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第8話 鍛える

 あの日に見たものと同じ景色が見える。少し遠めに見るとそれほどの変化は感じなかったが、近づくほどに崩れているのがわかる。木材が腐っていて、倒壊寸前だ。倒壊寸前なのに崩れていないのは、謎の(つる)の植物が巻き付いているからだというのが分かった。畑だった場所はすでに畑かどうかわからない。フロとトイレの建屋も蔓が巻き付いていて、崩れる一歩手前で踏みとどまっている感じだ。よく言って廃屋だろう。世紀という単位がこの世界にあるかどうかは知らないが、50年という歳月はやはり長いものだと感じる。

肝心のマナの木はいなかった。流石に他の木と見間違えたりはしない。人の姿になってウロウロしていたことは神さまからも聞いていたので、不在でも不思議はないが、転移すると時間にズレでもあるのだろうか?

 小型のパオに似たテントは穴が開いていて、そこに葉っぱが乗せられている。マナが不在というのを考えていなかったので、しばらくぼーっとしていた。

 ・・・何もしないのもソワソワするので、結局、壊れた建屋の修理をすることにして、あの町で買った帽子を被り、神さまの道具を使って木を切り倒し、木材を作った。相変わらずの恐ろしい切れ味だ。

 季節はそれほど変わらず、それなりに暑く、薄着でも汗は出る。服装は殺されたあの日となにも変わっていない。汚れていないだけだ。洗濯してくれたのかな?

 神さまの不思議な魔法で、精神面での強さは変えられないが、身体を強くすることは可能だと言っていた。俺自身の筋力がどう変わっているのか、効果のほどは分からない。


 音が聞こえる。聞き慣れない音だ。誰かいるような気がしたので走り出したが、慌ててゆっくりになる。長いクリーム色の髪を風に(なび)かせて、いつまでも変わらないワンピースをゆらし、いつもの場所に戻ろうとしているのに、いつもの場所がいつもと違う。

 確かめるように、思い出すように、一歩一歩すすむ。その後ろ姿を確認して足が止まった。


 なぜか、解る。近づいて来るのが。傍に居るだけで心が安らぎ、冷静になれる。不思議と、何でもやれそうな、気がする。心地よい心の変化は、振り返ることで確信に変わった。笑顔は作れたと思う。


「・・・おかえり。」


 彼女はキョトンとしていた。居て欲しいはずの姿は、居ないことが当たり前になっていて半世紀ほど過ぎ去っている。いつか戻ってくると信じていた事が現実となると、受け入れるのに多少の時間を欲しているようだった。

 姿は高校生ぐらいだが、現実を目の当たりにして、身体が僅かに震える。


「た・・ろ・う・・・よ、ね?」


 テレながら応える。


「そうだよ。俺は知らなかったけどかなり待たせっ・・・。」


 8500年生きていても心は子供だ。俺が初めて見た時の姿は苗木だった。そしてマナの木として名乗ったときは子供の姿だった。今は人としての姿は成長しているが、驚くほどの涙を流したと思ったら大声で泣いた。近くの森に隠れていたであろう鳥が一斉に飛び立つ。

 作業の手を止めて、俺が近づくよりも早くマナの方から跳んできた。抱き付いて、しがみ付いても、泣き止むことはない。優しく頭を撫でる。何かを喋ろうとしているようだが、何一つ何を言っているのか解らなかった。


 どれくらい時間が経過したのかわからないが、マナは俺の顔を見上げて抱きしめる。同じ動作を何度か繰り返すうちに泣き止んで、最後にもう一度見上げると笑った。


「おかえり。」


 表情は、私が最初に言いたかったセリフだったと言っているようだった。


 いつの間にか夕暮れになっていた。余っているか分からない木材を短く切って焚き木にした。言いたい事は山の様に有るが、二人は無言だった。水を汲みに行くときも、戻ってきて火を熾した時も、一緒に行動したが無言だった。火のまわりに石を置いて鍋が置けるようにする。


「・・・。」


 古くなっているかどうかわからない鍋に水を注ぎ、賞味期限なんてとうの昔に過ぎ去ったコーンスープの素を取り出す。牛乳なんてもってない。袋を開けて中を確かめると、ちゃんとした粉だった。匂いを嗅ぐと問題はないと思う。・・・たぶん。

 マナは俺のやっていることを無言で見ている。椅子はなく、地べたにそのまま座って、、対面ではなく、マナは横に座っている。陽もとっぷりと暮れて辺りが闇に包まれたころ、匂いだけは美味しそうな黄色いスープが、湯気をたてている。小さなオタマで掬って味を確かめる。うん、味も大丈夫だ。お腹は壊さない事を祈る。丈夫にして貰っているハズだし大丈夫だろう。マナの方は元々お腹を壊す心配はないというのを、いつだったか聞いた気がする。・・・いつだっけ?

