第73話 無計画
「急に近づいちゃってごめんなさい。」
「良いのよ。」
マギがマナに頭を撫でられている。吸いつくように近付いたと思ったら、吸着したまま離れられなくなっている。そんな感じだ。
「でも、なんでだろう・・・さっきまでそんなつもり全くなかったのに。」
完成したスープが配られる。ポチにはちゃんとお皿に注ぎ、熱すぎないように少し冷ましてある。
「スープも出来ましたしマナ様から離れないと飲めませんよー?」
マギが顔を赤くしながら、フレアリスの横へ戻った。スープの香りが良く、ふうっとため息がこぼれた。
飲んだ二人の感想はこちら。
「これ結構美味しいじゃない。」
「雨で冷えた身体が温まります。美味しくてもっと飲みたくなりますね。」
好評の声にスーは澄ました顔をしているが頬が少し赤くなっている。素直に喜べばいいのに何で隠すんだろう。
「まぁ、フーリン様の方が料理は上手ですけどねー。」
そう言う事か。
「まるで何でも知っているみたいな言いかたね。」
自慢気に言われるとフレアリスが直ぐに突っ込みを入れる。スーが目を細くしてフレアリスを見た後に太郎へと視線を変える。
「太郎さん、言っちゃっていいんですよね?」
「いいよ。」
「?」
「私達はフーリン様と一緒に住んでいたんですよ。」
フレアリスの驚愕した表情は言葉で表現するのが困難なほど崩れていた。カメラでも有れば写真にして残すんだけどな。せっかくの綺麗な顔なのに鼻水まで出して・・・スープの所為だよね。うん。
「あーーーーっ!」
たっぷりの沈黙の後、自分を引き戻すかのように悲鳴を上げた。
「うらやましい!」
スープを一気に飲み干して、木のカップをそっと床に置く。深呼吸を丁寧にして、スーの両肩を鷲掴みにした。
「あの人は生きてるって事よね?」
「と、当然じゃないですかー。」
「そんな大事な事を軽々しく口にしても良いの?!」
「どっちにしても問い詰めたらマナ様が喋ってしまいますしー。」
ふと気が付く。
「あんた達のお互いの呼び方、敬称が一致しないんだけど、パーティーリーダーなんでしょ?リーダーなのになんで小娘に様付けなのよ。」
「えー・・・誰が言ったら信じ易いですか?」
意味深な質問のスーにフレアリスはポチに熱い視線を向けた。
「俺か。まぁ、良いけどな・・・こいつは世界樹だ。あの燃やされたっていう。」
フレアリスの理解の処理能力が熱暴走して停止したような表情をしている。マギは素直に驚いていて、マナをじっと見つめていると、手招きされて吸い込まれるようにマナに抱き付いた。
「ちょっ・・・と・・・なんで?なんで?」
「ここまで私の波動に強い反応を示す子も珍しいわね。」
「あんまり強くしないで下さい、私も抱きしめてもらいたくなるんですから。」
「俺もムズムズする。」
「ポチもおいで。」
こういう時のポチは素直に近寄ってマナに身体を擦り付ける。スーはこっそりと太郎の腕にしがみ付いていて、フレアリスがその光景を眺めていた。
「とりあえず、一番強いの誰なの・・・?」
脳筋らしい質問だな。えーーっと、誰だ?
「今は太郎が一番強いんじゃない?」
「太郎さんだと思いますー。」
「太郎だろうな。」
「それ、どういう基準なんだ・・・。マナが一番強いだろ。」
「実戦的に魔法抜きで考えればポチさんが一番強いですよ。」
「ん~?」
「剣術の括りでいえばスーになるな。」
「魔法の扱いなら私が一番になるけど。グリフォンに勝ったんだから普通に考えたら太郎になるのかな?」
フレアリスが目を丸くした。
「グリフォンってあのグリフォンよね?森の暴れ者って云われてる、アレよね。本当に倒したの?」
そんな呼ばれ方してたんだ。場所によって印象が違うのかな?
「倒してはいないよ。」
「今勝ったって・・・どういうことなのかしら。」
「グリフォンは悪い子じゃないし、倒すって言うのもなんかなあ・・・。」
「暴れてたんなら悪い子じゃ・・・って、グリフォンを子供扱いって、なんか頭痛くなってきたわ。」
両手で頭を抱えているフレアリスは色々と整理しようとしているがかなり苦労している。ともかく重要な事だけを口に出してみる。
「フーリン様は生きている。この娘が世界樹で・・・一番強いのが、タロウ?」
「まぁ、いいんじゃない。」
「・・・世界樹って言えば世界を混乱と混沌に導いた元凶って聞いていたけど、そんな風には見えないわね。」
フレアリスはまじまじと見詰めているが、本物の世界樹であれば大変な事になるはず・・・だと思っている。しかし、自分達の計画を進めるための戦力だと考えればこの娘だけで何とかなってしまいそうな気もする。何しろこの国で出会った冒険者の中で自分より強いかもしれないと思える相手は見ていないからだ。
勇者?あれは別格。
「自分の事を勇者っていっても恥ずかしくないくらい強くならないと・・・。」
「少なくとも今のマギは戦力にならないわ。」
「で、ですよね。」
野党や盗賊を追い払うくらいは強いマギでも、この場に居ると自分の弱さを実感してしまうのだから、フレアリスが相当強いのが会話でも分かる。
「計画をいつ実行するかにもよるけど、まだまだずっと先の話でしょ?」
「そりゃあ、まだ全くの無計画だし。」
「でも話の出来る勇者が居るのは私にも都合がいいけどね。」
「あ~、マギがいるって事は他の勇者はこないって事か。」
「そうそう。」
肯きながらマギの頭をなでなでしている。このまま懐柔するつもりなのか?
