を見下す。後ろを見ると、マントに身を包んだスーが立っていた。あれ、いつの間に?


「・・・御主人様。」


 スーの差し出した両手には500金が乗せられていて、全てを承知しているようだ。よく見るとスーの首には使い古された首輪が・・・これあの時使ったポチの首輪じゃないか。どこからそんなものを・・・それに、首輪を嫌がってたじゃないか。


「どうぞ・・・。」


 俯いていて表情は見せない。口調も弱々しく、か細い。


「なんだ、常連客だったのか、あんた良い趣味してんな。」


 首輪を見て言っているのだろう。俺はスーから受け取った500金を奴隷商人の目の前に突き出す。相手が受け取れば成立だ。


「なかなか上等な奴を持っている癖に子供を買うとはなあ。」


 ニヤニヤして俺を見ないでくれ、なんかキモチワルイ巨漢だな。


「金を払う奴は客だ。ちょっと下がってろ。」

「へいへい。」


 俺の後ろに控えるスーは微動だにせず、まるで強い主従関係が有るかの様に命令を待っている。マントで身体を覆い隠している理由に気が付けなかった太郎だが、奴隷商人の値踏みをするような眼光を見て少しだけ理解した。スーは俺を助けに来たのだ。それも、出来る限り穏便に終わらせるために。


「護衛にでも使っているのか?」

「何の話だ?」


 なかなか良い鑑定眼が有るのかもしれない。俺がただ単純に助けたいだなんて怒りに任せて行動していなければ、スーに苦労を掛ける事は無かったと後悔した。だが、もう遅い。


「少し待ってろ。事情があると言ったよな?この子娘を手に入れるのにそれなりに苦労してるんだ。」

「ああ。」


 商人の男は娘を連れて扉の奥へと戻った。すぐに受け取らなかった金を持ったまま少し待っているとスーが凄く小さな声で話しかけてきた。


「無茶な事はしないで下さい。太郎さんがマナ様以外でそんなに行動力が有るとは思いませんでしたよ。」

「・・・ごめん。そのマナとポチはどうしてる?」

「|後ろでこちらを見てますよ。とにかく穏便に済まして、一度宿に戻りましょう。」

「・・・分かった。」


 男が戻ってくると首輪にリードを付けた娘が出てくる。


「なかなかの上物だからな。あんたが欲しがる理由も解らなくはないが、次はちゃんと来いよ。」


 金を渡しリードを掴むと、凄く怯えている猫獣人の少女は、俺の顔・・・特に瞳を、涙を多く含んだ両目で見上げた。金さえ払えばこんな簡単に奴隷が手に入る。幼気(いたいけ)な子供だろうが関係なく。


「ああ、悪かったな。・・・また来るよ。」


 奴隷商人は扉の奥へと消えた。中で何をしているのか考えたくも無い。太郎とスーは大通りに出るまで注意深く、そして堂々と歩き、人ゴミに紛れたところでマナとポチと合流したのだが・・・。


「太郎のバカ!」


 マナにこんなに力強く怒られたのは初めてかもしれない。


「この国の奴隷事情は理解していたとは思いますが、流石に無茶しすぎですよー。」


 スーの口調が戻った。なんか安心する。


「太郎一人だったら大騒ぎになっただろうな。」


 ポチ迄・・・反省してます。


「それにこの子どうするつもりなの?!」

「どうしよう・・・。」


 公園まで移動して、ベンチではなく少し大きめの木の陰に座る。猫獣人の少女はポチを見てガタガタと震えていたが、太郎が抱き寄せて頭を撫でると、その震えはピタリと止まった。止まったのは良いのだが、今度はくっ付いて離れなくなった。マナとスーの視線が痛い。


「太郎さんってそういう趣味があるって言ってましたもんねー。」

「私だっているのにー!」

「あのなぁ・・・あんなの見ちゃったら助けたくなるだろ。」

「それは解りますけど、マギさんにも言われてたじゃないですかー。」

「う・・・うん。」

「それに旅に連れていく事も出来ないですし。」

「それなんだけど、フレアリスに預けようかと思う。」

「あのノウキンに?」

「うん。」


 会話をしているのだがこの子が大人しすぎる。あれ、寝てる。


「凄く安心しきった表情で寝てますねー。」


 マナが俺の耳を引っ張った。痛いよ。


「太郎の波動に当てられたのよ。」

「俺の波動?」

「私ほど強くはないけど似たような波動が太郎からも出てるの。スーが太郎と一緒だと涎垂らして寝るぐらい安心するのよ。」

「こんな時に変な暴露しないで下さい。」


 あ、涎垂らしてる。もちろん奴隷の子の事だ。


「疲れてるだろうから寝させておきたいけど・・・そういう訳にもいかないか。」


 少女を起こそうと木の根元を背もたれにして置いた時、後ろから声を掛けられた。


「やっと見つけた・・・。」


 息を切らせて現れたのはマギだった。


「どうしたんです?そんなに急いで。」

「タロウさん達にお伝えしたい事が。」

「へ?」


 マギの話を聞こうと振り返ると、今度は驚いた声を出された。なんだなんだ。


「え、エカテリーナ?」

「この子知ってるの?」

「私の・・・友達の妹です。」

「へー。」

「へーじゃないです!奴隷になって連れていかれて・・・もしかして・・・買ったんですか?」

「うん。」

「やっぱり・・・男なんですね。」


 凄く悲しくて怖い瞳で見詰められたのだが、割って入ったのはスーだ。


「太郎さんが裏通りでイタズラされているこの子を見るに見かねて500金で買ったんです。本当は止めたかったんですけど。」

「そんな大金で?!」

「太郎さんが買わなければあなたの友達の妹はもっとひどい事をされたでしょうね。それを止めたんです。後先考えずに・・・。」


 スーの視線の方が針のように痛いぞ。


「エカテリーナは貴族に売られる予定だという事を聞いていましたけど・・・もし横取りされたと思われたら命を狙われるぐらいじゃ済みませんよ。」

「そういわれればなんか頼まれてたとか言ってたな。でもそんなに逆らえない相手なら俺に売ったりしないだろ。」


 マギが溜息を吐いた。


「売った上で奪われたと貴族に報告すれば、お金が二重取りできると考えてるんですよ。500金は相場でいえば10倍以上ですし、それに・・・。」


 マギの表情がころころ変わる。なんか忙しい子だな。


「その話は後にしましょう。ちょっと先にお伝えしたい事が。」

「ああ、なんか急いでたね。」

「その、理由は知らないのですが、タロウさん達がこの国に来た事を報告するだけで報酬が貰えたみたいな変な依頼があったらしいのです。」

「という事は誰かが達成したんですよねー?」

「そうです。」


 こういう時の理解の早さは流石スーだと思う。


「誰かに狙われてるんですか?」

「心当たりは確かに有るけど・・・あの人は軍人だよね?」


 マリアしか思いつかないな。


「フレアリスさんのところに行きましょう。少なくとも他国の誰かに狙われているのなら、タロウさん達に対する暗殺が依頼に出されている可能性も有ります。」

「裏ギルドなら私が確認してきますよー。」

「スーはそういうの得意だったね。」

「お任せください。」


 ふと、また風呂に入れなかったという事を思い出したが、それを口にはせず、スーとは一時的に別行動とし、フレアリスの家へ向かう事にした。






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