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番外 マナの木の下に 前編

久しぶりの番外編です。


前編後編と分かれていますが、今回は長いです。

 鈴木太郎がこの世界へやってくる、約1万年前・・・世界は戦争を繰り返しており、混沌としていた。旺盛を極めていた亜人種は魔女の出現により激減し、500年程で世界の総人口の7割近くが減っていた。それは亜人種以外の生物も同様で、地上最強の生物と恐れられていたドラゴンですら、もともと少ない数を半減していて、戦争に関わらない事を決めていた。

最初から全く戦争に関わらなかった天使族は、混乱を避け、世界の均衡を保つために奔走していたが、効果はかなり薄く、必要な時間も不足していた。各地で発生する争いはいつまでも終わらないと思っていた1000年後の世界は、争う相手を見付けられないほどに生物が減っていた・・・。

あの神がこれらの事情に気が付いてマナの木を地上に投げたのは、すでに手遅れであったが、それだけにマナの木は誰の目にも止まることなくすくすくと成長し、世界が安定した頃には世界樹の名に相応しいほど巨大な樹木となっていたのである。




 戦争の不安と恐怖を忘れると、人口は爆発的に増えた。混血種もこの頃に広がり始め、現在は普人と呼ばれる通常種の人間が激減した。その中で僅かに残っていた純血種のスズキタ一族がマナの安定や自然の均衡を維持し守っている存在を見付けた。当初は天使達が担っていたであろうその能力をはるかに超える究極の存在。




  "世界樹の木"




 そう呼ばれるようになったのは、実はスズキタ一族がその存在をそのように呼んだ事が始まりで、世界樹の下へ赴き、毎日感謝の言葉を投げていた。

 最初は何の反応も無かった世界樹だったが、意識を持って彼らの前に人の姿で現れたのは何十年も後の事で、その頃には最初に訪れた二人の男女は老人になっていた。


「毎日毎日懲りもせず、同じことを繰り返して飽きないの?」


 第一声がその言葉であったから、言葉が通じるという驚きを感じる事を忘れてしまった。


「我々の存在が残れたのも世界樹様のおかげなのです。」

「ふーん・・・まあ、いいけど。」


 この頃の世界樹は人の形を見せていたが、本体である世界樹の傍からほとんど離れることはなく、その姿も人型に見えるだけで、男や女の区別も出来ない姿をしている。

 口は有るが目は無く、髪の毛の様に見えるがよく見ると一本一本がくっ付いていて、服に見える部分も身体の一部に接着していた。

 世界樹の周りをぐるぐる回る世界樹は、周囲の環境が変わっている事に気が付いた。少しずつ人の姿に変化しているようだが、その姿は若い頃の自分達に似ていると思った。


「あんたたち名前で呼んでるんでしょ?」

「え?あ、はい。」

「なんていうの?」

「ジョージ・スズキタとケイ・スズキタといいます。」

「なんで私は世界樹なの?」

「世界樹・・・様では・・・。」

「マナの木って名付けられてはいるけど、そう。ふーん。」


 感情は薄く、喜怒哀楽の欠片も感じない。


「ではなんとお呼びしたらよろしいですか?」

「好きに呼んで。」

「あ、はぁ・・・。」


 それ以降、世界樹は人の姿になって現れた。そして、スズキタ一族たちと話をした。最初は周りにある良く分からないモノについて。

 家・畑・川・池、そして人について。毎日いろいろな話をした。神さまとは意思疎通が出来たのだが、基本的には植物として育つと言われたため、一般的な情報は一切教わっていない。ただこの世界で大きく成長し、マナを安定させ、争いを減らし、誰もが余計な悲しみを背負わなくて済むようになればいい。喜怒哀楽は誰もが持つモノなのである程度は仕方のない事だが。



 世界樹は心が成長した。

 子供と話す時が楽しかった。

 喜びと楽しみを知った。

 悪戯も覚えたが、誰が教えたのか・・・。

 大人と話すと世界を知った。

 この村以外にも多くの生物が存在しているのは知っているが、それが何であるのかは知らない。

 鳥が私の身体にとまって鳴いている。

 老人と話すと悲しみを知った。

 その老人が喋る事が出来なくなったのだが、それは死んだのだから。

 死ぬって何だろう?