 袋から取り出したカップに、鍋から直接注ぐ。見事なほどに均等に分けた。俺が飲むのを見てから、マナもそれを飲む。吃驚(びっくり)した表情が笑顔に変わったところを見ると、味は悪くないようだ。半分ほど減ったところでマナが口を開いた。


「太郎は、さ・・・あの日死んじゃったん・・・だよね?」


 今はあの日の事を思い出しても少し身震いする程度で、自分でも驚くほどに冷静に分析できる。


「ああ、殺された。」

「あの後いつまで待っても戻ってこなかったから、何日か後に町にこっそり行ってみたのよ。太郎の気配はないし、袋もないからその時はどこかに逃げて戻れなくなったと思ったわ。でもね、ある時あの服を売っていた人に、町の外で偶然出会ったから聞いたんだけど―――



「若者の死体が消えて大騒ぎになった事件があったみたいだけど、町の人間のほとんどがその事件について多くを語らないようにしてるんだ。護衛を多めに雇っていてよかったよ。狙われたらたまったもんじゃないしな。君がここにいるってことは、あのお金持ちのお兄さんじゃないんだよな?」

「う、うん。」

「死体が消えるはずもないし、勝手に動くなんてゾンビじゃあるまいし、何か大変な事が起こる前触れとか、噂話だけが蔓延してるんだ。一人でいたら危ないから早くお兄さんのところに戻りなさい。」



 ―――って言われて、生きているなら戻ってくるって信じてあの場所で待ってたの。たまに我慢できなくなって町の方に行ったけど、途中で引き返したりして。」

「そっか。ずっと心配してくれてたんだ。今日も町の方に行ってたの?」

「うん・・・。でもここで待ってればもっと早く会えたんだよね・・・。」


 50年の中の数時間の差でしかないが、それだけでもすごく後悔しているようだ。マナは俯いてしまったので、頭を撫でる。


「ごめん、ありがとうな。」


 マナはまた泣きそうになってしまうが、ぐっと堪える。


「人間ってすごいね。私にとっては仮の姿でしかないけど、こんなに涙が出るなんて知らなかった。」


 結局、泣いてしまった。泣き止むのは意外と早く、残りのコーンスープを一気に飲み干した。


「やっぱり神さまのところに行ってたの?」

「行ってたというのかな?なんか、俺の魂を探すのに凄く苦労したって言ってたな。」

「・・・たまには()()()()()も仕事をするのね。」

「俺たちの事が気になって、ちょいちょい覗いてたらしいよ。」

「そういえば私を創ったときも、しばらくの間はちゃんと見てたって言ってたわ。」

「それにしても・・・。」

「?」


 異世界に来たと言うことに対する覚悟が足りなかったのは否めない。元の世界に戻りたい気はないが、初めて大都会を見た時のおのぼりさん的気分があり、異種間交流についても何も考えはなかった。大木だった頃のマナにとっても、ドラゴンは強い!ということ以外の種族による個体差なんて詳しくは分からない。もちろんどんなのがいるのかは知っていても、知識というのは知っているだけでは役に立たないからだ。


「もっと身体鍛えて、もっと慎重になって、最低でもマナを守って自分も生き残れないと意味はないなあ。」


 マナはドラゴンに対して見つからないようにしたいという程のトラウマがある。俺は暫くは多くの人がいるところに行きたいと思わない。50年が経過しているのだから、俺の事を覚えている人なんていないだろうが、それでも今は行く気もない。今のこの場所も、マナにとっての適切な場所とは遠くおよばない。しばらくは修行かな。


「魔法ってマナは俺に教えられるか?」

「私の魔法はこの世界基準で発動させているから太郎に教えられるわ。」

「世界基準?」

「うん。魔法って神さまも使うけど、あれは独特というか、別格だから。」

「ふむぅ・・・。」

「大丈夫よ、魔法はそれほど難しい技術じゃないわ。マナの流れと、コントロールが出来て、イメージを持つ事が出来れば、だいたいの魔法は使えるようになるの。」


 それにしては魔法を使っている人はまだ見た事がない。いや、正確に言うと神さまが魔法を使っているんだろうけど、実感はない。まあ人との関わりも殆ど無いから、知らないだけだろう。


「マナって属性は何?」

「属性・・・あー、太郎がやってたゲームのやつの事?」

「そうそう。」

「そういえば系統だてて分けているのあったわね。イメージの得手不得手はあるけど、全く使えないって事も無いのよ。あとはマナの保有量かな。そういう意味でいうと私が得意なのは土系統かなー。ゲームみたいに能力を数値化してくれたらもうちょっと分かり易いんだけど、そんな魔法もないしね。」

「無属性な魔法もあるの?」

「何度も言うけどイメージの問題だから、風を起こす魔法を使ったからってその風がマナの力で変わるかどうかは使い手次第だから。扇風機の風ぐらいだと涼しいって思うだけでしょ。」

「呪文とかないんだ?」

「イメージを具現化するのに声に出した方がやりやすい人もいるから、ファイヤーボールとファイヤーアローだと、威力が同じだとしても、軌道のイメージも炎の形も違うでしょ。」

「・・・マナを使って具現化したのが魔法ってことでいい?」

「うん。そこが基本だから。後はマナのコントロール。太郎はもともとマナを保有している稀有な存在だから、すぐに使えるようになると思うわ。」


 太郎が初めての魔法を使ったのは三日後になった。毎日の日課に魔法の訓練と筋トレ、小さな畑をつくり、毎日を忙しく暮らしていった。






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