第72話 計画
スーはマギの依頼を断った。旅は続ける予定なのだから、ここに長く居座る事もないというのが理由だ。スーは猫獣人の中ではかなり強い部類らしく、同族からも尊敬されているという話は初めて聞いたが、魔王国ではそんなにチヤホヤされているイメージはない。むしろ悪徳看板娘だったような・・・。
「ポチに睨まれてお漏らししたのにね。」
「あ、あの当時はもう戦うつもりも無かったからだいぶ腕も落ちていましたし、ケルベロスにはいろいろあったんですよう・・・。」
「ふーん。」
マナが冷たい。珍しい顔だ。可愛いけど。
「私の事よりも、二人の関係と計画の方が気になりますよー?」
「マギが奴隷に対して色々あるのは何となく分かるけど、あんたは何で?」
「あんたって・・・、私は強い人が好きだけど、弱い人が嫌いという訳ではないわ。特に苦しんでいる人を見ると助けたくなるのよね。」
「正義の味方みたいな活動をしてたって聞いたけど?」
「そうね。」
「俺も奴隷なんてものはなくなった方が良いと思うけど、色々な社会制度が有って失敗と成功は繰り返すモノだからなあ・・・。」
余計な一言で三人の女性陣に睨まれる。・・・ごめんって。
「太郎も男だからね、奴隷調教物とかやってたじゃない。」
視線が痛いぞ。
「それ、ゲームの話だろ。」
「ゲーム?!女遊びでそんな事してんのっ!?」
ああ、説明がめんどくさい。
「架空の話だ。妄想の世界。実際にやったことは無いぞ。マナはちょっと黙っててくれ、頼むから。」
「蜂蜜酒ちょーだい。」
「俺の分飲んで良いから。」
「わーい。」
「あんた、間違いなく変なやつね。」
「ううーん・・・否定しきれなくなってきた。とにかく、俺の事も横に置いて。」
マギからもちょっと変な視線を貰っていて、原因を作ったマナは美味しそうに蜂蜜酒を飲んでいる。ずるいよー。
「太郎さんはそんな事する人じゃないので安心していいですよー。」
ありがとう、スー。
少し空気が澱んでしまっているが、腕組みをして俺達を冷ややかに見ているフレアリスの横にマギが立ち、話を始めてくれた。タスカル!
「私がフレアリスさんの事を知ったのはコソコソとギルド活動をしていたころです。おおっぴらに活動出来ない事を理解してくれて、深夜でも待っていてくれるギルド員の人に教えて貰いました。」
マギは少し視線を動かして辺りを見るとフレアリスが肩に手を乗せた。
「こんな雨じゃ人はいないよ。」
マギが頷く。
「・・・勇者だからといって直ぐに強くなるわけではなかった私にはフレアリスさんの武勇伝を聞く度にため息が出ました。そしてその活動内容は私にとって驚くことばかりだったんです。」
次の言葉を吐き出す前にまた周囲を見渡した。
「それは・・・奴隷の開放です。本来、奴隷は誰かの所有物扱いですので、市場へ行けば物品と同じです。そしてその調達先は・・・貧困に苦しむ同じ国の民が殆どで、その殆どが借金の代わりに連れていかれています。男性の場合は労働力。女性の場合は・・・まぁ、その、色々と雇い主の玩具にされている場合が多いようです。」
マギに続いてフレアリスが喋る。
「私の故郷にも奴隷はいたけど、慰めモノにするような奴はいなかったわ。基本が労働力で逃げだす奴に容赦はなかったけど、ちゃんと労働としての対価は支払っていたわ。それに奴隷は犯罪者なのが普通だと思っていたから。」
刑務所みたいな感じか、もしくは強制労働・・・。まぁ、そうだよなぁ。
「でもこの国じゃ幼気な子供にまで・・・流石に腹が立ってしまったのよ。」
殿下と呼ばれる人物がそんな事をするくらいだからこの国はだいぶ腐って・・・口にするとヤバいな、慎もうか。
「それにしてもそんな活動しているのがバレたら大変じゃないのか?」
「そうね。」
「大変です。」
「二人ともよく相手を信用できたね。」
率直な感想だったが、二人はお互いの顔を見合わせて微笑んでいた。