 深く考えるようになった。

 村に魔物がやってきて人々を襲った。

 大人も子供も戦っているが、何人か死んだようだ。

 何もしなくて良いと言われたから見ていたのに、血に飢えた野獣が子供の身体を引き千切るのを見て怒りを覚えた。

 野獣の身体はそれが野獣であったかどうかわからない程に潰れた。



 世界樹が彼らとの生活を何十年、何百年と、ともに過ごしている中で、スズキタ一族以外の訪問者もいた。この村で育つ穀物はどれも美味しく、他の町との取引にも使われていて、魔物が棲む危険な森を通過しなければ得られない品物は高級品だったらしい。

 この頃の世界樹は、スズキタ一族以外にも存在が知れ渡り、崇拝されたり参拝されたりするようになった。世界で唯一の巨大な樹木は、誰からも世界樹として認識された。

 ただ、彼らが見るのは巨木の方で、子供達と一緒にウロチョロ走り回っている少女のような姿をしている方に興味は無かった。

 村から出られないので村の中で遊んでいるのだが、時には大人の女性になって子供を叱り、幼女の姿になって悪戯をして大人を困らせ、男の姿で畑仕事を手伝い、老婆の姿になって「たたりじゃぁぁ!」と叫んで遊んでいる。

 ただ、この頃から女性の姿の方が気に入っており、子供と遊ぶ時も受けが良いので殆どの時を少女のような姿で過ごしていた。


「せかいじゅさまー。」

「なに?」

「せかいじゅさまっていつからせかいじゅさまなのー?」


 子供の疑問というのは意味不明なモノが多い。


「そうねー、1500年くらい前かしら?」

「すごーい!」


 子供が目を輝かせている。世界樹は何故か嬉しくなって微笑んだ。

 子供達が私の周りで楽しそうに笑っている。

 嬉しい。

 大人達が私の周りで真面目な表情をしている。

 めんどくさい。

 老人達が私の周りで祈りを捧げている。

 そんなことしても何もないよ。

 と、言っても誰もやめない。

 一番厄介。




 ある日、私の身体から葉っぱを毟って持ち去った男がいた。その男はどこかの国の貴族らしいが、この村にやってきて穀物を買い占め、珍しい物をよこせと叫んでいた。

 村の規模は少し大きくなっていて、町と呼んでも過言ではない程に成ったが、それでも田畑と家畜がこの町を支えている。他のところからやってくる者達は、武具を身に付け、魔法を使い、魔物と戦って、苦労してこの町にやってくる。そんなに大変なら来なくても良いと思うのだが、多少の取引は必要らしく、仕方がない部分もあることは承知している。しかし、あの男はちょっと気に食わない。文句を言ってやろうと思って町を捜し歩いていた間にやられてしまった。


「世界樹様、申し訳ありません。」

「いいのよ、あんたたちが悪いわけじゃないんだから。でもあんな男に来てほしくはないわね!」

「・・・わかりました。あの男を二度とこの町には近づけさせません。」


 そして、この町で初めて人と人が争う事件が起きた。世界樹はスズキタ一族とは違う種類の魔法を扱う事が出来たが、それは戦闘向きではない。戦う為の魔法は知らず、その戦いを遠くで眺めていただけだったが、見知った者達が傷付き倒れる姿は、ただ悲しみだけではなく、何故こんな事をするのか、その理不尽さに怒りが暴発した。

 襲撃者は一人残らず土になった。あまりにも強力すぎる魔法だったので、スズキタ一族の勧めで人が扱う魔法を覚えることにした。





 それから数百年の間、色々な来訪者が有り、世界樹は町の外へ出る事が出来なかったので、特に何もないと暇で仕方がなかった。だから来訪者ともよく話をした。色々な事を知りたかったし、新しい事を知るのはとても楽しかった。

 しかし、勇者を名乗る者が現れた時はあの子達がみんな緊張していたのだから、何か大変な事が有ると思っていたら、やられた。


「あいつらなんなのよー。枝ごと持ってかれたわ。」

「流石に勇者は私達には無理です。」

「勇者って何?」


 勇者と言う存在について詳しい説明を求めたが、誰も正確に答えられなかった。


「それにしてもなんで私の身体(マナの木)が狙われるようになったの?」

「どうやら変な噂が流れていて、世界樹様の葉っぱを食べると死んだ者が生き返るという・・・。」

「死んでるのにどうやって食べるの?」

「それはなんとも・・・。」

「確かに珍しいかもしれないけど特に効果はないはずでしょ?」

「さあ、私達も食べた事が有りませんので。」


 少女姿の世界樹が大木の世界樹の葉っぱを数枚毟ってきた。


「たべて。」

「え・・・えぇ・・・?!」

「たべて。」

「あ、は、はい。いただきます。」


 葉っぱを食べた男に何も変化はなかった。


「あなたも食べて。」


 そう言って数人に配る。その中で一人体調の悪そうな男が葉っぱを食べると・・・。


「・・・朝からの頭痛が治った?!」

「本当か?!」


 大騒ぎになった。スズキタ一族は私を大切にしてくれるから、私の身体によじ登る子供ぐらいは見逃しても、切ったり叩いたりはしない。だから、一度も枯葉を落とした事の無い世界樹を不思議には思っていたが試すようなこともしなかった。