「・・・信頼を得るには相手を信用する処から始まる。」
「なにそれ?」
「マギは疑うって事を知らない訳じゃないんだけど、疑い過ぎて失敗するタイプなのよ。」
「急に攻撃されたしね。」
「えっ、あ・・・あの時は・・・。」
「マナの言う事をまともに全部受け止めなくてもいいよ。気にしてないから。忘れて忘れて。」
「・・・はい。」
「結局は・・・。」
フレアリスが整理して言おうとした言葉をいったん引き戻し、周りを見渡してから声に出した。
「・・・面倒な事が増えた気がしてならないわ。」
「お互い様だろう。」
「そうね。」
奴隷の開放を目指していると言っても、もともと提案したのはマギであり、計画自体を考えるべきはマギであるが、何も考えていなかったわけでもなく、最初は国王に直接会って奴隷について厳しく取り締まってもらおうと思っていたのだが。
「国王がいくら勇者だとしても直接会うわけないじゃない。」
と、フレアリスに言われて、シードラゴンを撃退したことについて褒美を受ける時もこっそりと裏口から入城し、国王の間よりも離れた部屋で色々と話をしたことを説明している。だからこそ、いずれ国王にも会えるのではないかと考えていたのだ。
「その時に奴隷について言おうと思ったのですが・・・私から何か発言する事は挨拶をしただけで、後は紙に書いて手渡しただけです。」
「奴隷について言うつもりだったの?!」
太郎は吃驚して声を上げてしまったが、最初にそれを聞いた時に同様の反応を示した者がいる。
「ほら、同じ反応するじゃない。」
「そ、そうですね。」
「もしその時に言ってたら、監視ぐらい付いてただろうね。」
「そ、そうなんですか?」
「国政に関わる話を一介の冒険者が発言したら、クーデターでも企んでいるのかと疑われても不思議じゃないよ。」
「で、でも誰かが言わなければ伝わらない事ですし・・・。」
「それを言っても影響が出ないくらい信頼されている人物か、立場的に同等かそれ以上に強い人物じゃなければ、存在を消されるよ。」
「そうね。」
「え・・・。」
どうしても信じられないらしい。俺は色々な歴史を勉強してきた経験が有るからそれほど不思議に思わない。フレアリスの場合は生きている年月という実体験によるものだろう。若すぎるマギには難しい問題なのかもしれない。でも20歳越えてるんだよな・・・?
「フーリン様もかなり苦労して説得してましたしー、簡単じゃないですよねー。」
「国王にどうやって会うつもりだったの?」
「それは・・・。」
「発言する以前の問題じゃない。」
マナに言われて少し恥ずかしくなったのか、未だに抱き付いているマギが抱く力を強くした。
「まだ若いわねぇ。」
と言っているがマナは誰よりも若く見える。勿論一番若いのはポチだが、この場合にポチは含まれない。
「あなた世界樹なのよね?」
「改めて言われると変な感じするわね。」
「何千年も生きてたのよね・・・?」
「8500年は生きてるわね。」
サラッと言うが年数が凄い。こればっかりは俺も未だに信じられない。
「この世界で一番長生きしているドラゴンに匹敵するのよね・・・。」
「ドラゴンって一番長生きだと何年生きてるんだ?」
「さぁ・・・私は知らないけど、フーリンより年上がいるくらいだし、10000年は越えてるんじゃない?」
「もうわけわからない世界だな。そんなに長生きしてると時間感覚ってどうなるんだろうね?」
「気が付いたら10年とか20年くらい経ってる気がするわ。」
「もうめちゃくちゃだな。」
フレアリスが大きく息を吐いた。その顔には何かに悩む表情を見て取れるが、それが何に対して後悔しているのか、判断は出来ない。奴隷解放という大きな目標だけが無意味な輝きを持っていて、実際は何もしていないのと変わらない。太郎達がこの国に来たのはある意味避難と変わらず、特別な理由が有る訳でもなく、ゆっくり休みたいと思っていたが、結局何かに巻き込まれている。それが運命と言われるのは辛いが、逃げられない事でもあるような気がする。
少なくともこの世界に安全な場所はない。それを再認識した太郎は、会話に入る事なく暫く黙って会話を聞いていた。
その後もアーダコーダと、会話は続いているが内容は雑談に近い。夜から朝まで働いていたフレアリスが欠伸をするようになったので昼前に解散し、いつの間にか雨が弱くなった外では、少しだが人通りが増えていた。
商店街には行かず、宿に戻って午睡を貪り、夕焼けが見えるくらいに雨が止んだが、その後に外出する事はなく、公衆浴場を探す予定も忘れて寝てしまっていた。