「私は最初から全面的に信用するつもりでしたから良いんですけど、フレアリスさんに信用してもらう為にかなりの覚悟を必要とするだろうと思っていました。」
「思っていた?」
「私はある日突然、解放されるって事になって、助けてくれた人に感謝しようと思ったら、この子だったのよ。凄い吃驚したわ。久しぶりにギルドに行ったら知っている人も殆どいなくなっていたし、あの頃の有名冒険者の半分は引退していて、半分は魔王国に活動拠点を変えたって言うし、お金はないし。」
「素直に牢屋にいたなんて真面目なんですねー。」
「そりゃあ、牢屋の壁なんて簡単に破壊出来るけど、悪人になりたくてこの土地に来たわけではないから。」
「でもいずれは外に出るつもりでしょ?」
「そうね。」
マギを見て頭を撫でる。見詰め方が優しく、子供を見るような眼差しに似ている。
「こんな小娘が凄い事を口にしたのよ。私に手伝ってほしいのかと思ったら、自分を鍛えて欲しいって言ったし、勇者の文様も見せてくれたし、覚悟が違うって感じがしたのよ。」
お尻見せたんだ。とは口にしないでおくか。
「あんたも不思議な感じはするのよね。覚悟が有るのに無いような。凄く変な感じ。」
「俺って変なのかー。」
「あんまり太郎の事ヘンに言わないでくれる?」
「変とは言ったけど、悪い意味ではないわ。むしろ安心するというか・・・それが妙な感覚にさせるのよね。」
「へー、あんた脳筋かと思ったけど、良い感覚が有るじゃない。」
「ノウキン?」
「脳みそ筋肉ってこと。」
「ねえ、コイツ教育したいんだけど?」
まさしく鬼の形相だ。こえーよ。
「マナは俺が教育するからちょっと勘弁して。と、いうかここで長話するのもちょっとややこしくなるし、他に良い場所ない?」
「移動するのは良いけどお金は払ってよね。」
「払うよ。ちょっとスーに任せて良い?」
頷いて店の方へ行くスーを見送ってから真面目な表情をする。
「スーに金の管理任せてるんだ。」
先に説明をするのはややこしくなるのを防ぐためだ。もう巻き込まれるのは勘弁願いたいが、何かあった時に、俺がその場面を見て見逃せる自信はないというのも有る。
「そうね、誰に聞かれるか分からない場所には違いないし、あんた達の事ももうちょっと知りたいわ。」
「知らない方が良いと思うけどなー。」
「そういう含みを持たせるから余計に気になるじゃない。」
「あー、まあ、そうだよなあ・・・。」
妙に納得した太郎だった。
町外れにあるボロボロの木造小屋。潮風に晒されている所為なのかかなり壊れている。雨漏りも酷いが本当にここに住んでるの?って思うぐらいのボロ具合だ。部屋が三つあり唯一寝室だけが石造りのおかげで雨漏りしていない。元は木造建てだったのを当時稼いだお金で寝室だけは良い部屋に増築したそうだ。すりガラスの様に曇っていて透明度は低いがガラス窓がある、凄い。
「ベッドがフカフカ―!」
「ちょっと私のベッドよ!」
「ケチー!」
「マギに借りて買った新調したばかりのベッドなんだから!」
スーがひょいっとマナを持ち上げてポチの背中に押し付ける。
「太郎さんが困ってるんですから。」
その一言でマナが大人しくなった。スーはだいぶマナの扱いに慣れてきたようで助かるな。
「あんたも母親なら娘ぐらいちゃんと躾なさいよ。」
スーが俺を見る。まあ、言った方が早いよね。
「俺達は家族じゃないよ。仲間だし家族みたいな関係は有るかもしれないけど。」
椅子もテーブルも無いので床に座っている。ただ座るのもお尻が痛いので袋から布団を出してそれを床に敷いた。マギとフレアリスはベッドに座っている。ただし俺の行動に目を丸くしながら。
「ねえ、なんでそんな大きなものがその袋から出てくるのよ。」
「知りたいんでしょ?」
「そ、そうだけど・・・やばい感じしかしないわ。」
「急にしおらしくなっても駄目なんだからね!」
マナは機嫌が悪い。だいぶ我慢しているから頭を撫でておこうか。よしよし。人数分の木のカップを出し、寝室にある暖炉を借りて火を熾し、鍋に神気魔法で水を入れる。吊り下げる金具に引っ掛けて、沸くのを待つ。