「これが知れ渡ると面倒な事になりますね。」

「なんで?」

「噂が事実の可能性が有ると思われるだけでさらに多くのならず者がこの町にやってくるでしょう。」

「もう遅いですよ。」


 聞いた事の無い声が聞こえた。姿は見えなかったが確かに声はする。


「初めまして世界樹様。」

「だれ?」

「少しマナが足りなくて姿をお見せ出来・・・あら。」


 腕を掴んだ世界樹の先には不思議な女性のような姿が有った。何故かぼんやりとしていて、しかも浮いている。


「みーつけたっ。」


 スズキタ一族が驚いている。


「シルヴァニード様だ。」

「ああ、初めて見た・・・。」


 スズキタ一族の中では有名な存在だが、ここでは世界樹を信奉しているので、その存在だけが子々孫々言い伝えられていた。一見しただけで判るのは、言い伝えが正しく伝わっていた証拠である。

 世界樹が耳慣れない言葉を口にする。


「しるばぁにーど?」

「はい。私の名前です。」

「良い名前ねー。」

「ありがとうございます。早速ですが、噂はすでに各地に広まっています。この町はある意味隔離されているので情報の伝達が遅いですが、百年以上前には有名になっていましたよ。」

「それじゃあここ最近いろんなのが来るのって。」

「世界樹様、あなたが目的のようです。」

「面倒な事になったわねぇ。」

「私も少し困った事が有りまして、知り合いに新しい土地が無いか頼まれているのですが・・・、なかなか良い候補地が無くて、噂を元にここまでやってきました。」

「何の話をしたいのか分からないんだけど?」

「そうですよね。済みません。ですが悪い話ではないと思います。この子達・・・トレントをこの町の周りに植えて欲しいのです。」


 手から零れ落ちるように現れたのは苗木で、地面に数本落ちた。


「トレント?」


 応じたのはスズキタのだれかだ。


「世界樹様のように意志を持つ植物です。もうかなり昔に全滅したと言われる希少な植物です。」

「そうなんだ?」

「あと、このマンドラゴラも育てて欲しいのです。ここの土地で育った作物が素晴らしいという事を聞きましたので、ぜひ。」

「ああ、そう言う事ね。それで、何をしてくれるの?」

「トレントがこの森を迷い易くして来訪者を減らします。流石に空を飛ぶ者には効果はありませんが、かなり減るはずです。」

「ドラゴンみたいのじゃなきゃ大丈夫って事ね。」

「流石にドラゴンからは守れませんがこちらに来るドラゴンがいるのですか?」

「誰も来てないはず。ってそれよりトレントはまだ苗木みたいだけどちゃんと活躍できるの?」

「一年ほど掛かります。」

「マンドラゴラは?」

「数日で食べれる大きさになります。種を採るにはやはり一年ほど掛かりますが。」

「で、本当の目的は?」


 シルヴァニードの身体が揺れる。驚いている自分に驚いているようだ。


「・・・流石は世界樹様ですね。この森は魔物の巣窟で人が住めるような環境ではなかったのです。ですが、これだけの人が暮らしています。魔物にも襲われていると思いますが、それにしても被害が少ないです。」

「どういう事?」

「スズキタ一族の存在は私の力の源でもあるのですが、その信仰というか祈りが少なくて、私の力が少し薄くなりました。」


 それを聞いた一族が慌てて祈りを捧げている。元々の信仰対象であったが、この町に来てからは世界樹様に祈りを捧げていて、それを長く続けていたから存在を忘れかけていたというのも有る。しかし、この町でなくとも別にも一族の村が有り、そこで静かに信仰していると思っていた。

 一人が疑問を抱く。


「シルヴァニード様がこちらに来られたという事は、我々の故郷は失われたのですか?」

「失われてはいませんが徐々に一族は減っています。混血が広まり、多くの若者が村を出ていきました。信仰心に変化はありませんが、一族としての力も失われつつあります。ですから、この町こそが現在のスズキタ一族の故郷となります。」

「スズキタ一族って何なの?」


 世界樹の発言はシルヴァニードを困惑させた。


「え・・・あなたが呼び寄せたのでは?」

「知らないけど勝手にやってきて勝手に増えてるのよ。今は大切な存在だけど、もともと必要だと思って呼んだりはしていないわ。」

「信仰が必要なのでは?」

「基本的に私だけでもやっていけるけど、信仰心なんて貰っても何もないし。むしろ信仰心って何?」

「あの・・・私の力の源なのです。信仰心が無いと私の力も十分に発揮できなくて。」

「なんか知らないけど困ってるなら信仰心貰ってって。ほら、あんた達も渡してあげて!」


 スズキタ一族も困惑している。しかし、信仰の対象ではあるので祈りを捧げるのは問題ない。問題は無いが、この土地に来て2000年近く経過しており、この土地で生まれたスズキタ一族は世界樹こそが信仰の対象であり、感謝を忘れない為の存在だった。そう簡単にコロコロと信仰を変えるというのも変な話で、別の土地にいるスズキタ一族がシルヴァニード様を、我々が世界樹様を、そして、ずっとそれを守ってきたのだから。


「この土地に居ると何か不思議な波動を感じます。とても安らぐというか、心地よいと言いますか・・・。だからこそ、何か目的が有ってここに存在しているのではないのですか?」

「ああ、私の能力が解らないから来たのね。それとこの子達を取り返すために。その代わりがトレントってわけね。」


 世界樹が妙な表情をする。なぞなぞを解いた時の表情にも似ている。


「言っとくけど、私は誰も頼りにしていないわ。今でこそ、この子達と一緒に過ごすのは楽しいけど、最初は邪魔なだけだったんだから。それに、この世界で乱れたマナを安定させるために私は存在しているって神様に言われたけど、まだまだ小さいからもっと大きくならないとダメだと思うのよ。それに、神様と話をしたのはその時だけで、もう2000年位話をしていないから。」

「かみ・・・さま・・・?」

「そうよ。」

「私は・・・何か凄い間違いをしていたの・・・?」

「そうなの?」

「かみさま・・・本当に・・・神が存在するのですか?」


 あなたの存在が我々にとっての神様だ・・・と、言いたげな表情をする者がいる。神などと云うモノは人々が勝手に想像しているだけの存在で、絶対的な能力や、権力の誇示、他のモノを都合よく利用する為の道具に過ぎないと思っていた。思っていたのだが。


「え?上?」


 世界樹が空を指さしたので、そのまま空を見上げた。青く澄んだ綺麗な空だ。


「ただ闇雲に上に向かって飛んでも辿り着けないわ。どこかにこの世界と神の領域をつなぐ何かがある筈なんだけど、私も行き方は知らないのよねぇ。」


 世界樹の存在はかなり以前から気が付いていたが、神がいるなどという事は聞いた事がない。枯れる事のない、いつまでも成長を続ける不思議な大木も、その存在自体がかなり不思議だった。しかし、本当に神の手によって世界樹が現れたというのなら・・・。


「神はこの世界に直接干渉してこないのですか?困っている人々を助けはしないのですか?」

「しないんじゃないかな。」

「ええぇ・・・。」

「そんな事が出来るんなら私なんか創らないでしょ。」

「まぁ、そうなのでしょうけど。何か私はものすごい事を聞いてしまったような。」

「我々は何も聞いていません!」


 スズキタ一族代表の言葉だ。


「別に隠しているわけでもないし、知りたいのなら教えてあげるけど?」

「ええぇぇぇ・・・。」


 スズキタ一族は耳を両手で塞いだ。そして―――




「この世界を作った神様は、もうその力が弱くなっていて、直接干渉できないから世界樹様を作って地上に送った・・・。」

「そうそう。」

「あなた達は私よりももっと以前に世界樹様の存在に気が付いていたの?」

「我々の先祖がどうやって気が付いたのかまでは伝わっていませんが、そのようですね。」

「そうですか。」


 表情は良く分からないが、声は哀しそうだ。色々と情報を集めたつもりだったが、考えてみれば直接この村の事は聞いていないし、世界樹の事も、存在は知っていてもその内容について噂以上の事は知らなかった。浅はかだったと言わざるを得ない。