「そのカップと鍋は?何で水が・・・、ねえ、何なのあんた達。」
「ここの材料もらっても良いよね?」
「どうぞ。」
スーが食材を手にして何かスープを作ってくれるだろうと思って眺める。部屋干しで釣るされている魚介類も有るし、美味しい出汁がとれそうだな。
「詳しい計画とか聞いてないけど、奴隷を開放するぐらいだから何か壮大な計画が有るんだよね?」
「ないわ。」
「ないの?」
「まだこれから考えるんです。まずは私が強くならないと人も集められませんので。」
「そうか、これからか。」
「な、なによ。悪いの?」
「悪くはないけど、この国の奴隷制度ってそう簡単に変えられるの?」
「魔王国もかなり苦労してましたよねー。」
「苦労は話しか知らないけど、愚痴はよく聞かされた気がする。」
「え?」
フレアリスの声は小さいが驚きは隠せない。
「ホントに何なの・・・。」
「正直に言うと俺達が関わるのが危ないんじゃなくて、俺達に関わる方が危ないと思うよ。」
「それってどういう意味ですか?」
真面目なマギが訊き返す。
「勇者に関わるのも危険だと思うし、マギにとってはフレアリスさんに希望は持っても自分の勇者と言う存在に関わらせるんだからかなりの覚悟を持ったんでしょ?」
「勿論です。」
「そういう意味では私の方が動機は良くないわね。奴隷制度が嫌いなのは事実だけど、有名になって名を轟かせればあの人の耳にも届くかと思っているだけだから。」
「そんなのでフーリンが振り向くわけないじゃない。」
「俺もそう思う。」
「命を捨てても世界樹を守るあの人ならきっと正しい行動に振り向いて・・・って。なんであの人の事をそんなふうに言えるのよ?!」
「そりゃー、えっとなんだっけ、友達よりすごいやつ。」
「親友?」
「そう、それ。大親友だからね!」
「こんな小娘がフーリン様と知り合いなわけないわ!」
「これだからノウキンは困るのよねー。」
俺に同意を求めないでくれますか。
「正直私も知らない人にフーリン様と呼ばれているのはあんまりいい気分しませんねー。まあ、フーリン様は素晴らしい方ですけど。」
料理をしながら呟くスーが、何かを煮込んでスープを作っている鍋を持ち上げて、俺の方に向けてくる。水が足りない?はいよ。
「ねぇ、なんであんたの手から出た水が消えないの?さっきの袋もそうよ。どう考えてもその袋から出てくる量じゃないわ。」
「持ってみる?」
袋をそのまま渡し、フレアリスが持とうとするのだが。
「嘘でしょ?!」
綺麗な顔が真っ赤になった。全力で持ち上げようとしているがびくともしない。床にピッタリとくっ付いたようになっている袋を太郎が簡単に持ち上げる。
「どのくらい信じた?」
「これ、魔法袋よね?」
「うん。」
「こんな大きさの魔法袋なんて存在してたの?」
「普通はあのくらいじゃないかな?」
それはスーの持っている小さい魔法袋だ。それらをずっと黙って見ていたマギは困惑に困惑を重ねて、ある意味混乱している。そのマギがマナに近づいて、手を握ってほしそうに差し出した。
「素直な子は好きよ。」
マナがそれに応えるように手を握り、包み込むように抱きしめるとマギは深い安心感に包まれた。小さな欠伸が出てしまう。
「緊張感が続いていたのよね。」
「あ、すみません。なんかお父さんとお母さんに同時に抱きしめられているような気がして。」
マギはマナから離れられずにくっ付いたままだ。
「ホントに何なの・・・。」
フレアリスが同じセリフを同じ様な驚きを持って口にした。
「そうだなー、立場で言うと、フーリンさんの関係者じゃなくて、フーリンさんが俺達の関係者って事かな。まぁ、マナが巻き込んだだけなんだけど。」
「全部事実だとして、全てを受け入れたら私はどうなるのかしら?」
フレアリスの声が震えている。まだ受け入れがたいのだろう。その後長い沈黙が続き、魚介のスープが完成するまでつづいた。