「自分の力が弱まっていく事に焦りもありましたが・・・ごめんなさい。」

「まぁ、いいわ。」

「え?怒っていないのですか?」

「怒ってどうするのよ。めんどくさいじゃない。」


 世界樹の性格がどこで形成されたのかは知らないが、その影響を多分に受けている原因は目の前にいる。


「そういえば、あんた確か、四大精霊なんでしょ?あの子達から聞いた事が有るわ。」

「はい。」

「他を知らないわ。」

「私以外の精霊ですか?」

「あの子達もあんたの事しか知らないって言ってたし、ちょっと気になったから。」

「私以外は火のサラマドーラ、水のウンダンヌ、土のグーノデスが存在します。それぞれがどこかで信仰を受けているか、最も力の保持が出来る場所で眠っていると思います。」

「寝てるの?」

「基本的に象徴として存在しているのが今の使命ですので、完全に消えることはありませんが、力を維持できないと世界の均衡が崩れると思います。だから、特に用が無ければ眠っているような状態です。」

「へー、あんた達にも役割が有るのね。」

「私達も神によって創られたのでしょうか?」

「しらない。」

「そ、そうですよね・・・。」


 その後も雑談のような話を続け、外の世界に詳しい(?)シルヴァニードに色々な事を尋ねた。多くの人が集まる町や国、スズキタ一族以外の人々。辺境の小さな町では見る事の出来ない大小様々な出来事。獣人はたまに来るのでそれほど珍しくは無いが、エルフや天使、そしてドラゴンなどは見た事がない。

 その色々な話の中で気になった事の一つ。


「美味しい食べ物?」

「私は食べられないので分かりませんが、人は食事にも優雅さや美味しさを求めているようですね。」

「ふーん・・・。でも食べないわけじゃなくて、食べる必要が無いから・・・、でもちょっと気になるわね。」


 世界樹は足元にある石を口に含んだ。それを見て驚いた一族の一人が叫んだ。


「それは食べ物じゃないですよ!」

「ん?」


 シルヴァニードも驚いているが、世界樹はそんな二人を眺めつつ石を丸飲みした。


「お身体は大丈夫なのですか?」

「別に何ともないわよ。あっちと同じで吸収するだけだから。」


 指で示す"あっち"とは巨木の事だ。


「これなんて言う味なの?」

「我々が石を食べたら死んでしまいますよ。」

「じゃあちょっと何か食べる物ちょうだい。」

「もうすぐ夕食ですし・・・そう言えばお供えした穀物が台座ごとなくなっている事が有りましたが、もしかして?」

「あれ私のだから食べても良かったんでしょ?」

「それはもちろん構いません。子供が悪戯をしていたのかと思っていたので。しかし、食べれるのでしたらこれからお食事を用意いたしましょうか?」

「そうね。味ってモノも知りたいわ。」


 こうして世界樹の暇つぶしが増えた。暇つぶしというと聞こえは悪いが、世界樹はそのままの意味で毎日暇だったのだから仕方のない事なのかもしれない。




 シルヴァニードは数日間滞在する事になった。もう一つのスズキタ一族の村にはいつでも戻れるし、風の精霊という事も有って移動にはたいして時間がかからないらしい。

 最初の夕食はヌルヌルとした温かい液体と、丸焦げた何かと、アツアツの肉だった。もちろん人が食べれるモノと同じように調理されているのだが、その名称について興味は無かったので最初の印象をそのまま言葉にした結果だった。


「毎日こんなのを食べてたのね。味は良く分からないけど、すごく吸収しやすいわ。」


 褒められているのか良く分からない言葉に戸惑うだけだ。


「私の方の村とそれほど変わらないですよ。匂いが良いのはわかります。」

「へー、そうなんだ。」


 姿が丸見えのシルヴァニードにも戸惑いを見せていたが、それも数時間で慣れた。そして一族にとって他の土地に住む同じ一族の情報は少なく、数十年に一度、訪れる事が有るか無いか程度でやってくるくらいで、近況報告や定期連絡などはない。


「あら、そうね。他の仲間がどうなってるか気になるわよね。」

「教えていただいても構いませんか?」


 肯いて応じる。少しずつではあるが他種族との混血が現れている事、同じ一族という事でこちらの村にも色々な来訪者が有った事、戦争に巻き込まれそうになった事、生活環境自体にそれほど差がない事も伝えた。


「むしろこんな森の奥地で村を拓いていて、魔物の巣窟なのに平穏な暮らしが出来ている方が不思議なのですよ。世界樹様のお力だというのは良く分かりましたけど。」

「なんか病気の子供が難しい病にかかったって言ってたけど、私が近づいたら治ったとか言う事も有ったわね。」

「そんなにすごい効果なのですか・・・。」

「私の葉っぱがどんな人にも効果が有るのかどうかまでは知らないけど、少なくともこの子達には私の存在だけでも効果が有るみたいね。葉っぱを食べたら直ぐに頭痛が治るくらいだし。」

「この町には魔法の研究者とかいないのですか?」

「いるの?」

「一応いますが、それほど熱心には行なっておりません。魔法についても世界樹様が凄すぎて我々が必要無いくらいですし。」

「だって魔法使うの楽しかったんだもん・・・。」


 急に子供の様な口調になるのは、母親に叱られた子供がそのような口調になったのをよく見ていたからで、魔物の襲撃が起きた時に魔法を使ったらレッドボアが骨まで燃えてしまい、ついでに周囲の家と数日分の食糧をダメにしてしまった事が有ったからだ。

 それ以来魔法は頑張って調整している。マナの流れも強さも許容量もスズキタ一族とは比べ物にならない。


「一族も魔法については優秀だったと思いましたが、この町では使う事があまりないのですね。」

「生活魔法として普段から使っていますので子供でも使えますが、戦う事が無いように気を付けていますので。」

「それは良い事ね。」


 そして、会話をしながら大変な事に気が付いた。


「世界樹様はいつまでお食べになるので?」


 テーブルに並べられた料理は皿も無くなっていて、世界樹には食事の仕方を教える事となった。これから毎日皿まで食べられては困るからだ。せめて舐める程度にしてください。お願いします。

 シルヴァニードはこの世界樹という存在に深く興味を持った。




 トレントとマンドラゴラはすくすくと育ち、いつしか年月は過ぎ去った。世界樹はどの料理がどのように美味しいのか理解するのに200年ぐらいかかった原因が、料理する前の素材の状態でも食べてしまうからで、一度覚えて美味しいと思うとずっと同じモノを食べている。鶏卵を毎日100個ほど食べられた時は、一週間後に全力で止めて下さいとお願いをした。

 病気の子供を見付けると葉っぱを毟ってきて食べさせた。だがこれは残念な事に効果が無い者もいて、必ず治るワケではない事も解った。

 シルヴァニードは十数年に一度ぐらいの感覚で遊びに来るようになった。そのたびに色々な話聞きたがったので、世界樹だけではなく一族の子供達も並んで話を聞いていた。意外と良い社会勉強になるようで、大人達が混ざる事も有った。


「ここの人達はみんな長生きですね。」

「そうねー。最長で70歳ぐらいまで生きていたかしら。」

「通常の普人で50ぐらい。こちらの村では60ぐらいですね。やはり世界樹様の傍に居ると違うのでしょうか。」

「この辺りはマナの力も自然力もバランス良くなっている筈だから、何かしらの影響はあるかもね。」

「魔法だけではなく自然についても研究する学者が欲しいところですね。」

「必要だと思う?」

「これから生まれてくる者達に何らかの試練というか、新しい知識を生み出すのに古い知識も必要になると思いますので、何らかの形で記録していくのがよろしいかと。」


 別の町からやって来る旅人はトレントの妨害に悩まされつつも、それでも年に数人やってくる。以前の様に商人が大挙として押し寄せてくる事は殆ど無くなったが、それでも希少植物であるマンドラゴラを買いに来る者は後を絶たず、種を売って他の町でも育てるように勧めることにした。特に問題のある植物ではないし、生で食べてもマナを回復する効果が有る事を研究の結果で知っていたから、最初は少し高値でも良いからと買って行く者がいたが、ここ数年はほとんど売れない。


「来訪者が少なすぎても詰まんないよねー。」


 そんな事を言っていると、とてつもない来訪者がやって来た。人の姿をしているが明らかに異様なオーラを纏っていて、町の皆が勇者と勘違いしたほどだった。


「ここに世界樹の葉が有ると聞いてきました。どうしても助けたい仲間がいるので譲ってほしいのですが。」


 見た目とは違って意外なほどに優しい口調だったので、応じることにした。


「女の人が一人でこんなところまで来てもらって悪いが、世界樹様に聞いてみないと・・・。」

「いいわよ!」

「あれ、いつのまに?」

「こんな怪しいやつ初めて見たわ。勇者とは違うようだし葉っぱに何の用なの?」

「あくまで噂として聞いたのですが、その世界樹の葉を煎じて飲ませればどんな病にも効くと。」

「それは嘘ね。ただ葉っぱを食べたぐらいじゃ効果はないわ。」

「そんな・・・死者をも蘇らせると聞きましたが。」

「そう言えばそんな噂も有ったわねぇ・・・。」


 強いオーラが急に弱くなった。何かを期待していたのか、殺してでも奪うつもりだったのか。


「人って死んでも葉っぱを食べれるの?」

「え?!・・・その通りですよね。私も不思議に思っていたのです。それでも藁をも掴む思いで来たのですけど。」


 世界樹が自分の枝から葉っぱを一枚毟ると、そのまま渡した。


「たべて。」

「え?」

「たべなさい。」

「・・・いただきます。」


 奇妙な表情のまま渡された葉っぱを食べる女性。飲み込むと何か変化が有ったようだ。頬に僅かな笑みがこぼれる。


「やっぱり噂は噂だったんですね。でもこの葉っぱにはすごいマナが含まれています。それだけでもかなり価値が有りそうなのですが・・・。」

「それだけよ。」

「?」

「それだけと・・・いいますと?」

「なんか葉っぱに不思議な力が有ることは解ってたんだけど研究に必要な道具が手に入らないらしくてそれほど進んでないのよ。でも死んだ者が蘇る事は有り得ないわ。もし生き返ったのが事実だとしたら、それは死んだのではなく仮死状態にあっただけ・・・という事ぐらいかしらね。」

「なるほど・・・確かに。研究に必要な道具が必要でしたら持ってきましょうか?」

「んー・・・別に急いでいないしどうでもいいわ。これから何千年かかっても解明できるか分からない、必要かどうかもわからない研究らしいし。」

「そんな事はありません。これは必ず役に立ちます。それも危険なほどに。もしも知らない事でしたら知っていた方が良いかもしれません。」


 世界樹が無言で彼女を睨み付ける。周りで様子を見ている者達にも妙な感覚が有るようだ。


「あんた、何か変なんだけど・・・。」

「変といいますと?」


 女性はそれほど変な服装をしていないつもりだったが、それも変な話であった。


「この森を歩いてきたのよね?それにしては魔物に襲われた様子もないし、意外なほど軽装だし、武器も防具も持っていないじゃない。」

「え・・・あ、いえ・・・。」

「隠し事をしてるんなら協力なんかしないわ。色々と騙された経験もあるし。」


 女性は困惑していて、出来る限り大事にならない様にする為に今の姿をしているので、正体を見せるのに躊躇いがあるようだ。


「・・・隠さなければ協力してもらえるんですね?」

「あんたからは異様な感じがするわ。それもとてつもないマナも感じるし。他の人なら分からないかもしれないけど、この町で隠しきれると思ってるの?周りを見なさい、あの子達も気が付いてるのよ。」


 少し離れた場所から様子を見ている者達に視線を向けると、建物の陰に隠れた。怯えているようにも見える。頑張って姿を変えて来たのに、まだまだ未熟だったようだ。


「分かりました。でも驚かないで下さいね・・・。」


 彼女の姿が歪んだ。その直後にマナが漏れ出すような流れを感じ、なにかの魔法が発動すると感じた者達が逃げ出した。そして、何人かは世界樹を守るように二人の間に立ち塞がる。

 歪んだ姿は徐々に大きくなっていき、家よりも大きく、この町で一番大きな倉庫よりも大きくなり、それでも世界樹の木よりは小さかったが、それは世界樹が大き過ぎたからだ。

 その大きさに驚くのは普通だったのだが、その姿は初めて見るモノで、その時偶然居合わせた旅人の一人が指を差して叫んだことでその正体が分かった。


「あれはドラゴンだぞ!!」


 旅人は驚きのあまり腰を抜かして動けなくなっていたが、一族の者達は名前は知っていてもその姿を知らない。当然世界樹も知らないので、逆に興味が湧いた。


「へー、あんたドラゴンなんだ。人の姿に化けてまでこんなところに来たのね。」

「・・・驚かないのですか?」

「別に・・・ねぇ。それより火を噴いたり空を飛んだりできるんでしょ?うらやましいなー。」

「恐ろしいとは思わないので?」


 そう言うと世界樹の表情が厳しくなった。少し恐ろしさも感じる。


「この町で暴れるのが目的で来たんなら相手してあげるわよ。この子達に手を出したら許さないからね?」


 この時初めて、彼女は威圧でドラゴン以外に負けた。ドラゴンの中でも彼女はまだまだ子供で、弱い方だと思っていたが、それでも他の種族に負けるなんて思った事は無かった。

 世界樹は過去に色々な事を経験していて、時には子供のようにはしゃぐ事も有るが、町を襲う魔物や襲撃者達に容赦はなかった。過去には迷惑に感じた事が有っても、長い年月を共に過ごしている間にとても大切なモノだと感じるようになっていたからだ。

 ドラゴンを前にすると殆どの人々は怯える。だがこの町の者達は違った。あの旅人だけは恐ろしくて動けないようだが、町の人達は少しずつ世界樹の周りに集まってきた。まるで守るように。

 それだけでもかなり優秀な一族という事が理解できたドラゴンが、最初から戦う気が無い事を証明する為に、人の姿に戻る。


「・・・私はただの研究者です。世界を覆うマナがどれだけ世界に影響しているのか調べていたのですが、世界樹の葉を手に入れた時にその秘密が隠されているのではないかと思い、ここに来ました。妙に巨大な木が有る事はかなり以前から知っていたのですが・・・。近付こうとすると何だか不思議な感覚が有りまして、心が落ち着くというか穏やかになるというか・・・。」

「あー、なんかそんなこと言う子もいたわね。この町から出たくなくなる理由があるって。」

「ここの人々に危害は加えませんし、邪魔になるようなことも一切しませんので、ただの我儘かもしれませんが葉っぱについて調べさせて貰ってもよろしいですか?」

「ドラゴンってこんなに素直なの?話や伝聞だともっと暴れる悪いイメージしかないんだけど。勇者に退治されたって話も聞くし。」

「私はそんな事はしません。それに友達もいないですし。」


 すごく悲しそうな表情をするので少し可哀想に感じた世界樹が彼女に近づく。両ひざをついて座る彼女の頭をまるで子供のように撫でながらにっこりと微笑んだ。


「あんた変わり者ね。ドラゴンがどんな奴かは知らないけど、あんたには優しい気持ちが有るわ。それと寂しい気持ちも。」


 見透かされたかのように感じた彼女は、突然涙を流した。ここに来るまでは紆余曲折があり、ドラゴンの中でも爪弾きにされてきた彼女は常に一人で過ごしてきた。元々ドラゴン同士の交流も少ないが、彼女はドラゴンの中でも少し特殊な存在で、人々にも好んで彼女と交流しようという者は殆どいない。


「マナの流れって面白いわね。こんなに色々な事が分かるならもっと早く知っておくべきだったわ。ねぇ、あんたの名前は?」

「フーリンです。」

「ねぇ、フーリン。行く場所も無いんだったらここに住んでもいいわよ。」


 その言葉に驚いたが、周囲を見ても町の者達が反対する様子もなく、フーリンはフーリンとして受け入れられた。ただ、注意事項は有る。


「葉っぱが欲しい時はちゃんと言うこと。」

「でも、さっき勝手に毟ってませんでした?」

「私は良いのよ。私のモノなんだから。」

「え・・・?」

「気が付いてなかったの?」

「え、ああ・・・?!済みません、子供の様な姿でしたので、世界樹の何か管理をしているのだと思いました。」

「あはは、そう感じる人もいるみたいだけど、あなたならちゃんと私の姿が見えるでしょう?」


 そう言って手を握ると大量のマナが流れ込む。一瞬の恐ろしさから、包み込まれるような優しさに変わった。フーリンはなぜか絶対に敵わないと感じたのだった。

 フーリンは竜人族という数少ない存在で、正確に言うとドラゴンとは違い、普人とのハーフという事だった。普人といえばこの町には純血の普人であるスズキタ一族が住んでいるが、それとはまた違う存在の普人らしい。とても強く、ドラゴンを一対一で負かすほどだったらしいが、それも昔の存在で今は墓の中だという。母親とはドラゴンの事だが他のドラゴンから嫌われるのを恐れて数年後に捨てられたらしい。

 彼女がスズキタ一族とも仲良くしているのを世界樹が笑顔で見守っている。しかし、葉っぱの研究についてはなかなか進まなかった。なぜなら世界樹の存在自体が未知の領域で、葉っぱについても必ずしもマナが大量に含まれているわけでもなく、トレントの生やす葉っぱと変わらないモノから、食べるだけで元気になってしまう強力なモノも有り、研究を進めるには世界樹をより深く知る必要が有ったからだ。






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